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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』

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第五話『ユニバック vs バイナック』(5/6)

「殺す! 絶対にお前を殺す!
 そして、アタシこそが世界で最初の商用コンピューターだと、過去を正すんだ!!」
「シホ━━シホ、シホ……ウツヒ、ト……」

 その身がヒトでないのならば。
 ユニバック・ワンの頭から、体の随所から流れている赤い液体は何なのか。

「ユニ……!!」

 その正体は津瀬現人にとってはどうでも良かった。

 ただ、思考停止━━否、思考麻痺していた15才の少年の精神は、暴虐の限りを尽くされるユニバック・ワンの姿を見て、何らかの再起動に至ったことは間違いなかった。

「志保っ!!」
「おい、津瀬現人!!」
「何をする気だ、津瀬現人くん!!」

 戦いに介入するつもりなのか、『FORTRAN(フォートラン)ソード』と『アーキテクチャの大剣』を手に取っている、2人の顕現存在セオファナイズドにも構わず、現人は外周回廊から1階へ降りる階段を走った。

(志保……!!)

 ほんの一段一段がとてつもなく長く感じられる。
 幼い頃から過ごしてきた志保との思い出が浮かんでは消え、嫌な予感が全身にまとわりつく。

「志保!!」
「………………っ」

 だが、天井から落下した照明のもとにたどり着いた現人が見たのは、埃舞う中にある意外な光景だった。

「……、っ、君、は……津瀬現人くん……か?」
「なっ……フェランティ・マーク・ワン!?」

 以前、顔を会わせた英国製・世界で最初の商用コンピューターが、照明機材に背中を潰され、倒れていた。
 そのすぐ隣に志保も倒れている。だが、直撃を受けた様子はなく、頭部に擦り傷はあるものの、ひどい外傷は見られなかった。

(良かった……!!)

 生きていると確認したわけでもないのに。
 怪我の程度を診察してもらったわけでもないのに。

 津瀬現人は反射的にそう思ってしまう。
 もっと陰惨で目を背けたくなる光景を想像していた。恐れていた。
 けれど、そんな最悪の事態ではなかった。それだけで泣き出したいくらい嬉しかった。

 ━━が、ワンテンポ遅れて、現人の思考はフェランティ・マーク・ワンがなぜここにいるのか、という疑問に到達した。

「ひょっとして……志保をかばってくれたのか?」
「はは……こっそりユニバックとバイナックの戦いを見ていたんだけれど、急に彼女が乱入してきたのでね……バイナックのことだから、何か仕掛けているとは思ったけれど……っ、う」

 苦しげに身をよじりながら、フェランティ・マーク・ワンは言った。

「なあに……僕は大したことないさ……」
「大したことない、って……」

 それでも強がるような微笑みをフェランティ・マーク・ワンは見せる。
 顕現存在セオファナイズドとは、もともと肉体的な損傷には強いのだろうか。あるいは、ジョンブル魂とはこういうものなのだろうか。

 そんな疑問が現人の脳裏に自然と浮かんでくる。

「すまないね……津瀬現人くん……」
「何で謝るんだよ……お前は志保を助けてくれたのに!」
「いや……僕が直接の関係者ではないとしても……責任の一端がある。
 顕現存在セオファナイズドの戦いに、君の友人を巻き込んでしまった……世界で最初の商用コンピューター……それを決める戦いに……」
「………………そんな」
「まったく……くだらない戦いだというのに、ね」

 今度は強がりではない微笑みを。
 そして、呆れるような。唾棄するような微笑みを、フェランティ・マーク・ワンは見せた。

「そんなもの、どうでもいいじゃないか……。
 商用コンピューターの価値は……そんなものでは決まらない……津瀬現人くん、そう思わないか……?」

 津瀬現人は彼の問いかけに答えるほどの見識を持っていない。

(でも……)

 少なくとも、はっきりと言えることがあった。

「フェランティ・マーク・ワン。
 商用コンピューターの価値が何で決まるか……それはまだ僕にはわからない。
 だけど━━」
「……だけど?」
「何も知らない誰かを、巻き込んでいいはずがない」

 怒りを込めてその言葉を口にしながら、津瀬現人は大切な者を見た。

(志保……)

 頭から血を流し、顔を歪めつつも、ひどい怪我ではない━━そう思える程度には巻き込まれ、気絶している初敷志保を見た。

「ごめん……本当にごめんな。少しだけ待っててくれ、志保」

 現人は倒れている志保の隣にしゃがみこんで、そっと左手で髪を撫でた。
 そして、もう片方の手を右眼の単眼鏡モノクルに当てた。

「………………す、ぅ」

 そして。
 津瀬現人は、ユニバック・ワンと魂の次元でリンクした、管理者(アドミニストレーター)は、軽く息を吸い込むと。

「バイナァァァァァァァァァァァァァァァック!!」

 怒りの叫びと共に、単眼鏡モノクルを取り去った。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

「最高だ……最高の気分だ!!」

 水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターでユニバック・ワンを打ち据えるたびに、バイナックのA-CPUには鈍いものが叩かれ、砕けるような感触が伝わってくる。

