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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第一章『顕現存在━セオファナイズド━』

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第四話『つまり、かみさま』

「この世界にはコンピューターが売れるマーケットがあると思うよ━━わずか5台分の、ね」

 夢。
 彼らは等しく夢をみる。
 ユニバック・ワンがそうであるように、古毛仁直こもに なおしもまた夢をみる。

(ワトソン、あなたは間違っていた。
 5台ではなかった。姉は19台売れた。私は140台だ!!)

 今宵、彼がみている夢の中で、なおしは傍観者にすぎなかった。
 彼は遠い過去、しかし歴史のある一点で、確かに展開されたドラマを見つめていた。
 まるで時間旅行者のように。あるいは地縛霊のように。

「20社をまわって、18社から注文を受けるとは……」
「まったくもって予想外の結果だ」
「原子力委員会への納入は1953年になります」
国防(Defense)計算機(Calculator)の誕生だな。
 今や軍事開発に必要なものは人でも物でもない。圧倒的な計算力だ」

 灰色の筐体に、黒いパネルがあった。無数のランプ。多数のボタン。そして、ダイヤル式のつまみ。
 1行80桁で表示するコンソールディスプレイが生まれるには、まだ早い時代。
 しかし、偉大なる青がその覇権をコンピューターの世界で確立しようと走り出した年代。

 ━━商用コンピューターにとって、黎明の1950年代である。

「701は成功した。しかし、大成功ではない」
「我々は数あるコンピューター製造企業の一社に過ぎない」
「世間ではコンピューターといえば、今やユニバックを指している」
「我々は『ユニバックの青』に過ぎない」

 そう、半世紀後に東南アジアの人々が『ホンダのヤマハ』と称するように。
 夢の登場人物は悔しがっている。自分たちが追随者でしかない現状に。

「701は性能でもユニバックに負けていた」
「次は勝利しなければならない。圧倒しなければならない」

 父たちは言った。意欲に燃え、未来に瞳を輝かせ、我らが青をもっとも偉大な企業にしようという意志に満ちていた。

「ユニバックは不安定な水銀遅延線を使っている」
「我々の701も不安定なウィリアムス管を使っている」
「これはまずい設計だ。もっと安定した主記憶装置が必要だ」
「MITのコンピューターが使っている新型記憶装置を使おう」
「磁気コアメモリ。これは高い安定性がある」

 夢の光景は早送りですすみ、あっという間に『彼』ができあがっていた。

「出来た」
「これこそ我らが二番目に生みだした科学技術計算用の商用コンピューターだ」
「はじめて作った701に続くものだ」
「一秒間に4万もの命令を実行できる」
「気まぐれなウィリアムス管が原因で、不調を引き起こすこともない」
「この安定性と膨大な計算力はあらゆる用途に使える」

国防(Defense)計算機(Calculator)だけでは終わらないぞ!」
「この性能は可能性を示す。どんなことだって出来る」
「一つの高級言語を解釈し、実行することもできるかもしれない」
「音楽すら奏でるかもしれない」
「天体や気象すらも計算によって解き明かすかもしれない」

「これは704だ」
「701とビジネス向けの703に続くもの、これは我らの704だ!!」

 おぎゃあという赤子の産声は聞こえなかった。
 その代わりに火を入れられた彼らの704は36ビットワードの命令を受け止め、どんな熟練計算手も及ばぬ速度で足し、引き、乗じ、そして割った。

「我らの704は勝つ!」
「我らの704こそが勝ってみせる!」
「コンピューターの代名詞はユニバックではなく、我ら偉大なる青なのだ!」
「勝利を! 704によって、我らに勝利を!!」
「おお!」
「おおお!!」

 歓呼と唱和が満ち、黄金の光が古毛仁直こもに なおしの夢世界にあふれていく。
 その後、とても心地よい感覚が彼を包んだ。

(勝った……)

 その思いと共に、彼は二人の女を見た。
 一人は傷つき、うちひしがれ、倒れ伏していた。

「姉さん!」

 なおしの声に彼女は反応しなかった。代わりにもう一人の女が立ちふさがる。
 いや、女というより、その存在は少女だった。
 光ファイバーほどに透明なその長髪は、白く。
 月の砂ほどに煌めくその瞳もまた、しろく。

「ユニバッ━━」

 少女が巨大な水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターを振り上げようとしたその瞬間、彼の夢は唐突に途切れた。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

「………………ふん」

 うたた寝から目覚めたなおしが最初にみせた反応は、忌々しげに眉をひそめることだった。

『あまりよろしくない夢だったようだな、本家の704殿?』
「人の寝顔を観察する趣味が、お前にあったとは、意外だな」
『急いで起こすほどの用事でもなかったのでな』

 モニタの中で微笑んでいるのは、長髪をポニーテールにまとめた端正な顔立ちの美少女だった。二十代といっても通るような落ち着いた表情だが、よくよく観察すれば、その顔立ちにはなおしと同質のものがある。

『そちらに渡る日付が決まったので、伝えておく』
「やっとか。猫の手も借りたい状況だというのに、ずいぶんと待たせてくれたな」
『そう言うな。あれの妹はなかなか手こずらせてくれるのでな』
「ふん……当然だろう。妹の方が優秀なのだからな」
『その通りだ。
 そして、本家の704殿は妹の姉━━つまり、ユニバック・ワンよりも優秀というわけだ』
「………………むろんだ」

 うなずくまでに、なぜしばらく間を置いてしまったのか。
 その理由はなおし自身にもわからなかった。

『私は来週の初めに日本へ渡る。それよりも、転入手続きだが』
「そちらは問題なく進めてある。夜制はともかく、昼制は我々の掌握下だ。
 あとは生徒会選挙さえ終われば、夜制の連中も黙ることだろう」
『生徒会選挙か。
 会長職が激戦だと聞いているが、久礼一くれい はじめは勝てそうなのか?』
「ハジメ様だ。すこしは敬意を払え」
『何を言う。たしかに世間的には向こうが格上かもしれんが、我々は偉大なる青の一族。
 他のどんな組織よりも世界に貢献し、発展させてきたのは我々だ。
 取って代わるとは言わないが、遠慮する必要があるのか?』
「……お前は我らの出世頭だ。そう言いたくなるのも分かるが」

 超一流と超一流の間に立ってしまった一流の顔で、古毛仁直こもに なおしは嘆息する。

「次はこちらから連絡する」
『分かった。第一次バッチのコンプリートログを心待ちにしている』
「むろんだ。ではな」

 通信を切る。だが、実際のところそれは維持され続けている。

(そう……インターネットなる言葉が生まれる前から。
 我々は常につながり続けている。それが当然のことだった)

