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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』

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第五話『ユニバック vs バイナック』(3/6)

 南多磨高校の体育館には、平地に設置されているとすれば、2階にあたる高さの外周を取り巻く『回廊』が存在する。

 それはありふれたものだ。恐らくほとんどの体育施設に存在するだろう。
 たとえば、高い位置から照明をむけるため。たとえば、高い位置からネットを吊るため。
 そんな程度のありふれた用途のために、その外周回廊は存在している。

 ユニバック・ワンとバイナックの戦いがはじまると、津瀬現人とIβM 704、そしてSystem/360の三人は、示し合わせたように外周回廊へと移動していた。

 それは体育館内で激突する二人の顕現存在セオファナイズド、その戦いを邪魔しないための自然な配慮であり、観戦に都合よい場所がそこしかないことから来た必然でもある。

(特等席、とか言ったらおかしいけど……よく見えるな)

 椅子がないという点を除けば、確かにその場所は絶好・絶景の観戦スポットと言える。

「クラスタリング……或いは高可用性ハイ・アベイラビリティの元祖というわけか」

 二人に分身したバイナックを見下ろしながら、呻くようにそう言ったのはIβM 704こと古毛仁直である。

「………………」
「イトコ殿、少年が質問したそうな顔で見ているぞ」
「はっ、クラスタリングも知らんとは無知なものだ」
「あいにくとまだ勉強中なんだ」

 津瀬現人はとても友好的とは言えない瞳でなおしを見た。
 むろん、704の方も敵対的な視線は同じである。
 だが、それだけではない。

「よかったら、教えてほしい」
(……なんだと?)

 世界ではじめてFORTRANとLISP━━すなわち、偉大な2つのプログラミング言語を走らせた栄誉を持つ、偉大なる青のメインフレーム第三代・IβM 704は、にくたらしい高校生の少年がぺこりと頭を下げるのを見てしまった。

(ちっ)

 どうにも、やりにくい。

 気に食わぬなら、気に食わぬ態度を貫け、と毒づきたくなる。
 こんなところで、突然、素直な仕草を見せられても、こちらは困惑するではないか。

「まあ、いい。教えてやる」
「くくくくっ」

 傍らでは、System/360がおかしくてたまらない、というように腹を抱えている。

「コンピューターのクラスタリングには多数の形態がある。
 だが、もっともシンプルなものとして、2台のコンピューター……もしくは2基のCPUで同じ処理を走らせるミラーリングがある」
「ミラーリング?」
「文字通り鏡のようなものだ、津瀬現人くん」

 どこかの部活が姿見に使っているのだろうか。たまたま壁にかけられていた縦長の鏡の前に立つと、System/360こと弥勒零みろくれいがそう言った。

「我々コンピューターはそう簡単に故障するものではないが……それでも故障は必ず起きえる(・・・・・・)という認識が必要なのだ」
「なぜなら、我々偉大なる青のメインフレームをはじめ、商用コンピューターは24時間稼働し続けることが当然だからな。
 1日のビジネスタイム、すなわち8時間の稼働と365日の24時間稼働、単純に考えて故障率は3倍に跳ね上がるわけだ。
 そのくらいは分かるな? 無知な少年」
「僕は現人だ。津瀬現人だ」
「……津瀬少年、わかるな?」
「ああ、わかるよ。ユニにも教わったし、自分でも学んだ」

 忌々しげにようやく名字を呼んだなおしと、淡々と応じる現人。

「ましてやコンピューターが生まれたばかりの時代……各パーツの製造技術も未熟なものだった。
 いつかどこかが壊れる……そんなレベルではなく、ひどい時は毎日のように故障が起こったものだ」
「しかし、イトコ殿━━つまり、IβM 704やユニバック・ワンの時代はともかく。
 この私━━つまり、System/360の時代ともなると、メインフレームは強力な信頼性を備えるようになった」
「それは簡単にいえば、故障しても『落ちない』からだ、津瀬現人少年」
「そう。そして、故障を早い段階で探知し、必要ならば修理を行い、そして修理中ですらも動き続けるからだ。
 理由がわかるかな、津瀬現人くん?」

