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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第四章『ノイマン型の王』

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第二話『始まりの書は支配する』(1/6)

 時にして1945年6月の終わり。

『釈然としないな。
 あの御仁がいわゆる(・・・・)天才であることは認めるが、その名前まで借りる必要はあるのか?』
『そうは言っても、理論面で彼の貢献は大きい……』

 欧州ではドイツが降伏してすでに2ヶ月。
 太平洋ではサムライ達の末裔が絶望的な抵抗(カミカゼ)を続けていた頃、2人のジョン━━すなわち、ジョン・エッカートとジョン・モークリーは、あるレポートを手にして渋い表情をみせていた。

『101ページもある。まったく大作だな』
『内容を読んでみたか? これでも未完成だそうだ』
『理論的なところは十分に見えるが、何が足りないというんだ。
 我々ならこの理論を実機に対して問題なく実装可能だ。
 むしろ、このレポートが完成する前に、我々が実機を完成させてしまうというのはどうだ?』
『さすがにそれは間に合うまいよ』

 原初の栄光が刻まれることとなる、巨大頭脳(ビッグ・ブレイン)ENIAC(エニアック)の開発が完了したのは、しばらく前のことである。

 そして、2人のジョンは。
 すなわち、ジョン・エッカートとジョン・モークリーは次の研究開発に取りかかっていた。その新しいコンピューターには、ENIACにはなかった無数の特徴が取り込まれる予定であり、彼らはそれが革新的な一台になると信じていた。

『こいつは《イノベーション》革新どころか、革命(レボリューション)だ』
『ENIACは何しろ『最初の一台』(ザ・ファースト・ワン)だった。今から振り返ると、よくない設計が無数にあった』
『特に問題だったのは、計算プログラムがイコール回路……つまり、計算のたびに6人の有能な女史たちにお願いして、回路を組み直してもらう必要があったことだろう』
『それを解決するのが、このアイディアだ』

 ばさり、という音を立てて、101ページのレポートが机に叩きつけられた。

『その素晴らしさは認める』
『その革新も認める』
『しかし、だからといって彼の名前だけで発表することはないんじゃないか?』

 そのレポートの著者は、一見するとドイツ人風の名前であった。
 そう、この1945年6月においては、ナチスと共に敗北に打ちひしがれているはずのドイツ人である。

 しかし、実際にこのレポートを作り上げるため、何度となく意見を交わし合った2人のジョンは知っている。
 彼はブタペスト生まれのハンガリー人であり、ユダヤ系であったため、迫害から逃れてアメリカへやってきた。
 移住の際に改名したというが、元の名前はヤーノシュというらしい。

『思えば、彼もジョンだな』
『つまり、3人のジョンで作ったレポートというわけか』

 エッカートが思い出したように言うと、モークリーは微かに口元を笑わせた。

『こいつは我々が作り上げようとしている新しいコンピューターの概念そのものだ』
『使用される機材。回路設計。動作命令に至るまで、たった101ページの中に網羅された、製造設計書のようなものだ』
『聞けばこいつは軍事機密にならないらしい。
 世界の━━ひょっとしたら、ソ連の研究期間にも渡るかもしれない』
『将来、無数に生み出されるだろうコンピューターたち……その祖として、記憶されることになるかもしれない』
『聖書……あるいは聖典として記憶され続ける、名誉あるドキュメントになるかもしれない』

 その重要さと価値がわかりすぎるほどわかってしまうだけに。
 やはり、2人のジョンの心中には、すっきりしないものが残っていた。

『どうする、ジョン?』
『むろん抗議するさ、ジョン』
『ペンシルバニア大学が首を縦に振らなかったらどうする、ジョン?』
『そのときは飛び出してやるまでさ、ジョン』

 通りかかった大学職員がぎょっとするのにもかまわず、2人のジョンはにやりと笑っていた。

 自分たちがいなければ、始まるまい。自分たちの要求は断れまい。
 後に世界で最初の商用コンピューターを生み出す、偉大なるコンピューター技術者の野心的な自負が、その表情にはあふれていた。

 ━━だが、現実はしばしば論理的ではない。

 結局のところペンシルバニア大学は、ふたりのジョンの要求には応じなかった。

 その101ページのレポートは、当時、世界的にも高名だったある天才学者の名前で発表され、いくつもの子供達を━━つまり、レポートに沿って製作された、異母兄弟たちを生み出すことになった。