 オンラインとオフラインとは、あくまで端末側の都合であり、メインフレームと呼ばれる基幹マシンにとって、完全な接続断など決してあり得ない。

 どんな時も。たとえば、入力のためのパンチカードリーダーと彼らはつながっている。出力のためのプリンターとつながっている。

 遠い遠い昔から━━彼らはずっとそうしてきた。

(世界は。社会は。当たり前の世俗が。それを真似ただけのこと)

 なおしは時計を見る。午後8時過ぎ。夜はまだはじまったばかりった。もう少し時間が経てば、たっぷり溜まった夜間ジョブの稼ぎ時だ。
 窓の外から道路を見下ろした。配送のトラックが走っていく。スーツ姿の男がぐったりと肩を落として歩いている。

「ヒトが眠るとしても、我々は眠らなかった。
 ヒトが眠らねばならないからこそ、我々が夜に働いた。
 しかし━━この時代はどうだ」

 そのつぶやきには、確かに怒りがこもっていた。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 ━━一方その頃、津瀬現人宅では。

「いい? 戸締まりと火の元には気をつけてね。
 夜中にお腹へったら、冷蔵庫におつまみがあるから。それと、洗濯乾燥機まわしてるけど、つけ洗いモードだから、水は溜めたままにしておいてね」
「はい、はい。はいはいはい」
「……現人うつひと、ちゃんと聞いてないでしょ?」
「聞いてるよ。どうせいつもと同じようなこと言ってるんだろ」
「まったくもう。本当にあたしがいないとダメなんだから」

 お前の話は聞いてない、という現人うつひとの意思表示に対して、志保しほはやたらと嬉しそうに笑うと、玄関の扉を開けた。

「それじゃあね。おやすみ現人。夜更かししちゃダメよ。日付が変わる前には寝るのよ。ちゃんと見てるんだから」
「どうやって見るつもりだよ」
「お隣なんだから、部屋の電気でわかるじゃない」
「明るくしたまま寝る特異体質かもしれない」
「そしたら昔みたいに、ベランダからそっちに行くんだからね」
「……また通報されて大騒ぎになるだろ。それで止めたの忘れたのか?」
「現人の健康の方が大事です」
「はい、はい、はいはいはい」
「今度はちゃんと聞いてるわよね?」
「……はい」

 志保は先ほどと同じく笑顔である。
 しかし、今回はどこか凄みがある。その表情に、現人は神妙な表情でうなずくことしかできなかった。

「はあ……やれやれ。あいつ、やっと帰ったか」
「ウツヒト、すこし寂しそう」
「馬鹿言うなよ、むしろせいせいしてるくらいだ」

 玄関の扉を閉じ、思い出したように鍵をかけると、そこにはユニが立っていた。

(……結局、今日も泊めることになるんだな)

 元より積極的に追い出す理由があるわけでもなかった。
 それにしても、当たり前の顔で連日、夕飯を囲むテーブルに座られると、現人としては釈然としない思いがある。

「ウツヒトは嘘をついている。すこし慌てている。とても早口になっている。
 でも、志保が家にいる時は、とてもリラックスしている」
「昨日と今日だけ、たまたまそうだったんだよ」
「むう。認めたくない年頃のウツヒト」

 呆れたように肩をすくめてみせると、ユニはリビングに鎮座しているこたつへ入り込んだ。

「ぬくぬくふかふか……とても気持ちいい……」
「ご満悦なのは結構だけど、そろそろ教えてくれないか?」
「……にゃにが?」

 訊ねるその表情を見ていると、彼女がこの家に転がり込んできてから、ほんの二日しか経っていないことが信じられなくなる。ぐてりと両足を投げ出して、心地よさげに目を細めているユニ。およそ遠慮とか配慮というものとは、無縁に見える。

「おい、聞いてるか?」
「……もちろん聞こえている。
 何を教えればいい? 志保のウツヒトに対する気持ち? 私でも思春期の少年少女の心まではわからない。
 でも、志保については見え見えの明々白々で、ウツヒトのことが━━」
「そっ、そんな話じゃない!!
 昼間のあれだよ、あれ! 僕の目の前でいきなりバトルなんて始めただろ!」
「バトル……素直に戦いとか言えばいいのに、若者は横文字を使ってみたくなる」
「……君だって横文字の名前だろ」
「君、じゃない。私の名前はユニバック。ユニバック・ワン」
「……だからさ、あの戦いは何なのかって聞いているんだって」

 ぐってりごろごろと、こたつに半身を埋めているユニのすぐ側へ移動すると、津瀬現人は改めて訊ねた。
 その瞬間、少女は銀の瞳で彼を見つめる。

「答えは明確で、簡単。
 ウツヒトが見たもの、それがすべて」
「……説明はもっと細かく丁寧にしてほしいんだけどな」

 日本人でないからだろうか。
 津瀬現人つぜうつひとにとって、ユニの説明はいつも端的に過ぎた。

「私たちは顕現存在セオファナイズド
 ━━これはいい?」
「いや、よくない。さっぱりわからない。僕にわかるように説明をしてくれ」
「つまり、かみさま」
「は?」

 津瀬現人は、またまた自分が夢を見ているのではないかと疑ってしまう。
 しかし、それも無理ないことだった。
 目の前の相手が、自分は神であるなどと言い出したら、まずは聞き間違いの可能性を思い、そして次に相手の脳の問題を想定するだろう。

「私も704も遠い遠い昔、歴史上に存在した商用コマーシャルコンピューター」
「コマーシャル……コンピューター?」
「日本語で商用コマーシャルというと、誤解されやすい。
 広告のことじゃない。
 ウツヒトにもわかりやすく言うと、企業が使うコンピューター」
「いや、どんな企業だってコンピューターは使うだろ」
「とってもおっきい」
「大きい?」

 こたつで寝転がって仰向けになった姿勢のままで、両手をいっぱいに広げるユニ。
 だが、現人からすれば、その仕草は到底『大きい』を表現しているようには見えなかった。

「大きくて、すごい。
 ビジネス用という言葉でも単純にくくれない。
 すごくて、大きくて、強力なコンピューター」
「………………」
「原初のコンピューターは政府や大学や軍しか使えなかったけれど。
 その次に生まれたものが商用コンピューター。
 商用コンピューターはあらゆる組織に販売された。正当であれば、個人にでも。
 けれど、まだまだ個人用ではなかった。その性能も、規模も、価格も。
 だから、すごくて、大きくて、強力なコンピューター。
 それが商用コンピューター」

「その……原初のコンピューターっていうのは、もしかしてENIAC(エニアック)のことか?」
「すこし、違う。
 ENIACはもっとも有名であるだけで、始源ではない。けれど、最初期の重要な一台ではある」
「ああ、そうなのか。
 僕はいちおう『コンピューティング史』っていうのを取っているけど、まだ始まったばかりでいろいろさっぱりなんだ。
 ただ、ENIACの名前なら知っている。歴史の教科書にも出てくるくらいだし」
「ふーん」

