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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』

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第四話『かくて舞台は整いたり』(4/5)

「はあ……ただいま」

 すっかり日が暮れた頃、津瀬現人とユニバック・ワンは帰宅した。

 ただいま。その声はほとんど習慣的に漏れたに過ぎない。
 今は海外にいる両親がいた頃、当たり前のように繰り返していた言葉が、勝手に漏れ出したに過ぎない。

(……ああ、そうだよな)

 時には志保がいたりする。あるいは、自分独りで出かけたなら、ユニがいたりする。

 けれど、今日に限ってはそんなこともない。たとえば、ユニはすぐ隣にいる。志保は買い物に出ると言っていたばかりだ。

「ウツヒト?」
「いや、なんでもないんだ」

 小さな失敗でもしてしまったような顔の現人を、ユニは不思議そうに見つめていた。
 ささいなことだ。どうでもいいことだ。振り切るように、首を振って現人が靴を脱いだ、その時だった。

「おかえりなさい~」
「……あれっ」
「アンス?」

 キッチンからにこにこ笑顔で現れたのは、エプロン姿の安澄あんすであった。

「もうっ、2人ともこんな遅くまで。いけないんだぞっ」
「遅くまで……って、まだ日が沈んだばかりじゃないか」
「具体的には午後7時過ぎ。特に遅いということはないと思う」
「子供は暗くなる前におうちへ帰らないといけません」

 小学生に諭すような口調の安澄あんすに思わず現人は吹き出す。ユニは怪訝そうに首を捻ったあと、納得したようにうなずいている。

「子供って……」
「うーくんもしーちゃんも……あと、ユニちゃんも。
 私からみたら、昔と変わらないわよ」
「………………」

 ああ。その表情はまるで母のように。

(でも、母さんとは少し違うんだよな……)

 思いきり年の若い母親とでも言おうか。
 あるいは、母親気取りの姉といえば正解に近いのだろうか。

「……安澄あんす姉」
「なに? うーくん? あ、ユニちゃん。お外から帰ったら手を洗わないとダメよ」
「日本人は過剰に清潔。そこまでしなくてもいいと思う」

 口では否定しつつも、洗面所へむかっている辺り、ユニも意外と素直だなと現人は思う。

安澄あんす姉のそういうところ、さ。志保はやっぱり真似したのかな」
「え、しーちゃんが? う~ん……それはどうかなあ……」
「違うの?」
「私としーちゃん。それぞれがうーくんをどう見てるか、ね」

 謎かけをするように、安澄あんすは微笑んだ。現人はグリルのいい匂いが立ちこめるリビングのテーブルに腰掛けながら考える。

「どう見てるか、って……」
「私はあなた達のお姉ちゃんよね?」
「……『みたいなもの』だけどね」
「ひどいわ、うーくんっ。私はいつだって籍を入れてもいいと思ってるのにっ」
「その表現はおかしい」
「アンスとウツヒトは結婚するの?」
「いや、ないから。忘れていいから」

 案の定、洗った両手をタオルでふきふきしながら姿を見せたユニに聞かれてしまう。
 あるいは、聞かせるつもりでそんな言い方をしたのかもしれないと現人は思う。

(京の奴はもちろんだけど……安澄あんす姉もいろいろ鋭いっていうか……)

 相手の行動を先読みし、まるで操るかのような言動をすることがある。
 むろん、それは京のように往々にして周りにとって迷惑なものではないし、好意や優しさにあふれたものだ。

(とはいえ……)

 その根幹は、結局同質のものだと津瀬現人は思う。

(……実の姉弟(きょうだい)って、そういうものだよな)

 つまるところ、姉弟(きょうだい)そろって現人を手玉にとることに長けているわけだが。

「とにかくっ。私はうーくんとしーちゃんと、そしてユニちゃんのお姉ちゃんなわけ」
「……『みたいなもの』、ね」
「自称・姉ということで私は理解する」
「ああっ、血のつながりがないのが悔しいわっ!
 まあ、いいとして。それでねえ、しーちゃんはうーくんにとってなに?」
「そりゃまあ……」

