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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第四章『ノイマン型の王』

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第二話『始まりの書は支配する』(3/6)

 その夜、津瀬宅でのことだった。

「━━すこし、まずいことになったかもしれない」
「まずい?」

 不意にユニが真剣な顔でそう言った。
 もっとも、真剣なのは首から上だけである。彼女の体は大部分がこたつの中にすっぽりと埋まっており、いささかアンバランスな感は免れない。

(まだ秋なのにこたつ出したら、これだもんな……)

 志保が夕食の後かたづけを終えて自宅に帰ったあとのリビングは、どこかひんやりと、そしてがらんとしている。

 しかしその中にひときわ存在感を主張しているのが、夏の間はなかったこたつ。すなわち、ユニが潜り込んでいるこたつだった。

「まずいって……今日のご飯もおいしかったじゃないか」
「違う。シホの料理じゃない。
 シホの料理がまずいことなんてあり得ない。だから、私がそんな意味で発言することはない」
「━━金融市場の件ですよ、う・つ・ひ・と、さん」
「うわぁ!?」

 突如として耳元で囁かれた言葉に、現人は掛け値なしの悲鳴をあげた。
 振り返ろうとしたその瞬間、赤い髪が単眼鏡モノクルをはめた右目の視界に映る。

 大人の声。しかし、悪戯っぽさに満ちた声。第三者からすれば、色気のある声。
 とはいえ、津瀬現人個人にとっては、決して歓迎できるタイプではない声。

「……何の用だ、ニューニ。
 あと、どうやったか知らないけど、気づかれないうちに入ってくるな」
「いえいえ、ワタシはユニ姉様の妹ですから~。
 ユニ姉様はこの家の同居人ですよね? つまり、その妹であるワタシも事実上の同居人。
 同居人が自宅に帰ってくるのに、何の挨拶がいりましょうかっ?
 ああっ! でもただいまを言わなかったワタシって、少し悪い子ですね!! ちょいわる顕現存在セオファナイズドですね~!!」

 豊満にしてし放漫な胸をぷるんぷるんと揺らしながら、身をくねくねと動かしつつ、悲劇のヒロインでも気取っているような表情で嘆くニューニ。

 南多磨高校で見る彼女は教師らしいスーツ姿なのだが、今の彼女はモーターサイクルにでも乗ってきたかという、体にフィットした革の上下だった。

 とはいえ、現人の考えるところでは、革というのはとても頑丈なはずだ。従って、あれだけ胸が揺れるのはよほどぺらぺらの安物か、フェイクレザーに違いない。

「なにが悪い子だよ。何歳だ、何歳」

 現人は呆れた。酌量の余地なく呆れた。
 事実上でも何でもなく、お前は同居人じゃないという視線で、ニューニを見た。

「ん? なんですか、現人さん。志保さんだけに飽きたらず、このワタシにも女性を求めてしまいますか!?」
「そんなことはあり得ないし、用事があるならさっさと済ませてほしいと思ってるし、用事もなく来ただけなら今すぐ叩き出そうと思っている」
「あぁん、ユニ姉様!
 現人さんが冷たいですぅ~!! とりつくシマもないので、ユニ姉様の太ももにすがりますぅ!! すりすりすりぃぃぃぃ!!」
「ウツヒト、私の妹をいじめたらだめ」
「どこをどう見たら、いじめているように見えるんだ……」

 こたつの側まで瞬間移動したかと思うと、ユニのほっぺたに全力で頬ずりし始めるニューニにどん引きしつつ、本当に今すぐ叩き出した方がこの家の平和のためなのではないかと、現人は思う。

 ━━と、そんな彼の思考を読んだように。

「ま、聞いてくださいよ、現人さん。金曜の夜は長いんですから」
「………………」

 不意にニューニは目を細めると。子供をからかう大人のように笑った。赤い唇がぞくりとするほど魅惑的だった。

 ひらひらと手を揺らして。その指の一本一本で世界の男すべてを誘惑するように、ニューニは言葉をつづけた。

「もう聞いているかもしれないですが、世界中の金融市場でコンピューターシステムが大変なことになっています」
「ああ……知り合いから聞いたよ」
「おや、ユニ姉様ならともかく、我が校の学生にこの事態の深刻さを理解できる人がいたとは。
 うんうん、その人は将来有望ですねえ」

 何が『我が』校だ、と。
 お前は訳の分からない謎の経緯で、今年から教師におさまっただけじゃないか、と。

 現人は思ったが、口には出さない。
 何よりニューニが自分の母校で教師をやっていることは、間違いなくプラスだと彼は考えている。

(志保のことだって……そうだ)

