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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』

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第三話『英国的一夜一夜物語』(2/3)

「いやあ、ようこそお越し頂きました!
 このクソ暑い中、ワタシのお願いに応えて頂いた皆様にはまったく頭があがりませんよ~! あっはっは~!!」
「………………」

 安澄あんすに見送られて、家を出て数十分後。
 終業式まで毎日かよっていた南多磨高校の学舎は、自宅ほどではないにせよ、津瀬現人の心にほっとするものを吹き込んでくる。

(とはいえ……)

 それはいつもの学校であり、いつもの教室であってこそだ。
 この夏休みにわざわざ呼び出されたのが学校の職員室とあっては、あまり安らいだ気分にならないのは当然だった。

「で、何の用なんだ、ニューニ」
「あぁん、現人さんたら! ここは学校ですよ~、公私の区別はつけて頂いて!
 どれほどワタシのことを身近に! フランクに感じていたとしても! 後ろに先生と! さあ、リピートプリーズ!」
「あほニューニ先生、何の用だ」
「余計なものが頭についてますっ!」
「えっと……ユニちゃんの妹さんのニューニ先生の……えっと、あれ。ちょっと混乱してきたわ」
「ああっ、志保さん難しいことは考えなくて結構です!
 あなたは現人さんのとの将来をプラニングしていてください! 今すぐ! ずっと! 此処より永遠に! ふろむひあとぅーえたーにてぃー!」
「ま、まあ、それならいいですけど」
「良くないだろ……」

 なぜか頬を染めて上目遣いに現人を見る志保。
 どんな表情を返していいかわからない15歳の少年は、大きく溜息をついて顔を覆うことしかできない。

「で、それはともかくとしてですね、志保さん。
 実はちょっと本日の補習にこれこれこういうものが必要でして……用具室から取ってきてくれませんか?」
「あ、はーい。わかりました」
「……?」

 そして、ニューニが志保にメモを渡したその時になって。
 現人は職員室に彼女以外の教師がいないことに気がついた。その割には照明は部屋全体にわたってオンになっており、もの寂しい雰囲気はない。

「さ~て、と」

 志保がメモを片手に職員室を後にしたタイミングを見計らって、ニューニはその豊満な胸の下に腕を組むと、教師の仮面をはぎ取る。

「現人さん、誰があほですか!?」
「お前だ、お前。いきなり補習とか言って呼び出してなんなんだよ……それに、どうして僕たち3人だけなんだ?」
「ウツヒト。ケイがいないのは当然のこと。ケイはとても頭がいい。補習が必要になるとは思えない」
「僕たちだって、平均点はちゃんとクリアしてるだろ」
「あぁん、やっぱりユニ姉様は賢い! 美しい! かわいい! さすがはワタシの敬愛する姉様です! すりすりすりぃぃぃ!!」
「えっへん。私は妹に尊敬されている。ウツヒト、羨ましい?」
「いや、別に……」

 夏用のスカートから覗くユニの生足に頬ずりするニューニを、変態を見るときの目で眺めながら現人は首を振った。

「ざんねん。私が立派な姉だと証明できれば、ウツヒトもアンスを見るみたいに私を見てくれると思った」
「それはちょっとなんていうか、カテゴリーが違いすぎるかな……」
「アンスってなんですか、ギャンブルをする時に振るやつですか」
「それはダイスだろ。とにかく、用件を言ってくれ。
 何も無いなら僕は帰るぞ。……もちろん志保も一緒に」
「まあまあ、そう慌てないでください。
 用具室にいった志保さんにはいろいろ頼んでありましてね。
 戻ってくるまで……15分。20分くらいかかるかもしれませんね」
「…………屁へ」

 津瀬現人は万能の天才ではないが、どうしようもない愚か者ではない。
 とぼけたようなニューニの言葉だけでも、その時間を使って何かがしたいのだということは分かった。

「実はユニ姉様と現人さんに会わせたい方がいます」
「会わせたい方……?」
「………………」

 現人は首を捻ったが、ユニは既に察しがついているのか、淡々としている。

「どうぞ」
「はじめまして」

 がらり、と開いた扉は職員室の奥にある給湯室の扉だった。

(あれは……夜制の生徒か)

