都合のいい女 エピソード3の2
《農家の倅》
『先日はメールアドレスをありがとうございました。』
艶子が悩んだ挙句、例の純朴そうな果樹園のご子息にメールを送った。
その1分後。
『艶子さん!メールありがとうございます! 僕は、石野鉄也26歳独身です。ご存知の通り、果樹園で働いています。 よろしかったら、今度お食事でもいかがですか?』
メールが返信されてきた。
その速さにまず驚き、いきなり食事のお誘いとは・・・・・
ということに驚き。
さすがに自由に恋愛でもしようかな、とは思ったがこの速度には些か戸惑いを覚えても無理はない。
[取り合えずほっておこう。]
1時間後。
メールの着信音が鳴る。
『艶子さん、どうでしょうか? 駄目でしょうか? 僕は先日受付であなたを見たときに一目惚れをしてしまったようです。 是非一度、お願いできませんか?』
艶子はますます返信する気にはならず・・・・・
え!?
メールを打ち出した!
『艶子です。私は23歳です。 お食事、行きましょうか?』
な、何が艶子に返信させる気にさせたのだ!?
今のメールをいきなり受けたら、引かない?
引かないものなの?
艶子・・・甘いぞ。
何かがまた甘いぞ。
1分後。
『ありがとうございます!!!! いつにしましょうか? 早速今日でもいかがですか?僕はすぐにでも用意できますので、お迎えに上がりますよ。』
え〜。
今のメールで、今日?
『では、本日行きましょうか?』
送信。
えぇ〜〜〜〜〜!?
嘘でしょ?
だから、さっきのやりとりの何処にその気になる要素があった?
[暇だし。休日でも何もすることないし。純朴そうだし。]
そこかい!
純朴なら誰でもいいんかい!
ということで、艶子と鉄也は食事にこれからすぐに行くことになった。
家まで迎えに来ると何度もメールを送ってきた鉄也を丁重に断り、駅前で待ち合わせることにした。
「艶子さん!」
超でかい声。
艶子はそちらこちら首を動かし探したが、声の主は見つからなかった。
それもそのはず、絶対この車ではないだろうと思い込んでいた高級車からウィンドウを下げ手を振っていたのだから。
[げ! なんつー車に乗っているの? しかも、全然この間とイメージ違う・・・]
「こっち、こっち。乗って下さい。」
「こんにちは。先日はどうも・・・。」
少し頬を紅くして艶子が言う。
「こちらこそ! 今日はありがとうございます。とても嬉しいです。何が食べたいですか?何でも言って下さいね。鉄板焼きとかどうですか?」
[鉄板焼きか・・・お好み焼きの匂いが付きそうだな・・・でも断るのも失礼かしら。]
「はい、石野さんのお勧めのところで私は・・・」
「じゃ、行きましょう! 美味しいですよ、とても。」
しばらく車を走らせた。
「艶子さんは、趣味は何ですか?」
「えーと・・・・その・・・・」
[何もない、なんて恥ずかしくて言えないな。]
「あ、あの、ピアノをちょっと。」
「うわー、素敵ですね。まさに、イメージピッタリだ。僕は、ゴルフと冬はスキーです。あと、たまに船で釣りに出ますね。」
「それは・・・多趣味でいらっしゃるのですね。」
[まずい。何で中1で止めたピアノなんて口走ったのかしら。非常にまずいわ。]
「あ、ここです。」
どっひゃー!
とは、言えなかったが、艶子はびびっていた。
正直、びびりまくりだ。
とーっても高級そうな、お店。 鉄板焼きと言っても、和牛ステーキ!