 弥勒零みろくれいはからかうようにそう言った。
 それははじめて彼女と会った時のような口調でもあった。

 かつて、屋上でユニと一緒に対面した時のことを思い出しながら、現人はゆっくりと首を横に振った。

「わからないことをわからないと言えるのはいいことだ」
「……ユニにも似たようなことを言われた気がする」
「では、教えよう。
 メインフレームをはじめ、大型の商用コンピューターは故障してもそう簡単に『落ちない』。
 なぜならば、故障を早期に知らせ、修理を行うための仕組みがある。
 何よりも、修理中ですらも動き続けることができるからだ。
 その答えの1つがクラスタリング━━中でもミラーリングという技法だ」

 弥勒零みろくれいは右手と左手、それぞれで指を立ててみせると、まったく同じように動かしてみせる。
 さながら空中でピアノの鍵盤を叩くように。

「2つのコンピューター、あるいは2基のCPUがまったく同じ処理を実行し続ける。そして、常に処理結果を比較し続けるわけだ。
 津瀬現人くん、もし両者に違いが出たときは……何が起こったことになる?」
「……故障?」
「その通り。
 どちらかが間違った処理をしたということになる。ソフトウェアのバグなどもあり得ないわけではないが、多くの場合は故障だな」
「すなわちミラーリングとは、もっともシンプルで正確な故障検知の技術でもあるというわけだ、津瀬少年」

 2人に分身したバイナックを見おろしながら、IβM 704は言った。

「そうか……それをあのバイナックがはじめて実現していたのか……」

 驚愕しつつ現人もまた、ユニと矛を交え続ける2人(・・)のバイナックを見た。

 バイナック自身も二人なら、その手にする水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターも2本。
 同じ能力を持った倍の敵に襲われているようなものだ。

「Binary Automatic Computer━━略してBINAC(バイナック)
 このコンピューターには設計時点から、あらゆる処理の二重化機構が組み込まれていたのだよ、津瀬現人くん」
「だが、そもそもバイナックは正常動作しなかった……。
 せっかくの二重化機構はむしろトラブルを複雑にするだけで、その目指したものはまったくのムダに終わってしまった」

 弥勒零みろくれいが。そして古毛仁直こもになおしが口々に語る。
 在りし日の失敗作、遠い昔の欠陥品ではなく、お下げの少女の姿となって、この2085年の現代に顕現した2人(・・)のバイナックを見つめている。

「むう。
 顕現存在セオファナイズドとしての姿を得たからか、それぞれが独立・協調して動作しているように見えるな……どう思う、360」
「イトコ殿の言う通りだな。あれはもはやミラーリングという次元ではない。
 2台のコンピューターがお互いを監視しつつも、強調して大量の処理をこなすことで、総合性能を向上させる━━すなわち、高可用性ハイ・アベイラビリティの次元に達している」

 IβM 704が。そしてSystem/360が言う。
 津瀬現人はその意味を瞬時に理解した。今のバイナックはただの2人(・・)ではない。ただの二重化(・・・)でもない。

(1+1が2より上の状態になっているってことじゃないか……!!)

 それこそが偉大なる青の顕現存在セオファナイズドたちが言っている、高可用性ハイ・アベイラビリティの効能であると、理解してしまったのだ。

「ユニ……っ!!」

 危うい。ユニが危うい。
 彼はそう思った。だから叫んだ。

 もはや形勢は互角ではないのだと。バイナックの方が勝っているだと。
 そう考えてしまった。論理というよりは、はじめて知ったクラスタリングという機能から想起された、ほとんど直感のようなものだった。