 その服装をひとめ見て、津瀬現人は少年の所属を察する。
 それに廊下ではなく、職員室の奥から入ってきたことで、今までの会話をすべて聞かれていたであろうとも。

 涼しげな印象を与える少年だった。
 黒い瞳がじっと現人たちを見ている。瞳と同じ色の髪は一部が軽く跳ね、よく訓練されたイヌ科のようにも見える。

「ユニバック・ワンとその管理者(アドミニストレーター)に会えるとは光栄だよ」
「……管理者、って。いや、僕はそんなつもり、じゃ」

 慌てて否定しようとして、現人はそれ以前にもっと重大な言葉が紛れていることに気がついた。

「待ってくれ。ニューニ。ひょっとして、彼は」
「はい、現人さん。
 エッカート・モークリー・ユニ……ユニ姉様がここに在学するにあたっての名前ではなく、本当の名前を知っている。
 つまり、顕現存在セオファナイズドです」
「……ニューニから聞いてはいたけれど。
 こうして実際に顔を合わせると、その、すこし戸惑う」
「それは僕も同じだよ。ユニバック・ワン。世界で最初の商用コンピューター」

 明らかに居心地悪そうに視線をさまよわせているユニに対して、少年は自らの言葉と裏腹に迷いを見せない表情だった。

「僕はフェランティ」

 そして、少年はもう一つの『同じ』を宣言する。

「フェランティ・マーク・ワン。
 イギリスで生まれた、世界で最初の商用コンピューターだ」

 ユニバック・ワンと同じ(The)界で( first c)最初の(ommercial)商用コ( computer)ンピ( in )ューター(the world)を少年は名乗った。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 同じ時刻。
 南多磨高校の職員室とは離れた場所にある、生徒会室ではひどく険悪な空気が流れていた。

「貴様、どういうつもりだ?」
「そっちこそ、どういうつもりか聞きたいね!」

 今にも噛みつかんばかりの表情で、背丈の小さなお下げの少女を睨み付けているのは、IβM 704の顕現存在セオファナイズドこと、古毛仁直である。

「ユニバック・ワンは敵なんだろう? だったら、どんな手段を使っても、ぶっ潰すのが正しいじゃないか?」
「だからといって、あんな公衆の面前で襲撃するなどと……!」
「……少し落ち着け、イトコ殿」
「はっ! 何が偉大なる青のメインフレームだかな」

 なおしはもちろんのこと、なだめるように口を挟んだ弥勒零━━すなわちIβM System/360の顕現存在セオファナイズドに対しても、お下げの少女は小馬鹿にしたような態度を崩さなかった。

「IβM 704にSystem/360だって?
 お名前だけは有名だから、どんな奴らかと期待していたのに、ただのお坊ちゃんと嬢ちゃんだもんな」
「ふむ、上に立ったつもりで見下してくれるのは結構。しかし、実績が伴わなければ負け犬のなんとやらだな」
「うるさい。黙れ。所詮、お前らなど後追い(フォロワー)だ」

 弥勒零は怒りではなく、侮蔑でお下げの少女に応じた。
 カッとなりやすい性格なのだろうか、お下げの少女はあまりにも分かりやすい激昂をその表情に宿す。

「お前らIβMのコンピューターすべても。もちろん、久礼一くれいはじめ、お前もだ!
 どいつもこいつも後追い(フォロワー)だ!
 アタシこそが世界で最初の商用コンピューターなんだからな!!」
「世界初という称号に、それほどの価値があるというのかい?」
「ある!!」

 やんわりなだめるように声をかけた久礼一に対しても、お下げの少女は敵意に近い激しい感情を向けた。

 気に入らない。ふんぞりかえっているこいつらが気に入らない。
 歴史に確かな実績と栄光を刻んでいるこいつらが気に入らない。

 そうとでも言うように。

「お前達がアタシよりずっと後の時代に、どれだけのことを為したとしても『世界初』はアタシのものだ!」
「それについて疑義があるのだがな」
「疑うか、704! お前如きが口を挟むのか! アタシの時代に近い701ならともかくも!」
「……確かに姉さんならば、私より遙かにお前の時代に詳しいのだろうが」

 苦々しげに表情をゆがめて、古毛仁直こもになおしは言う。

「ならば言おう。世界初の商用コンピューターはお前ではない。
 ユニバック・ワンだ」
「そんなものは間違いだ!」
「間違いと言っても……な。
 少なくとも、私の時代においては、イトコ殿が言うように聞いていたが」
「くそっ、くそくそくそくそっ、くそ!! くソソソソソ、そっ、ソソ、く━━」

