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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』

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第四話『かくて舞台は整いたり』(2/5)

 ニューニとフェランティ・マーク・ワンから、ユニの命を狙う襲撃者の存在を知らされてから、数日後のこと。

「それにしても……狙われているって言っても、具体的にはどうすればいいのかな」

 修理後はすっかり快調さを取り戻したエアコンにありがたみを感じながら、現人は自宅のリビングで首をひねっていた。
 時刻は昼前である。もう30分も経てば、志保が昼食を作りにくるだろう。

(まさか、この家が爆破されるようなこともないだろうしなあ……)

 ビルごと巨大爆破に巻き込まれる映画のワンシーンを思い浮かべながら、現人はソファに寝そべって心地よい室温20度を満喫しているユニを見た。

 薄手のタンクトップにキュロットの組み合わせは、涼しそうではあるがあまりにも肌の露出面積が多すぎて、外に出てほしくないと思えてしまう。
 実際のところ、猛暑続きでユニは外出の意志をまったく見せないため、問題は生じていない。
 せいぜい、またプールの誘いがないかと危惧するくらいだ。

「まあ、プールは楽しかったからまた行きたいけど」
「ウツヒト、ひとりごとは孤独の始まり。あまりよくない」

 うたた寝中と思い込んで口からこぼれた言葉は、しっかり聞こえていたらしい。
 仰向けの状態からくるりと体を反転させて、頬杖をつきながらこちらを見つめる、ユニの胸元にあるスリット状の空間。
 そこを見つめてはいけない気がして、現人はひどい焦りを覚える。

「い、いや、別に独り言っていうわけじゃなかったんだけどさ。
 ははは、それにしても暑いよな」
「確かに外は暑いけど、部屋の中はひえひえ。かいてき。私はもう冷房の風と共に生涯を終えると決めかけているところ」
「それだと夏が終わったら死ぬぞ。セミじゃないんだから」

 苦笑しながら、不意に耳を澄ますとジージーという音が聞こえてくる。

 宅地化の進展で一時期はずいぶんとセミが減ったというが、やはり生き物は適応していくのだろうか。奥多摩のような森林そのものといった土地に比べれば少ないのだろうが、現人達の住む八王子市は、かなりセミの合唱が激しい地域である。

「それにしてもまあ……平和だよな」

 ユニが狙われているなど、何かの間違いではないだろうか━━
 そんな思いに津瀬現人がとらわれかけたその時、キィーというスキール音が響き渡った。

「な、なんだ!?」
「……すぐ外みたい」

 外になんか出たくない。そう言っていたユニが率先して立ち上がり、玄関の方向へむかう。

(おいおい、まさか……)

 何かが起ころうというのか。今、まさにユニの命を狙う何者かが押し寄せてきているのか。

「ま、待て、ユニ。僕が先に出る」
「……わかった。気をつけて、ウツヒト」

 玄関のドアノブに手を掛けたユニを制止して、現人は前に出る。

(……守るなんて、言えるほどの力はないけど)

 それでも、何かが出来るはずたった。
 ユニと魂を通わせた存在として。さらに言うなら男として。そして、何よりこの家を預かる津瀬家の人間として。

(さあ、来い)

 そこに誰がいても。何をしようとも。できる限りの対応をしてやる。
 そんな決意を固めながら、15才の少年がドアを開けると━━そこには。

「びっくりした~!!」
「し、志保……どうしたんだ、お前?」

 そこには驚いたような顔で立つ初敷志保がいた。
 チャイムのボタンに手を伸ばそうとしている姿勢から、まさに今、呼び鈴を鳴らそうとしていたのだと分かる。

(いや、それより……)

 僅かに志保の服装が乱れているのを現人は見逃さなかった。長い付き合いである。そして、毎日のように通ってもらっている間柄である。
 まるで、地面に転んだように服の裾が乱れ、袖に皺ができていれば、現人以外の者でも気づいたことだろう。