 だから、軽口の一つや二つで、文句を差し挟むつもりはなかった。

「えー、それで本題ですが」
「前置きはいらないから、なるべくシンプルに頼む」
「はい、分かりました。今回のトラブルですが、顕現存在セオファナイズドの仕業です」
「………………」
「およ、驚かないんですね」

 現人が落ち着いた様子を見せたことが━━正確には、ほぼ無反応なことがニューニには意外だったらしい。
 鳩が豆鉄砲を食らったような、という古典的表現が的確な表情で、首をひねっている。

「ま、現人さんの周りは顕現存在セオファナイズドだらけですから、今更、新鮮味がないのかもしれませんが」
「……それに同意すると、ユニたちと出会うまで僕はろくに人間の知り合がいなかった、ということになるんだけど」
「志保さんがいるじゃないですかー。
 もー、さっさと結婚してくださいよー。あー、でも18歳になるまで待ちましょうねー。昔は16歳から結婚できたらしいですよー、あははー」
「ニューニ、脱線してる」
「ああん、ユニ姉様さすがの鋭いツッコミ!
 ワタシもハートにきゅんきゅん来ちゃいますよ! 素晴らしいですぅ~、すりすりすりぃぃぃ!!」
「……それで、続きは?」

 ユニに抱きついて、というよりユニを抱きかかえるようにしながら、またしても激しく頬ずりを始めるニューニに、現人はいささか怒りを込めた声で先を促す。

「ああ、はいはい。失敬。
 ま、簡単に言うとですね。株式や証券……あるいは、為替に商品。いい加減に『金融』ってくくっちゃいますが。
 ああした市場での取引に関わるコンピューターっていうのは、きわめて堅牢なんです」
「堅牢……か。たとえば、えっと。ミラーリング化されてるとか?」
「あー、バイナックの例とは次元が違いますね」

 ネタ元をずばり言い当てられて、「ぐ、う」と15歳の少年は鼻白んだ。
 もっとも、ニューニは現人をやり込めるつもりなどないらしく、淡々と言葉を続ける。

「バイナックのミラーリングはCPUの二重化でした」
「ああ……そうだった」
「しかし、市場取引用のコンピューターは三重化が当たり前です」
「三重化!?」
「お」

 今度は驚いてくれましたね。そんな顔でニューニはにんまりと笑う。
 実際、現人にとってそれは新鮮な驚愕だった。彼の中にある基準では、二重化はともかく三重化はほとんど意味のない堅牢さだったからだ。

「そこまでするものなのか……?」
「たとえば二重化することで99.99%になった稼働率が、三重化することで99.999999999%、つまりイレブンナインになるとしたら、その意味はありますね?」
「いや、変わらないだろ」
「いえいえ、ぜんぜん違います。
 1年間でいうなら、数時間と数分くらい違います」

 大まじめな顔でニューニに言いかえされると、現人は反論の言葉を失う。

「ウツヒト。たとえば、世界中で1日に1万回、飛行機が飛んでいるとする。
 そのうち、ひとつで問題が起こる。99.99%っていうのは、そういうこと」
「……あ」
「金融市場取引。
 つまり、お金に直結する取引っていうのは、それくらいの信頼性が必要なんですよ、現人さん。
 時間換算でなく、単純に発生する売買件数だけ考えても、1万どころじゃありませんからね」

 もっとも、これはごく単純化した話であって、実際に必要とされる信頼性は複雑で奥深いものです、とニューニは付け加えた。

「ちなみに、他の三重化システムで有名なのはスペースシャトルですね。
 現人さんが生まれるよりずっと前に、宇宙まで往復していたやつです」
「……まだまだ僕はコンピューターの歴史を何も知らないんだな、って思い知らされるよ」
「知らなきゃ学べばいいんですよ。
 まあ、実際のところ金融市場のシステムもオール三重化されているわけじゃないですが……なんにせよ、ものすごーく手の込んだやり方で信頼性を確保しています。
 さて━━そんなコンピューターシステムが全世界的に大変なことになったわけですよ。
 この意味、わかりますか?」

 ニューニの表情はひどく深刻なものだった。
 心なしか、ユニも暗い顔をしているように思えてくる。

(なんてことだ……)

 現人はそのとき、背中から黒くて冷たいものが這い上がってくるような感覚に襲われていた。
 これまで興味も持っていなかった出来事が実は大事件で、どうしようもないほど遅れてから、その重大さを知ってしまった……そんな罪悪感にも似たものを味わっていた。

