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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第四章『ノイマン型の王』

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第一話『秋の訪れ。夜の者達の訪れ』(2/4)

「であるからして~、であるからして~、つまり、であるからして~。はいっ、わかりましたかね、皆さん?」
『ニューニ先生、さっきから「であるからして」しか言ってないですよね?』
「あいやー、これはバレてしまいましたね! あははははー!!」

 午前の教壇。アメリカンサイズの成人女性そのものといった、上半身を豪快に揺らして、現人にはとっては見知った顔が笑っている。

(あいつめ……)

 その教師は外国人である。いや、それだけならこの南多磨高校ではそんなに珍しくもない。
 たとえば、現人達の通う昼制とは異なる夜制━━かつて定時制と呼ばれた夕方遅くからのコースでは、外国人も結構な割合で所属していると聞く。

「はーい、それじゃあ変な顔してる津瀬くん!
 教科書の72ページから、美しく格調ある感じで、へーあんキゾクのように読み上げてもらいましょーかー!!」
「………………」
「ウツヒト、がんばれ。がんばれ」

 赤く長い髪と超弩級のバストをぶんぶん揺らしながらそう言った教壇の彼女。

「ニューニもきっとウツヒトに期待して、ああ言ってる」
「……とてもそうは見えないんだが」

 つまり、ぽそぽそと小声で現人を応援しているユニの()であるところの外国人女教師ニューニ。そんな彼女を抗議の半眼で見つめ返しながら、津瀬現人はペーパーブックタイプの教科書をぱらぱらとめくった。

「えっと……プログラムの実行に関する技術の歴史」
「はい、続けて」

 ご満悦、といった表情でにやにやと女教師ニューニは笑っている。
 もともとこの授業を担当していた里沙先生が産休に入ったという事情があるとはいえ、よりによって彼女に教えを請うことになるとは現人も思っていなかった。

(ニューニ……ユニの妹……つまり、顕現存在セオファナイズドユニバック・ワンの妹。
 ユニバック・(ツー)、その29号機)

 そんな相手に『コンピューティング史』の授業を受けているのだから、考えようによってはこの上ない超好待遇とも言えるのだが、なにぶん、このクラスにいる生徒達は自分とユニ以外、ニューニの正体を知らない。

 もちろん、ユニの正体も、そして現人との関係も知らない。

(……まあ)

 せいぜいユニが津瀬宅にホームステイしていることがあっという間にバレたくらいだが、なぜか浮ついた噂のひとつも立たないのは、きっと京の奴がうまくフォローしているからなのだろうと、現人は勝手に思っている。

 ━━実際には、一部で二股男と呼ばれていたりもするのだが、それは大した問題ではない。

「かつて、ENIACの時代に固定回路として実装されていたプログラムは、次の世代で変革を迎えた━━」
「はい、そこまで。いいですか~、ここはテストにでますよ~。
 ああ、このセリフ言ってみたかったんですよね! 黒板にチョークでコンコン、と……ディスプレイじゃ無理ですね~、とにかくですね!!」

 2085年の現代に青春を謳歌している少年少女たちにはまったくわからない独り言をぶつぶつとつぶやくと、ニューニは教卓をばん!と叩いて言った。

「今でこそ……いえ、100年前の1980年代ですら当たり前のことでしたが、プログラムをどこに置いてどう扱うか、というのはコンピューターにとって本質的な問題なんですね!」

 ニューニは語る。
 原初のコンピューターたるENIACの時代、その世代。

 プログラムとは回路図そのものだった。
 さもなくば、無数のパンチカードや鑽孔(穴あき)テープを通じて、実行するたびに読み込まれるものだった。

「まあ、この教室にたとえて言うなら、毎日の時間割が貼ってありますね? 今日は月曜日の4時間目ですよね~。
 見れば一目瞭然。今から何をすればいいかわかりますし、次に何をすればいいかもわかりやすいわけです。
 ところが!」

 熱を込めて女教師ニューニは語る。

 現人が教室を見回してみると、生徒のうち、その説明を重要なものとして受け止めている者は、2割もいないようだった。
 だが、ユニが意味ありげにうんうんとうなずいているので、きっと大切な話なのだろうと、少年は思った。

