挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』

29/35

第五話『ユニバック vs バイナック』(1/6)

 ━━時に1950年2月。

『残念ながら我々は失敗した』
『バイナックは完成したが、顧客の元でうまく動作していない』
『ユニバックもまた遠からず完成するだろうが、その頃までこの会社は……』
エッカート(E)・モークリー(M)・コンピューター(CC)は存続できそうにない』

 2人のジョン、すなわちジョン・エッカートとジョン・モークリーは失意の底にあった。

『どうする、ジョン』
『どうすればいい、ジョン』
『破産の末に何もかも失うのは困る』
『私も同感だ。我々はビジネスで金儲けがしたいのではない』
『私も同感だ。我々はコンピューターを世に広めたいのだ』
『『我々はコンピューターで世界を変えたいのだ』』

 2人の言葉がハーモニーを奏でた。

 そう、彼らが一般的な経営者と違う点。
 そして、この合衆国における起業家の典型である点。

 それはすなわち、利益以外の目的があるという点である。

(マネー)ではない。我々には目的がある』
(マネー)は手段の一つに過ぎない。我々には目的がある』

 資金がなければ、コンピューターは製作出来ない。
 真空管やダイオードの1つだって購入できはしない。

 完成したとしても、莫大な電気代がかかる。
 さらには、何十トンにも及ぶこの時代のコンピューターは、製作工場から顧客の元まで運ぶこと自体が大変な作業である。

『思えばバイナックは輸送中に破損したのかもしれないが……』
『そんなことはもはや問題ではない』
『我々は目的を果たすためなら、手段を選ばない』
『自らの(マネー)が尽きたというのなら、それを得るための手段は選ばない』

 彼らの手元には、一通の書簡があった。
 それはある企業からのオファーであった。スカウトではない。うちで働かないか、と言われているわけではない。

『買収提案……』
エッカート(E)・モークリー(M)・コンピューター(CC)の身売り……』

 これが単なる金儲けを目的として会社を成立した経営者ならば、判断は別だったかもしれない。
 あるいは、彼らが経営者ではなく、一社員や一重役だったとすれば違ったかもしれない。

『売ろう、ジョン』
『我々の会社を売ろう、ジョン』

 ━━その書簡には、製作中のユニバックについては、そのまま完成させると書かれていた。

『ならば、何の迷いがあるだろうか』
『我々はコンピューターを造るのだ』
『そのためには、必ずしも自分たちの会社である必要はない』
『ENIACもそうだった。EDVACもそうだった』
『我々はコンピューターが造れれば良いのだ』
『そして、我々の造ったコンピューターで世界を変えるのだ』

 それはノースロップ社へ納入された、世界で最初の商用コンピューターBINACが、とうとう一度も完全動作しなかった年のことだった。

エッカート(E)・モークリー(M)・コンピューター(CC)の歴史はここで終わりだ!』
『だが、我々のコンピューターの歴史はここから始まる!』
『ユニバック!』
『我々のユニバックがここから商用コンピューターの歴史を作るのだ!!』

 偉大な父親たちはくじけなかった。ピンチをむしろチャンスと捉えていた。
 そして、現に彼らのコンピューターは世界を変えた。商用コンピューターの歴史を生み出した。

 翌1951年。
 遂にリリースされた世界で最初の商用コンピューター・ユニバック・ワンは、アメリカ国勢調査局での業務効率を劇的に改善させることに成功した。
 さらには1952年のアメリカ大統領選挙において、僅かなサンプルから劣勢が伝えられていたアイゼンハワーの当選を予想し、そして的中させた。

 好調なセールスは続き、50台近くが販売された。
 たったの50台。後世からすると、そう思えるかもしれない。

 しかし、当時のコンピューターと言えば、一台一台仕様が異なるワンオフ(・・・・)が当たり前であった。

 ワンオフ(・・・・)から50台への飛躍。
 むろん、驚異的な大成功である。

『やったぞ!』
『我々はやった!』
『ユニバックは世界で最初の商用コンピューターとなった!』
『ユニバックは世界で最初の量産されたコンピューターとなった!』

 コンピューターと言えばユニバック。
 そう言われるほどその名は轟き、栄光が歴史に刻まれ、無数の賞賛と名誉を、2人のジョンは得た。

 そしてコンピューター産業の歴史が始まった。
 科学や軍事技術の一環としてのコンピューター。その時代は終わり、単独で成立する産業としてコンピューターは産声を上げたのだ。