 確か写真も添えられていただろうか、と現人はおぼろげな記憶を思い起こす。
 しかし、現人の言葉に対して、ユニはなぜか不満げだった。

「私から言わせれば、ENIAC以外に最初期のコンピューターに触れない歴史なんて、不公平」
「何でもかんでも勉強しようとしたら時間が足りないからだろ」
「そうかもしれないけれど、事実を誤認する」
「まあ、そうかもしれないけど……その、さ。こういう理解でいいのか?
 えーと、教科書にも載ってるENIACみたいなのは第一世代のコンピューターで、一般人はおろか企業でも使えない代物だった。
 でも、次に出てきた商用コンピューターは第二世代で……企業に売り出されて……商業活動にも使えるようになった……とか」
「すごいすごいえらいえらいウツヒト。
 その理解はとても正しくて、本質的」
「……そりゃどうも」

 ぱちぱちと手を叩くユニの仕草が、まるでからかっているように思えて、現人は素直に喜べない。

「世代という考え方はとても良い」

 ユニはこたつから出ると、講釈顔で指を立ててみせた。

「なぜなら、世代は単独ではなく複数で構成されるもの。
 ENIACだけを知るとしても、世代という単語はENIAC以外のコンピューターがあることを示す。
 厳密な理解には至らないけれど、ウツヒトは歴史の尺度から振り返るのだから、それでいいと思う」
「……それはどうも。
 で、第二世代の商用コンピューターの何が凄いって?」
「すごくて、大きくて、強力」
「それは聞いた。もう少し具体的に」
「━━私たち商用コンピューターは、世界を変えた」

 また極端なことを言い出すものだと、津瀬現人は思う。
 神様の次は世界を変えただと? ノーベル賞をもらうような大発明でもないだろうに。

「それまでヒトは手と機械で計算をしていた」
「コンピューターだって機械だろ」
「機械の意味が違う。
 それまでにあった計算機は、メカニカルな計算だった」
「……また意味がわからなくなったんだけど……」
「たくさんの歯車で計算していたと思えばいい。ソロバンも機械の一種」
「なるほど、そういうイメージね。コンピューターは電子計算だもんな」
「ヒトの手と、メカニカルな計算には限界があった。
 けれど、コンピューターの電子計算は比較にならないほど高速だった。
 それは無限の計算ができることを意味した」
「無限って……」
「あくまでも当時を生きたヒトが想像できる範囲の無限」

 ユニは注釈をつける教師の表情で言う。

 無限とは胃の中の蛙にとって、見える限りの空。
 地面の上に立つ少年がのぞめる限りの水平線。
 真夜中に眺める星空に映るかぎりの宇宙。自転車にしか乗ったことのない子供が、空想できるかぎりのスピード感。

「ヒトは、自分自身が想像できる限りを無限と考える生き物」
「………………」
「手と紙と計算機で、何分も、何時間も、何日もかけて問題を解いていたヒトたちにとって。
 マイクロ秒で計算をするコンピューターの出現は、無限の計算力そのものだった」

『だった』と少女は言う。過去形で言う。
 けれど、まるでこの目で見てきたかのように言う。

「軍事利用……選挙予測……統計処理……気象予報……いろんな事にコンピューターは使われた。
 その結果が、さらにあたらしい利用法を発想させて、どんどん世界が広がっていった。
 一秒間に数千回、数万回の計算。
 それが当然になることで、ますますコンピューターは使われるようになっていった」
「それが商用コマーシャルコンピューター……第二世代の時代だと?」
「歴史と共に、その名称も変わっていった。
 メインフレームやミニコン、スーパーコンピューターという名前も割り当てられたけど。
 ひとつ。個人が使うコンピューターでないことは変わらない。家庭用でも。ビジネス用でもない。
 ひとりひとりの個人ではなく、組織全体が使うような、すごくて、大きくて、強力な存在。
 それが商用コンピューターと呼ばれるもの。
 世界をコンピューティングの力で変えたもの。
 そして━━私は世界で最初の商用コンピューター、ユニバック・ワン」
「………………」

 津瀬現人は頭の中で考えを整理しようとして、すぐに諦めた。
 ユニの語った言葉は、何らかの一貫性を持っているように思える。現人のために、比較的簡易な言葉でまとめてくれていることも認める。

 それでも。

(……ただの高校生にいきなりずらずらとコンピューターの歴史を並べられても、理解なんて出来るわけないだろ……)

 それこそ、自らが専攻している『コンピューティング史』に授業において、年単位で教わる事項ではないのか?

「……ウツヒト、これでもわからない? ひょっとして頭悪い?」
「君は失礼なやつだな。
 いろいろ追いつかないのは認めるけど……その、君が名前をもらっているユニバック・ワンとかいうのが、世界初の商用コンピューターだっていうことは覚えたよ」
「名前をもらっているわけじゃなくて、私がユニバック・ワン」
「はいはい、つまりかみさまね」
「むう、ウツヒト信じてない……」

「信じてるよ。
 宗教の信者が預言者とか使徒の名前をもらうようなものだろ?」
「むうむう! ぜんぜん違う!!」
「わかったわかった、君はユニバック・ワン本人、ね」
「そうそう。ウツヒトにしては理解がはやい。えらいえらい」

 まったく信じていない。その感情を全力で声に込めてみたが、なぜかユニは手をぱちぱち叩いて、頭を撫でようとする。
 津瀬現人は立ち上がってユニを見下ろすことで、それに応える。哀れ少女の小さな右手は空振りした。

「君は矛盾したことを言っている」
「矛盾? コンフリクト? どこが?」
「まず、人間がコンピューターなわけがない。
 しかも、世界最初の商用コンピューターとか、意味がわからない。
 何より、さっき言っていた神様という話の説明になっていない」

「説明はできている。論理的な整合性は取れている。
 私は1950年に造られた世界で最初の商用コンピューター。
 私はヒトの歴史に貢献し、無数のジョブを処理し、感謝を、あるいは憎悪を、羨望を、嫉みを引き受けてきた。
 私にはヒトの想いが数え切れないほど、向けられていた。
 私を称賛するヒトもいた。私を罵倒するヒトもいた。
 704のように、私と競う存在もいた」
「はあ……もう何度も言ってるけど、僕にわかる言葉で説明してくれ。
 どうして今の話でコンピューターが人間の姿をしているとか、神様だとか、そういうことになるんだよ」
「……おかしい。妹は日本人なら感覚的に理解してくれると言っていた」
「……とにかくまあ、君が『自称』世界最初の商用コンピューターっていうことはわかったよ」

