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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第四章『ノイマン型の王』

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第二話『始まりの書は支配する』(2/6)

「フーン、ム。予想外に順調ですな」

 日が沈み、企業にとってのいわゆる『定時』が近づきつつある頃。
 つまり、南多磨高校にとっては昼制と夜制の切り替え時間にあたる頃。

 校舎内のコンピュータールームでは、紳士きどりのビーバーハットが満足げな顔でティーカップを手にしていた。

(もっとも、この私以外には不可能なことでしょうが)

 彼が目にしているニュース情報には、米国に引き続いて日本の金融
市場でも大混乱が発生したことが報じられている。

 地球の時間はシンプルだ。アメリカ大陸から太平洋、すなわち日本や中国へ。そして、ユーラシア大陸を横断して欧州へと移り変わり、また巡り続ける。

 次に狙われる巨大な金融市場は━━誰もが欧州を想像する。

 各国の責任者たちは、セキュリティの堅牢さをアピールする声明を次々に出しているものの、ビーバーハットの男にとってはせせら笑うための材料でしかない。

「無駄。無駄ですよ」

 今、味わっているダージリンティーの何十倍もの苦みを……むろん、心地よさではなく不快感に満ちた苦みを、これから欧州は経験することになるのだ。

「向こうの開場はおおよそ日本時間で18時か19時くらいからですか。
 今の内に腹ごしらえでもしておきますかな?」
「腹ごしらえなら、僕と一緒にどうかな」
「ああ━━あなたですか」

 他に誰もいないはずのコンピュータールーム。
 それどころか、一般生徒には存在すら知られていないコンピュータールーム。
 しかも、『夜制』専用のコンピュータールーム。

 構造的には南多磨高校の地下一階にあるその部屋に、不意に少年の声が響いた。
 ビーバーハットの男はけだるげに、入り口の方へ首をむける。なじみの顔だ。なにしろ、彼と自分は同級生なのだから。

チップス(フライドポテト)があれば良かったんだけど、あいにくとスコーンしか用意できなかった。まあ、味は保証するよ」

 少年がぶらさげた簡素なバスケットには、数人分のスコーンとタオルで包んだティーポッドが入っていた。
 着込んでいる制服は夜制のものである。
 むろん、独自にあつらえた帽子や靴などは身につけていないものの、同じ国の存在とあってか、どこかその佇まいにはビーバーハットと似たものがあった。

「フーン、ム。
 フェランティ・マーク・ワン、これはあなたが焼いたんですか?」
「まさか。既製品だよ」
「それはそれは……一応、いただきましょう」

 ただしまずかったら突き返す、とでも付け加えるような顔で、ビーバーハットはスコーンをひとつ口に運ぶ。

「ン!? ム!! こ、これは……うまい!
 ああ~、この時代、食材だけは本当にうまいですね! 我々の頃はこんなにうまいものは国中探しても見つからなかった……」 
「そうだね。確かに英国中探してもうまいものは見つからなかった。不思議だね」
「いや、一つありました。ダウンタウンの中華料理屋!
 移民がやっていた店です。あそこのデリバリーは良いものでした」
「あ、ああ、そう……」

 それは英国のうまいもの、とは言えないのではないか。
 そんな思いを抱えながらも、フェランティ・マーク・ワンはビーバーハットの男と対面する位置に腰掛ける。

「それにしても、派手にやっているようだね」
「気に入りませんか?」
「いや、興味がないだけさ。
 僕にとってはユニバック同士の内戦の方がよほど面白かった」
「我々はまさに世界を震撼させようとしてるというのに、内向的なことだ。
 あなたも我々の戦いに加わってくれて良いのですがね」
「戦うのは……趣味じゃない」

 肩をすくめた拍子に、傷跡が痛んだのか、フェランティ・マーク・ワンは微かに顔をしかめながらそう言った。

「酔狂な人だ」

 特注のビーバーハットに、夜制の制服とデザインを合わせたブーツ。
 その服装はまさに酔狂と呼ぶにふさわしいものだったが、彼は━━つまりモーリス・ホイーラー・エドサックは、自分よりもフェランティ・マーク・ワンの方が変わっていると考えているようだった。

「あなたは何のためにこの時代に顕現したのです?」
「質問に質問で返して申し訳ないけど、はっきりとその答えを出せる方が異常じゃないかな?」
「そんなことはありません。
 私たちは。2085年というこの時代に降り立った我々、顕現存在セオファナイズドは、コンピューティングの尊厳を取り戻すために存在しているのです」