『これから全てが変わる』
『我々が変える』
『無数のフォロワー達が走り出す』
『我々もまた、走り続ける!』

 彼らは成し遂げた。確かにやった。
 彼らの産み出したコンピューターは、間違いなく世界を変えたのだ。

 だが━━そんな栄光の裏側で。
 ノースロップ・エアクラフト社倉庫の片隅で。

 彼らが最初に産み出したはずの商用コンピューター・バイナックは諦められ、廃棄され、朽ち、解体され。

 そして……忘れ去られようとしていたのだ。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 翌日。
 世間のカレンダーで言うならば、いわゆるお盆期間に入った祝日の深夜。

 南多磨高校の体育館は不気味なほど静まりかえっていた。

「来たか」
「ああ、来たよ」

 最初に姿を現した津瀬現人に対して、ひどく不愉快そうな顔で出迎えたのは、古毛仁直こもになおしである。

 校舎とは別建築になっている、南多磨高校の運動棟は3階建てである。
 しかし、この3階部分、つまり最上層は体育館として割り当てられており、高いドーム型の天井を持つことから、実質的には5階建てにも等しいといえる。

(今日はなんか街が暗い気がするな……)

 窓の外を眺めてみると、どうも住宅街が暗く感じる。
 時期が時期だけに、すでに少なからぬ人が東京を離れているのだろうか。

(でもまあ、好都合か)

 そもそも顕現存在セオファナイズドの存在は、一般人から認識できないとはいえ。
 不慮の事態まで考えるならば、周辺にはなるべく人がいない方が良い、と津瀬現人は思う。

「言っておくが、お前は家で震えていてもいいのだぞ、少年」
「……僕は現人うつひとだ」

 小馬鹿にするようななおしの言葉に、現人は鋭い視線を返した。

「津瀬現人。少年かもしれないけど、ちゃんと名前がある。
 IβM 704、あんたみたいにだ。覚えておけ」
「……っ。
 ただのヒトごときが、ユニバック・ワンとつまらぬ縁を結んだだけで生意気に……!」
「ほほう、これが『ガンをつけ合う』というものか?」

 現人と直がまったくもって穏やかならざる視線の火花を散らし合っていると、興味深そうにSystem/360が口を挟んできた。

「ガンを……つけ合う、って?」
「ふふふ、病巣のガンではないぞ。眼のことらしい」

 それは遠い昔の言葉である。2085年では通じる表現ではない。

「まあ……私の数世代あとの頃か。ガンをつけ合う、か。
 ふふ、なるほどな。370あたりは知ってそうだな」

 しかし、歴史的メインフレーム・コンピューターの中で、唯一、2085年の現代にもそのアーキテクチャを伝え、絶やさずにいる弥勒零みろくれいにとっては、己の係累が実際に聞いていたであろう、馴染みの言葉である。

「ところでな、イトコ殿。そして少ね━━いや、津瀬現人くん。
 今日『たいまん』するのはお前達ではないのだぞ。別の機会にしておけ」
「フン、この無力で何のとりえもない少年が、バイナックに殺されなかったらそうしてやるさ」
「何を……」
「ウツヒト、704とケンカしても仕方ない」

 売り言葉に買い言葉で、挑発の1つも投げつけてやろうかと思った現人を制したのは、真っ暗な廊下から姿を現したユニである。

「………………美しい」
「? 704、何か言った?」
「い、いや、なんでもない。
 遅かったな、ユニバック・ワン。まさか臆したか?」
「廊下に仕掛けや罠がないか、すこし見回っていた」

 ━━体育館内には、照明が灯されていない。

 しかしそれだけに、日中ふんだんに太陽光を取り入れるよう設計されている、この南多磨高校・体育館では。

「特に異常はなかった。あとはここでバイナックと決着をつけるだけ」

 そして、今。
 差し込む月光にその全身を照らされている、ユニバック・ワンの姿は。

「私とウツヒト。それ以外の誰も巻きこませはしない。
 バイナックをここで討つ」

 光ファイバーほどに透明なその長髪は、白く。
 月の砂ほどに煌めくその瞳もまた、しろく。
 凜と宣言する、世界で最初の商用コンピューター、ユニバック・ワンは美しく。

「……おお」
「ふふふ」

 その美々しさにIβM 704は心奪われ、System/360は愉快そうに微笑み。

「ウツヒト、何かあったら頼りにしてるから」
「………………ああ」

 そして、彼女に信頼されている15才の少年は。
 いかなる因縁あってか、顕現存在セオファナイズドユニバック・ワンと魂の次元でリンクすることになった高校生、津瀬現人ツーゼ・うつひとは。

