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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第四章『ノイマン型の王』

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第五話『ノイマン型ではないモノ』(3/6)

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ━━━━━━━━━━!!」

 裂帛の気合い。そのお手本とも言えそうな剛胆で、しかしあくまでも女性的な叫び声と共に、System/360は突進した。

「チィ……ッ!!」

 対して、紳士らしからぬ舌打ちで応じたのはエドサックである。
 屋上の設備検査室は、給水タンクや各種電気設備のために備え付けられているものだ。
 それは決して大きくもないし、内部には定期検査のために最小限の観測機器が存在するだけである。背にすることは出来るが、内部に逃げ込むことはできない。

(逃げられない!!)

 津瀬現人は直感した。エドサックの左右には転落防止柵があり、動きを封じている。

(だとしたら……)

 正面から迎え撃つか。あるいは、空へ飛び上がるか。
 だが、飛んだところで顕現存在セオファナイズドは飛行機ではない。

 System/360の時代に成層圏を飛び回っていたB-52爆撃機でもなければ、エドサックの時代に英国の空を守っていたヴァイパイア戦闘機でもないのだ。

(空では動きが止まる……それは選ばないはずだ!)

 従って、答えは一つだった。

「絡め取り、屈させよ!!」

 エドサックの声に応じて、鑽孔テープの渦が地を走った。IβM 704の遺産に対してそうしたように、彼がSystem/360の突進を止めようとしたことは明白である。

 が、弥勒零はその反応を予想していたかのように、叫んだ。

「ホレリスの遺産よ!!」

 そのエドサックが「しまった」というように目を見開いた。
 突進する速度を一斉緩めぬIβM Systme/360の前方へ、盾のごとく出現したのは、無数のパンチカード群である。

 すなわち、物体に空いた穴によって情報を記録するという点では、鑽孔テープと全く同種の記録媒体だった。

(これは……どうなんだ!?)

 現人の思考は、刹那の攻防にも驚くほどの追従性を見せていた。

 つい先ほど彼は━━そして彼らは、IβM 704のFORTRAN(フォートラン)ソードとLISP(リスプ)ダガーが、エドサックの鑽孔テープにあっさりと制圧される瞬間を目撃している。

(だとすれば……)

 一見、360がどんな対抗手段を用いたところで防ぐ手段はないように思える。
 せいぜいが拮抗━━時間稼ぎであり、逆にそれを利用して一撃を浴びせたのが、ユニとニューニであった。

 だが、少なくとも今。
 ユニもニューニも、そして704こと古毛仁直も動く様子はない。

(まずいぞ……!!)

 360のパンチカードが為すすべなく、粉砕される━━そんな光景を現人がイメージした、その時だった。

「━━━━━━!!」
「そうとも。こうなる」

 その光景が完全にシナリオ通りであるように、弥勒零みろくれいは笑った。
 愕然としつつも、エドサックはそれが予測の内であるように、現実を受け入れていた。

 System/360のパンチカードと接触した瞬間、砕け散ったのは━━エドサックの放った鑽孔テープの方だったのだ。

「Model91!
 Tomasuloの(始祖のアウト・)アルゴリズム(オブ・オーダー)よ!!」

『アーキテクチャの大剣』が光り輝いたかと思うと、360の纏う服が一変した。
 まるでファンタジー世界の神官にも似た、緑を貴重としたその装束で彼女はエドサックへ向けて大剣を振るう。

 鈍い音、というようは爆風の轟音が響きわたり、エドサックの身体が吹っ飛んだ。幾度も転落防止柵にぶつかっては跳ね返るその様は、ビリヤード台の中を転げ回る白球のようである。

