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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』

35/35

エピローグ『仕返し・考察・慟哭』

「……はっ! はあっ……はあ……は、はあ……!!」

 その瞳は互い違いのオッドアイ。
 抑えきれないエラーを示すように、時折ぐらりと揺れる体。回らなくなる発音は、彼女のCPUが基本的に不安定なことを示している。

「ははっ……は……バカめ……バカな奴め! 逃げ切った……アタシは逃げ切ったぞ!!」

 ちぎれそうに焼け焦げたお下げが月光に照らされ、再生途上の指と脚が陽炎のように揺らめいていた。

「アタシは一人じゃない……そのことを忘れたのが運の尽きさ」

 彼女はバイナック。
 世界で最初の商用コンピューター、その1つにして、二重化されたCPUの片側━━すなわちB-CPUである。

「ケンドチョウライ!!」

 米国生まれである彼女にとっては、異文明圏の言葉であるそれを、ビルの上から月に向かって叫ぶ。

「ガシンショウタン!!」

 20世紀生まれである彼女にとっては、有史以前の言葉であるそれを、星に向かい涙をこらえる。

「ぐすっ……くそっ。
 負けるか……それでもアタシは……ユニバックの奴を始末してやるんだ!!」

 この傷が癒え、A-CPUを再生するまでどのくらいかかるか━━そんな見積もりを脳内で立て始めた、その時だった。

「あらあら、残念。悪いけど、あなたにそんな未来はないのよね~」
「!!」

 絶句してバイナックは振り向いた。手を伸ばせば届く位置に、一人の女が立っていた。

(こいつ……!!)

 その顔には見覚えがあった。
 優しい微笑み。ふくよかな肉体。

 そう、彼女は津瀬現人の、ひいてはユニバック・ワンの関係者だった。
 確か、青森県のスーパーコンピューターセンターで働いており、夏期休暇で戻ってきたという、姉のような存在である。

「お前……どうして!?」
「それは私になぜあなたが見えるのか、という意味?
 それとも、なぜ私の接近に気づけなかったのか、という意味かしら?」

 すべての罪を許すような慈愛の笑顔を浮かべて、女はバイナックに問いかけた。
 ぞわり、という悪寒が、バイナックの全身を走り抜けていく。

「り、両方……だ!!
 ただのヒトに、なぜ顕現存在セオファナイズドであるアタシが見える!
 ただのヒトが、なぜアタシの背後にまったく気づかれず近づける!?」

 顕現存在セオファナイズドとは━━そもそも。
 本質的に関係を持たない相手には見えないし、聞こえないし、触れることもできない。

 だからこそ、バイナックはあらゆる攻撃……端的にいってしまえば、テロをユニバック・ワンと津瀬現人の関係者に対して仕掛けることができたし、それが発覚することもなかったのだ。

「答えは、かんたんよ」

 愛らしくウインクなどしてみせて、女は言った。

「あなたが騙されていた━━あなたの方こそ、私に気づかなかった。
 それだけの話」
「あっ……あ、ああああああああ!! ああああああああああああああ!?
 おま、お前……お前……は、お前はっ!!」

 薄い表皮を剥がすように、女の肌が、いや、バイナックに『そうであると見せかけていた』外面が剥がれていく。

 無数のベクトルプロセッサが見えた。強力無比なクロスバースイッチの群れが見えた。
 そして何より、その存在には世界一という栄光が輝いてみえた。

「この地球(アース)すらもシミュレートしようという存在に、ただのヒトが装えないと思ったの?」
「な、なぜ……なぜだ!?
 お前の正体は分かった……クルマの自動運転システムをクラッキングして、お前を轢き殺そうとしたアタシに復讐するのも分かる!
 でも、なぜだ! なぜお前みたいな存在が、あいつの近くにいる!?
 お前は、ユニバック・ワンがこの国にやってくるより前から━━あいつの! 津瀬現人の近くにいたというのか!?」
「その答えをあなたが知る必要はないわ。
 私の大切なうーくんと! しーちゃんを! 傷つけたあなたには!!」