 なぜかぐぐっ、と顔を近づけてくる安澄あんすから、目をそらしながら現人は答える。

「えーと……幼なじみ?」
「違うわよ~」
「いや、そんなこと急に言われても……ユニ、助けてくれ」
「シホはウツヒトのヨメ。カヨイヅマ。
 って、ケイが言ってた」
「期待した僕がバカだった」

 自信満々の表情で断言するユニ。
 現人はぐったりと肩を落としたが、安澄あんすはまだ逃がすつもりはないらしく、顔の距離は変わらない。

「つまりね、うーくんは私のことが好きでしょ?」
「い、いや、好きとかそういうのは軽々しく言うもんじゃ」
「えっ!? それじゃあ、うーくんはお姉ちゃんのことが嫌いなの!?」
「そんなことは━━」
「じゃあ、好きよね?」

 有無を言わせぬ口調で安澄あんすはさらに顔を近づけた。
 油断すると唇が触れそうになる。とてもいい匂いのする吐息が鼻にかかる。津瀬現人にできるのは、力なくうなずくだけだった。

「もちろん、私もうーくんが大好きよ!
 それはしーちゃんもユニちゃんもみんな一緒……みんながみんなお互いのことを大好き! 私たちの関係はそうやって成り立っているの」
「……ウツヒト、私もいつの間にか組み込まれている」
「えっ!? ユニちゃんはお姉ちゃんのことが嫌いなの!?」
「……ウツヒト、なんて答えればいいか教えて」
「ユニは安澄あんす姉が大好きだってさ」
「ああっ、やっぱりそうなのね! 私もみんな大好きよ! ラブ! 愛してるわ~!」

 ぎゅむりと安澄あんすに抱きつかれて、ユニは見るからに疲れた顔をしていた。現人が平然としているのは、ひとえに幼い頃からの経験の差に過ぎない。

(昔からほんと変わらないよな……安澄あんす姉。
 何かあるとすぐ抱きついてくるし)

 恐らく世界で一番スキンシップ経験のある異性ではないかと思う。

「とにかくね、うーくん」
「はいはい、安澄あんす姉」
「むむっ、真面目に聞いてないわね……いい?
 男の子はね、女の子の真面目な気持ちをしっかり受け止めてあげる義務があると思うの」
「真面目な気持ちねえ……」
「じゃあ、もう一度聞きます。しーちゃんはうーくんにとって何?」

 再び、安澄あんすはその問いを繰り返した。なぜか、1度目と異なって、津瀬現人の胸は大きく高鳴った。

「しーちゃんはただ私のことを真似しているだけじゃないと思うわよ」
「それは……」

 ━━今はまだ。
 15才の少年に過ぎない彼には。津瀬現人には。

(まだわからないよ……安澄あんす姉)

 心の中の声を読み取ったように、安澄あんすはそれ以上、問いかけようとはしなかった。

「さっ、いただきましょう」

 食事はまだ冷めておらず、十分すぎるほど暖かく、何よりおいしかった。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 食事が終わっても帰ろうとしない安澄あんすが、まさか泊まっていくと言い出すのではないかと現人が危惧し始めた頃、呼び鈴が鳴った。

「ふっふっふっ……使いパシリ、ここに参上」
「なんだか哀愁が漂ってるな」

 玄関ドアの前で自慢の扇子をばさばさと翻しつつも、今にも泣き出しそうな顔で立っていたのは京だった。

「あら。もうそんな時間なのね。
 それじゃ、うーくん、ユニちゃん。今日は帰るわね~」

 振り返ればいそいそと安澄あんすが帰り支度をしている。
 時計の針は午後9時を指していた。要するに安澄あんすは弟である京を迎えに来させたわけだが、それだけでは彼の表情はこんなにも悲哀に満ちていないだろう。

