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超電脳のユニバック 作者:@IngaSakimori

第三章『世界で最初、と呼ばれなかった者たち』

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第一話『もっとも効率的な熱対策、つまり水冷』(2/4)

 それから数時間後のこと。

「おお~」

 津瀬現人、初敷志保、京、そしてユニの姿は八王子駅から出発した路線バスの中にあった。
 路線バスといっても、直行便である。よく整備されたバイパス道路を走り、長い下りのトンネルを抜けると、その施設は姿を現した。

「ウツヒト、見て見て。とてもしゅごい」
「ユニは初めてだもんな。僕たちは見慣れているけど」
「まあ、この地域で育った者にとっては当然の光景であろうて」
「う~ん、でもあたしは何回来てもわくわくするかなあ」

 ほどほどに混雑した路線バスの最後部座席を迷惑にならぬ程度に占拠して、現人たち4人はテーマパーク『東京サンランド』へ近づいていく。
 窓際にかじりついているユニの瞳が子供のように輝いている。アメリカにはこんな具合のテーマパークはないのだろうか。世界でもっとも有名な鼠が迎えてくれる施設くらいしか、15才の高校生には思い浮かばない。

「ふふふ、ご到着!!」

 駐車場に停まったバスから最初に降り立ったのは京である。ばさりばさりと揺れる扇子が照りつける日差しの熱と相まって、万能の利器のように見える。

「わっ、暑いわね~。現人、水分ちゃんと取らなくちゃダメよ? 帽子貸す?」
「いらないって……」

 その後から連れ立って降りたのは津瀬現人と初敷志保。
 バスから一歩外に出た瞬間、凄まじい暑さが襲いかかる。刹那の後悔。しかしエアコンの壊れた自宅よりはマシだと思い直すことで、現人はなんとか気力を保っている。
 その点、志保は炎天下に出ても元気にあふれていた。大きなリボン付きのむぎわら帽子が日差しを遮っているから、というわけでもないだろうが、ノースリーブとホットパンツの組みあわせがやたらと活動的な印象を与えている。

 そして━━

「……ウツヒト、私、帰る」

 駐車場に降りた瞬間。正確にはたっぷりと冷えた路線バス内の空気から出たその瞬間、ユニバック・ワンはくるりとUターンしようとした。

「待て待て。いくら何でもここまで来てそれはないだろ」
「やだー。暑いー。ウツヒトの手も暑いー。汗でぬめるー。私は死ぬー」
「手を引っ張るだけで死なれてたまるか」

 じたばたと抵抗するように見えて、ユニのあらゆる動作には力がない。『東京サンランド』のエントランスへと引きずっていくのは、いともたやすいことだった。

 京が汗の粒すらも浮かばない顔で、にんまりと笑っている。志保がほほえましい兄妹げんかでも眺めているような母親の顔で、にこにこと微笑んでいる。
 すこし気を緩めると、猛烈な勢いで噴き出してきそうな全身の汗をこらえるように、津瀬現人は唇をかみしめながら、世界で最初の商用コンピューターの手を引いている。

(ここに来るのも……結構ひさしぶりかな)

 昔は。夏が来ると、何度も何度も。このテーマパークに通っていた気がする。
 比較的、自宅に近く、混雑もそれなり。いかにも郊外の1.5流テーマパークといったこの『東京サンランド』は、子供の夏遊びには最適だったのだろう。

 しかし、いつからか進んでこのテーマパークには来なくなった気がする。
 あんなに楽しい場所だったのに。

(志保とはいつも一緒だったな)

 誘いに来るのも志保ならば、現人を案内するのも彼女だった気がする。
 交通アクセスも見事に下調べしていた志保。そんな彼女のあとをついていけば、ここに到着する。現人は何も考えずに、彼女のあとを歩いていた気がする。

(今は……ちょっと違うか)

 確かに今日も志保が前にいる。京もいる。けれど、現人はただその後を歩くわけではない。彼は手を引く側になっている。

(……いいかもしれないな、こういうのも)

 誰かの後を行くのではなく、誰かの手を引いて行く。
 ほんの僅かな。しかし確かに心地のよい誇らしさを胸に感じながら、津瀬現人とユニバック・ワンのふたりは『東京サンランド』のエントランスへ足を踏み入れた。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

 ところは変わって、夏休み期間の南多磨高校。

「その話……本当に確かなんですか? ワタシとしてはちょっと信じがたいんですけどねえ?」
「あなたが信じられないのは無理もない。けれども、事実だ。
 さしずめ……とっくに葬った過去が蘇った気分じゃないかな?」
「ま、ユニ姉様にとってはそうかもしれませんねえ」