「さっき、通りかかった車がね~!
 こっちに向かってきて……あ、でもね、あたしももっと端を歩けば良かったかもしれないんだけど、目の前で急ブレーキしてね!
 轢かれるかと思ったわ!! びっくりして尻もちついちゃったんだから!」
「そ、そうか……今のはその音だったのか」

 ほっとする間もなく、現人は傍らのユニが異常に鋭い目をしていることに気づく。

(これは……)

 彼女は何かを察したのだ。それは分かる。
 だが、詳しく理解したくないとも思う。なぜなら、現人にとって嫌なことに違いないからだ。

「あ、それでね。はい、これ今日のお昼ご飯!
 でもね、一緒に食べられないの。ごめんね、2人とも。これからお父さんとお母さんと出かけることになってて……あ、夕食もお外なんだけど」
「そ、そうか。分かったよ。夕飯は出前でも取るさ」

 現人は震え出しそうな手を必死で押さえつけながら、志保から包みを受け取った。すると、現人の手から半ば奪い取るようにユニが包みを手にする。
 そして、彼女は有無を言わせぬ口調でこう言った。

「ウツヒト、シホを送ってあげて」
「……ああ、そうだな」
「へ? 別にいいのに。すぐそこだよ?」

 いつも玄関前で別れている志保は不思議そうな顔をしている。
 現人はこみ上げてくる嫌な予感を振り払うように、ぎゅっと唇を噛みしめると、作り笑いを浮かべた。

「まあ、たまにはいいだろ。僕がそうしたいんだ。嫌か?」
「え……えへ。えへへへ。嫌なわけないけど~」

 嬉しそうに頭をかきながら、志保が笑顔になる。
 我ながらずるい物言いをしてしまった。自己嫌悪すら感じながら、現人は志保を路肩側にして、道路沿いを歩き出す。

「本当にすぐそこなのに」
「そりゃ隣だからな。……おじさんおばさんと出かけるのって、車か?」
「うん、そうよ。ちょっとお買い物。あれっ、ひょっとして現人たちも出かけるの? 乗ってく?」
「いや、そういうわけじゃないんだ……うん、無事についたな」

 辺りを油断なく見回しながら現人は言う。閑静な住宅街。走行する車はおろか、自転車の類いも見当たらない。

(さすがにこれなら大丈夫……か)

 胸をなで下ろすと、志保が自宅の玄関先でにっこりと笑っていた。

「送ってくれてありがと、現人」
「たまにはこういうのもいいもんだな」
「あ……うん! そうだね~! またお願いしたいかなあ……なんて、えへへ」

 見ている方が恥ずかしくなるほどの照れ笑いで志保は言った。
 現人は少し、黙る。迷うように黙する。それでも決心したように顔を上げる。

「ああ、いいよ。このくらいならいつでも」
「ほんとっ!? それじゃあ明日! 明日もお願い、ね!」
「わかった。じゃあな」
「ばいばーい、現人!!」

 いつにないオーバーアクションで手を振る志保。片手で会釈して、踵を返す現人。

 そして、自宅に戻るまでのほんの十数メートル。
 一台の乗用車が対向からやってきた。特に怪しげな挙動はない。せいぜい、どこか運転手が不思議なそうな顔をしているくらいだ。

(……そうさ、何も怪しいことなんて)

 そして、路肩を歩く現人とすれ違うその直前、乗用車のモーター音が不意に大きくなった。
 はっ、と目を見開いた直後。乗用車は刹那の急ブレーキをかけ、キュ、と小さなスキール音がなった。

「……これって」

 津瀬現人は慌てなかった。接触するほど至近ではなかったし、命の危険を感じるほどではなかった。

 ただ、彼は振り向き、乗用車が初敷宅の前を通り過ぎるまで、じっと睨み付けていた。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