「ああ!!」
「……うん」

 頬を紅潮させながら、差し出されたユニの手を強く握り返していた。

 ━━その時である。

「お熱いことじゃないか。……反吐が出るな!!」

 そんな彼らをあざ笑うような声が天から響いた。

「バイナック。そこにいたの」
「ああ、さっきからずっとな!」

 否、天ではない。
 それは体育館の天井だった。ドーム状の天井、その強度を保つために張り巡らされた梁の一本に、お下げの少女が腰掛けていた。

 どんなに悪戯好きな生徒でも、さすがに登れないだろうと思われるほどの高所である。
 高さは20メートル近くあるだろうか━━そんな場所から、彼女は平然と飛び降りた。

「……ふん」

 ふわり、と。
 重力が半減しているように思えるほどの軽やかさで、バイナックは体育館の床に着地する。

「ふん!!」

 お下げ髪。互い違いのオッドアイ。
 憎悪そのものに染まった2つの瞳が、ユニバック・ワンを見る。

「殺す。消す。塗りつぶしてやる。お前の存在を無かったことにしてやる!」
「………………」

 そんなバイナックを、ユニはひどく哀れなものをみるような目で見返していた。

「バイナック、あなたはどうしてそんなに歪んでしまったの?」
「黙れ。アタシから名誉を盗んだくせに」
「バイナック、あなたはどうしてそんなに私を憎むの?」
「黙れ。アタシから栄光を取り上げたくせに」
「バイナック━━」

 ユニバック・ワンはゆっくりと目を閉じた。

「あなたはどうして歴史の底で眠ったままでいられなかったの?」
「黙れ! アタシから存在意義を奪ったくせにいぃぃぃ、い!
 EEEEE!! ィィィィィ!!」
「なんて哀れなバイナック」

 そして、ユニは閉じたときと同じスピードで、その両目を開いた。

「顕現せよ!!」
「アタシは演算する!!」

 ユニバック・ワンとバイナック。
 エッカートとモークリーの産んだ、世界で最初の商用コンピューター2人。

 両者の間に爆風のような青い光が渦巻いた。
 遠い過去の彼方に消え去ったはずである、彼女たちの装置が顕現する。

 ヒトの形を取り、この世に顕現したユニバック・ワンとバイナック。その手に再び主たるデバイスが握りしめられる。

水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスター!」
水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスター!」

 ━━同じだった。

(2人とも同じ水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターを……!!)

 津瀬現人は目を見張る。
 無数の『管』が生えた巨大な棍棒そのもの。水銀中を超音波が伝播する時間を利用して0と1の状態を記憶する、もっとも原始的な主記憶装置(メイン・メモリー)

 それがユニバック・ワンとバイナックが共に右手へ持つ、水銀遅延マーキュリー・ディレイ・線記憶装置ライン・レジスターである。

「バイナック! あなたは欠陥品!
 ただの一度として完全動作したことのない、不完全なコンピューター! あなたに世界で最初の商用コンピューターを名乗る資格はない!!」

 ユニは断言した。
 そして、ゆえにこそ自らが世界で最初にふさわしいと。
 世界を席巻し、偉大なる運用実績を知らしめ、コンピューターの代名詞としてその名を呼ばれた、このユニバックこそがふさわしいのだと宣言した。

「ユニバック! お前は簒奪者!
 アタシこそがお前に先立つものだった! パパ・エッカートとパパ・モークリーはアタシを最初に産んだ! お前の誕生はイギリスのコンピューターよりも遅かった!
 アタシの設計は間違っていない! 完全動作しなかったのは、輸送中の不運な故障が原因だ!」

 バイナックは反駁(はんばく)した。
 あらゆる記録から、『最初』とは言い得ない者がそれを名乗ることを指弾した。
 お前は嘘つきに過ぎないと。名誉も栄光もふさわしくないと弾劾した。

「私は亡霊のようなあなたを葬り去る!」
「アタシは詐欺師のようなお前を塗りつぶしてやる!!」

 ユニは墓地から迷い出た死体をたたき伏せ、二度と蘇らないよう埋葬し直すつもりだった。
 バイナックは嘘と不義が伝わる史実を黒塗りにし、正しく書き直すつもりだった。

「偉大なる青の名の下に、この決闘を見届けよう」
「我々は偉大なる青がメインフレーム。IβM 704とSystem/360である」

 古毛仁直こもになおし弥勒零みろくれいは、殺意と敵意の衝突をすべて記録せんとするように宣誓した。

「眠れ! バイナック!!」
「死ね! ユニバック!!」

 エッカートとモークリーの産んだ、2人の『世界で最初の商用コンピューター』が今、激突する。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