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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第四章『ノイマン型の王』

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第四話『敵の敵。心の内。想いの先』(1/4)

「どうだい? 動作停止の原因は見つかったかい?」
『ええ、これで大丈夫ですよ、ミスター・エイケン』

 時にして1940年代の終わり。
 コンピューティングの黎明期において、圧倒的な存在感を示した北米・アメリカ合衆国。

 そんな米国のある大学で。
 そして、コンピュータールームと呼ばれる前の単なる機械室(マシンルーム)で。

『それにしても埃か何かだと思ってたんですがね……ほら、見てください』
「おいおい、本物(Actual)(Bug)かい」

 突然の動作停止に見舞われたコンピューターの中から、保守員が取り出した物体を見て、ある男が肩をすくめていた。

「中に入り込んだ蛾のせいだったとはな……グレース女史アメージング・グレースが大笑いしそうだ。
 こいつは本当の意味でバグ()がコンピューターを停止させた、最初の事例だな」
『いやあ、分かりませんよ。例のビッグブレイン(ENIAC)誕生からこっち、我が合衆国では色んなコンピューターが動いています。
 物理学博士のあなたには意外かもしれないですが、コンピューターの中ってのは暖かいでしょう……結構見るんですよ、黒光りする……ほら、アレとか』
「なるほどね。面白い話を聞かせてもらったよ。
 とすると、案外、Mark I(ワン)の頃に遭遇した異常停止のいくつかは、ゴキブリ(コックローチ)のせいだったのかもしれないな」

 そう言って笑いながら、男は。
 物理学の博士号を持つその男、ハーワド・エイケンは丹誠込めて作りあげた彼のMark II(ツー)を見上げた。

(そう……これこそ偉大なる青の支援を仰ぐことなく、私が完成させた愛すべきMark IIさ)

 彼のMark II。しかし、ハワードMark IIでもなく、エイケンMark IIでもなく、彼の職場たる大学の名を冠したMark II。

 すなわち、ハーバード・マーク・ツー。歴史に名を残したコンピューターシリーズの2代目を、彼は目の前にしていた。

『それにしても、命令とデータで記憶領域を分ける……って設計は、そんなに重要なんですか?』
「それはそうさ。
 かのレポートによると、ノイマンはそう考えていないようだがね」

 保守員の男がそう訊ねた。彼はコンピューターの保守員。しかし、コンピューター黎明期の保守員である。

 神経質で、複雑で、そして保守性への配慮がひどく限定的なこの時代のコンピューターを扱うには、豊富な知識と設計者にも匹敵する理解が必須だった。

(レーシングメカニックには、自分の整備したマシンに乗れば、かなりのタイムを出してしまえる者も多いというが……)

 エイケンの目から見て、保守員の彼はそういう男である。
 だから、彼の愛するハーバード・マーク・ツーについて、突っ込んだ会話も弾む。

「いいかい、命令とデータを分ける……それぞれをまったく別の経路で読み書きすることは、ある隘路からコンピューターの性能を解き放つことなんだ」
『隘路……ボトルネックですな』
「ノイマン型と言われるコンピューターには重大な欠点がある。
 それは主記憶(メイン・メモリー)演算装置(プロセッサ)をつなぐバスの性能によって、限界が決まってしまうことさ」
『その代わり汎用性はこいつより高いと思いますが』
「それについては否定しないよ」

 彼の愛機。その欠点を平然と指摘する保守員に、苦笑しながらエイケンは続ける。

「何しろノイマン型のコンピューターはやりたい放題だからね」
『プログラムを主記憶に内蔵する……いわゆるプログラム内蔵ストアード・プログラム方式は革新的です。プログラムそのものを自由に書き換えられます』
「そう。それが凄いアイディアなんだ。だからやりたい放題なのさ」
『あなたのハーバード・マーク・ワンは、そもそもプログラムを書き換える必要がない設計でした』
「ノイマン型より前の時代だったからね。それでもあの時代としては革新的だったと自負しているけれど」

 ほんの数年前を『時代』とエイケンは表現した。
 それはこれから半世紀以上も続く、数年が一時代に匹敵する秒進分歩の世界を予言しているかのようだった。

「今はまだいいんだ。主記憶(メイン・メモリー)演算装置(プロセッサ)をつなぐバスは十分に速い。あるいは、速く設計できる」
『それが将来、何らかの技術的限界で速くできなくなった時を危惧しているのですね?』
「そうさ。その時、コンピューターの性能はバスの性能に支配されてしまう……これはよろしくないことだ。
 たとえば演算装置(プロセッサ)が速くなりすぎたとしたら、致命的だ……主記憶(メイン・メモリー)がどんなに頑張っても追いつけないような超高速プロセッサが登場したとしたら、その能力を使いきれなくなってしまう」
『そんな時代……もちろんバスの性能もプロセッサには追いつけない……』
「並列処理のようなテクニックが考えられるんだろうが……願わくばそんな時代が来ないでほしいものだね」

 だが、エイケンの危惧は残念ながら的中することになる。

『まあ、そんな時代が来たとしてら、あなたの設計は大いに見直され、名誉を得ると思いますよ』
「そうかい。それだったら、まんざらでもないがね」

 そして、その言葉通りではないにせよ、エイケンの設計方式は確かに名誉を得ることになる。

 ノイマン型コンピューター最大の欠点である、バスの速度によるボトルネック。
 それを持たない、彼の設計から発展した『ハーバード・アーキテクチャ』は無数の設計・要素が後生のプロダクトに取り入れられ、21世紀もなお輝き続けている。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 夕暮れ時の八王子駅前は、おおむねごった返していると言ってよいだろう人口密度だった。

