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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第四章『ノイマン型の王』

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第一話『秋の訪れ。夜の者達の訪れ』(3/4)

 昼が過ぎ、退屈で長い午後の授業がやっと終わった頃には、太陽がずいぶんと傾いていた。

「こうやって、だんだん日が短くなっていくんだよな」
「そうね~。ほら、前に京くんが言ってたじゃない。
 いちばん日が短いのが12月だって」
「ああ、なんだっけ。夏至だっけ」
「とーじ。冬至よ、冬至。その頃には二学期も終わりね!」

 ほんの僅かに肌寒さを感じさせる秋の夕暮れ。

 いつもの下校路とは違う道のりを歩いているのは、津瀬現人と初敷志保の2人だけである。
 京は用事があるといって、ホームルームが終わるなり走り出してしまった。

(それと、ユニは……)

 こんな理由があるから、まっすぐ家には帰らないけど、どうする? と訊ねると。

「ううん、いい。先に帰る」

 彼女はふるふると小さく首を振って。
 はじめて伝えた時のように。けれど、そろそろこの件は訊かなくてもいいよ、と言うように。
 迷いなくNoの答えを返したのである。

「でも、ユニちゃんが病院嫌がるなんてちょっと意外かなあ」

 志保が言う。
 気が早い落ち葉の一枚がさくり、という音を立てながら潰れる。

「まあ、病院って言っても、かかるのはユニじゃないんだから、暇なんだろう」
「あはは、そうね。
 だけど、毎回来ないなんて……あ、もちろん来てくれないのが不満、とかそんなつもりはぜんぜんないんだけど。
 やっぱりユニちゃん病院苦手なんじゃない?」
「そういうことはないと思うけど」
「ほらっ、あんなに色白いし。細いし。
 ちっちゃな頃はすごい病弱だったとかっ」
「………………」

 何か重要な秘密に気づいてしまったつもりの顔で、人差し指を立てて見せる志保に、現人はしばらく沈黙すると、

「志保」
「あたっ」

 ぴたり、と音がする程度の強さで、少年は少女のおでこをつついてみせる。

「も~、なによ現人ったら」
「病弱だったのはむしろ志保の方だろ」
「え~、そんなことないわよ。
 確かにこどもの頃はちょっと病気とかしがちだったけど? 今でも体育の成績はあんまりよくないけど?
 日常生活にはぜんぜん問題ないって、お医者さんにも言われてるし!!」

 夏に戻ったのではないかと錯覚するほどパワーのある笑顔で、志保は自分の胸をたたいてみせる。
 その音がどん、にならずぽよん、になってしまうほどには、相変わらずよく育っている胸元が、現人の眼前で健康体を主張している。

(……確かに、今はもう心配ない。
 そのはずだったんだろうけど)

 ━━記憶は数カ月前に飛ぶ。

 いてはいけない場所。
 来てはいけない場所。
 そこに志保はいた。

『Bang、だ』

 天井から降り注いだ照明機材。
 硬質な音の乱舞と、埃の中に消える志保の姿。

(……くそっ)

 その光景を思い出すたびに、津瀬現人は怒りにふるえる。己を呪いたくなる。

 なぜ、もっと彼女を遠ざけておかなかったのか。
 なぜ、もっと彼女の安全を確認しなかったのか。
 なぜ、『その瞬間』に自分は彼女を守れなかったのか。

(あれは……僕のせいだ)

 事情の知る者ならば、誰もが津瀬現人の思いを否定することだろう。

 あれはバイナックという卑劣な手段をいとわない顕現存在セオファナイズドがいたからこそ起こった、とても不幸な出来事であると。

 そして、不幸中には大きな幸いがあり、初敷志保は天井から落下した照明機材に接触したというのに、大きな怪我をすることもなかったではないかと。

(照明ライトのステーが肩にかすって、転んだところに……落ちて跳ねた外装カバーが後頭部に当たった……か)

