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episode Ⅴ~14-4

ニューヨーク。 冬のマンハッタン。

その、サウス・ストリート・シーポートにいる。

もう10年も過ぎたというのに、相変わらずこの街は風が冷たい。 

僕はひとりぼっち・・・か?

・・・

・・・いや、遠くで・・・誰だ? 

女の子?・・・

誰かが向こうで待っている。 

その娘が駆け寄ってくる。 

奈緒。

なぜ、奈緒とニューヨークへ・・・。

そうか・・・ここは彼女の育った街。

腕を組んでくる。 いつもの笑顔。

オレは奈緒と、なぜこの街にいるんだろう?

それに・・・何か・・・何かが懐かしい。

僕がいるニューヨーク。

奈緒がそこにいるニューヨーク。




「おはよ」

耳元で奈緒の優しい声がした。

目を開ける。 ホテルのシックな天井。

そうか・・・ここは台場だ。

「おはよ レイ」

そう言いながら奈緒が耳に熱い息を吹きかけ優しく耳たぶを噛む。

「おはよう」

くすぐったさと同時に昨夜の奈緒が蘇る。

奈緒の香り。 何度も何度も求め合った僕らは 裸のままで眠りについた。

ふたりで夜通し 話をしながらどちらからとも無く眠った。

彼女を腕枕しながら、彼女のぬくもりと香りに包まれながら。

時には大胆に 時には切なく 時にはまるで子犬がじゃれ合うように、その都度彼女は色んな表情を見せてくれた。 僕が今までに知らなかった彼女の表情や声、鼓動。 何度も絶頂を迎える彼女はその度に小刻みな痙攣を起こし 僕の名をまるで夢に見ているかのように呼んだ。 そしてその振るえが収まった頃にはまた子供のような笑顔を向けて何度も僕を求めた。 彼女は折れそうなほど細く しかし柔軟だった。 そして僕の首に手を回したり 時々頬に両手を当てて笑顔で僕を見つめた。

何度も繰り返されるキス。 東京の夜を背に僕らは互いを求めあい 与え合い続けた。

「あのさぁ・・・お前さぁ・・・そんな耳元で・・・

 わざとだろ?

 悪戯すんなよな、またしたくなるから・・・」

僕は笑いながら腕の中にいる彼女と話す。

「いいじゃん、そしたらまた求め合っちゃえば」

まったく本当に子供のようだった。

「それはそうと・・・夢 見てたよ。

 変な夢・・・」

「夢? なぁに?

しかも変な夢なんだぁ。 可笑しい。 

 どんな夢?」

「うん、奈緒とさ、ニューヨークにいたよ、サウス・ストリート・シーポート・・・。

 君が育った街だし、オレも思い出深い街だから、

 そこに奈緒とオレがいるのは不思議なことじゃないんだけど・・・」

「うわぁ~、懐かしいなぁ・・・

 で? けど・・・?」

「なんかさぁ・・・懐かしい って感じたんだ。

 オレがいて 奈緒がいるニューヨーク。

 ふたりで行ったことなんかないのにさ・・・

 懐かしい って感じるんだ」

本当に真近で奈緒が僕を見つめている。 少しだけ乱れた長い髪がかかり、とても綺麗だった。

「そっか・・・、懐かしかったんだぁ」

彼女がとたんに嬉しそうな表情を浮かべる。 

「ねぇ、レイ、いつか・・・、いつかふたりでニューヨークを歩けたらいいね・・・」

その時だ。 

なんだ・・・この感覚。 ふと 何かニューヨークが僕と奈緒にとってとても重要な気がした。

「ああ・・・そうだね」

そしてふたりはしばらく互いのニューヨークの思い出を語り合った。 どこに よく出かけた とか、あの通りのデリはまだ存在しているかとか、僕の知っているニューヨークと奈緒の過ごしたニューヨークの違いやなんかを。 笑いながら 本当に楽しく話した。

「そういえばさぁ 奈緒、

 オレさぁ 実はまだ自由の女神、

 そう『彼女』のてっぺんまで昇ったこと無いんだよねぇ、

 話したっけ?