「つまり、我々偉大なる青が━━」

 そんな八王子駅前の一角に小さなカフェがある。
 特別な店舗ではない。待ち合わせのため、時間つぶしのために利用する客が大半。
 そんな都内の駅前なら、どこにでもあるカフェ。せいぜい、深夜営業もしていることが特別なカフェ。

 だが、そんなカフェではあっても、店外テラスの1テーブルを異様に容姿平均値が高い一団が占拠しているとなれば、自然と通りがかった人々の視線を引きつけるだろう。

「我々偉大なる青が、ユニバックごときのために手を貸す、と?」

 ひとり。日本人離れした顔立ちの美男子。
 休日だからか私服姿ではあるが、そのまま映像メディアの中に出演していてもおかしくないほどのオーラを放っている。

「手を貸すというより、取引だと思ってほしい」

 ひとり。こちらも日本人離れした美少女。
 光ファイバーほどに透明なその長髪は、白く。月の砂ほどに煌めくその瞳もまた、しろく。
 平日のように制服を着ていようが、現在のように清楚なワンピース姿だろうが、その妖精のような美貌には誰もが目を奪われずいられない。

「ま、要するにワタシたちも大変困り切っているわけで、何とか助けがほしいわけですよ」

 ひとり。日本人どころか外国人としても珍しいほどの巨乳赤髪の美女。
 濃ゆいエスプレッソを一気飲みしては、わさびを初めて体験した外国人のように、目をく~っと細めている。

「だからといって取引名目ならば、我々がおまえたちに力を貸すとでも?」

 ひとり。赤髪の美女に勝るとも劣らない見事なスタイルの美少女。
 もっとも、美女と呼んでしまっても差し支えないような成熟ぶりであるが、あくまでも早熟であり、完熟ではない。そこには満ちあふれるばかりの若さがある。
 組んだ両腕の上に果実がたわりと載っている。小馬鹿にするように傾げた首にあわせてポニーテールが揺れている。

「……それでも」

 ━━そして、ひとり。

 最後のひとり。恐らくこの一団の中でもっとも平凡であり、突き抜けた美貌も年齢に相応しくない体格もない、15才の少年らしい外見の彼は。

 とはいえ、右目の単眼鏡モノクルが無個性にはほど遠い異彩を放っている高校生の彼は。

「どうしても、力を貸してほしい」

 テーブルの対面に座っている美男と美少女に。
 つまり、IβM 704とSystem/360に向かって、深く頭を下げてみせた。

「フ」

 まず、反応したのは704。すなわち、古毛仁直である。

「フハハハハ! 無様だな、津瀬現人。
 だが、あいにくとお前が無様を晒すのは私にとっては好都合だ……せいぜい、苦労するといい。そうだろう、360」
「い、いや、そ、その、こうしてわざわざ頭を下げているのだから、たっ、頼みを聞いてやっても……良いのではないか、イトコ殿?」
「何をあっさり折れている!?
 しかもその顔はなんだ! その赤い頬は!」
「そ、そんなこと私が知るか。……どうにも、あの目で見つめられると、不思議な気持ちになってだな……」
「ええい、この女は……!」

 何やらいきなり内輪もめに近いことを始めた偉大なる青の2人に、思わず津瀬現人は呆然としてしまう。ひっひっひっとニューニが笑っている。

「704。360」

 と、その時。

 不意にユニが口を開いた。
 その呼びかけに古毛仁直は天の声を聞いたかのように、はっと目を見開き、弥勒零みろくれいは夢から覚めたかのように日常の瞳になる。

「私からもお願いする。ウツヒトの頼みを聞いてほしい。
 そして、私たちを助けてほしい」
「こ、この私が……ユニバック・ワンを……助ける……だと!」

 電撃にうたれたようにIβM 704の体がびくんとふるえた。瞳はうるみ、今にも感涙がこぼれ落ちるかと思えるほどだった。
 その隣でSystem/360はあくまでも冷静な声で言う。

「いや待て、イトコ殿。
 あくまでユニバック『たち』だぞ。津瀬現人くん『たち』だぞ」
「あのユニバック・ワンがたった1人、この私だけを頼って……!」
「解釈を変えるな。コードを書き換えるな。その命令変換は互換性が失われているぞ、イトコ殿」
「ええい、我が超絶の体験を邪魔するな! 何者にも割り込まれたくない特権的時間というものは……ある!」
「そういうことは1人だけの時にやったらどうだ!!
 イトコ殿の自室で! 抱き枕とか等身大ぬいぐるみとか、そういうのを抱えながら!」
「お前じゃあるまいし、そんな趣味はない! この脳内イマジネーションだけで十分!」
「よけいに変態じみている!!」

 偉大なる青の内輪もめは、親しい者同士の━━ただし、恋愛感情のようなものが入り込む余地はない、親族間の罵り合いにも似た口論に発展していた。

「………………」
「あぜん。ぼーぜん」

 現人とユニはぽかんと口を開けて、IβM 704とSystem/360を見つめている。
 そして、仕掛け人とも言える赤髪の女は、満面の笑みを浮かべつつ、こう呟いていた。

「……ここまでちょろいとは」
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