「え・・・・。ここですか?」
「あ、お嫌ですか? それともフレンチとか中華とか、懐石なんかのほうがいいのかな?」
「そ、そんなことはないのですが。いえ、こちらで結構です。」
[さ、財布の中身はいくらある? えーとえーと、確か1万円が2枚入ってたよな。・・・それにしても、まさかお好み焼きだと思ったとはさすがに言えないよ・・・]
お会計の際、割り勘が当たり前の艶子は、外に出てからそのことを告げた。
「私の分をお願いします。」
その金額、壱萬伍阡円也。 何故漢数字なのか? なんとなく、重厚感?
なんじゃそりゃ。
「だめだめ。僕が誘ったんですから。それに、女性にお金をいただけませんよ。」
一瞬、過去のトラウマが頭を過ぎった艶子だが・・・
純朴だし・・・・気にしないようにした。
食事の後、少しドライブをしてその日は別れた。
が、翌日もそのまた翌日もそのまた翌日も・・・・
要は毎日メールで食事に誘われ、何時しか一ヶ月が過ぎていた。
その一ヵ月後、珍しくお酒の席に誘われた。
飲めばどうなるか重々知っている艶子は、なるべく酒に手を出さずにいたが、鉄也は酒が強いらしく、くいくいと高級な日本酒を傾けていた。
「艶子さん。」
「はい?」
「僕と結婚してください。」
「へ?」
「結婚です。 今秋にでもどうでしょう?」
「は?」
全く意味がわからない艶子。
「もう、時間など関係ないと思うんです。1ヵ月であなたのことがよくわかったような気がしますし、僕も身を固めろと父から言われていますし。」
[ん? それは、あなたの都合では?]
一瞬頭を掠めたが・・・
艶子はなんだか面倒になっていた。
「そうですね、結婚もいいかもしれませんね。」
「ね、そうでしょう? 僕達うまく行く気がしませんか?」
「そう・・・ですね。」
[私、何も知らないような気が・・・]
ということで、またまた、またまたまた甘い艶子さん!
どうなっても知らないよ。 それでいいんかい。 まったく・・・・・
艶子は、案外気楽だった。
もう、苦しい哀しい恋愛をしなくてもいいんだ。
と。
やっぱり、友人のミナミが言った、純朴そうな青年でよかったんだ。
と。
仕事も、あのルーティンの日々から抜け出せるんだ。
と。
それから1週間、珍しく鉄也からは何の連絡もなかった。
特に気にならなかったが、一応メールしてみることにした。
『お元気ですか?鉄也さん。 お忙しいの?』
1分後に返信されてきたメールには、
『艶子さん、ごめんなさい。結婚できなくなりました。詳しくはお会いしてからお話します。』
携帯を持ったまま、その内容を何度も見直した。
「けっこんできなくなりました。 なりました? はぁ?」
待ち合わせの場所で鉄也に会うと、どこかに車を出すでもなくその場で話しだした。
「艶子さん、ごめんなさい。僕、あの日家に帰って早速言ったんですよ、両親に。そしたら、そしたら・・・」
いきなり泣き出した鉄也。
「僕は艶子さんが好きなのに、う、う、母さんが、どうしても果樹園をしている知人の娘のタカコちゃんと結婚しなければだめだって・・・う・・・うぁ・・・。」
[あほか。]
怒る気にもなれなかった。 もういい。
あっさりと諦め、帰ろうとすると・・・
「つ、艶子さ〜ん。 僕と僕とずっといてくださいよぉ。 僕の親に会って、許してもらってよぉ。 ぅわーん。」
艶子の洋服の裾を引っ張り、泣きじゃくる鉄也。
すっぱりと振り切った。
「その、タカコチャンとお幸せに! じゃ、沢山のご馳走、ありがとうございました。」
戦いにでも行くような足取りで、艶子はその場を立ち去った。
なーんの後悔もなかった。
だけど、ほんのちょっとだけ、いやそれは結構だな・・・自己嫌悪に陥っていた。
[あたしはほんっとにバカだな。最低!]
その帰り、ピアノスクールへ申し込みに立ち寄った。
どうせならば、ピアノでも習おう、と。
|