 704の意見を追認する360に、お下げの少女は突然地団駄をふみはじめた。
 そのうち、語尾が震え、壊れたスピーカーのような音が聞こえ始める。
 驚きにIβMのメインフレーム達が目を見張ったそのとき、少女は自らの頭をがんがんと叩き始めた。

「そ━━ク、そ━━くそ……よし。時々、こうなる。気にするな」
「気にするなと言われても……ハジメ様、どうしましょうか」
「まともに動かないということか? こいつは大丈夫なのか、久礼」
「心配はいらないよ」

 なおしと零は明らかな不信を声に込めて問いかける。
 その問いに久礼一はゆっくりとした頷きひとつで応じた。
 王座の位置にある円卓で。生徒会書記(IβM 704)生徒会庶務(System/360)を従える位置で。

 南多磨高校生徒会長・久礼一はオブザーバーの位置に座る、お下げの少女を見た。

「僕たちの時代には改良されたけれど、もともとコンピューターとは不安定なものだ」
「ふん、少しは分かっているじゃないか、久礼一。
 そうさ、あのENIACだって、SAGEシステムだって、真空管が壊れれば止まったんだ。
 コンピューターは不安定なもの。壊れるもの。
 そんな時代があったからこそ、改良が進んで、壊れにくい時代が来たんだ」
「君の言う通りだね。
 メインフレームなるものが、絶対的な信頼性を誇るようになったのも……それがセールスポイントとして使えたのも。
 つまり、『ふつう』のコンピューターは、しばしば止まったり壊れたから、だね」
「……褒められているのか、けなされているのか分からんな」

 にっこり笑う久礼一に対して、弥勒零は芋虫が指先に這っているときの乙女にも似た顔で、視線を逸らした。

「なるほど、さすがはハジメ様。おっしゃる通りです。
 ユニバック・ワンも常に稼働し続けるわけではなく、しばしば停止したものでした。
 もちろんこの私も。姉さんも」
「……お前は少し久礼一の言葉を疑うことを覚えたらどうだ、イトコ殿」
「何を言う。ハジメ様の言葉はいつも正しい。
 疑っていないのではない。確かに間違っていないからこそ、私は感服しているだけだ」
「偉大なる青のメインフレーム第4代が久礼に心酔しているなど、ジーンが見たら卒倒しそうな光景だ……」

 呆れというより諦めに近い溜息を漏らすと、気を取り直すように鋭い瞳で弥勒零はお下げの少女を見た。

「で、動作不安定なお前」
「なんだ、とうとう一度も世界最速になれなかった2番手」
「……なかなか言い返してくれるじゃないか」

 刹那、弥勒零は確かな殺意をお下げの少女に向けた。

「っ……」
「フン」

 今、怯えたな? 隙を見せたな?

 まさにマイクロセコンドレベルの一瞬ではあったが、お下げの少女が弱みらしいものを見せたことで、弥勒零は何らかの満足を得たようだった。

「それでいい。
 さて、自分が世界で最初の商用コンピューターだと言うのなら、証拠を見せてもらおうか」
「そんなものは調べればすぐにわかることだが……いいさ。
 お前達にも見せてやる」

 いつも持ち歩いているのだろうか。お下げの少女は懐から薄汚れた本の1ページを取り出した。

商用(History )(of )ンピュー(commercial)ターの歴史( computer)……その歴代を説明する資料か」
「このトップにアタシの名がある!!」

 お下げの少女は拳を握りしめてそう言った。
 ぎらつく狂信の瞳で。これは聖典であり、いかなる疑いも許されないと主張する過激派の顔で。

「どう思う、イトコ殿」
「……確かに書かれているが」

 古毛仁直はどこか疑いを含んだ声でそう言った。
 そもそもこの破り取られた1ページは信用できるものなのか。間違いだらけなオンライン辞書の類いから、都合よく引っ張ってきた記述ではないのか。

「アタシは━━世界で最初の商用コンピューターだ!!」

 お下げの少女は唇を噛みしめてそう言った。
 懇願するような声で。お願いだから信じてほしい、疑わないでほしいとすがる幼子の顔で。

「アタシは━━世界で最初の商用コンピューター、バイナックなんだ!!」

 瞳の中に涙すらためて、彼女は叫んでいた。
 古毛仁直と弥勒零は、ただ困惑し。
 そして、久礼一はうっすらと笑っていた。
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