 大小のかすり傷もあったとはいえ、死んでいてもおかしくなかった状況で、初敷志保は奇跡のように軽傷だった。

 また、物語が辻褄合わせに収斂するように、前後の記憶が一部飛んでいたことあって、彼女はその場で顕現存在セオファナイズド同士の戦いが行われていたことも認識しなければ、現人やユニがいたことも覚えてはいなかった。

(……学校側とは、なんだかいろいろ面倒なことがあったらしいけど)

 常識的に考えれば、校内設備の破損で生徒が怪我をすることは大問題であり、いくら偽メッセージで呼び出されたとはいえ、夏休みの夜間に校舎へ入り込んでいた志保にも、問題があるはずだった。

 だが、それらの事情は、どうも『校舎がまだ空いている時間帯に体育館の照明器具が落下。その音に驚いた女子生徒が転倒して頭を打ち、夜間まで気絶していた』という奇妙な形でまとめられてしまったらしい。

(……絶対に、おかしい)

 津瀬現人は当然、そう思った。

 疑問を差し挟むこともできた。
 だが、そんな彼を思いとどまらせたのは、学校側の━━つまり、教師であるユニバック・(ツー)こと、ニューニの言葉だった。

『これ以上、志保さんを巻き込みたいんですか?』

 と、彼女は言ったのである。

(………………)

 その時、カッと激情のようなものが脳内で弾けたことはよく覚えている。
 だが、いつになくシリアスなニューニの表情が、彼を思いとどまらせた。

(……何かが、あったんだ)

 現人自身が把握しているだけでも、この南多磨高校には、教師としてユニバック・(ツー)
 生徒としてIβM 704、System/360、夜制のフェランティ・マーク・ワン。

 何より、エッカート・モークリー・ユニ。つまり、ユニバック・ワンが在籍している。
 少なくとも5人の顕現存在セオファナイズドが彼の高校にはいるのだ。

(きっと、ニューニのやつが……)

 そんな南多磨高校の中で。
 ニューニは彼女自身の力も用いて、現人や志保や、自身の姉であるユニにとって、不利益にならないよう動いてくれたのだろう。

 そして、その結果が『校舎がまだ空いている時間帯に、体育館の照明器具が落下。その音に驚いた女子生徒が転倒して頭を打ち、夜間まで気絶していた』なのだろう。

「…………………………はあ」

 少年の口からこぼれた溜息は、自分の未熟さを思い知らされたことから出た、慨嘆のそれであったが。

「どうしたの、現人?」

 少女の瞳が見つめるものは、世界でいちばん優しいと信じている相手が、ひきつった表情で虚空を睨んでいる横顔だった。

「現人、すごく怖い顔してた」
「え……そ、そうかな?
 はは。えっと、その。京のやつがまたバカでさ。それを思い出して、むかついてたんだよ。ははは」
「嘘ついたらだめよ」

 不意に足を止めると、志保は右手を伸ばした。そして、もっちりと柔らかい手のひらを現人の左頬に当てる。

「だめよ、現人。
 なにか抱え込んでたら、ちゃんと志保様ちゃんに話してね」
「………………志保」
「現人はなにか悩んでるでしょ。
 とっても辛い悩みで、きっとすぐに答えが出ないんだよね? でも、そういう時は誰かに話したら楽になるから。
 ね? あたしでも、ユニちゃんでも、京くんでもいいから、ちゃんと話してね」
「……志保……」

 刹那━━視界が滲んだ。

(いや)

 だが、15才の少年は己に涙を流すことを許さなかった。
 逆に表情を引き締め、頬にある志保の右手に、自分の左手を重ねた。

「大丈夫……僕は大丈夫だよ」
「でも、悩んでる」
「確かに悩んでる。志保にそれを隠したりはしないし、できない」
「そうよ~、現人のことなら志保様ちゃんはなんだってわかっちゃうんだから。
 隠したって、ムダなんだからね?」

 すこし安心したように微笑むと、志保は左手を現人の右頬に当てた。
 自分より背の低い少女に、両の頬を手で挟まれている少年。ふざけあっているようにも見えるし、あるいは責められているようにも、見えたかもしれない。