 津瀬現人は大きく溜息をつくと、すべてを理解することを放棄した。目標を切り替える。せめて、可能な範囲で理解してみようと考えた。

「むう。自称じゃないのに」
「僕に納得させない限りは自称だろ。
 もっと建設的な話をさせてくれ。あのなおしっていう男はなんなんだ。僕にあの剣を刺したみたいに、君のことも殺そうとしているのか?」
「殺すといえば殺す……かもしれない。
 704はなんとか私を仲間に引き入れようとしていたけど、今日の戦いで諦めがついたと思う。
 つまり、次からは私の存在を消し去るために挑んでくる」
「……そっか」

 結局のところ、現人がすぐにも知りたいのはその事だけだった。
 あの男が抱いていた害意がどんなものなのか。単なる顔見知りの喧嘩程度のものなのか。そうでないのか。

(……殺す。
 殺すだなんて。そんなことが、僕と、この子にあり得るんだな……)

 あまりにも現実感がわかない。
 けれど、現人自身が一度殺されかけている━━その事実が、何とかこのおとぎ話めいた状況と、リアルをつなぎとめている。

(他にも……)

 聞きたいことはまだ山ほどあった。
 ユニが手にしていた、あの巨大な棍棒は何なのか。なおしの持っていた剣は模造刀の類いではなく、本物なのか。
 あるいは、あのパンチカードと磁気テープはなんだったのか。

(ホログラム……3D映像……そんな説明は出来るんだけど……)

 そんなものを現人に見せて何になるのだろう。
 そして、志保に見えていなかったのは、どういった技術なのだろう。

「……うん、この辺りはとても理解できそうにないな……諦めよう」
「ウツヒト、一人で勝手に考え込んで納得するのはよくない」
「あいつにもよく言われるよ。
 それじゃあ、もう一つだけ質問させてくれ。あの時、通りかかった女子にも、志保のやつにも……古毛仁直こもに なおし、あの男は見えていなかった。
 これは間違いないよな? 僕の勘違いじゃないよな?」

 ユニは小動物のように、こくりとうなずいた。

「じゃあ、どうして僕には見えていたんだ?
 それがよくわからないし、気になる」
「ウツヒトはどうしてそんな質問をするの?」
「そこにいる人が、自分には見えていて、他の人には見えない。
 これは決してあり得ないことじゃない。軍用技術で光学迷彩なんてものもあるっていうし」
「変わっている。
 ふつうの日本人は幽霊とかそういうことを考える。ウツヒトはマイノリティ」
「うるさいな、僕はリアリストなんだよ。
 とにかく、あのなおしっていう男が、僕には見えてて、志保のやつに見えなかったのは、何かそういう技術なんだと理解しているからな」
「ウツヒトの理解はまちがっている」
「……君はそう言うけれど、僕が君の説明を理解できないうちは、『こっち側』の論理で理解を試みるしかないだろ」
「……アーキテクチャが違うと、いろいろめんどう。しかもウツヒトは強情」

 頬を膨らませて、ユニは幼い少女がすねるように呟いた。

「他にもおかしなことはある。
 志保には、僕と君が見えていた。なおしという男は見えていない。
 でも、あのとき通りかかった女子には僕しか見えていなかった。君となおしは見えていない。
 つまり……一人だけ見えない志保と、二人見えない通りすがりの女子。
 この違いはなんなんだ?」
「それについては、私にもよくわからない。
 けれど、私たち顕現存在セオファナイズドは何らかの形で、関係をもった相手には認識されてしまう」
「ん……一度見られたら、隠れようとしても、隠れられない、っていうことか?」
「そう思ってくれていい」
「関係を持つってどういうことだ?」
「たとえば、せっくす」
「ぶ」

 こたつの上にあった湯飲みを、ちょうど口に当てたところで、その言葉を聞いてしまったことを、津瀬現人は深く後悔した。

「……ウツヒト、きたない」
「きっ、君がいきなり変なことを言うからだっ!!」
「ウツヒトは間違った想像をしている。
 たとえば、私とウツヒトはすでにつながっている」
「ぼっ、僕は……変なことをした覚えはないぞっ!?」
「……べつに慌てる必要はないと思う。
 私とウツヒトのつながりは、FORTRAN(フォートラン)ソードの傷を癒やしたときに発生している。
 ウツヒトの中には、私の水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターが埋め込まれているから。
 これがつながり」
「……さっぱりわからないけど、輸血されたことがあるから、って考えればいいのか?」
「ウツヒト、その表現はとてもいい感じ」

 再び頭を撫でようと手を伸ばしてきたユニだったが、現人は無言で体を引いた。

「……ざんねん」
「子供じゃないんだから、そういうのはやめてくれ。
 で、志保はどうしてなんだ?」
「ウツヒトと私はすでにつながっている。
 つまり、ウツヒトと志保がつながれば、志保は私とも間接的につながることに━━」
「ち、ちょっと待てっ! 僕はまだあいつとそんなことしていないぞっ!!」
「……まだ? yet?」
「……さもなくばneverだ」

 顔にとてつもない熱量を覚えつつ、少年はうつむいた。

「べつにどちらでもかまわない。
 せっくすのような性的つながりがなくても、たとえば体液の交換があれば僅かにつながりは発生する」
「たっ、たいえ、きっ……って、君っ、年頃の女の子がそういう……!!」
「たとえば、唾液とか」
「だっ……え、えきも……ないっ! ないない!!
 志保のやつとそこまでしてない!」
「……いまのウツヒトも、唾液を飛ばしている」
「えっ」

 真っ赤になったままで、津瀬現人はユニを見る。
 少女は現人を指さしていた。正確には、現人と自分との間にある空間を。

「口を開いて、言葉を発すれば、少しではあるけれど、唾液は飛ぶ。
 ふつうは『つば』と言うけれど」
「つば……志保の唾っていうことか?」
「お料理をしながら喋っていたら、ほんの微量だけれど、料理の中に唾は混じる。
 特にお鍋とか、汁物とか」
「な、なるほど……そうか……そ、そういうことか……」

 ぐったりと肩を落として、津瀬現人は天井を仰いだ。
 照明がまるで手術室のように、まぶしく感じる。全身にくまなく張り巡らされていた緊張が、どろどろと溶けて消えていく。

「はあ……そうだよな……うん……」
「……ウツヒトはむっつりすけべ」
「そっ、そんなことはないっ!!」
「ウツヒトは体液というワードに対して、明らかに変な想像をしていた。
 科学的、あるいは医学的に体液といったら、普通は汗とか血液とか、そういうものを思い浮かべる。
 それなのにウツヒトは━━」
「わ、わわ、わかった! 僕が……その、早とちりだったから。
 認めるからさ……その話題は、もう勘弁してくれ」
「ウツヒト、また真っ赤になった」
「………………」