「うーくん、駅まで送っていってくれる?」
「えっ、でも京がいるじゃないか」
「あんな愚弟じゃ暴漢に襲われたりしたら、頼りにならないわよぉ♪
 ちょっと京。あなたは3分以上経ってからついてくること。あと、スーパーについたら荷物は全部持つのよ」
「はい、了解しました……姉上殿……」
「それじゃあ、行きましょ。うーくん」

 さめざめとうさんくさい涙を流しながら京がうなずくと、安澄あんすは現人の右腕に抱きつくようにして歩き出す。

「ち、ちょっ安澄あんす姉━━ああ、もう仕方ないな。
 ユニ。少ししたら帰ってくるから、留守番頼む」
「わかった。任された。バイバイ、アンス」
「また会いましょうね~、かわいいユニちゃん♪」

 ひらひらと手を振りながら、安澄あんすは現人の右腕にべたーっと体重を預けて、すっかり暗くなった住宅街を歩きはじめる。
 溜息をつきながらも、逆らう様子のない現人の表情にほんの僅かだけ釈然としないものを感じつつも、ユニは遠くなっていく安澄あんすたちに手を振り続けていた。

「ケイは3分後に出発しろと言われていた」
「正確には3分以上後だがね、お姫様」

 がっくりと肩を落として京は津瀬宅の玄関先に座り込んだ。
 さすがにこの時間ともなると、気温も下がってくる。それでも熱帯夜に限りなく近い8月の八王子市はいつまでも野外にいたいと思える快適指数ではなかった。

「ケイ、少し聞いてもいい?」
「何かな、お姫様? 姉上殿との関係ならば、語るも涙聞くも涙、この俺がいかに日々、残虐な仕打ちを受けているか、それはもう長い話に━━」
「ウツヒトと。シホの話」

 いつもの軽口で応じようとしていたらしい京の表情が、一瞬、無色になった。

「今、ケイは変な顔をした」
「おや、お姫様を驚かせてしまったかな?」
「ケイの今の表情が、どんな感情を示しているのか、私にはまだ分からない。
 教えて」
「……俺以外の誰かには適用できない例外データでよければ。
 強いていえば、モードの切り替えだな」
「切り替え?」
「コンテキストスイッチと言っても良いが。
 まあ、真面目な話のために頭を切り換えたわけだ。
 さてっ、これでお姫様がどんなシリアスな話題を出してきても、万事お応えできるわけですな?」

 ふざけたように膝をついて一礼してみせると、京はユニを見た。
 しかし目を見ようとはしない。ユニはずっと京の瞳を見ているが、彼はやや逸らしている。

「それじゃあ、まじめな話をする。もっとも、私はいつもまじめな話しかしていないけど」
「どうぞどうぞ」
「シホはウツヒトのことが好きなの?」

 ユニにとって、その質問は半ば確認のようなものだった。
 だから、彼女は予測していた。きっと京は『なぜそんなことを聞くのか』という顔をする。彼らしくオーバーに目を丸くする。

 しかし、京は眉の毛先をも動かすことはなかった。

「もちろん」
「どのくらい好き?」
「それはもう、言葉ではあらわせないほどに」
「……すごく。すごくすごく好きという理解で良い?」
「イエスですな、お姫様」

 その時になって京は初めて口端だけをにやりと笑わせた。

「好きっていうのは、シホがウツヒトにしているみたいなこと……そういう理解でいいの?」
「おおむねイエスですな」
「じゃあ、ウツヒトはシホが好きなの?」

 そして、今度は違った反応を京は見せる。ひどく意外そうに目を丸くする。

 しかし、仕草そのものは自然だ。
 なぜなら、彼が意外に感じているのは、その質問内容ではない。質問を口にすると、顔を真っ赤にしてうつむいてしまったユニの反応だからだ。

「ぅ……CPUがすごく熱い……オーバーヒートしそうになってる」
「その答えを知りたいとお思いで? お姫様」
「し、知りたい」

 うつむいたままで。赤面したままでユニはそう言った。

(ふむ……さすがにご本人に聞かれるようなことはなさそうだが)

