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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』

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第四話『かくて舞台は整いたり』(1/5)

『これはどうしたことか』
『これはどうしたものか』
『どうにかならないか』
『どうにもならないか』

 2人のジョン。そして1人のエッカートと1人のモークリー。
 すなわち、ジョン・エッカートとジョン・モークリーは困っていた。

『来たるべきユニバックのための習作』
『枯渇しかかっている資金を調達するための第一作』
『航空機製造会社から発注を受け、造りあげんとしているこのマシン』
『世界で最初の商用コンピューター、バイナックがうまく動作しないではないか』

 エッカートとモークリーはなかなか思うように動作してくれないバイナックを前にして、首を捻る。
 設計を変え、組み立て直し、問題点を突き詰めようと努力する。

 むろん、その苦闘はあらゆる製品開発に付きものだった。
 物作りは洋の東西を問わず、甘いものではない。量産(マスプロダクション)ですら大変な困難と維持管理が伴うというのに、その製品をゼロから造り上げるときの苦労といったら、並大抵のものではない。

『どう思う、ジョン』
『どう思った、ジョン』
『確かに我々の設計にまずいところもあるかもしれない。だが致命的なほど間違っているとも思わない』
『その通り、我々は素人ではない。いや、むしろ世界でもっともコンピューター設計に長けた一握りの技術者と言える』

 その自負は断じてうぬぼれではなかった。
 世界で最初の━━否、最初期のコンピューターであるENIACの開発において、彼らは重要な役割を果たした。
 直接の後継となるEDVACプロジェクトにおいても、2人のジョンは中心人物だった。

『思えばあれは残念なことになった』
『過去を悔いても仕方ないが、うまくいってほしかった』

 フォン・ノイマンとペンシルバニア大学の関係者の顔を思い出しながら、彼らは懐旧に浸った。
 いくつかの行き違いと対立から、ジョン・エッカートとジョン・モークリーはENIACの後継プロジェクトにあたるEDVACプロジェクトから、途中で離脱した。

 むろん、それは職務放棄の類いではなく、合衆国ではよくある離合集散、そして独立の一例に過ぎなかった。
 だが、2人を失ったEDVACプロジェクトは年単位の遅延をきたし、実にEDVACのコンセプトを真似して造られた、イギリスのコンピューターの方が早く完成・稼働するという事態を招いた。

『まあ、いい。今は我々のコンピューターに集中しなければ』
『そう、合衆国政府でも軍でもなく、ペンシルバニア大学でもない。我々のコンピューターに集中しなければ』

 逆に言えば、EDVACプロジェクトの遅延こそは、2人のジョンがいかに強力で有能なコンピューター設計者であったか示すものだろう。

『このバイナック。基本的な動作原理はENIACと変わらない』
『真空管を使い、電子の速度で高速計算する』
『このバイナック。基本的な設計コンセプトはEDVACと変わらない』
水銀遅延マーキュリー・ディレイ・ラインによるメモリーを主記憶とし、プログラムを内蔵する』

 プログラム内蔵。
 それこそは彼らが直近まで関わっていたEDVACプロジェクトの偉大な産物である。

『計算プログラムを、電子回路(サーキット)として実装するのではなく』
『一度、記憶装置たるメモリーにプログラムを読み込み実行する』
『ここには偉大な汎用性が生まれる』
『プログラムと計算装置の分離!!』
『世界で同様なシステムが使われ始めているが、このバイナックもまた、プログラム内蔵方式のメリットを示すものとなるだろう』

 およそコンピューターとして連想されるマシンの殆ど全ては、メイン・メモリーを持ち、そこにプログラムを格納する。
 一般ユーザーがハードディスクやメモリーカードとして想像するものは、メイン・メモリーではない。それは外部記憶装置であり、言うなればプログラムやデータの退避先である。

『ENIACはそうではなかった』
『プログラムはイコール回路であり、変更するために日単位の時間がかかった』

 原初のコンピューターとして知られるENIACの場合は、電子回路がすなわちプログラムである。
 膨大なパネルボードをそれぞれ計算プログラムに従って組み直し、動作を確認して、やっと本計算に入ることができる。
 しかもこれをすべて人手で行わなければならない。

『無理もないこととはいえ、コンピューターの特性を全く生かしていなかった』
『電子で計算を行うコンピューターでありながら、そのプログラミングはまるで機械式計算機の設計作業だった』

 2人のジョンが頭に思い浮かべているのは、歯車の化け物にも似た機械式の計算装置である。
 日本ではタイガー計算機といったブランドも有名だった卓上計算機からはじまり、戦艦や対空砲の部隊には、恐ろしく複雑な射撃用計算をあっという間にこなす、まさに究極といってもいいレベルの機械式計算機が備えられていた。

 また、暗号機として知られるエニグマ装置についても、その本質は機械式計算機と言えるだろう。

『だが、これからは違う』
『電子式計算機の時代だ。その特性を生かしたプログラム内蔵方式が当たり前になるのだ』
『やるぞ、ジョン』
『やるとも、ジョン』

 2人のジョンは精力的に作業を続けた。それは見た目には地味で、いつ終わるのか検討もつかない作業だった。

 だが、彼らの胸にはまったく新しいジャンルを切り開く開拓者の精神があった。それは合衆国市民として彼らの精神の根幹に染みついている、いわばスピリットであった。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

