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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第四章『ノイマン型の王』

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第二話『始まりの書は支配する』(5/6)

 同じ頃、東京都心。

「どうして僕がつきあわされているのか、理解に苦しむのだけれど」
「一応、単独行動は避けるように、あの方から言われていまして、ね」

 その場所はお台場と呼ばれる一帯である。
 21世紀の始まりから長らく続くビジネス地帯であり、そして、この国でもっとも大量のコンピューターが稼働している、一大データセンター地帯でもある。

「フーン、ム」

 その男は。

 ビーバーハットをかぶった学生にしか見えない男は、厳重なセキュリティが機能しているはずのデータセンター・ゲートを平然とくぐり抜け、警備員の前を進み、カメラに向かってわざとらしく考え込んでみせる。
 そして、その隣には同じく学生服の少年が1人。

「さすがにエレベーターを使うのはやめておきましょうか」
「さっきから難しい顔をしていると思ったら……そんなどうでもいいことを考えていたのかい?」
「何を言います、重要なことですよ」

 呆れ顔の少年。すなわち、フェランティ・マーク・ワン。
 そして、ビーバーハットの男。すなわち、モーリス・ホイーラー・エドサック。

「エレベーターを使うと昇降記録が残ります。
 しかし、館内階段ならば問題はないでしょう」
「確かにそうだね。無人のエレベーターで行き先階のスイッチが押されて、勝手に動いてるなんてちょっとしたホラーだ」
「まあ、ドアの開閉まで記録していたら意味もないですが……フム、東証のシステムは4階C区画を占有して使っているようですね」

 コツコツという足音を響かせながら、2人は階段を上がる。
 大人数の収容を前提としていないデータセンターの館内階段は狭く、簡素な作りである。

 ━━むろん、顕現存在セオファナイズドは人間ではない。

 そこに響く音は、彼らと関係を持たない人間には、そして録音機器には認識できない存在の位相がズレた情報である。

 彼らは見えない。関われない。
 だからこそ、警備員の視覚にもカメラにも写らず、センサービームすらも無視して、厳重なセキュリティのデータセンターへ易々と入り込むことが出来る

(……それにしても、僕も酔狂なことをしているな)

 フェランティ・マーク・ワンは思う。

 夜風に吹かれて、のんびりと独りで紅茶を飲みたくなる秋の金曜日。
 そこに飛び込んできたのは強引なエドサックの誘いだった。

 どうせ出かけるならば、せめて未成年でも入り込めるようなアイリッシュ・バーでも所望したかったが、行き先はなんとお台場のデータセンターだと言う。

(それも東京証券取引場のサーバー群を見に行く、だなんて)

 はじめは断ろうかと思った。
 あるいは、約束だけしてすっぽかしても良いかと思った。

 それでも、この気乗りしない訪問に彼が同行しているのは、理由があってのことだ。

(そう……理由がある)

 ━━なぜ、直接見に行くのか。
 ━━なぜ、リモートではダメなのか。

「ほら、ご覧なさいフェランティ」

 4階C区画。扉をあける必要はなかった。
 現在、その区画では物理セキュリティがオフにされ、ごうごうと鳴る冷却ファンの音が、通路にまで漏れ出している。

 言うまでもなく、時刻は深夜である。
 それも金曜日の深夜である。プライベートのゴールデンタイムだ。ビジネスの話などしたら、無粋だと思われる時間だった。

 それなのに、4階C区画では。
 つまり、東京証券取引場のシステムが占有して使っているこの区画では。

「……みんなひどい顔をしているよ」
「当然でしょう。
 なんとしても月曜日までに復旧させろと、(おのおの)のボスから……ひょっとすると関係省庁からも、厳命されているでしょうしね」

 その場所には、100人にもなろうかと言う人々が詰めかけていた。

 あるグループは、粗末なハンディチェアとテーブルを囲んで議論していた。
 ある者はラックの前で首をひねっていた。またある者は、正常であることを示す緑ランプの羅列をみながら、頭を抱えていた。