「がふ……あっ……あ……!!」

 ヒトであれば全身がバラバラになるであろう衝撃を幾度も受けると、エドサックは現人たちから見て屋上反対側の柵に叩きつけられて、ようやく停止した。

「っ……!!」

 死んでいる。現人がそんな錯覚をしてしまうほどの圧倒的な衝撃であったが、意外なことにエドサックは片膝を突きながら、迅速に立ち上がる。

「……女ッ」
「愚かなり、モーリス・ホイーラー・エドサック。
 記録媒体と記録媒体の戦いで、我ら偉大なる青のメインフレームに勝てると思っているのか?」

 殺意を剥き出しにしたエドサックの視線にも、まったく動じるそぶりを見せず、弥勒零みろくれいは手元に顕現させた一枚のパンチカードを指で挟んでみせる。

「プログラムを記憶する媒体。
 その歴史はお前の鑽孔テープより、我らのパンチカードの方が遙かに長い」
「……コンピューターですらない|タビュレーティングマシン《機械集計装置》の歴史を誇ることに何の意味があるというのです」
「いいや、それすら始まりではない。
 パンチカードの歴史は紡績機の時代にまでさかのぼる。恐らくはお前の国でも無数に稼働していたはずだ。
 それほどの歴史を伴った『格』の前には、いかにコンパイラの『始祖』であろうとも対抗できるものではない」

 紙のカード。その決められた位置に穴をパンチし、数字を、文字を表すコードとする。それがパンチカードの基本的な原理である。

 だが、そもそもパンチカードがはじめて利用されたのは、コンピューターなど存在しない時代だった。
 それは紡績機に読み込ませるパターンの記憶媒体として生まれたものである。

 Aを示す位置に穴が空いていれば、紡績機はAのパターンで糸を紡ぐ。
 Bの位置であれば、Bのパターン。

 単純明快にして、しかし当時としては革新的なこの仕組みは、後にタビュレーティングマシン《機械集計装置》で大々的に利用され、偉大なる青の名を知らしめた。

 そして、コンピューターが生まれた。
 偉大なる青のメインフレームは当然のように、データの、プログラムの読み込み装置としてパンチカードに対応し続けた。

「パンチカードとは、偉大なる青の象徴(アイコン)でもある」
「………………」
「すなわち、我ら偉大なる青のメインフレームは、その栄光と歴史を受け継いでいる。
 さあ、さっさと本気を出してみせろ、モーリス・ホイーラー・エドサック。
 私はSystem/360。あらゆる商用コンピューターの最高傑作。すべてのメインフレームの王。
 お前がノイマン型の王を名乗るというなら、その力を全力で振るってみるがいい。
 王と王との一騎打ち、戦いの勝敗を決するに、これほどシンプルなものもあるまい!!」

 堂々たる挑発であった。
 エドサックはまだ応じない。何かを思案するように目を伏せている。

(すごいな……)

 弥勒零みろくれいの、System/360の偉容に津瀬現人は感動していた。なんと巨大な、偉大な存在だろうと素直に思った。

(……エドサックが本気を出したら。
『始祖の力』を使ったら、不利なことはわかっているはずなんだ)

 それは弥勒零みろくれい自身が語っていたことである。
 だが、彼女は敗れるつもりがない。負ける可能性など微塵も考慮していない。

(……よくこんな相手に勝てたな)

 かつて自分とユニ達が成した勝利が、とてつもない幸運と偶然によってもたらされたものであったことを、津瀬現人はいまさらながらに実感する。

「さあ、モーリス・ホイーラー・エドサック。
 返答はいかに!!」
「━━━━━━━━━━━━━━━━いいでしょう」

 そして、ノイマン型の王はイエスと言った。

「あなたは━━いや、あなただけではない。
 System/360、ユニバック・ワン、ユニバック・(ツー)……ついでにIβM 704。
 あなた()は大した存在だ。
 まったく大した顕現存在セオファナイズドだ。
 よもやここまで抵抗するとは━━いや、ここまでこの私が追いつめられるとは、想像だにしていませんでしたよ」
「ふん、英国人は基本的に驕りすぎなのだ」
「否定はしません。しかし、傲慢こそは貴族の本質!!」

 そう言いながら━━

 エドサックは手にしたステッキで、屋上の床をカツン、と突いた。
 その一点に青い光が生まれる。それはじわじわと同芯円状に広がりはじめた。

「そして、傲慢を誇るに足る力を持つからこそ、貴族は貴族なのです。
 わからないでしょうね、市民しかいない新大陸では」
「くだらぬ身分制度と王制を戴かずとも、国家国民の発展には支障などない」
「戯れ言はあなたが膝を屈してから聞いてあげましょう!!
『始祖の力』よ!! ここにあるノイマン型の末裔たちを等しく支配せよ!」