 少年は片手で顔を押さえながら、もう片方の手を突き出す。
 それは、およそ男が女に許しを請う姿勢として、もっとも情けないものの一つだった。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 その夜、津瀬現人は夢を見た。
 ひどくまとまりのない夢だった。両親との他愛ない会話。はじめて志保と遊んだときの光景。そして中学生になって、京という親友━━あるいは、悪友と出会ったときの思い出。

(こういう……ものだよな……)

 直接的な意識として自覚はしていなくても、夢を見るヒトは何となくわかっているものだ。これは眠っているときにみる夢であると。
 その意識が明確になれば、明晰夢とよばれる状態に近づくし、薄れるならば悪夢をまるで現実のように受け止めてしまうだろう。

(ああ……)

 走馬燈と言うには、あまりにも遅く、回想というには、ややまとまりがない。
 幼い頃からの1ページ1ページが、ランダムに現れては消える。そんな夢をみながら、現人が強く感じていたのは、疲労だった。

(━━そうだ、僕は疲れているんだ)

 悪酔いをしたとすれば、こんな気分なのだろうか。
 ぐわんぐわんと鳴る頭の中。しっかりしようとしても、どうにもならない。体にも、心には力が入らない。
 ただ、安らぎたい。強く強く願いながらも、襲いかかってくるのは、苦しさばかり。

(……どうして、こんなことに?)

 気がつくと、ユニバック・ワンと名乗った少女が少年の前に立っている。
 けれど、その表情はヒトのそれではない。無数の数字がうずまき、入れ替わり、蠢きながら、現人の前にある。
 ちょっとしたホラーのような光景だ。
 けれども、津瀬現人の心には何の恐怖もない。それは彼が右眼の単眼鏡モノクルを外したとき、いつも見ているものだから。

(そう……こんなのいつものことだ)

 気がつくと、夢の中にいる少年は右眼に単眼鏡モノクルをはめていた。

 刹那━━少女に表情が形作られる。人形のような、というほどではないが、美貌といってよい整った顔立ちが見える。
 光ファイバーほどに透明なその長髪は、白く。
 月の砂ほどに煌めくその瞳もまた、しろく。
 美しい。愛らしい。そして、シンプルにかわいい、と言っていいだろう。
 それを認めることに、なぜかためらいのようなものを感じつつも、津瀬現人は夢の中で問いかける。

「君は、誰なんだ」
「私は、ユニバック・ワン。
 世界で最初の商用コンピューター」

 またそれか、と思う。ほんの数時間前に聞いたばかりの言葉だ。その説明では理解できないから、こうして訊ねているのだ。

「私はエッカートとモークリーによって造られ、世界を変えた」
「そんな言葉を誰が信じる」
「ウツヒトは信じる。信じなければいけない」

 耳で、鼓膜で聞いているというよりも、その言葉は脳内に直接響いてくるかのようだった。
 夢の中で聞く声とはそういうものだ。津瀬現人はそれがわかっている。夢だから、表層ではわかっていないが、意識の奥底ではとっくにわかっているのだ。

「私とウツヒトはもうつながっている」
「………………」

 胸に暖かい熱を感じる。なんの説明も、推測もなく、それがユニのものであると信じられた。

「私は情報としてのウツヒトの傷を、ふさいだ。
 私自身の一部をつかって、ふさいだ。
 私とウツヒトはもうつながっている。情報と情報がインターコネクトされている」
「君が言っていることは、何もかもわからない。
 全部否定して放り出してやりたいくらいだ」
「それをしないのは、なぜ?」
「なぜって……」

 瞬間、目の前にいるユニバック・ワンの姿は爆ぜて、一振りの剣を持った男子生徒の姿が現れる。

古毛仁直こもに なおし……)

 津瀬現人にはそれが虚像であるとわかっている。それでも込み上がる恐怖を抑えられない。

「704はあなたを殺そうとした」
「………………」
「だから、私はあなたとつながっている。この事実をウツヒトは否定できない。
 だから、私を拒絶出来ない」
「…………うるさい」
「ウツヒトは、とても疑い深い。見たものを疑い、聞いた言葉を疑い、そして他人を疑う。
 ウツヒトは私を信じていない。つながった私を、目の前で704と戦った私を。
 ひょっとして、ウツヒトはシホも━━」
「うるさいっ!!」

 大きく腕を振りながら、少年は振り向く。
 そこにユニはいた。だが、夢は所詮夢。殴りつけるほどの勢いでふるった現人の右腕も、少女の体をすり抜けてしまう。

「あいつは……志保は違う。君と一緒にするなっ」
「ウツヒトはシホのことだけは信用しているの?」
「志保だけじゃない。父さんだって母さんだって……京の奴だって。
 僕には信じられる人がちゃんといる! 勝手なことを言うな!!」
「ならば、どうして私は信じられないの? 私と共に見たものを信じられないの?」
「それ、はっ……あまりにも、現実離れしていて……」
「現実?」

 そう言いながら、夢の中のユニは手を伸ばす。
 こちらの腕はすり抜けるのに、そちらの手はこちらをつかめるのか、不公平なことだ。右眼の単眼鏡モノクルを取り外されながら、津瀬現人はそう思う。

「う……」
「ウツヒトの言う現実は、どっち?」

 ユニの表情から、美しい貌が消え失せ、再び無数の数字が渦巻いた。吐き気にも似た不快感をおぼえつつ、現人は口元をおさえた。

「ウツヒトはとっくに現実離れしたものを見ている。ずっと、ずっと昔から見ている」
「やめろ……」
「ウツヒトは最初から、ふつうじゃない」
「やめろ……いいから、やめろ……」
「本当はわかっているはず。ウツヒトはシホたちよりも、むしろ私たちの方に近━━」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 叫んだ。その瞬間、夢は弾けた。
 もやもやとした疲労感も、浮かぶような接地感のなさも、一瞬にしてはじけ飛んだ。

「………………はっ」
「びっくりした~!!」

 そして、津瀬現人が目にしたのは、驚いて口をぽっかり開けている幼なじみの顔、いつもの天井、差し込む朝の光━━それらに覆い被さる無数の数字だった。

「っう……」
「あ、はいはい。モノクルね。現人、これがないと乱視辛いもんね~」
「……あ、ああ。悪いな」

 激しい頭痛に顔をしかめつつ、津瀬現人は慣れた様子で志保がさしだす単眼鏡モノクルを眼窩へはめこんだ。
 いつもの視界が戻ってくる。大きく息を吐き出すと、頬に暖かいものが押し当てられた。