 エドサックの目に迷いはなかった。対してフェランティ・マーク・ワンは困ったようにため息をついた。

「所詮、与えられた答えに過ぎない」
「そんなことはありません。我々のトミーも、昼制の久礼も同じことを言っているではありませんか」
「確かに昼制・夜制という区別をするなら、そうなるかもしれないね……だったら、あのユニバックたちはどうなるんだい?」
「彼女らはイレギュラーですよ」
「ぷ」

 フェランティ・マーク・ワンは口に含んだ紅茶を吹きだしそうになった。
 エドサックは理解できない、という様子で眉をひそめる。

「なぜ、そんな反応を? 笑うところでもなければ、不適当な表現でもないと思いますが」
「いや、失礼。紳士らしくなかったね。
 うん……でもね、コンピューティングの歴史を振り返れば、僕たち英国製のコンピューターこそイレギュラーじゃないかな?」
「それは違う。
 そもそも原初の一台はあの国のENIACではない。我々のトミーだ」
「つまり、日本人が言うところのホンケさもなくばガンソだと」
「……あなたといい、System/360といい、どうも日本に毒されていませんか」

 ブルータス、お前もか? 仲間だと思っていたが、そうではなかったのか?
 そんな目で見るエドサックに、フェランティ・マーク・ワンは困ったように視線を逸らす。

(どうなんだろうね……)

 むろん、コンピューティングの歴史において、英国の果たした役割には特別なものがあると、フェランティ・マーク・ワン自身も思っている。

(でも、それはどれほどの『特別』なんだろう)

 たとえばロシアと比べれば、間違いなく特別だろう。あるいは、中国やコリアと比べても特別であるに違いない。

(けれど、たとえばフランスに比べたら?)

 フランスには強力なメインフレームメーカーが存在した歴史があるが、英国はそうでない。

(じゃあ、日本と比べたら?)

 日本は一時期、米国すらも脅かすほどの絶大な勢いを誇り、世界最速の座に君臨するスーパーコンピューターを何台も生み出している。

(そして、重要なのはそれが独自技術だったということ……)

 国外の部品を購入し、アセンブリした上での最速ではないということ。自力での製造であるということ。

「本当に━━」
「なんです?」
「本当に、1から。
 あるいは、0から独自の技術で作られて、そして歴史に名を残した僕たちの国のコンピューターって、トミー以外にいるのかな?」
「………………!!」

 そのときエドサックの見せた戦慄は、つまり。

「この私が……このモーリス・ホイーラー・エドサックが、独自のものではないと言うつもりですか!」
「いいや、実装も開発も独自だと思う。でも、その概念はどうだろう」
「あなただって、世界で最初の商用コンピューターが(いち)でしょうに!」
「そうだね。そして君も世界で最初━━その(いち)だよね」
「違う!
 あなたとは意味が違う! あなたは複数の候補があるうちのひとつ! ユニバック・ワンやバイナック、Zuse Z4がいる中での『世界で最初』に過ぎない!
 しかし、この私は紛れもなく世界で最初だ!」
「それはプログラム内蔵方式という意味かい? それとも、ノイマン型という意味かい?」

 ぎちん、と硬質の音が響いた。
 それがエドサックの歯ぎしりする音であると理解しつつも、フェランティ・マーク・ワンはからかうような微笑を絶やさなかった。

「ほら、日本に毒されてなんかいないじゃないか。
 英国人以外に、こんな皮肉が言えると思うかい?」
「……私に言わせれば、ただの難癖ですよ」
「見解の相違は紳士の常さ━━っと、そろそろ時間かな」
「ええ、始まりです」

 憮然とした顔をしながらも、エドサックはディスプレイへと視線を戻し、そして彼の隣に移動してきたフェランティもまた、同じ画面をのぞき込む。

「さあ、踊ってもらいましょう」
「………………」

 照明を半分ほど落とした地下コンピュータールームは、差し込む夕日も届かない。

「遠く遠く遙か遠くにいる金融市場のコンピューターたち。
 しかし、同じノイマン型のコンピューターたち。
 First() Draft() of a() Report() on the EDVAC()に連なる我が係累たちよ!!」

 だが、太陽の光が届かないとしても、月の光が届かないとしても。

(……恐ろしい男だ、彼は)

 今、顕現存在セオファナイズド特有の青い光を放ちながら、欧州のコンピューターへと強制的な支配(・・)をかけているエドサックを見ていると、フェランティ・マーク・ワンは戦慄に近い感情に襲われる。

 ━━そして、それから半日ほど。
 つまり、日本人の夕刻から深夜にかけての間。

 欧州全域の金融市場は米国・日本地域と同様の大混乱にみまわれ、天文学的な損失が、あるいは予想しなかった利益が発生した。

 事実上、世界全域で起こったと言える、この一連のトラブルは。

 株や為替をはじめとする、金融取引を支えるコンピューターシステムの見直しを喚起するのに、十分すぎる大事件だった。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 翌日の昼休み。