「ENIACはじめ、初歩的なコンピューターの時代はそうじゃなかったんですね~!
 時間割っていうのは手元にないんです。
 ひとつの授業を終えたら次は何の授業か? いちいち教えてもらっていたわけですね。
 んー、そうですね。終わりのチャイムが鳴ってから、次の授業を教えてくれる紙切れがぴら~っと投げ込まれる感じですね」

 両手の指をちょこちょこと動かして、何かを放るポーズのニューニ。
 それが紙飛行機であると気づけた生徒もまた、決して多くはない。

(あれって、なかなかうまく飛ばないんだよな……)

 現人にしても、自分で作った記憶がなければ、意味不明のジェスチャーとしてスルーしていたことだろう。

「別にそれでもプログラムの実行が途切れるわけじゃないですけどね!
 でもねえ、考えてみてください。
 皆さんがコンピューターのプログラムは分岐したり、前にもどったり、あっちに行ったりこっちに行ったり大変なわけです!
 そんなプログラムが逐一、ロードじゃ困りますよね!
 だってプログラマは計算の動きまで全部把握してプログラムを書かないといけないわけです!
 あれっ、それってヒトの手でやっちゃった方が早くない? そんな状況も出てくるわけでしてわけでして!!
 はい、そこで!!」

 絶叫熱弁。どうしてそこまで力を込めているのだろうと、教室の大半が首を傾げはじめたとき、ニューニは再び生徒の1人を指名した。

「エッカート・モークリー・ユニさん! ちなみにワタシの名前はエッカート・モークリー・ニューニですが!
 現代のコンピューターにおいて当たり前となった、プログラムの実行方式を確立したコンピューターは、どこの国でつくられたでしょーかー!!」
「……アメリカ。
 正確には、設計のスタートがアメリカで、最初に実機として製造されたのはイギリス」
「そのとーり、さすがユニ姉様! かわいい! 賢い! 尊い!
 スタートと完成が別の国なんて、なんだか航空母艦みたいですねえ。あ、これ皆さん覚えなくていいんで。イギリスっぽく! 皮肉げにキリッ、と!」

 それが紅茶の好きな夜制生徒の物真似であると気づいたのは、ぶ、と吹き出してしまった津瀬現人たった1人である。

「それじゃあ、続けて答えていただきましょーか!
 そのコンピューターの名前は? イギリスで製造された方でいいですよ?」
「名前は━━」

 ふと。

 少女は。顕現存在セオファナイズドは。ユニバック・ワンは、何かを思うように目を閉じた。

(……綺麗だなあ)

 ただ目を閉じる。教室に立っている。
 それだけのことなのに、その横顔は津瀬現人にとって、どんな名画に描かれた美女よりも美しく、神々しく見えた。

「そのコンピューターの名前は━━」

 そして、世界で最初の商用コンピューター、ユニバック・ワンは正解を口にした。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

「ごきげんよう、夜制『委員会』の者です。
 昼制『役立たずの生徒会』室はここでよろしかったですかな?」
「……なんだお前は」

 それは1年生の選択授業が━━たとえば、『コンピューティング史』の授業が終わったあと。

 つまり、お昼休みの時間帯。
 にぎやかな各クラスの教室と異なり、ひっそりと静まりかえった最上階の生徒会室に、ビーバーハットをかぶった1人の男子生徒が訪れていた。

「おっと、失礼。部屋を間違えましたかな?
 それとも『役立たずの生徒会』を構成するのは、レディがたった1人でしたかな?」
「いいや、部屋は合っているぞ。
 昼制『庶務が有能きわまりない生徒会』室はここだからな。
 とはいえ、私は静かなランチタイムを邪魔されるのが嫌いなのだが」
「やはり、失礼。お邪魔をするつもりはありませんので、食事を続けてください。
 つまりあなたが久礼一くれいはじめの下で働いているという、庶務の弥勒零みろくれいさんですかな?」
「……言っておくが、奴の下で働いているつもりはない」