 赤髪の女が廊下で肩をすくめていた。ぴしりと引き締まったスーツ姿は、彼女が生徒ではなく教師であることを示している。

 太陽は高く、窓ガラスを通り抜けて届く光は、容赦なく校内の温度もあげようとする。今が夏休みで良かった、と赤髪の彼女は思う。人体の熱量はバカにならない。校内に生徒があふれていたならば、空調を全開にしても追いつかなかったかもしれない。

 つまりところ、津瀬現人たち四人が出かけたのは、そんなにも暑い一日だったのだ。

「このワタシにとっては、割とどーでもいいことなんですが」
「そうだろうね、ニューニさん」

 彼女は呼ばれた。ニューニと。
 すなわち、Ⅱ・ユニ。あるいはNew・ユニ。

 日本国にはじめて導入されたユニバックシリーズである、ユニバック・Ⅱの顕現存在セオファナイズド
 それが彼女である。そして、ユニバック・Ⅱであるということは、すなわちユニバック・ワンの妹であることも意味する。

「不思議なものだよね」

 ニューニの前に立つのは、黒髪の少年だった。
 年齢からいっても教師ではない。しかし、津瀬現人やユニたちと同じような生徒でもない。

 確かに南多磨高校の制服ではある。ただし、少しばかりデザインが違う。
 ブレザーに仕込まれた月の意匠が示すのは、彼が日中ではなく夜間の授業を受ける『夜制』の生徒であるということだった。

「『世界初』には大いなる価値がある。
 けれど『世界で二番目』になると、途端にその価値は落ちてしまう」
「ましてや、『シリーズ初』ですらない『Ⅱ』であるワタシにとっては、皆さんが必死でこだわる理由がよくわかりませんからね」
「でも、あなたは自分の姉が世界で最初の商用コンピューターだと思っているんだろう?」
「それはもちろんですとも。何と言ってもワタシのユニ姉様ですから」

 ニューニはなんのためらいも迷いもない瞳でそう言った。彼女と赤い髪と同じくらいに、疑いなき真実を信じる炎が燃えていた。

「ふう」

 黒髪の少年は溜息をつく。呆れや諦めではない。そこにあるのは羨望の感情だった。

「いいね、そういうの」
「あなたにはわかりませんか?」
「僕は確かに『マークI』だけど、それだけだからね……君たちのように顕現している兄弟姉妹がほしかったと思うよ」
「ただ事実であるだけでは、栄光はもたらされないのですよ。
 それをたたえ、語り継ぎ、当然のものと認識してくれるヒトびとが必要になる……ワタシの思うところ、あなたに欠けているのは、兄弟姉妹よりもそれでは?」
「厳しい指摘だね」