 傍まで何度も行ったんだけど、そこで見上げてるのに 結局 昇ってこなかった。

 この話、みんなに不思議がられるんだけどね」

突然のフラッシュバックが襲う。

なっちゃん・・・そうだ・・・あの日本人家族の 小さな少女・・・。

話しながら これまでほとんど忘れていたあの日本人家族との思い出や少女の存在が思い出された。 

ニューヨークで『彼女』に昇ろうと話した、その時傍にいたのは・・・あの少女だ。

「どうしたの? 急に黙り込んじゃってさ」

おそらくは遠くを見つめていただろう僕に 奈緒が不思議そうな顔をする。

なっちゃん・・・。 あの少女もきっと今の奈緒と変わらないくらいの年齢になっているはずだ。 

そうだ、確か 当時はあの娘は14歳だった気がする。 

なっちゃん・・・、奈緒・・・・!? 

ふと奈緒と名前がかぶっていることに気付いた。  まさか・・・そんなことはありえない。 あれからもう とうに十年は過ぎていて その後思い出すこともなくなり 今では顔もうっすらとしか浮かばない。 しかも あれ以来 逢おうことも無く、あの家族や少女に約束した 僕がニューヨークへまた必ず行く という約束さえ果たすことなく時は過ぎた。

ありえない。 なっちゃんが奈緒とは考えられない。 時も過ぎ、東京とニューヨーク、しかもこの世の中には何十億という人間が存在している。 

そんな偶然があるはずも無い。

それに・・・なっちゃんが仮に奈緒だとして もしそうなら たとえ僕が忘れていたとしても 彼女が僕を覚えていてくれたのなら 奈緒のほうから そう告げられているはずだ。

それに・・・、なっちゃんは 本当に愛くるしい可愛い娘だった。 

対して 奈緒は・・・奈緒は綺麗過ぎる。 あの愛くるしい少女の面影は・・・無い。

いや・・・違う・・・、笑ったときの表情、よく手を繋いだときの あの感覚・・・。

まさか・・・。

「ねぇ・・・レイ? ホントにどうしたの?

 黙り込んじゃうなんて・・・珍しいじゃん」

「あ、ごめんごめん、ちょっと色んなこと思い出してた。

 あの頃のニューヨークの事」

「ふ~ん・・・そうなんだぁ・・・

 レイしか知らないニューヨークを思い出してたの?」

「ああ・・・そうかもね」

クスッと笑う奈緒。

「それはそうと 『彼女』に昇らなかったわけでもあるの?

 珍しいよぉ レイ。

 『彼女』に昇ったことがないマンハッタンの住人なんて。

 なにかワケがあって昇らないの??」

彼女の髪の香りが漂う。 とても甘い香り。

「わかったぁ!」

突然奈緒が起き上がる。 裸のままだということすら彼女には今やそれは関係ないらしい。

上半身裸の奈緒。 本当に華奢で、しかし綺麗で魅惑的な胸。

「お前さぁ・・・裸なんだからさ・・・」

「いいのいいの!

 ねぇ、レイってさぁ、実は高所恐怖症なんでしょ? 

 うわぁっ メッチャダサいかも」

ベッドの上で胡坐をかきながら両手を僕の胸へと押し当て 彼女は本当にいたずらっ子のような笑顔で話す。 夕べの奈緒とはまるで正反対の奈緒。

「馬鹿言え! んなわけねぇだろ!!

 そんなんじゃねぇよ・・・」

「じゃぁなぁに?? ねぇねぇ、教えてぇ?」

「そんなもん・・・決まってんだろ・・・

 なんていうかさぁ・・・そのぉ・・・

 本当に愛せる人が出来たら、そのぉ・・・その愛せる人と昇るんだよ。

 なんていうか・・・オレ自身の・・・今のオレの原点の街をさぁ・・・

 ふたりで眺めんだよ・・・」

じっと僕を見つめる奈緒。

突然・・・笑い出す。

「アハハ! レイってさぁ・・・

 意外にさ・・・」

「なんだよ・・・?」

「ううん、意外にロマンチストなんだよねぇ。

 でも・・・そんなレイも好き・・・」

そう言ったあとキスをしてくる。 それは少しずつ濃厚なキスに変わる。

「ねぇ、レイ じゃぁ あたしとなら・・・

 昇れるよねぇ? 『彼女』・・・」

キスを交わしながら話しかけてくる。 ふたりの吐息が交差する。 絡めあう舌。

「奈緒と?