「シホも狙われているかもしれない」

 自宅に帰るなり、尋常ならざる表情でユニが告げた一言は、現人に衝撃を与え、そして怒りを呼び起こした。

「なんで……なんでだよ! あいつは関係ないだろ!?」
「もちろん、そう。シホは無関係。顕現存在セオファナイズドでもないし、ウツヒトと私のように強いつながりがあるわけでもない」
「だったら、どうして志保に?」
「さっきシホは車に轢かれそうになったと言っていた」

 ユニはひどく真剣な顔をしていた。そして、現人はやっと察する。彼女は怒っているのだと。あるいは、自分よりも強烈に怒り狂っているのだと。
 その怒りが強すぎるゆえに、こんなにも冷静な表情に見えるのだと。

「それは警告なのかもしれない。いつでもシホを……私の周りにいる人間を害することができるという警告」
「ふざけるなよ、なんであいつが……そんなの許せるかよ!!」
「落ち着いて、ウツヒト」

 怒りを抑えきれず、ユニに詰め寄る15才の少年と。
 怒りをこらえながら、少年を見返す1950年生まれの少女と。

 窓の外から聞こえてくるセミの声。
 心地よい冷気を吐き出すエアコン。
 ちょうど正午を指し、カチリ、と音を立てた壁時計。

「……ちょっとだけ」
「なんだよ?」
「ちょっとだけ、シホが羨ましい。今のウツヒトはもの凄く怒ってる」
「当たり前だろ……ユニは違うのか?」
「もちろん、私もすごく怒ってる、けど」

 怒りを封じ込めた表情から、妙に気弱な微笑みへ転じると、ユニは謝るように言った。

「ウツヒトは……私がもし無関係な誰かで、そして何かに巻き込まれて、狙われていたら、今みたいに怒ってくれる?」
「………………」

 こんなことを訊いてごめんなさい。
 上目遣いに現人を見つめるユニバック・ワンの瞳は、そんな感情が込められているかのようだった。

「……バカ」
「いたっ」
「あ、ごめん」

 こつり、と優しくユニのおでこをつついたつもりだったが、力が強かったらしい。

「……なんだかな。少し呆れた。
 でも、冷静になれた気がする。ありがとな、ユニ」
「別にウツヒトを和ませるためじゃなくて、真面目に聞いたつもり」

 ぷくりと頬を膨らせませてユニは言った。果たしておでこの痛みに対する抗議なのか。

(それとも━━)

 津瀬現人は世界で最初の商用コンピューターの心中を推測しようとする。
 そんな程度には、脳という生体CPUの温度が冷えてきたようだった。

「……怒るよ。怒らないわけないだろ」
「ほんとに?」
「そりゃあその時になってみないと分からないけどさ……大体、ユニはちょっとやそっとのことなら、返り討ちにしちゃいそうだし」
「カエリウチ。ケイに教えてもらった。サムライをサムライが襲う。襲われた側がやっつける。とー。やー」
「……またずいぶん偏った事例だな」

 エア素振りのような仕草を始めるユニに、思わず笑ってしまう。
 よし、冷静になってきた。津瀬現人の脳裏で、そんな声が聞こえる。

「でも……そうだな。こんなことをやらかす奴は、何としても僕たちで返り討ちにしないと」
「私もそう思う。シホに危害が及ぶ前に、私たちだけで決着をつけてしまう方がいい」
「それにしても頭にくる奴だな……ユニ、心当たりはあるんだろう?
 そいつはどこにいるんだ?」
「私たちの近く━━であることは間違いないだろうけど」

 ユニは考え込む。ヒトからみれば、ほんの十秒にも満たない沈黙だったが、商用コンピューターにとってそれはとてつもない時間であることは、現人にも想像がつく。

(それにしても、綺麗な顔だよな……)

 もっとも、それ以上にユニが真面目な顔をして静止していると。

「………………」
「んっ。あれ、ウツヒトどうしたの? こっち見てる」
「い、いや、何でもない」

 心を奪われる。魂を抜かれる。
 そんな形容が適切すぎる心境で、津瀬現人はユニバック・ワンに見とれてしまうのだった。
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