「……うろたえるな、津瀬少年!」

 が、忌々しげに口を挟んだのは704である。

「でも、あれじゃあユニが!」
「あのユニバック・ワンがこの程度で敗れるものか」
「ふふっ」

 15才の少年は動揺を露わにし、IβM 704の男は岩のように硬い認識を誇示し、そしてSystem/360は口元だけを笑わせていた。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

「どうだ、ユニバック! アタシの力は!」
「どうだ、ユニバック! アタシ達の力は!」
「「このバイナックの力は!!」」
「……………っ!!」

 少なくとも地上における戦いにおいて。

 1対1の戦いは性能差・力量差こそがその勝敗を分けると言ってもよい。
 だが、1対2の戦いは性能も力量もほとんど無意味になってしまう。

(お前はたった1人! 2人に勝てるものか!!)

 バイナックのA-CPU(・・・・・)は猛攻をユニバック・ワンへ加えつつ確信する。彼女はAではあるが、第一ではなく、主でも副でもない。
 ミラーリングとはまさに、お互いがまったく同じ役割を持つクラスタリング処理の形態である。
 そこにはどんな優劣もなく、それだからこそ生まれる優位性がある。

(そうだ、アタシ達にかかれば! お前なんか!!)

 バイナックのB-CPU(・・・・・)はユニバック・ワンの後方へ回り込みながら思う。
 A-CPUの叩きつけた水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターを受け止めるために足を止めたユニ。
 その背後も、側面も、まったくがら空きであり、無防備である。

「ユニバァァァァァァァァァァァァック!!」

 ━━どんな重戦車も背後から軽砲の直撃を受けるだけで、撃破されてしまうように。

「が、は……っ!!」
「やった!」
「やったか!?」

 バイナックのA-CPUの攻撃を受け止めることにかかりきりだったユニの背後から、B-CPUの水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターが直撃した。

 先ほどユニの一撃でバイナック自身が吹き飛んだ時とは、立場が逆転していた。
 バイナック自身も味わった、鈍く嫌な音が響いた。喉を潰したような悲鳴が聞こえた。

 そして、ユニバック・ワンの小さな身体が、南多磨高校体育館の床に転がり、大きな音を立てた。

「ユニっ!!」

 少年の声がする。それに混じって、歯ぎしりのような音も聞こえた。
 だが、今のバイナックにとって、そんなものは雑音にもならない。

(いける……勝てる!!)

 バイナックのA-CPUは、床に手を突いて咳き込んでいるユニバック・ワンへ歩み寄りながら、高揚感を押さえきれなかった。

 にんまりとした品の無い笑みがこみ上げてくる。
 負ける気がしない。勝利が目の前にあると実感できる。
 この状況で笑わずにいられる者が、ヒト・動物・顕現存在セオファナイズドを問わず、いるだろうか?

(いける……殺せる!!)

 バイナックのB-CPUもまた同種の感情に支配されていた。
 その全身を━━それは分身たるA-CPUも同じだが━━覆い尽くすような殺意が成就するときが来たのだ。
 涙すら滲み出てきそうになる。どれほど、一体どれほどのあいだ、この瞬間を待ち焦がれたことだろうか。

「けふっ……ふ……っ、ふ……けふ……ごふ!」

 まったく防御できていない状態で、背中に重い一撃を受けてしまったユニバック・ワン。

 うっすらと脂汗を浮かべながら、ひどく咳込みつつも彼女は立ち上がった。そして、痛みに顔をしかめながらバイナックのA-CPU、B-CPU、すなわち2人(・・)を見据える。

「………………、た?」
「なんだ?」
「なにか言いたいのか?」

 その視線に━━ふと。
 違和感のようなものを同時に覚えて、2人のバイナックは問いかけた。

「………………満足した?」
「満足だと?」
「………………つかの間の優越感に浸れた?」
「優越感だと?」
「………………バイナック。やはり、あなたでは私に勝てない」
「「!!」」

 2人のバイナックは同時に怒りへ震え、そして、独りのユニバックは。

「……かわいそうに」

 憐憫をこめて呟いたあと、左手を天へ掲げた。
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