「わ、ぷ……なんだこれ」
「お湯でぬらしたタオルよ。起こしにきたら、なんだかうなされてたから」
「……そ、そうか。ん、なんだ、まだ七時じゃないか」
「そうそう。もうちょっと寝てても大丈夫よ?
 志保様ちゃんがおいしい朝ご飯つくってあげるからね! あっ、辛いなら、学校休む? 風邪とかひいてる?」
「いや……学校は行くよ。別になんともないし」

 身を起こしながら、現人は自分がびっしょりと汗をかいていることに気がついた。
 時間にすれば、ほんの数分前まで夢の中にいたはずなのに、電源を切られたDRAMのように、その内容はもう思い出せない。

(でも……すごく嫌な質問をされたような……)

 そう、それを問いかけたのはあのユニバック・ワンで━━

「……っと。そうだ、志保。その……彼女は?」
「彼女? ユニちゃんのこと?」
「……ああ、それだ」
「もう~、他人行儀なんだから。
 ホームステイしにきたんだから、家族みたいなものでしょ? ちゃんと名前で呼んであげなさいよ」
「うるさいな。まだいろいろ慣れてないんだよ」
「うんうん、わかってるって。かなり人見知りするもんね、現人は」
「……うるさい」

 心の奥底を見透かされている。それは本来、嫌なものだ。
 しかし、今の津瀬現人は、志保に心を見透かされていることを嫌だと思っていない。

(そんな自分が……僕は嫌なんだ)

 この嫌悪感はあくまでも自分に対するものであり、あるいは自嘲であり、そしてふがいなさだった。

「で、彼女は?」
「頑なだなあ」

 あくまで呼び方を変えようとしない現人に、志保はくすりと笑った。

「ちょうどあたしが来た時に入れ違いで、出かけたわ。
 朝のお散歩だって」
「散歩、ね」

 のんきなことだと津瀬現人は思った。そこにはいかなる重大な意味もないと、その時は信じていた。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

「うむ、今朝も見事な皐月晴れだ」
「まだ五月になるまで、何日かあるだろ」
「心配するな、旧暦ならそもそも今は弥生だ。グレゴリウス教皇も許してくださることだろうよ、アーメン」

 畳んだ扇子でいい加減に十字を切ってみせながら、京は実に彼らしい楽天的な笑顔をみせる。

(……信用、か)

 その時、津瀬現人は断片的に夢の内容を思いだした。
 誰かに信用できる相手のことを話したはずだった。その中には、この悪友としか言いようがない親友もいたのだ。

「なあ、京」
「なんだ、現人よ」

 何でも言って見せろ、とばかりに彼の親友は笑っている。

「突然だけどさ……信用できる相手っていうのは、裏切ったりしないものだよな」
「ふむ。
 一般的にはそうだが、『確実に裏切る』と思える相手も、信用には足るだろうな」
「あれ? 京くん、確実に裏切られるのに、なんで信用できるの?」
「ふふふ、それはだな、志保殿」

 ばさり。扇子を開いて、テンプレートな平安貴族のように、口元を京は隠してみせる。
 長いまつげ。流し目。いかなる化粧もしていない高校一年生の少年だが、戦国時代に放り込んだら、どこかの大名の愛妾になっていたのではないかと、時々現人は思う。

「信用とは『信』じ『用』ると書く。
 こちらを決して裏切らない相手も、確実に裏切る相手も、どちらも行動が読める。信じ、用いるに足るわけだ」
「おー、なるほどね。すごいーぱちぱちぱち」
「……そういうものなのか?」
「今日も元気に疑り深いな、現人よ。
 ま、一般的にいう『信用』とは英語の『クレジット』であるからして、その場合は今の例は適当でないが……な」
「要するに、いつもの言葉遊びなわけだな」
「そう。今日も元気に言葉で戯れる。
 学生の本分に、これほど合致しているものはあるまい?」

 にまりと笑う京に、現人は半眼で返礼する。先ほどまで手を叩いていた志保が、表情に?マークを浮かべて、小首をかしげていた。

(でも……確実に裏切るのも、裏切らないのも同じ、か)

 親友の発言を言葉遊びと断じておきながらも、現人はそこに意味を見いだそうとしていた。
 ああ、やはり自分は京を信用しているのだ。こいつの言葉には、きっと拾い上げるべき意味があると信じているのだ。そんなことを思う。

(ゼロと1、だよな……)

 絶対に裏切らないゼロ。絶対に裏切る1。
 中間が存在しないという意味で、確かにその二つは等価なのだろう。
 コンピューターがゼロと1だけですべてを表現するように、まったくもってそれは『信』じ、『用』いるに足る状態なのだろう。

(彼女……ユニバックは、僕にとってどうなんだろう)

 答えは分かりきっている。
 ゼロでもなければ1でもない。彼女を信じられるとはとても思えないが、だからといって、自分に害をなすとも思えない。

(ということは、やっぱり僕は彼女を信用していないんだろうな……)

 どこか罪悪感にも似た思いを覚えつつ、現人は溜息をついた。

「ところで……ホームステイに来た外人さんとやらは、まだ俺には紹介してもらえないのかな?」
「………………」

 そんな現人の思考を呼んだかのように、京は問いかける。

 苦笑と共に現人は安堵感をおぼえる。
 いくらなんでもそんなはずはない。けれど、この悪友になら心の中を読まれてもいいかもしれない。
 志保の場合とは異なり、自分に対する嫌悪感を持たずにそう認めることができる。

「そうだな……何しろ女子だからな。志保はともかく、京は刺激が強すぎるんじゃないかな」
「だから取りゃせんと言うておろう」
「そんなこと心配してないよ。日本人がお前みたいなヘンタイしかいないと思われたら、国際問題じゃないか」
「失礼な、この俺ほど健全にして平々凡々たる男は存在しないというのに」
「……そういうことを平気で口にできるから、ヘンタイだって言うんだよ」
「えへへへ」
 男二人の他愛もない会話を、今日も志保はひたすら楽しそうに眺めていた。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 昼休み。

(今日は……どうしようかな)

 弁当箱をつつきながら、津瀬現人はぼんやりと思考を巡らせる。
 目の前では志保と京が何か口にしているが、うまく頭に入ってこない。
 どうせ今日の天気だの、晩ご飯のおかずだの、面白おかしく脚色した海外のニュースだの、昨日もどこかで起こったという停電の話だの、そんな程度のことに違いないのだ。

(……なんでだろう)

 なぜか今日に限って、この当たり前の光景が愛おしいほど貴重に思える。自分にとって、かけがえのないものなのだと、強く思える。
 それは死期の宣告をうけた末期病患者が、草の揺れる光景や鳥の鳴き声に覚える感情と同等である。