 その女子生徒は。
 白いご飯の上に海苔でクマの顔をかたどった、ファンシーな弁当を広げて、生徒会の円卓に独り座っている弥勒零みろくれいは。

「合意の元で手を貸してやっているだけだ」

 すなわち、IβM System/360の顕現存在セオファナイズドは不満げに応えた。

「だいたい、夜制の生徒がこんな時間から校舎をうろうろするな……もぐもぐ。
 不快にまでは思わなくても、不審に思う者はいる……はぐ」
「フーン、ム。
 しかし、昼制夜制を問わず、生徒の出入りは自由のはずでは?」
「それは建前だ。
 実際は夜が来る前に昼制の生徒は下校をうながされるし、夜制の生徒が午前中から登校することもないだろう。はむ、んぐ。
 ヒトには縄張り意識というものがある……くだらん軋轢を避けるのも、賢者の知恵というものだ……もぐり。ほぐほぐ」
「フーン、ム」

 そう言いながら、夜制の生徒はビーバーハットを深くかぶりなおした。

 茶色の髪は少しくせっ毛で、しかしその顔立ちは貴族じみた整い方である。
 よくよく観察してみれば、学校指定の上履きではなく、着色処理をした室内用の革サンダルをはいているようだ。

(本物のビーバー皮か……?)

 よく知られている紳士帽の材質とはどこか違うように見えて、弥勒零みろくれいは内心、首を傾げる。

 そのビーバーハットにせよ、革サンダルにせよ、学校指定の服飾規則からは当然はずれているのだが、デザイン的には制服と統一性があるように見えた。

(つまり、わざわざ制服に合わせたデザインで規則違反の帽子と靴を仕立てたわけか……ご苦労なことをするものだな)

 ご飯とおかずで膨らんだほっぺたをもぐもぐと動かしながら、弥勒零は感心半分呆れ半分の思いだった。

「驚きましたよ」
「……んぐ。なにがだ?」
「アメリカ人とは思えない物言いだ。
 タテマエにホンネ。ずいぶんとジャパナイズされているではないですか。
 ビームでも浴びましたか? IβMはショーシャの資本にでも買収されたんですか?」
「ばかばかしい。ぱく。私はローマ人がローマにいる時のように。もぐ。振る舞っているだけだ。ごくん。
 ……ごちそうさまでした」
「おお、神よ!!
 なんということだ! ここに信仰を捨てた者がいる!」

 両手をあわせて、ぺこりと。
 少なくともジーザスではない何かに感謝を捧げている弥勒零みろくれいをみると、夜制の生徒は嘆き悲しむように、首を横に振った。

「はっ」

 その声に対して、彼女は何ら驚きや動揺を示さず。

 しかし、僅かな警戒を込めて、夜制の生徒を見つめなおした。

「━━で?
 さっき『委員会』と言っていたが、どういうことだ」
「今更最初に話を戻すんですか。腹が満ちないと思考ができないんですか」
「戯れるな。
 恐らく久礼一に会いに来たのだろうが、あいにくだったな。
 お前の用事は、庶務の私が聞いてしまったというわけだ。
 何なのだ、『委員会』とは……そんな制度はこの高校では絶えているはずだが」
「生徒会選挙のことは知っていますね?」

 夜制生徒は値踏みするように言う。
 弥勒零みろくれいはほんの僅かに躊躇した。

 ━━知っていますね?
 その問いかけがどれほどの深い意味を持つのか、察しかねたのだ。

(……私がこの南多磨高校に転校してきたのは、久礼の奴が選挙に勝った後だったからな……)

 もちろん、その概要は彼女も知っている。
 昼制と夜制から1人ずつ生徒が立候補し、校内投票によって昼制の立候補者が━━つまり、久礼一が勝った。

(そう……久礼が勝った。それだけなら、私がここにいることもなかったのだが……)

 この南多磨高校では、生徒会長が職務権限でいくつかの役職を指名することができる。
 選挙に勝った久礼一は、その権限によってお世辞にも仲がいいとは言えなかったはずの弥勒零みろくれいを庶務に指名したのである。

(まったく、なぜ私が……)

 彼女自身は生徒会の役職を望んだわけではない。
 しかし、いささかの不始末━━要するにユニバック・ワンに敗北したことだが、その代償として了承させられただけだ。

(とはいえ、生徒会役員と言えば日本の高校という組織において、生徒が就ける地位としては最上級のものだからな)