 少年は苦笑した。まるで対等な相手と話すように。年齢の変わらない同じ組織の同僚と語るような顔で、生徒が教師に向かって苦笑いを浮かべていた。

「でも、そうだね……あの時代に」

 西の方角を見て、少年は言う。

「ボクの国にもアメリカのような熱さと力が残っていたなら、あるいは……ね」

 懐かしむように。惜しむようにそう言って、少年はブレザーのポケットに入れていた紅茶の缶を取り出した。
 開けて一口。それはほどよく苦く、しかし濃厚な甘さの伴うロイヤルミルクティーだった。

~~~~~~UNIVAK the zuper computer~~~~~~

「うっつひと~!! はやくはやく~!」
「わかってるって。そんなに急かすなよ」

『東京サンランド』はどんな地方にも一つくらいは存在する、プールを伴ったテーマパークである。
 プールは冬にスケートリンクとなり、通年営業しているアトラクションも伴っている。

 決して斬新でもなければ世界的なブランドでもない。かつては動物を集めた施設もあったが、見事に失敗したという。
 それでもこのテーマパークが実に一世紀もの間、経営を続けられている理由は、ある要素に左右されない『武器』があったからだ。

「こういう日は室内プールというのも乙なものだな」
「ああ、そうだな。せっかくプールが冷たくても、気温が高すぎるとちょっとな」
「うつひと~!!」
「わかったって」

 水着に着替えてもなお、扇子を手放そうとしない京に呆れた視線を向けると、津瀬現人はぶんぶんと手を振る初敷志保を見た。

 かわいらしいビキニだった。そして、身長の低さとまったく反比例するように、大きく育った二つの果実が手を振るたびに揺れる。

(なんだかな……)

 弾力感にあふれたその動きを見るたびに、現人は一つの衝動にとらわれる。
 なぜか恥ずかしくなってくる。それは複雑な羞恥心だった。

 こんな志保の姿を他人に見せたくない。巨大なタオルでくるんで、大きな箱に隠してしまいたい。そして、自分は鍵をかけて、ずっと箱の前に立っていたい。

「……そんなふうに思うのは、変なんだろうな」
「ふふふ、また一人でつまらぬ思索の迷路にはまりこんでいるな? 我が朋友よ」

 意地悪い笑顔の京に、視線を逸らすことで現人は肯定の意志を伝える。悪友はくっくっくっと笑いながら、少年の背中を叩く。圧力はあれど痛みはない。まるでマッサージのような強さで。

(……こいつ、結構締まった体してるんだよな)

 防水タイプなのだろうか。ゴムともビニールともつかない光沢を放つ扇子から、現人の視線は京の上半身へと移る。
 ほっそりとした印象を与える両腕には、しかし引き絞られた弓弦のような筋肉が見受けられる。体毛は薄く、鎖骨がやたらと艶めかしく浮き出ている。

 割れるほどではない腹筋も、シェイプアップした後のような細い首も、制服に身を包んだ、いつもの京の印象からは全く遠い。

「言ったろう、青春を謳歌せよと! どこに出しても恥ずかしくない美しき少女ふたり! それと共にこの場へ在ることの優越感を思うがいい!」
「ああ、そう……。
 ところでお前さ、運動とかやってたっけ?」
「現人いじりを少々」
「それのどこが運動だ。何かドーピングでもしてるんじゃないだろうな」
「ふふふ、日々頭脳をしっかりと使っていればカロリーなど無尽蔵に必要となるものだ。
 かてて加えて、学生らしい健全なる日常生活を送っていれば、そこに残るは必要十分な筋肉のみ、少なくとも脂肪ではない。
 わかりやすいことではないかな?」
「ま、そうかもしれないけどさ……」

 京の肉体の秘密を真面目に理解しようとすることは、早々に諦める現人だった。
 理論理屈よりも、きっとこういう男は『体質だから』ですべてうまくいってしまうように出来ているのだろう。

(……もう少し、鍛えておけば良かったのかな)

 更衣室で鏡にうつった自分の姿はあまり褒められたものではなかった。
 少なくとも、現人自身はそう思っている。第三者が見たのなら、特に問題点のない高校生の少年らしい体つきであったとしても。

「ウツヒト、ウツヒト。気にすることはない。ウツヒトは標準的な日本人高校生の体格をしていると、私は思う」

 背中からユニの声がする。
 正確には津瀬現人の背中に隠れるようにして、身をかがめながらぺちぺちとプールサイドを歩くユニの声がする。

「そりゃどうも……ところでユニはいつ水泳部に入ったんだ?」
「部活には入っていない」

 空気の動きでユニがぷるぷると首を振っているのが分かる。
 くすり、と京が笑った。手をぶんぶん振る動きをやめない志保が徐々に近づいてくる。

「でも、シホが持ってきてくれた水着が、その、サイズが合わなくて。
 ……一部が」
「一部、か」
「そう……一部だけ」

 空気の動きで何をしているのか。今度はそこまで読めなかった。
 しかし、きっとユニは慎ましい胸板を両手でおさえて、しゅんと視線を落としているに違いないと、津瀬現人は思った。

「レンタルできるのがこれしかなかったから」
「それで、か」
「……他には子供用しかなかった」
「なるほどな。でも、結構似合ってると思うよ。
 なんていうか、クールな感じで、さ。ユニらしいよ」

 足を止め、津瀬現人は振り向く。

「そ、そう……かな? えへへ、だったら私は嬉しい。ウツヒト」

 そこには、ほんのりと頬を染めて恥ずかしそうに立つ競泳水着のユニがいた。

 貧相と普通は表現されるような体のラインにフィットした水着が、妙にスポーティーな印象を与えている。

 子供っぽい。貧しい。というよりは、泳ぎが上手そう。速そう。
 そんな印象すら与える姿だった。

「ほ~ら、現人ってば!! もう遅いんだからっ!」
「こ、こら、志保っ……」

 ユニの姿に見とれていると、右腕にむにゅりとした感触が飛びついてきた。楽しみを待ちきれない顔で、志保が抱きついている。

 周囲からかなり敵意のある視線を感じた。
 自分に責任はない。何も悪いことはしていない。そんな意志を示すように、現人は思わず虚空にむかって、片手を振ってしまった。

「今日はいっぱい泳ぎましょ! あとで外も行こうね!
 スライダーとか、絶対みんなで乗るんだから!」
「外は暑いだろ……僕は別にいいよ」
「ダメよ! こういうのはみんな一緒だから楽しいの!
 ねっ、ユニちゃんも京くんもそう思うでしょ?」
「いや、まったくだな、志保殿の言うとおりだ」
「うん。時と場合によると思うけど、今日はシホが正しい」
「お前らなあ……」

 現人を包囲し、降伏させるように、六つの目が並んでいた。この前で果たしてどんな抵抗ができるというのだろうか。

「はあ……分かった。分かったからさ」

 津瀬現人の溜息は、紛れもなく、無条件降伏の白旗と同義だった。
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