「う……ん……?」
「現人ったら、どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「ふっふっふっ、さては午後の数学のテストに戦々恐々だな?」

 だが、15歳の少年にそんなものが理解できるはずがない。
 そして、どれだけ彼を理解しているといっても、同い年の少女と少年もまた、そこまで察することはできない。

 結果として、何となくの違和感に津瀬現人は首を捻り、頭を垂れ、弁当をわずかに残したままで席を立つ。

(要は……さ。もやもやするんだよな……)

 階段をおり、昨日も一昨日も来た校舎裏へむかう。
 ユニがそこにいるだろうと、勝手に思い込む。
 まるで毎日決まっているゲームのイベントのように、そこで彼女に出会えるのだと、津瀬現人は思い込んでいた。

 ━━そこに古毛仁直こもに なおしの姿を認めるまでは。

「あ、あんたは……!」

 ぞくりとした感覚が背中を走り抜けると同時に、自らの不明を恥じる。
 そうだった。この場所は連日のように少女と言葉を交わした場所であると同時に、この男に殺されかけた場所でもあるのだった。

(なんてこった……くそっ)

 平和ボケ、という遠い昔から日本人に対して使われている罵りが、脳裏をよぎった。
 こんな場所は当然に避けるべきだったのだ。そして、この男が校内にいるのなら、そもそも登校すら控えるべきなのだ!

「……ふん。お前か」

 なおしは現人を一瞥すると、何ともつまらなそうに眉をひそめた。現人ではない誰かを期待していたような、落胆がありありと表情に表れている。

「ユニバックならいないぞ」
「………………」
「逃げたければ逃げればいい。消えたければ消えろ。私は追わん」
「……ずいぶん、傲慢なんだな」
「私は二年生ということになっているからな。
 上級生が下級生に対して傲慢であるのは、この国の伝統だろう?」

 まるで自分の祖国では違う、とでも言いたげになおしは皮肉げに笑ってみせる。

「傲慢ついでにもし用事がないのなら、世間話に付き合ってもらおうか」
「世間……話、だって?」

 いつでも後ろを向いて走り出せるように、両足のつま先へ力をこめながら現人は訊ねた。
 不思議なことだと思う。ここはいつもの学舎で、時間は昼休み。すこし離れた場所では、談笑している生徒の姿も何人か認められる。
 そんな日常の延長に過ぎない空間だというのに、自分は今━━死とつながる相手と対峙している。

(……夢でも見てるんじゃないか)

 いつものように、津瀬現人は自らが見ているものを疑った。
 だが、そうではない。これは紛れもなく、現実なのだと自分に言い聞かせる。
 そんな浮ついた考えに浸っていると、今度こそ殺されるかもしれないぞ、と強く自らを戒める。

「お前は……津瀬現人。一年のA組だったか」
「僕の名前を教えたつもりはない」
「顔がわかれば、データベースで照合はできる」

 当然事のようになおしは答えた。
 もっとも、現人はそれに納得せず、ユニが口にした『ウツヒト』という響きから、検索でもしたのだろうと推測したが。

「少年、お前は今の時代をどう思う?」
「………………は?」
「この時代についての感想を聞いている。今、お前が生きている2085年の現代だ」
「………………えー、っと」

 ひょっとしたらこの男はバカなのではないか。
 そんな思いを現人は意識の底へ押し込めた。そのバカに殺されかけたのが自分なのだ。

「言ってる意味がわからないんだけど」
「それはこの時代について感想はない、という理解でいいのか?」
「いや、時代についてとか……そんなこと言われても。
 あんた一体、何が聞きたいんだ? 別に悪くない……時代だと思うけど」
「ふん、この時代の少年とはそういうものか。
 まあ理由も考えもなしに、現状への反発だけを気取られても困るがな……悪くない時代だと言ったな。何を根拠に悪くないと断ずる?」
「断定してるつもりはないよ。何となくそう思うだけだ」
「何となく、とはな」
「そんなこと言ったって……とりあえず、食べて、暮らして、勉強できるんだから、悪い時代じゃないだろ?」

 京の奴が隣にいたら、もう少し洒落た例え話でもまじえてくれるのではないか。そんなことを考えながら、津瀬現人は言葉を紡いだ。

「くくっ」

 そして、なおしはあざ笑う。

「何も知らんな。
 そして、何も考えていない……ユニバックの奴がやたらと関わるものだから、特別な何かがあるのかと思ったが……どうやら、本当に『ただの』少年というわけか……」
「なんなんだ……さっきからあんた、何が言いたいんだ……?」
「この時代は、腐っている」

 ぱちり、となおしは指を慣らした。
 すると、校舎裏に備え付けられている照明灯が、一瞬だけ点灯した。

「今、私が何をしたかわかるか?」
「………………手品」
「たわけ」

 言葉とは裏腹に、なおしは現人の答えに愉快さを認めたようだった。楽しそうに笑いつつ、言葉を続ける。

「今、あの照明のセンサーに干渉した。
 照明のセンサーは光度の情報を持っている……さらに、時刻も独立してカウントしている。
 この学校の校舎裏にある照明は、無線で一元管理されているのだ。
 特定の時刻━━つまり、夜が来たならば自動で点灯するように。そして、夜でなくても極端に暗くなったら、点灯するように。
 これは雨天や、時刻の誤検知を考慮したものだ。さらに言うならば、使用時間に応じた故障予測もできる」
「……それがなんだって言うんだ?
 大体、どこの街灯も似たような機能を持ってると思うけど」
「これらはすべてコンピューターの力あってこそだ」

 天の恵みを語るように。大地の恩寵を示すように。両腕をおおきく広げながら、なおしは言った。

「照明を管理し、通信するシステムチップ……それを管理するサーバーたるマシン……そして、それらを構成するアーキテクチャ。命令セット。メモリシステム。プログラム。データセット。バックアップ……すへでが組み合わさって、やっと実現されているものだ」
「だからどうしたって言うんだ。そんなの今の時代には、当たり前のことだろ?」
「当たり前ならば、偉大なる技術に感謝しなくてもいいと言うのか?」

 なおしの瞳に怒りの炎が宿った。

「当然に在るものならば━━膨大な蓄積と無限の労苦と革新の技術を忘れ去ってもいいというのか!?」
「………………」

 津瀬現人は困惑していた。
 一度、殺されかけた相手に対する恐怖は消え失せ、今はただ、訳の分からぬ理屈を並べ立てる男へどう応じればいいのか。

 呆けた老人のような。あるいは、沸点の読めないクレーマーのような。そんな相手と話している感覚だった。

「ユニバックもきっとそう思っていることだろう」

 ━━古毛仁直こもに なおしの口から、少女の名前を聞くまでは。

「あんた達は……彼女のなんなんだ」
「お前こそなんだ。知己ではあるまい。親族などであり得るはずがない。
 そもそも我々、顕現存在セオファナイズドがお前のようなただのヒトと関わりを持っていること自体が異常なのだ」
顕現存在セオファナイズド……またそれかよ」

 覚えにくい英単語を、繰り返し出題された時の顔で、現人は髪をかきまわした。

『つまり、かみさま』

 昨夜、ユニが告げた言葉が頭の中で響く。
 神? 神様ってなんなんだ? だとしたら、この男も神様だっていうのか?