(最初から京の奴が……正しかったんだ)

 もっと親友の言葉に耳を傾けておくべきだったのだ。
 そんな後悔に、15才の少年は自分の頭を殴りつけたくなった。

「ウツヒト、ごめんなさい。私も何も言わなかったから」
「いや、ユニが謝ることはないよ……」
「……まあ、現人さんのどんなご友人がこの件の重大さに気づいていたかは知りませんが。
 きっとユニ姉様は、事態がはっきりしないうちに不安をかき立てるようなことを、言いたくなかったんだと思いますよ」
「分かってる。分かってるよ、ニューニ……僕がもっと注意深ければよかったんだ……くそっ、ダメだな、僕は……」
「といって、自己嫌悪にまで陥ることはないと思いますがね」

 ふう、とため息をついて。
 そして、これまでにないほど危機感のこもった声で、ニューニは言った。

「何にせよ、これだけのことをやってのける顕現存在セオファナイズドです。もし、敵対することがあれば、System/360(弥勒零)並みの超強敵になるでしょう。
 もちろん、バイナックなど比較にもなりません。
 これから何が起こるかはわかりませんが、その認識(・・)だけは持っていてくださいね」
「………………」

 無言で、少年はただうつむいた。
 世界で最初の商用コンピューターは、暗い表情のまま何もいわなかった。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 それから数時間が経った深夜のこと。

(バイナックなんか比較にならないSystem/360(弥勒零)並みの超強敵……か)

 自室のベッドで津瀬現人は天井を見つめている。
 なんの変哲もない、しかし照明を消した真っ黒に見える天井を見つめている。

「……っ」

 一度は眠りに落ちようとしたため、右目の単眼鏡モノクルはベッドサイドにある。
 だから、油断してその瞼をひらいたならば、たちまち視界は膨大な数字の羅列で覆い尽くされ、耐え難い頭痛が押し寄せてくる。

(相変わらずだよな……これだけは)

『計算する宇宙』
 すなわち、『計算する(Rechnender)宇宙(Raum)』。
 すなわち、『計算す(Calculati)(ng)宇宙(Space)』。

 ユニバック・ワンがそう名付け、そして現人自身も自称しているこの異能がなんなのか、なんのためにあるのか。
 いまだに彼自身もまったく分かっていない。

(ただ……確かなことがある)

 情報としての宇宙。
 それを視覚で捉えることができるこの異能があるからこそ、自分はユニと一緒にいられるし、彼女にとってただのヒトその1ではない、特別な津瀬現人になれるのだ。

(……そもそも、僕はとっくに死んでいるはずだったんだよな)

 古毛仁直ことIβM 704の顕現存在セオファナイズドが振るったFORTRAN(フォートラン)ソードの一閃によって、死んでいるはずだった。

(……だけど、ユニが助けてくれた)

 ただのヒト・津瀬現人と世界で最初の商用コンピューター、その顕現存在セオファナイズドであるユニバック・ワンとの関係は、すべてがそこから始まっている。

 だが人間関係とは━━たとえそれがヒトと顕現存在セオファナイズドであったとしても━━始まったら勝手に続くものではない。

「何もなく……何も出来ずに……とっくに切れ(・・)ていてもおかしくなかったんだ」

 いろいろなことがあった。
 楽しいことも、辛いこともあった。勝利も、敗北も、現人は知っている。

「それもこれも……ぜんぶ」

 自室の入り口ドアを見つめながら、右目を開く。
 いつものように視界を覆い尽くす数字と、頭痛は━━しかし、来なかった。

「……ウツヒト」
「ユニ?」

 唐突にドアが開いて、着ぐるみタイプのパジャマをきたユニが現れた。
 私服の類は季節ごとに志保やニューニが買い揃えているのは知っていたが、現人は初めて見る。つまるところ、このうさぎの着ぐるみは新作である。

「こ、この前のたぬきのやつはどうしたんだ?」
「あれは来年の夏までおやすみ」
「そ、そうか」

 動揺した現人の口からは、場違いな問いかけがこぼれる。
 そんなことより訊ねるべき言葉があるはずだった。こんな時間にどうしてやって来たんだ、とか。眠れないのか、とか。

 そのほかにも━━

(全部……見えちゃっている、とか)

計算する(Rechnender)宇宙(Raum)』は、情報としての宇宙を視覚で捉えることができる。

 すなわち、存在そのものが情報の集合体であるユニバック・ワンをその眼で見つめるとき、衣服はまったく意味をなさないわけであり━━
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