都合のいい女 エピソード2
《次期代表取締役決定のプータロー男》
徹との失恋の後、一年は恋もできずに過ごしていた艶子。
仕事、仕事、仕事の日々。
内容は、お茶出し、コピー、システムの打ち込み。
ルーティン!ルーティン!ルーティン!
遣り甲斐のない仕事と、何の変化もないプライベート。
趣味もない。
その一年の間に、言い寄って来る男がいなかったわけではない。
職場の先輩。 システム管理で訪れるシステムエンジニア。 毎日同じ電車の同じ車両に乗る大学生と思しき男性。
だけど、その誰とも恋に落ちることもなく一年。
その中で、懲りずに艶子に言い寄ってきたのが、徹の先輩で艶子の一つ上の文彦だった。
「つやちゃん、徹は徹で彼女とうまくやってるんだしさ、俺と付き合おうよ。」
[徹の先輩なのに、なんで私にそんなこと言えるんだろう]
当初は不信感しか抱かなかった。
そして一年が過ぎようとした頃、懲りずに言い寄った文彦の勝利!
艶子は落ちた。 いや、『堕ちた』かもしれない。 はたまた、『墜ちた』かも。
何度も誘ってくる文彦に断るのもさすがに辛くなってきて、
[一度ぐらいデートしてもいいか・・・]
そう思ったことが運の尽き。
デートはフレンチのフルコースだった。
「美味しい?つやちゃん?」
「うん、美味しい。 ・・・でも・・・高そうね。」
「あ、気にしないで〜。 金のことは。」
文彦はサラーっと答える。
「いいえ。 割り勘でお願いします。 奢っていただくのは申し訳ないから。」
「何言ってんのよ〜。 男の俺に払わせてよ。」
[文彦さん・・・働いていないじゃないの。]
「俺の親父、社長じゃん。 俺仕事してないけどさ、給料もらってんのよ。 っつーか、役員報酬? はっはっは。」
「ふうん、文彦さんのお父様は社長さんなんだ。」
「そ。 徹から聞かなかった?」
そう言われてみると、徹との付き合いって薄っぺらいものだったような気がしてきた艶子。
[か、会話を殆どしていない! 一体3年も何を見てきたんだろう、私は!]
「つやちゃん、顔色悪いよ?」
顔面蒼白の艶子は瞬間すっきりしていた。
もう、徹のことは思い出にしなければ。
と。
「いえ、大丈夫です。なんでも。 ・・・・文彦さんはどうして私にずっと声をかけてくれていたの?」
「そりゃー・・・・・つやちゃんのことずっと好きだったからだよ!」
甘い。
本当なのか? その言葉。 艶子、信じるな!
「嬉しい。」
信じてる!
食事の後のバーでは、すでにいい雰囲気になっていた。
「つやちゃん、付き合おう?」
「んー・・・もう少し考えたいな。」
「そっか。じゃ、ゆっくり、ね。」
まずいぞ、その感じ。
駄目だ、艶子。 負けるな、自分に。 今は弱ってるぞ。
あまりお酒が強くない艶子は、強か酔っていた。
足元も覚束ずに文彦に肩を抱かれて夜景を眺めながら歩いていた。
ふと足を止める文彦。
あ、危ないぞ! 艶子。
「つやちゃん・・・」
185cmの文彦が腰を折って艶子の唇に唇を重ねた。
[バーボンの香り・・・]
そのバーボンの香りで、完璧に恋に落ちた艶子。
甘い! 君は、ほんっとに甘すぎる!
それから二人は彼と彼女になった。
文彦は、「お金持ちと言えば〜」で、3台には上がるであろうツーシーターの外車に乗り、いつもブランドもののスーツにノータイの出で立ち。長身ですっきりしたマスク。
それまでは徹のことで脳に隙間がなかったからか、文彦をしっかり見ていなかったらしい。
よくよく見ると、文彦はいけている。
デート毎にテーマパークやら夜景の見えるロマンティックなスポットやら、艶子を喜ばせるイベントを用意してくれる。
ただ、相変わらずプータローだ。
名ばかりの役員。
なのに、ブランドのスーツ。
・・・おかしいでしょ?
付き合いだして一ヵ月後。
「つやちゃん、今日俺の家に来ない?」
「え?」
「一緒にずっと過ごそうよ。」
顔面隙間なく紅くなった艶子は、ただ『こくり』と頷いた。
コンクリート打ちっぱなしの壁に囲まれた、30畳ぐらいある部屋のど真ん中にダーンと置いてあるローベッド。
それ以外は、50インチはありそうなテレビに、照明、観葉植物以外何も置いていない。
殺風景に思われるその部屋は、かなりオシャレだ。
「つやちゃん・・・」
[わわわ・・・]
いきなり押し倒され、そうなると・・・その・・・・することと言えば・・・
そういうことだ!
艶子は文彦と一線を越えた。 二線も三線も越えた気分だったようだ。
一戦、二戦、三戦?
いえいえ。そんなことはありません。
「つやちゃん、一緒に暮らそうか。」
ぱっちり開けた目で文彦を凝視して、そしてまた『こくり』と頷いた。
明け方、艶子は寝ている文彦を起こさずにそっと身支度を整え帰宅した。
これまでに味わったことのない幸福感が艶子の心にも体にもあふれ出すぐらいに充満していた。
[一緒に暮らせるんだ。]
それを考えるだけで幸せだった。
その日の夜、引越しなどのことを聞こうと文彦の携帯に電話を入れてみた。
プップップ・・・・
「現在、使われておりません。」
「は?」
もう一度、掛けてみる。
プップップ・・・・
「現在、使われておりません。」
「へ?」
全く状況を把握できないでいたが、何かあったのではないか?と心配した艶子は、文彦の自宅へ向かった。
ピーンポーン。
「はい。」
女性の声。
「あの・・・文彦さんいらっしゃいますか?」
「どなたですか?」
刺々しい声が響く。
「あの・・・あの・・・」
「またあの人浮気したのね。私が留守にしていると必ずなんだから!諦めたほうがいいわよ。あの人の病気だから。」
『病気だから・・・』とその女性が言い終わる前に、艶子は崩れ落ちていた。
何が起きたのかわからないということは・・・・
幸せなのか、不幸なのか。
その時は涙すら出る機会を失っていた。
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