「……大丈夫」

 もう一度、その言葉を繰り返して、津瀬現人は志保の左手に自分の右手を重ねた。
 現人の頬で、2人の両手が重なっていた。

「大丈夫。すぐに解決してみせるよ。ありがとう、志保」
「うんっ、解決するように願ってる」

 ひときわ冷たい風が吹いた。だが、少年と少女にとってはお互いの
手のぬくもりが引き立ったに過ぎない。

「じゃ、いこっか」

 わずかに名残惜しそうに。現人の指へ、自分の指を絡ませるようにしてから、手を離したあと、初敷志保は歩き出した。

「もうすぐそこだよ、市民病院。今日の診察は待たされないといいね」

 その日は、後頭部を怪我した志保が、最後の定期診察を受けにいく日だった。

~~~~~~Deep Learning War 2035~~~~~~

 ━━それから何時間か経ったあとの津瀬宅。

「というわけで、最後の診察も異常な~し。
 後遺症もないし、脳波もおっけー、ちょこっとだけ傷跡が残ってるらしいけど、髪をかきわけないと分からないって。
 志保様ちゃん、完全ふっかーつ!!」
「わー、ぱちぱちぱち。おめでとう、シホ」
「よかった……いや、本当によかったよ」

 テーブルに並んでいる料理はスーパーで調達した総菜ばかり。
 小さなケーキがアクセントとなっているが、その総量は普段よりもすこし多い。

(……診察が終わったのが7時過ぎで、買い物して帰ってきたのは8時だもんな)

 家に帰ってきたその時、現人が最初に見たのは必死の形相で空腹を訴えるユニだったが、料理を作る時間はないと判断した志保は正しかったと言えるだろう。

「ごめんね、ユニちゃん遅くなっちゃって。
 でもその代わりたくさんあるからね。お腹いっぱい食べてちょうだい!」
「うん。食べる。シホの全快祝いだから、食べてお祝いする」
「ユニ、よだれ……」

 恋人同士が見つめ合うほどの距離で、鶏肉の照り焼きと見つめ合っているユニは、ナプキンで軽く口元をふき取ると、許可を求めるように志保を見た。

「はいはい。それじゃあ、いただきます」
「いただきます……はぐっ」
「……いただきます」

 両手をあわせてそう言い終わるや否や、真っ先に肉へかじりつくユニを見ながら、こんなに食欲が強かっただろうか、と現人は思ってしまう。

「今日のユニちゃんはたくさん食べるわねえ」
「まあ……そういう日もあるんじゃないか?」
「やっぱり、いいよね。こういうの」

 一応は全快祝いの席、ということで、椅子の配置をすこし変えて、上座にあたる位置へすわっている志保は、ほっぺたいっぱいに鶏肉を詰め込んでいるユニを見つめている。

「あたし、ユニちゃんみたいな娘がほしいなー」
「………………ぶ」
「はい」
「あ、ああ……すまない。ま、前には妹とか言ってなかったか?」
「そうだっけ? まあ、別に妹でもいいけれど」

 ご飯粒を吹き出した現人に、ノータイムでナプキンを差し出しながら、志保は首を傾げる。

 現人はそのナプキンで、つい先ほどユニがよだれを吹いていたことに思い至ったが、細かいことは考えないことにして、自らの口周りをぬぐった。

「あら」

 そして、現人がナプキンをテーブルに置くと、フルーツジュースを飲んでいた志保が声をあげる。
 見れば、志保の唇から顎にかけてジュースが垂れそうになっている。

「あらら、と」
「………………」

 当然のように志保は現人が━━そして、その前にはユニが使っていたナプキンを手に取った。
 今にもぽとり、と落ちそうなフルーツジュースと一緒に自分の口元を一拭いすると、にっこりと笑う。

「いいよね。こういうの気にしないでいいのって」
「………………そうだな」
「?」

 志保の笑顔はどこまでも慈愛に満ち。
 現人の微笑みは何かを達観したように落ち着いていて。
 そして、ユニは事態を飲み込めていないのか、口の中でハンバーグをもぐもぐとしながら、目を丸くしていた。

 津瀬宅の夜は、平穏に更けていく。
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