 京はちらりと視線を周囲に走らせる。
 辺りを歩いている人影はない。とはいえ、何しろ津瀬宅の隣が初敷志保の家である。

 そもそも、京は志保が両親と一緒に夜まで出かけていて、夕食に付き合えなかったことを知らない。
 きっと、自分とは入れ違いで帰ったのだろうと思っていたくらいだった。

(まさかのまさかで志保殿に聞かれるのも困るが……これなら大丈夫か)

 たまたま忘れ物でもしたなどの理由で、志保が戻ってくる可能性もあると京は思っていた。
 だが、そのような兆候もない。

(ならば、答えてもよかろう)

 なお、一つ前の『シホはウツヒトのことが好きなの?』という質問に平然と回答できたのは、彼にとってそんなことは。
 そして、現人にとって。志保にとって。
 彼らにとって。当たり前のことだからに過ぎない。

「現人の奴は……志保殿が好きだろうな。
 それはもう。とてもとても」
「………………」

 先ほどまでうつむいていたユニは顔を上げていた。
 そして、愕然としていた。ショックを受けているというやつである。

(だが、その理由を自覚しているものか……)

 京は思う。しかし追求はすまいとも決意する。
 それは自分ではなく、彼女の問題であり、そして彼の親友たる現人の問題だ。

「そ、そう、なんだ。ウツヒトは……シホが……好き……」
「彼ら2人を見ていれば、それを否定する材料はあるまい」
「うん……確かにケイの……言う通り……そう……だけど……」
「だが、現人の奴が志保殿を好きだからといって、それ以外の誰かは皆嫌いということもあるまい」

 京は追求しない。しかし、ささやかな助け船は出すことにした。

「現人の奴は見ての通り、志保殿のことが好きだが、それ以外の誰も同じくらい好きなのかもしれんな……」
「ほ、ほんとにっ!?」
「さて。さすがの俺もあいつの胸の内までは計りかねるが……」
「そ、そっか……そうなんだ……そうだよ……ね。
 良かった……それなら、良かった……うん」

 両手を胸に当てて、心の底から安心したように息を吐いているユニを見ると、笑い転げたい衝動に京は襲われる。

(危うし危うし)

 だが、そこで自制できぬほどの愚か者ならば、彼はとっくに道化としての一線を越えて、現人や志保から嫌われていただろう。
 だから、京は黙り続けた。何か、とてつもない安堵を覚えているユニの反応を待った。

「ケイ、ありがとう。私はすごく感謝している! とても。とても!」
「それは結構。お姫様の役に立てたのなら、光栄の至り」

 そう言いながら、京は時計に視線を走らせた。
 3分どころか5分近く経ってしまっている。早く追いかけてもどやされるのは確実だが、大きく遅れたら、さらに厳しいお仕置きが彼を待っているだろう。

「俺はこれから過酷な運命へ飛び込まねばならない。おやすなさい、お姫様。よい眠りを」
「うん。ケイ、本当にありがとう。おやすみなさい」

 頬を紅潮させ、今にもぴょんぴょんと飛び跳ねそうな足取りで、ユニが津瀬宅の中へ消える。
 くっくっくっ、とようやく自らに含み笑いを許しながら、京は星のほとんど見えない東京の夏空を見上げた。

「そうさ。お姫様。確かに志保殿は現人の奴が大好きで、逆もまた然り。
 けれども━━」

 ゆっくりと京の傍らを自動運転のファミリーカーが通り過ぎる。
 幹線道路の喧噪が近づいてくる。そのまま歩けば、じきに彼の姉と現人が先行する地元の駅である。

「志保殿が……現人の奴を好きな以上に。
 現人の奴はもっと志保殿のことが好きなのではないかな……その自覚はなかろうが」

 そして、15才の少年に決して見えない彼は、小さな声で付け加えた。

「お姫様が俺や志保殿よりも、現人の奴を好きでたまらないように、な」
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