「これだ……ずっとこれを待ち望んでいたんだ!!」

 打たれ、転がり、倒れたユニバック・ワンの肉体を、バイナックのB-CPUは踏みつける。

 虚ろなユニバック・ワンの瞳は自責に揺らぎ、合わぬ焦点は何も、誰もいない場所へ向けられ、血のような赤い液体にまみれたピンクの唇は震え続けている。

「お前はここで死ね、ユニバック!」
「そしてアタシ『達』がコンピューティング史を正す!」
「「このバイナックこそが、世界で最初の商用コンピューターとなる!!」」

 ━━トドメの一撃を、彼女『達』が叩き込もうとしたその時だった。

「バイナァァァァァァァァァァァァァァァック!!」

 不意に少年の怒号が響き渡った。

「……は」

 バイナックのA-CPUは嘲笑を浮かべながら振り向いた。
 そこには哀れで無力なユニバック・ワンの管理者(アドミニストレーター)がいる。

「ははっ」

 バイナックのB-CPUは肩をすくめていた。
 小さな、そして弱い15才の高校生。そんな存在が、この自分に向けてあふれんばかりの敵意を込めた視線を向けているのだ。

「━━なんだよ、津瀬現人」

 バイナックは不意に『2人』から『1人』に戻った。
 A-CPUとB-CPUで分身したように2人となっていたお下げの少女は、独りの高校生を前にして、元の1人になっている。

「ユニバック・ワンが殺されそうだからって、邪魔しに来たのか?」
「バイナック……ユニにこれ以上、手を出すな!」
「アタシに命令するなよ、ひよっこのクソガキが!!」

 何の利害もない第三者が見たならば、恐らくは━━バイナックの方がそう呼ばれるに相応しい容姿かもしれない。

(そうさ、こんなガキが!! アタシに!! 命令するだと!?
 だから━━クソガキだ!)

 だが、バイナックはむしろ自分より年上に見える津瀬現人を『クソガキ』と呼んだ。

 なぜなら、この少年はたったの四半世紀も生きていない。
 恵まれた……平和な時代に生まれた極東の島国の高校生。いかなる技術も、資産も、研究成果も持たない、無力で無知な15才の少年。

「お前ごときが……!」

 むろん━━パパ・エッカートやパパ・モークリーのような、偉大な親を持つわけでもない、ただの一市民たる日本人少年。

「このバイナックに! エッカートとモークリーによって生み出された、世界で最初の商用コンピューターに命令するな!!
 下がれ! 自分の無力さをわきまえろ! 為す術なくそこで見ていろ!
 お前ごときに何ができる! アタシは今すぐお前をぶっ殺すことだって出来るんだ!」
「なら……やってみろよ」

 ぞっとするような冷たい声で、津瀬現人は応じた。

(馬鹿が……クソが!!)

 心の中で罵りながらも、バイナックはその時になって、ようやくこの少年が怒り狂う理由に思い当たった。

「ああ、そうか……お前も関係者だからな? 今、そこで下敷きになったメスガキのさ」
「……メスガキ?」
「そうさ! 初敷志保、だったよな?
 ユニバック・ワンの親友だ! そして、お前の親友でもあるんだよな?
 ちゃ~んと調べはついてるんだ。本当は交通事故でもっと早く痛い目にあってもらう予定だったんだ……だけど、なんでかうまく行かなくて、な!!
 お前の名前でここに呼び出したってわけさ!」
「━━━━━━!!」

 バイナックの挑発に現人が思い浮かべたのは、ほんの数日前の出来事だった。
 目と鼻の先である志保の家から津瀬宅まで歩いてくる、ほんの数十秒の間に、彼女はクルマに轢かれそうになったのだ。

(あれが……やっぱり……!!)

 バイナックの仕業だったのだ。
 だとすれば、心当たりは他にもある。現人にとって大切な存在が、同じように危ない目に遭ったではないか。

安澄あんす姉の時も……こいつが!!)

 現人の中で荒れ狂う激怒は、表情にはっきりと出ているらしかった。

「お~、すごい顔だな、こわいこわい。
 ━━わけ、ないだろ馬鹿が!!」

 ふざけたように、おどけて怖がるように、バイナックは目元を歪めながらつばを吐いて見せた。

「もう一度言ってやる! お前ごときに何ができる!
 すぐに思い知らせてやる。ぶっ殺してやる。
 ただのヒトが! 巻き込まれるだけで何もできない、無力で才能のない単なるヒトの(いち)が!
 アタシとユニバック・ワンの戦いを邪魔するだと? 顕現存在セオファナイズドの間に介入するだと?
 まったく身の程知らずの冒涜だ!
 そんなクソガキは━━直ちに死ね!」
「………………ぬ、のは……だ」
「は~あ? 聞こえないんだよ、津瀬現人!
 命乞いならもっと大きな声で言ってみろ!」
「死ぬのはお前だ、バイナック!!」
「━━ん、だ、と」

 言い返しながら、バイナックは半ば苦笑いしていた。

(笑わせるなよ……)

 激情だけ口走るなら、無能にもできる。
 言葉だけで脅すなら、子供にもできる。

(現実味がないんだよ……)

 だから、せめて思い知らせてやろう。
 たった一撃で決まる。心臓を狙って叩きつぶしてやろう。

 ヒトの体は真空管のガラスよりも柔らかく、シリコンウエハースよりも脆い。
 その命の火をシャットダウンすることなど、基本的なADD(足し算)命令よりたやすいことである。

「━━!!」

 しかし、バイナックのそんな慢心は、単眼鏡モノクルを取り去った津瀬現人の右眼と相対した瞬間、吹き飛ぶことになる。

計算する(Rechnender)宇宙(Raum)!!」

 そして、津瀬現人はバイナックというコンピューターの全てを視た。
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