 女は惑星そのものをシミュレーションしてのけるほどの、絶大な演算力をその右手に凝縮させていた。

 バイナックには理解できた。
 それはただ、莫大なコンピューティング・リソースであるだけではない。

 世界の頂点に輝いた過去があった。
 そして、それまで自らこそが世界一であると信じて疑わなかった、米国の関係者を震撼させた、畏怖と栄光の集合だった。

「ショック! コンピュートニク!!」

 女は無慈悲にそのすべてをバイナックに叩きつける。

「━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━な、ぜ━━━━!!」

 まともな悲鳴すら上げることなく、バイナックは今度こそ完全に消滅した。

 A-CPUは津瀬現人の手によって。そしてB-CPUもまた、ここにいる彼女によって現在の宇宙から消去された。

 二度と顕現存在セオファナイズドとして再生することのないように、念入りにデリートされワイプされたバイナックがこの世に存在した証は、ユニバック・ワンに先立つ失敗作としての歴史的記述のみだった。

「……お姉ちゃんからも、ちゃんと仕返ししておいたからね、うーくん」

 女は悠々泰然と、完全なる抹殺を成し遂げて去っていった。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 それから数日後。

「それにしても、あなたも性格が悪いですねぇ」
「何が?」

 まだ高く暑い太陽が、燦々と大地を照らす昼のこと。

 南多磨高校の一室。
 教師姿のユニバック・(ツー)と、包帯姿も痛々しい夜制(・・)制服のフェランティ・マーク・ワンが、アフタヌーンティーをたしなんでいる。

「ワタシが思うに……ひょっとしてあなた、現人さんに会った時から気づいていたんじゃないですか?」
「……少なくとも君も、そしてユニバック・ワンも何も気づいていなかった。
 それなのに、どうして僕だけが気づけると思うんだい?」
「世界で最初の商用コンピューター、という共通点があるからです」

 ニューニはまず人差し指を立てて言う。

「その1。ユニバック・ワン。
 ご存じワタシのユニ姉様。誰もが認める世界初の商用コンピューター、その大本命」
「……僕の国の人達はすんなりと首肯しないと思うけど」
「その2」

 続いてニューニは中指を立てた。

「あなた。フェランティ・マーク・ワン。英国のコンピューター。
 1号機の納入はユニ姉様よりちょこっとだけ早い。でも、最初の一台はともかく、その後がなかなか続かなくて、生産台数も少ない。
 世界初の商用コンピューターを名乗るには、実績が弱いですねぇ」
「まあ、アメリカ人から見たらそういう評価になってしまうかもしれないね」
「その3」

 ニューニは薬指を立てながら、忌々しげに口元をゆがめてみせる。

「バイナック。ワタシ達を産んだエッカートとモークリーがはじめて造ったコンピューター。
 時期的にいえば、ユニ姉様よりも、あなたよりも早い。しかも、ノースロップ社へ実際に納入された」
「……けれど、まともに動作することもなく、量産されることもなく……世界初の商用コンピューターと名乗るには、あまりにもひどい代物だよね」
「ですが、その4がありますよね?」

 小指を立てると、ニューニは責めるようにフェランティ・マーク・ワンを見る。

「なぜ、ユニ姉様と現人さんには言わなかったんですか?」
「……あれを世界初の商用コンピューターとして挙げるのは、どうなのかなあ……」
「ですが、確かに販売されました。正常動作もした。
 見方によっては、バイナックよりも、よっぽど世界初の商用コンピューターと呼ぶにふさわしいのではないですか?」
「けれど、もともと商用を意図して造られたものか、怪しいところだよ。
 そのルーツは第二次世界大戦より、さらに前へ遡るくらいだ……」
「……まさか現人さんがZuseの関係者とは、ね。
 なるほど、それで津瀬(ツーゼ)ですか」