「アタシは親を憎む」

 夜の闇に沈む八王子の街を見おろしながら、お下げの少女は独り、積もり積もった澱のような黒い声を響かせる。

「アタシは世界を憎む」

 暗い瞳は一つ、八王子の街のみならず、この国を、そして世界をも見据えている。

「アタシは歴史を憎む!」

 自らの名誉を抹殺し、自らならざる者を讃えているこの時間軸の歴史そのものが、彼女にとって憎しみの対象である。

「フン、何がユニバック・ワンだ……何がIβM 704だ、System/360だ……何が久礼だ!
 成功者どもに何が分かる!!」

 ちいさな少女の拳を握りしめ、コンクリートのビル屋上へ叩きつける。
 彼女こそは世界で最初の商用コンピューター。
 少なくとも彼女自身はそう信じている顕現存在セオファナイズド、バイナックである。

「なぜだ! なぜアタシを完全な形で造り上げなかった!
 パパ・エッカート!! パパ・モークリー!」

 その悲痛な叫びは遙かな天にいる2人の父親へ届くことはない。

「アタシは確かに欠陥品だった……完全動作したことすらなかった!
 けれど! アタシは確かにエッカート(E)・モークリー(M)・コンピューター(CC)からノースロップへ販売されたコンピューターだったじゃないか!
 これが世界で最初の商用コンピューターでなくて、何なんだ!!」

 それは歴史の真実であり。
 しかし━━解釈の違いで世界に忘れられた栄誉である。

「アタシを知る者は少ない……たとえいても、興味を持つ奴なんていない!
 ユニバック・ワンのことは知ろうとするくせに! 博物館に展示もするくせに!
 アタシは! このバイナックは! 忘れられていく!
 何の……名誉も……っ、なく……ぐすっ……栄光すらなく……っ」

 悔し涙すら彼女は流していた。
 あるいは、その様子を見る者がいたならば、顕現存在セオファナイズドでも泣くのかと、驚いたかもしれない。

「……っ、ぅ、ぐ。
 たとえば、ユニバック・ワンの管理者(アドミニストレーター)だ……あいつだって……」

 バイナックの胸に渦巻く感情。
 それが単純な憎しみなのか。あるいは、嫉妬なのか。彼女自身にもよく分からなかった。

(アタシこそが世界で最初の商用コンピューターなんだ……だったら!)

 あの津瀬現人の隣にいるのは、自分であるべきだったのだ。

 そして、顕現存在セオファナイズドとしての名誉を語り、栄誉を誇り、尊敬を受けなければならなかったのだ。

(でも、そうはならなかった)

 少なくとも彼女が今、こうして顕現している世界においては。

 エッカートとモークリーが造り上げた商用コンピューターの処女作、バイナックは欠陥品であり、ノースロップ・エアクラフト社へ納品されるも、まともに動作することはなく、廃棄されてしまったと伝えられている。

「……ぶっ壊してやる」

 そして、ユニバック・ワンこそが世界で最初の商用コンピューターとして、有り余る賞賛を受け、コンピューターの歴史に名誉と共に刻まれている。

「そんな歴史は、アタシがぶっ壊してやる!
 ユニバック・ワンを殺す! 存在自体を消す!
 そして、アタシこそが最初なんだと世界に広めるんだ! どんな手段だって使ってやる!
 まだアタシの部品のカケラがどこかの倉庫に眠っているかもしれない! アタシの設計書はサルベージできるかもしれない!
 アタシはこの世界に復活できるかもしれない! 今からだって遅くない! アタシはアタシの手で、ユニバック・ワンに奪われた、『世界で最初』の名誉を取り戻すんだ!!」

 悲痛にも見えるその決意を聞く者はなく、夜の闇に消えていく落涙の輝きに価値を認める人もいない。

(それでも構うか!!)

 だが、バイナックはくじけることはなかった。

 ある程度の専門知識を持つ者ならば、彼女をなだめたかもしれない。
 君という存在は専門書にしっかりと刻まれている。これからの永い刻の中で、その事実は確実に残ると。

 そして、ユニバック・ワン自身も絶対不動の『世界で最初』ではないと。
 かつて、紙の発明者とされていたある中国人が、今は紙の『製法改良者』とされているように、業績とは正されていくものだと。

 彼女を慰めたかもしれなかった。

(そんなこと知るか!!)

 しかし、それは後世の目から見た視点でしかない。

 バイナックは顕現存在セオファナイズドである。
 確かに存在しつつも、世に名誉と功績を残すことができなかった、世界で最初の商用コンピューター、バイナックが人の形を取って顕現した存在である。

顕現存在セオファナイズドは━━顕現するに値する名誉や栄光を持つ存在」

 小さな倉庫で開業した、冴えない技術者の造り上げたハンドメイドコンピューターが顕現存在セオファナイズドになることはない。

 たとえ世界へ広く売り出されたとしても、まったくの失敗だったコンピューターが顕現存在セオファナイズドになることはない。

「それは格がないからだ。ヒトの認める存在の重みがないからだ!」

 ならば、バイナック自身が顕現しているという事実こそ。

「……アタシはユニバックなんかには負けない。もちろん、イギリス野郎なんかにもだ!!」

 顕現存在セオファナイズドバイナックがここにあるという事実こそ、彼女の格を。
 存在の重みを証明するものではないか!!

「やってやる……覚悟しろ、ユニバック・ワン!!」

 殺意は地平線から顔を出した日光に溶け、朝が訪れようとしていた。
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