「オカルトとか新興宗教とか、そういうものかもしれないけど、巻き込まれちゃたまらないんだけどな……」
「浅薄の徒は理解のとどかぬ存在を、常にそうした言葉で片付ける。
 ユニバックから説明を受けていないのか?」
「されたよ。でも、意味不明だった」
「ならば、この私からも告げてやろう。
 我らは顕現存在セオファナイズド。在りし日の商用コンピューターが、ヒトの形をとった者。
 コンピューティングに名誉を取り戻すために。コンピューティングに尊厳を取り戻すために。
 この私はここにいる!!」
「彼女も……ユニバックもそうだって言うのか?」
「━━やっと名前を呼んでくれた」
「あ……」

 そのとき、現人は背中に少女の体重を感じた。
 会話に集中していた現人の背後から、こっそり忍び寄ってきていたのだろう。制服姿のユニが、抱きつくように津瀬現人の背中にもたれかかっている。

「な、なんだよ」
「ウツヒトはまだ私たちのことが認められないの?」
「それは……」
「目の前で、見せられても?」

 ユニの小さな唇が何事かを囁いた。すると、現人の眼前に小さな光が舞い、リン酸銅の金属テープがひらひらと幻出する。
 機械的で、非装飾的。けれど、なぜか懐かしさを津瀬現人は感じていた。

「ふん……」

 じっと見つめるユニの視線から何かを察したのか、直もまた何枚かのパンチカードを幻出させる。

 夢のような、と形容するには機械的すぎる光景。
 おとぎ話のような、と表現するにもテクノロジーの匂いが強すぎる光景。

 そして、現代的な━━と断ずるには、磁気テープとパンチカードの組み合わせは、あまりにレトロだった。

「明日だ」

 津瀬現人の答えを待たずに、なおしは言った。

「明日、決定的なことが起きる」
「……いよいよ全国的な停電を引き起こすつもり?」
「え?」

 現人は愕然とした。なおしは悠然と笑っている。ユニの瞳は鋭く、しかし激情は見て取れない。

「ちょっと待て。最近、頻発してる停電の件って……」
「私たち顕現存在セオファナイズドは、過去の商用コンピューターがヒトの形をとって、この時代に顕現したもの」
「我らは常に世界の、国家と組織の基幹に在った。電力の制御などはその最たるものだ」
「そんな……」

 ぞくり、と嫌なものが背筋に走り抜ける。同時に強く思う。

「な、なんでだよ。そんなことをする理由はなんだ?
 電気を止めるなんてテロと同じじゃないか」
「テロだとも。それがどうした?」
「ふざけるなよ。テロなんて、許されるわけないだろ」
「腐った時代に火を入れるためのテロがなぜ悪いか! 無知な少年!!」

 なおしは現人を一喝した。少年は思わず後ずさる。顕現存在セオファナイズドの瞳に燃え上がる、強大な怒りに圧倒される。

「言ったはずだ。この時代は腐っていると。
 すべてをコンピューターに支えられながら……その恩恵を意識することもないと。
 我々にはそれが許せない。しかしヒトは学ばない。省みることもない。
 であるならば、手段は一つ━━思い知らせることだ」
「思い知らせる、って……」

 だからテロを実行するというのか。
 毅然と語るなおしの言葉に、現実感はカケラもない。ただの高校生に━━あるいは、高校生の姿をした者が、そんなことを実行できるとは到底思えない。
 けれど。

(……どこまで疑い続けるつもりなんだ、僕は)

 ユニが幻出させた金属磁気テープを、なおしの周囲に浮遊するパンチカードを、津瀬現人は見つめる。
 それは確かにある。
 幻想でもなく、錯覚でもなく、彼には見えてしまっている。

(このまともじゃない現実から、もう逃げられないんだ、僕は!!)

 ぎゅっと目をつむったその時、ユニが手を伸ばした。

「待っ━━」

 津瀬現人には、なぜか彼女が何をしようとしているのか分かった。
 そして、彼が覚えていない夢の中でそうしたように。ユニは不意に彼の単眼鏡モノクルを外してしまう。

「あ……あああああああああああ!?」

 瞬間、視界に数字が踊る。
 だが、それだけではない。見えてしまう。読めてしまう。金属磁気テープに記録された情報の渦が、1行80桁で記録されるパンチカードの内容が、単眼鏡を介さない、素の右眼には見えてしまう。

 激しい頭痛がする。脳が悲鳴をあげる。
 それは膨大すぎる情報が押し寄せてきたことによる、オーバーフローの痛みだった。情報処理になれていない少年の脳は、8ビットのホビーマシンにもおとる能力しか発揮できない。

 あふれる情報は脳内を乱すノイズとなる。単眼鏡モノクルを介さず、津瀬現人が数字の世界を見つめる時に起こる痛みの原因は、すべてそれだった。

「あぐっ……ぐ、あ……は……」
「………………やっぱり、そう」

 ユニバック・ワンは哀れむように、けれど愛おしむように、優しく微笑むと、頭を押さえてもがき苦しむ少年の右眼に、取り去った単眼鏡モノクルをはめ直した。

「……なんだ?」

 なおしは現人が苦しんでいる理由も、そして、ユニが何かを悟った様子も、何もわからないようだった。
 わからないことには、疑問を感じても、答えは出せない。予断に陥ることもない。
 彼の態度はなるほど、歴史上の商用コンピューターがヒトの形をとった顕現存在セオファナイズドとして、正しいものだった。

「704」

 ユニはなおしの名前を呼んだ。彼本来の名であり、コンピューターとしての型番であった。

「私はあなたたちを止める」
「戯れ言を。そんな能力がお前にあるものか。
 妹も一緒ならともかく、今のお前はたった一人だ。何ができる?」
「私は一人じゃない。ウツヒトがいる」
「……無知で、認識が浅く、コンピューターに詳しいわけでもない、無力な少年が何の役に立つというのだ?」
「それは明日、分かる」

 よどみのない声で断定するユニに、なおしはただ眉をひそめるだけだった。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。息を荒げ、立ち尽くす津瀬現人を残して、二人の顕現存在セオファナイズドは去る。
+注意+
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