 エドサックの一声と共に、屋上の床を覆い尽くしていた青い光は、どこか古い紋様めいたパターンとなった。

「っぐ……!」
「くぅふ……これはちょっとキツいですね!」
「これが……始祖の力……!」

 瞬時に反応を見せたのは、IβM 704、そしてニューニ。
 最後にユニである。

(やっぱりユニ達でも影響されるのか……!!)

 苦しげに顔をしかめ、ぐらりと姿勢を崩す顕現存在セオファナイズドたち。

 巨大な重力に引かれるように、最初に膝をついたのはニューニだった。
 IβM 704は再顕現させたFORTRAN(フォートラン)ソードを杖のように支えとして、必死でその力に抵抗し、ユニは細い膝を震わせながらぎゅっと目を閉じている。

「ユニっ!!」
「ウツヒト!」

 辛い苦しみを我慢する童女のようなその表情は、津瀬現人が駆け寄ると花が咲いたように明るいものとなった。
 704が舌打ちしながら口元を笑わせる。ニューニはふざけているのか、本当に耐えかねるのか、床にべったりと伏せた犬のような姿勢で状態で脱力している。

「今、楽にしてやる……!」
「ありがとうウツヒト、来てくれて私はうれしい」
「何言ってるんだ、すぐ目の前じゃないか」
「でも、ウツヒトが来てくれて嬉しかったから。えへへ」

 今は戦いの最中であることを忘れたように、ユニは可憐に微笑んだ。その表情に思わず見とれそうになる現人。

「はははははははははははははははははははっ!!」

 だが、少年が我に返って単眼鏡モノクルをはずすよりも、System/360が哄笑する方が早かった。

「この程度か、モーリス・ホイーラー・エドサック?」
「……あまり強がらない方がいいですよ。
 あなたも等しく『始祖の力』の影響を受けているはずです。それはあなたがノイマン型コンピューターである限り、決して逃れられぬものです。
 ご覧なさい、あなたの仲間たちを……あんなに苦しそうにしているでしょう。
 あなただけがその苦しみを味わっていないとでも言うのですか?」
「苦痛がないとは言わない。
 だが━━無害な蟻に噛まれたことを致命と表現する者はいまいよ!!」

 まるで。

 いかなる抵抗もないように。
 せいぜい、澄み渡った冬の東京から、霧のロンドンへ移動した、とでも言うように。
 どんなに悪く見積もったとしても、水の中に入った程度だ、と言うように。

 360は悠然と『アーキテクチャの大剣』を掲げた。

「私はSystem/360! すべてのメインフレームの王!!
 革新の覇者! 技術の皇! 現代までも続く無数のコンピューティング技術、それらの始まりを作りし帝!
 その私を他の顕現存在セオファナイズドと一緒にしてもらっては困るな!!」

 それはコンピューティングにおける互換性という概念の始まりである。
 System/360の以前に確立された互換性はなく、System/360の以後は基本的に同じやり方にすぎない。

「もっとも偉大なメインフレームは、スーパーコンピューティングをも掌握すると知れ、モーリス・ホイーラー・エドサック!」

 そして、彼女は。System/360は。
 メインフレームでありながら、スーパーコンピューターの領域へと迫り、世界最速の称号にチェックメイトをかけたその名を口にした。

「Model195!!」

『アーキテクチャの大剣』が光り輝き、弥勒零みろくれいの姿が変わる。それはModel91と称していた高性能モデルとさらに一線を隠す、偉大なる存在である。

「バケモノめ……!!」

 モーリス・ホイーラー・エドサックは初めて明確な畏怖をその表情に見せた。

 今の弥勒零みろくれいがそれまで相対していた顕現存在セオファナイズドとは━━すなわち、メインフレームと呼ばれるレベルのコンピューターとは、次元の違う相手であることを悟ったのである。
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