 ああ・・・そうだなぁ・・・、昇りたい。

 奈緒とだったら 昇りたい。 

 そしてふたりにとっての初めての ふたりだけのニューヨークを眺めるんだ。

 ふたりはここにいて ふたりはひとつだよ って叫びながら・・・」

「その時 そこに昇るのは あたしがレイにとって初めての相手になる?」

「勿論・・・本当に好きな人としか昇らないし

 自分の中ではそういう人としか昇っちゃいけない場所なんだから・・・。

 もし奈緒と昇れたら、オレにとってはじめて『ふたり』で昇ることになる」

彼女のキスが情熱を帯びてくる。

首に胸に、そしてシーツに体をもぐりこませながら・・・。

そして奈緒は突然シーツの中から乱れた髪を しかしとても綺麗な表情と共に

「レイ・・・いつか必ずふたりで昇ろう?

 ね、あたし ずっとずっとレイのこと大好きだから」




その朝もまた求め合った僕らは ふたりでシャワーを浴び、ふたりで身支度を整えた。 

奈緒を昨日とは違いとてもカジュアルでありながら上品なブラウスとジーンズに着替えた。 彼女のジーンズ姿を僕は大好きだった。 スラリとした彼女にとても良く似合っている。 そうしてホテルをあとに 少しだけ遅い朝食をメディアージュで取りながら、夕べのことやくだらない冗談を言い合いながら、確かに ふたりはひとつなんだ という想いが 存在意識 の中に根付いたことに気付く。 

その後は奈緒のショッピングに付き合ったり、ジョイポリスのアトラクションではしゃいだり 僕らはまるで夢のような2日間を過ごした。


「じゃぁ ここでいいよ」

台場駅の改札の前 15時。

奈緒は 新橋までは一緒だからソコまでは一緒に帰ろう と言った僕の申し出を 

“ 台場で別れたほうが辛くならないから・・・。

  新橋まで行っちゃうと 離れるのがいやになりそうだから “

そういって断った。

「うん、帰り、気をつけて。

 それと・・・」

言葉に詰まる。 言いたくなくなってしまった言葉。 一昨日までの僕なら少しの呵責でいえた言葉。

“ なに? ”という顔で僕を覗き込む奈緒。

「旦那さん・・・本当に大丈夫?

 バレたり・・・奈緒が苦しむなら・・・」

「何言ってんのぉ。

 あたしは レイとひとつなんだから。 何も心配要らないよ」

・・・

「それに・・・

 もし旦那となにかあったら・・・

 レイに抱きしめてもらうし、レイと結婚しちゃうから お嫁さんにもらってね」

背伸びをし 手を伸ばす、僕の頭を撫でる奈緒。

まるで ヨシヨシされている そう僕は子供だ。

奈緒が続けて話す。

「あのね、あたしのほうが・・・ごめんね。

 レイのことは大好き。 昨日のことも 何も後悔はないよ。

 いろんなことがあたしと旦那の間にはあって・・・。

 レイにいろんな話 正直に話したけどさ、

 それでレイがあたしと旦那のこと、かえって気にしてるなら、謝るね。

 それに あれだけ旦那との事、いろいろ話したけど別れないでいるのはあたしだし。

 あたしは ホントは卑怯者だから・・・。

 だから 傷つけてるのは レイじゃなくてあたしのほうだよ・・・」

「そんなことねぇよ」

「ねぇ レイ、

 ふたりとも、辛いことがあったらさぁ この夜のこと 思い出そう?

 そしたら きっと笑顔でいられるよね?」

「ああ・・・勿論」

「そして・・・信じあえるよね? いつでも・・・

 好き という気持ち・・・それだけは信じあえるよね・・・」


改札をくぐる彼女。 その後姿が見えなくなっても おそらくは彼女が乗ったであろう“ ゆりかもめ ”が走り出しても 僕はそこから離れずにいた。

そして台場の海岸線に足を運ぶ。

今 僕らはひとつだ。 そう思えたことが何よりも幸せだった。


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