 ペンシルバニア大学の態度に失望した2人のジョンは民間の分野へ飛び出し、後に世界で最初の商用コンピューター、ユニバック・ワンを作り上げた。

 だが、皮肉にもレポートの大元になるはずのコンピューターは。

 つまり、本来のスケジュールであれば、ペンシルバニア大学で2人のジョンが手がけることになるはずだったコンピューターは、開発設計の中核たるジョン・エッカートとジョン・モークリーを失ったことで、完成が大きく遅れ、長兄であるはずが生まれた日は異母兄弟よりも後になってしまった。

 ━━そのレポートは。

 20世紀を通じて、また21世紀に至るも、現代的コンピューターの基礎を確立した、歴史的なドキュメントとされている。

 その名称は、『First Draft of a Report on the EDVAC』。
 その著者は、ジョン・フォン・ノイマン。

 すなわち、ノイマン型と呼ばれるコンピューター、そのすべての源流であった。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 翌朝。いつもの通学路。

「金融市場の『大停電』? なんだよ、これ」
「うむ、昨日の夜に米国で起こったことだ。ほれ、読んでみろ」

 数歩うしろでは、志保が今夜の献立は何がよいか、ユニに尋ねている。見上げる電線では、鳥がさえずっている。

(あれ、一時期は無くそうとしたんだよな……)

 はたしてそれは歴史の授業で習ったものだったか。それとも化学の教師が戯れに話したトリビアだったか。
 津瀬現人は(けい)から受け取ったペーパーディスプレイの記事を眺めながら、八王子市のそこかしこに林立する電柱と電線を眺める。

 ある者は日本らしい風景と賞賛し、ある者はごちゃごちゃとしてひどい景観とこきおろす、日本の都市に欠かせない存在。

 すなわち、空中電線。

 なんでも現人たちが生まれる何十年か前には、かなり減らすことに成功したらしい。
 ところが日本列島に住んでいる限り逃れられない災害━━つまり大地震が来ると、地下化した電線網の復旧は予想以上のマンパワーを必要とすることがわかったため、2085年現在ではむしろ電柱が増設されつつあるという状況だった。

「そりゃあ、外に見えていた方が直したりするときは楽だもんな」
「ん? 何の話だ、現人よ」
「いや、こっちのこと。えーと、なになに?━━米国の金融市場を襲った異常事態……コンピューターシステムが大規模にダウンしたのみならず、復旧後も正常な取引ができず、異常な安値や高値が続出した━━ふーん、大事(おおごと)だったんだな」
「大事どころではない。
 昨日一日で天文学的なドルが吹き飛んだのだぞ」
「……うーん」

 京の表情はしごく真剣だった。
 だが、彼に悪いとは思いつつも、現人は親友に共感できずにいる。

(株とかドルとか言われても……)

 あまりにも雲の上の話であり、そして、霞をつかむような話だった。

 それが値下がりしたり、値上がりするとなぜ大変なのかということすら、現人はまともに理解していない。

(コンピューターを使っているなら、システムがダウンすることくらいあるんじゃないかな)

 むしろ、事態に理解すら示したくなってしまう。

 ━━「我々コンピューターはそう簡単に故障するものではないが……それでも故障は必ず起きえる(・・・・・・)という認識が必要なのだ」
 ━━「なぜなら、商用コンピューターは24時間稼働し続けることが当然だからな」

「………………」

 夏の夜に、IβM704とSystem/360の2人が口にしていた言葉を現人は思い出してしまう。

「京」
「どうした、現人よ。そうか、ようやく事の重大さが理解できた。うむ、俺は嬉しいぞ、親友よ。
 これは世界の金融市場にとって━━」
「つまり、お前はそのせいで損をしたんだな。
 株までやっていたとは驚いたよ。安澄あんすねえには黙っておくから、安心してくれ」
「ええい、そういうことではない! おい、現人よ!
 確かに結構━━いや、少々、いやいや、僅かに損はしたが! 現人ぉぉぉぉぉっ!」

 ああ、良かった、と現人は思う。 

(自分が損したから……そんな話で良かった)

 京の表情は、以前にも見せたそれに似ていたのだ。

(そう、あの時の顔だ……)

 はじめてユニと出会った頃。IβM 704こと古毛仁直の手によって、停電が多発していた頃。

 電気一つ失われるだけで何が起こるのか? どれだけの人命が危険にさらされるのか?
 切々と語ったときの顔によく似ていたのだ。

 結局その日、津瀬現人の親友はそれ以上、米国で起こった事態について繰り返すことはなかった。

 ━━もっと大きな事態が自分たちの住んでいる国で起こってしまったのだから。
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