 はあ、と大きな溜息をついて、ニューニは肩をすくめた。

「現人さんを見初めたユニ姉様の目が確かだったのか、とんでもない偶然なのか……これ、偉大なる青の連中や久礼には知られてるんですかね?」
「どうだろうね……けれど、彼がただのヒトでありながら、ユニバック・ワンと信じられないほど深くリンクしている理由や……あの右眼の謎も解けるように思うよ。
 それに……あのユニバック・ワンの戦いぶり。
 もともとスペックや実績がバイナックより勝っているから、という理由だけでは到底、説明できない。
 おそらくは━━津瀬現人くん、彼がコンピューティング技術を識り、ユニバック・ワンという存在を深く理解すればするほどに……彼女の力は……」
「いろいろと面倒なことになるかもしれませんねえ……」

 耳を澄ませば、蝉たちが最後の咆哮を響かせている。
 生きた証を残すべく。この夏に、自分たちはここにいたのだと記すべく。

(忘れられ……消え去ることがなかった分、バイナックはまだ幸せだったのかもしれませんねえ……)

 ユニバック・(ツー)ことニューニは、木の幹にしがみつく油色の体躯に歴史のはかなさを思う。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 ほぼ同時刻のこと。

「……志保っ」
「あっ、現人だ。やっほ~、志保様ちゃんですよ~」

 八王子市内の総合病院にある一室へ、困ったような疲れ果てたような、ひどく煮詰まった表情で現れた津瀬現人を、初敷志保は明るい笑顔で出迎えた。

「えへへ、ひょっとしてお見舞い?」
「あ……ああ。その、花を持ってきたんだけど、どうすればいいかな?」
「きっと現人のことだから、持ってくるんじゃないかなあ……と思って。
 じゃーん! 看護師さんから、花瓶借りてあります」

 小さな花瓶を抱きかかえながら、自慢げに微笑む志保の額には、白い包帯が巻かれている。

「………………っ、ぅ」
「ち、ちょっと現人」
「志保っ……ごめん……僕のせいで……志保に、怪我を……」
「ああ、もう。ぜんぜん大したことないのに……ほら、落ち着いて。ねっ」

 その病室は個室ではなかったが、たまたま志保の他には入院患者もおらず、がらんとした空間だった。

 が、廊下を行き交う人々から丸見えではある。
 志保は目を真っ赤にして、涙の粒をこぼし始めた現人を手招きして、自分のベッドそばに呼び寄せると、手元のコードを引っ張りカーテンを閉めた。

「便利でしょ。こうすると、着替えの時とか、楽なのよ」
「志保……」
「もう、いつになく泣き虫さんになっちゃって……どうしたのよ、現人ったら」
「志保っ……!!」

 津瀬現人は泣いた。
 初敷志保の腕に抱かれて。その体温と柔らかな膨らみを感じながら、ただ泣きじゃくった。

「ちょっと脳震盪起こしただけで、ぜんぜん平気だったのに……」
「僕はっ……僕が、志保を……守れなかったから……ごめんっ、志保……志保っ……!」
「んもう、本当に優しいなあ……現人は」

 泣き止む気配をまるで見せない15才の少年を抱きしめながら、同い年の少女は聖母のような微笑みを浮かべていた。

「ちょっと頑なで……家ではだらしなくて……外では真面目で……」
「志保っ……」
「いいところも悪いところもあるけれど、世界でいちばん優しくて。
 そんな現人があたしは大好きよ」
「志保……!」

 何か特別なことが起こったわけではなかった。
 ただ、男が女の無事を喜び、涙を流し。
 そして、女に慰められていただけだった。

「………………」

 どんな陰謀の匂いもなく。波乱の予感もなく。
 ただ、病室の外で凍り付いたように、1人の少女が立ち尽くしていただけだった。

「………………ウツヒト」

 世界で最初の商用コンピューターが、思い詰めた顔で、わずかに震えているだけだった。

(超電脳のユニバック 第三章・了)

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