 誇りがないわけではない。羨望の視線が心地よくないわけではない。

 だが、不満がないわけでもないし、生徒会長というトップではなく、庶務であることには納得していない。

 結局のところ、弥勒零みろくれいにとって、生徒会庶務という現在は徹頭徹尾、妥協の結果なのだ。

「━━ああ。
 知っているとも。私は生徒会選挙のことを知っている」
「ただし詳しくはないが……という顔ですね」
「データと実際に見聞きしたものでは違いがあるからな」
「では、データとして答えられる話をしましょうか。
 生徒会選挙で夜制から立候補した人物は?」
「トミー・コロッサスだ。久礼のやつとはかなりの接戦だったはず。
 事前調査ではむしろ優勢だったとも言うがな……そいつがどうかしたのか?」
「トミーは我々『夜制委員会』の委員長です。
 そして、私は副委員長になります」

 含みのある笑顔で夜制の生徒はビーバーハットを脱いだ。
 そして、優雅に一礼してみせる。これは大切な挨拶なのだ、とでも言うように。

「生徒会庶務、弥勒零みろくれい殿。
 どうか、生徒会長に成り代わり、我々の通告を受け取ってほしい。
 我々、夜制は━━南多磨高校・夜制にその籍を置く顕現存在セオファナイズドたちは。
 あなた方、昼制・生徒会の動きの鈍さに見切りをつけ、独自の行動に移る、と」
「……『コンピューティングに尊厳を取り戻す』ことは一筋縄ではいかない。
 ましてや、考えを異にするユニバックたちの妨害もある状況だ。
 久礼のやつは私も気に入らん。だが、奴なりの考えくらいは聞いてもいいのではないか?」
「それでは、遅すぎる」
「……とかく先進的なのは英国らしいが、往々にして後から追い抜かれるのも英国だと思うがな」

 弥勒零みろくれいのつぶやきに、夜制の生徒は初めて敵意じみたものを瞳に宿した。

「フッ、無駄に誇り高いところもまた、英国らしいよ」
「あなたにブリテンのプライドは分かるまい」
「分かっていたら、アイク(アイゼンハワー)はノルマンディーの後、苦労しなかった。
 英国軍は自由フランス軍並みに言うことを聞かない軍隊だったというからな」
「米国が我々、ブリテンの先進性を素直に認めていたなら、コンピューターの歴史は変わっていたはずだ。
 我々は常に先進的だった。あなた方より先んじていた。
 ただ、慎み深く、それを明らかにしなかっただけだ。
 それは我らが委員長の存在そのものが、証明していることだ」
「どうだか……英国がコンピューターらしいものを開発するより以前から、偉大なる青はあった。
 ホレリスの遺産を縦横無尽に駆使し、莫大な統計処理に活用していた。
 そして、例の大戦だ……」

 弥勒零みろくれいと夜制生徒の間で飛び散る視線の火花。

(140年前に肩を並べて、ナチスと戦った同胞とは思えないな……)

 世界でもっとも成功し、2085年の現在にも唯一その末裔が生き残っている、偉大なる青のメインフレームは思う。

(もっとも……肩を並べることと、肩を組むことは別だがな)

 ふっ、と。
 そんな吐息と共にこぼれた笑みを、夜制生徒が何と受け取ったかは分からない。

「まあ、いい。久礼には伝えておく」
「頼みますよ」
「せいぜい頑張るのだな。どんなアプローチを取るつもりか知らんが、ユニバックとその管理者(アドミニストレーター)は強いぞ。
 何しろ我がイトコ殿、つまり704とこの私と……そして手段を選ばなかったバイナックまで退けているからな」
「参考にならぬ前例です。我々は根本的にあなた方とは違う」
「そうかもしれんが、な」

 ふふん。再びこぼれた微笑みは、明らかにからかうようなニュアンスが含まれていた。

「健闘を祈るよ、モーリス・ホイーラー・エドサック」
「………………」
「私はコンピューターの歴史でもっとも成功したメインフレームだぞ? 昼制夜制問わず、生徒のデータなどすべて頭に入っているさ」
「……狐め」

 ぎり、と歯がきしむ音を残して、紳士を気取った英国人は生徒会室を去る。

「狐、か。
 ひどいものだな。これでも可憐な乙女のつもりなのだが」

 そう言いながら、弥勒零みろくれいは空になった弁当箱をクロスでくるむと、デザートのプリンをぱくつき始めた。
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