「お前の言ってた件、大変なことになってるみたいだな」
「だから、ただ事ではないと言っただろう……」

 空はあいにくの曇り模様。
 今にも泣き出しそうな黒っぽい雨雲が分厚く垂れ込めている昼休み。現人達は教室で机を囲んで昼食を取っている。

「はあああああ……冬のボーナスになるはずの銘柄が……」
「なんで高校生のお前がボーナスとか言っているのかはともかく、また損をしたのはよくわかった」
「なになに? それってニュースでやっていた話よね?」
「ああ。世界中の金融市場でシステムがおかしくなった、っていう件だよ」
「………………」

 単眼鏡モノクルの少年と、少女2人は同じ食材の弁当に舌鼓を打ち、そして右手から扇子を取り落としたもう1人の少年は、力なく机に突っ伏している。

「ふ~ん、あたしはそういうのよく知らないけど、京くんって株もやってるんだね。さっすが~」
「慰めの言葉をありがとう、志保殿……しかし、今の俺にはマグロ漁船で長期労働の紹介がほしい」
「今時、マグロ漁船なんてほとんどないだろ……」

 菓子パンひとつをもぐもぐとかじった途端、突っ伏したまま京は顔を上げようとしない。
 現人の記憶している限りでは、彼の姉である安澄あんすが絡まない件で、ここまでダメージを受けているのは初めてだった。

(もう二度と見られなかったりして……)

 そういう意味では、珍しいものを見て、得したような気分でもある。

「志保。ごはんつぶがついてる」
「あっ、ありがと。えへへ~、現人やさしい」
「……お互い様だろ」

 対して現人と志保、そしてユニは弁当の内容が同じこともあってか、なんとも和やかに食を進めている。
 むろん、男1、美少女2が同じ弁当という構図は、クラスの一部から穏やかならざる視線を集めているのだが、さすがの現人もそれを気にしない程度には、図太い神経を備えつつあった。

「もぐもぐ……シホのごはんは今日もおいしい。
 シホこそ聖母。食の聖母。私の生活にあまねくおいしいご飯を供給してくれる、台所の聖母」
「またまた、ユニちゃんは変なこと言っちゃって~。
 唐揚げ、まだ残ってるけどあたしの食べる?」
「食べる。その代わり、このピーマンを供物として差し出したい」
「ユニって、ピーマン嫌いだよな」
「そんなことはない。挽き肉詰めにしてくれれば、おいしくいただける」
「はいはい、それじゃあ今度はそうするわね」
「……おまえ達」

 己の苦悩が完全スルーされてしまっていることに業を煮やしたのか、京は重々しく顔を上げると虚無に濁った瞳で、和気藹々と食事中の3人を見た。

「もう少しだな、その、なんというか……この俺への!!
 愛はないのかっ!?」
「そんなものはない」
「京くんは大切な友達だよ。友情友情」
「ケイは私にいろいろなことを教えてくれる。さしずめ、オフライン辞書。けれど、それは愛とは別だと思う。ユウジョウユウジョウ」
「ええい、そういうマジレスはいらん!!」

 少しは元気を取り戻したのだろうか、床に落とした扇子をひろいあげると、京は手首のスナップを効かせてばさり、と開いてみせた。
 木と紙のふんわりした良い香りが、弁当の匂いと混じって現人の鼻孔にも届く。

「この一日でだな、まさに天文学的な富が世界中で失われたのだぞ! なにゆえ、そう冷静でいられるか!?」
「そうだな、その中にはお前の富も含まれているんだよな。そりゃ冷静でいられないよな」
「おお、そうとも!
 あの含み益がないとクリスマスに我が姉上殿へ送る上納金があああああああ!!……もとい!
 どうやら昨日の米国と今日の日本市場は落ち着いているらしいが、もし再発したらただ事では済まんぞ」
「ふぅん……」

 京は力説するのだが、現人にはどうしても事態の深刻さが伝わってこなかった。

(株、かあ……)

 つまり、現金でも電子的なマネーでもない形で流通するカネ、あるいは資産。
 なんでもそれは、日によって価値が上がったり下がったりするという。保有していると得をしたり、損をしたりするという。

(そんな……知らないうちに損したりするなら、最初から持たなきゃいいのにな)

 それはおそらく100年前であろうとも、高校生の少年が当たり前に思っただろう、庶民的な感想であり。
 しかし、庶民的であるがゆえに、いささか浅く、危うい誤解でもあった。
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