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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』

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第二話『姉(自称)が来たりて家族を抱く』(4/4)

 南多磨高校の校舎に掲げられた時計の針は、既に午後九時を過ぎている。

「……ずいぶん仕事熱心なんだね」
「そちらこそ。生徒がこんな時間までうろついていていいんですか?」

 夏にしては妙にあかるい月明かりが差し込む職員室で、何か資料をまとめているらしいニューニの元を、一人の少年が訪問していた。

「僕はこんな時間だからこそ、うろついているんだけどね」

 少年が着ているのは南多磨高校の制服。しかし、ブレザーに仕込まれた月の意匠は、彼が『夜制』の生徒であることを示している。

「うーん、『夜制』的にはまだお昼にさしかかった頃ですもんね」
「むしろ『昼制』の先生がこんな時間まで残業していることが問題だよ」
「残業はこの国の愚かしくも涙ぐましい美徳ですよ?
 ワタシも日本に来るまでは馬鹿にしていましたけれど」
「美徳? 非生産的なだけじゃないか」

 遠くに見える、明かりの消えないオフィスビルを眺めながら、少年は言う。

「十分な生産性があれば、昼間のうちに仕事を片付けて終わり。
 家に帰って家族との時間を満喫できる。
 それが人間の正しいあり方じゃないか」
「そうですねえ、理屈の上ではそうですが」
「仕事に理屈以外の何があると?」
「人生は理屈じゃありませんからね」

 少年は端正な表情を、3割の不満に、そして7割の困惑にゆがめてみせた。

(いかにも意味がわからない、という顔ですね……)

 ニューニはけらけらと笑いたい思いをこらえて、なるべく上品に微笑んでみせた。
 もっとも、それでもどこかふざけたような色は消し去ることはできなかったが。

「日本人にとって、仕事は人生なんですよ」
「それは非生産的な残業を肯定する理由にはならない」
「だったらこういう考え方はどうですかね。
 残業によって、自分の仕事を満足いくまで片付ける。残業は効率ではなく、満足の問題。
 ……満足いく出来になるまで、何度もキャンバスを破る芸術家のようなもの」
「馬鹿馬鹿しい」
「そんな馬鹿馬鹿しい残業を本気でしているヒトもいるんですよ。
 もっとも、大半は嫌々に、さもなくば残業代のためでしょうけどね」

 勤勉でよく働く日本人。
 しかし、労働生産性という観点から、その定評が否定されて久しい。

 すなわち、生産性が悪いのに、長時間労働で釣り合いを取っている日本人。
 そんな悪評が平然と語られるようになって久しい。

(……そうは言っても)

 果たして理由もなく、ヒトは長い年月を耐えられるものだろうか?

 長時間労働をすなわち苦しみであり非効率とみなす観点からは、日本人の労働環境は地獄の刑罰を科せられているかのように見えることだろう。

(しかし、本当に地獄の刑罰ならばあの戦い(第二次世界大戦)が終わってから、1世紀以上も耐えられるものですかね?)

 何年も。何世代も。
 文句を言いながらも、反抗することなく、耐え続けることができるほど、ヒトはよく出来た奴隷だろうか?

「まあ、ワタシたちは長時間労働どころか24時間労働だってお手の物だったわけですがね」
「……だからこそ、ヒトが必死で働かなくても良くなったはずだった」
「非効率な集計から。非効率な計算から。非効率な単純作業から。
 ヒトを解放する。それはコンピューターが果たしたもっとも劇的な役目ですね?」
「出来ることなら、フォードの工場でひたすらボルトを締める作業からも解放してあげたかったね」

 皮肉めいた微笑みで少年はそう言った。ニューニは肩をすくめて、心外だとでも言うように首を振る。

「モダン・タイムスはワタシ達が生まれるより前の話ですよ」
「今から振り返れば大差ない」
「いいんじゃないですかね……ヘンリー・フォードは払うものはきっちり払っていましたし。あの頃、T型フォードを作っていた工員たちは高給取りですから。
 単純で苦痛な労働には、それなりの対価が伴っていた……そういうわけですよ」

 まるで現代ではそうでないとでも言うように、ニューニは溜息をついてみせた。

「働くって、何でしょうね」
「好んで残業していながら言う台詞じゃない」
「英国流のジョークを気取ってみせたつもりですが……お気に召しませんでしたか?」
「それが英国流だと思っているなら、打ち壊し(ラッダイト)運動の頃から学び直してきた方がいいね」

 少年は呆れたように肩をすくめると、古い響きのある歌を口ずさみはじめた。

「ローリング・ストーンズ?」
「いいや。ビートルズ。イギリスで生まれたビートルズ。
 そして、僕のルーツが行き着く土地であるリヴァプールで生まれたビートルズだよ」

 優越感を示すように、イギリス生まれであることが誇らしいことなのだと言うように、少年は微笑む。

「あいにくと……旧大陸の音楽はよく知らないんですよね」

 ニューニはただ、困ったように首をかしげてみせることしかできなかった。
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