 ある者の服装はスーツ。そして、ある者は作業着。

 しかし━━彼ら全員がきわめて高い能力を持つコンピューター技術者であることは、交わされている会話の内容から疑いがないことだった。

「……一流のプロフェッショナルが総出でも解決できない巨大トラブルを無理矢理引き起こす。
 これが君のやったことの結果だね」

 そう、フェランティ・マーク・ワンはこれが見たかったのだ。
 だからこそ、ここまでついてきたのだ。

「いいえ、これは私のやったことの結果ではありません。
 この世界の……現代の社会システムが背負った()ですよ」

 だが、モーリス・ホイーラー・エドサックは否というのだ。
 だからこそ、自分の目で確かめようとしたのだ。

「確かに……世界の金融市場を稼働させるコンピューター・システムを狂わせたのは私です」
「そうだね。
 どんなに強力なハッカーだろうと、たとえ英国最高の諜報組織でもそんなことは出来ないだろうね」
「むろん、往事のソビエトにも。アメリカのNSAにも。
 ヒトの力ではそんなことは不可能です」
「偉大なる青のコンピューター達にも当然、無理な話だ」
「ええ、そうですとも。
 そうですとも……ですが! この私にだけは可能なのです!」

 凛として、エドサックが一斉を発するタイミングと、巨大なサーバー・ラックを見つめていた技術者の1人が「あ!」と声をあげるのは、まったく同じタイミングだった。

 それまで正常を示していたサーバーの緑ランプが、一斉に赤とオレンジに変わっていた。

 サーバー・ラックとは人間の背の高さほどもある、巨大な代物である。
 それは引き出しのように、あるいはタンスのように横長のサーバーが装着(マウント)されており、レールに沿ってスムーズに引き出すことができる。

 引き出した状態でも問題なく稼働できるように、電源やネットワーク、ストレージのケーブル類はあらかじめ背面に余裕をもって配線されており、高機能なコンピューターではフル稼働状態を維持したままで、故障コンポーネントを活性交換(ホット・スワップ)することができる。

(そう……けれど、そんな保守性能の高さはこの場合、何の意味もない)

 慌てた様子でサーバーの一台を引き出した技術者は、次の瞬間、怪訝そうな顔になった。故障や警告を示していた赤やオレンジのランプがふたたび緑に変わってしまったのである。

 だが、彼だけが不可解な思いをしていたわけではなかった。
 同じような現象は、4階C区画の至るところで起こっていた。

 正常に動作していたはずのコンピューターが突然、異常ステータスになる。しかし、それは前触れなく復帰する。だが、思い出したようにまた落ちる。

 パーツを交換しても。システムごと入れ替えても。何年も、あるいは十年以上も問題なく稼働していたシステムが、突然、不安定になる。

(これが世界中で起こったのか……どれほどの高可用性ハイ・アベイラビリティシステムでも、ひとたまりもないだろうな……)

 ━━そう、今、フェランティ・マーク・ワンの前で起こっている現象は。

 日本経済を、さらには世界経済を前例のない大混乱に陥れた現象と、まったく同じなのである。

「やったんだね、エドサック」
「ええ、やりましたともフェランティ」
「……神の力でソドムとゴモラが消滅するのを見ているような気分だよ」
「あるいは、アトラスかR-7で都市が焼き尽くされる光景を見ているようなもの、ですかな?」
「━━この世界に存在する、すべてのノイマン型コンピューターに対して、無条件の『支配』を行使することができる。
 それが君の力だ」

 淡々と口にしつつも、まるで自分の死刑執行書類にサインしているような感覚に、フェランティ・マーク・ワンは襲われる。

(この僕もまた、ノイマン型の一台であることは変わらない……)

 そして、彼が知るほとんどの同胞たちも。
 偉大なる青のメインフレームたちも。生徒会長たる久礼も。

 さらには、津瀬現人の元にいるユニバックの眷属たちすらも。
 もうこの世界にはいない、あのバイナックすらも。

「コンピューターと名付けられた存在のほぼすべて!!
 そう、限りなく100%に近いほぼすべては、ノイマン型に分類することができます!
 そしてこのエドサックこそが、それらノイマン型コンピューターの『王』にして『始祖』!」

 彼は誇った。彼は吠えた。
 自らは円卓の王座にいると宣言した。

「彼ら━━昼制・生徒会ではなく!
 我々━━夜制・委員会が世界を正す!
 もはや矢は放たれました……我が『始祖の力』をもって、この2085年における腐ったコンピューティングの現状を正してみせましょう!」

 その叫びは日本を震撼させる。世界を震撼させる。

 ヒトの作り上げた経済を震撼させる。ノイマン型コンピューターに頼り切った社会システムを震撼させる。

(そして、ヒトの社会が資本によって支えられているならば……!!)

 すべての根幹にある金融(・・)という装置を根底から震わせることで、彼らは変革を目指すのだ。
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