「え?い、今なんて・・・」
アタシは思わず聞き返してしまった。
「せやから引っ越すんや。」
平次は淡々と言う。
「せやかて、そんな急な・・・」
「仕方ないやんけ、おとんが急に東京の警視庁に異動になってもうたんや。」
―何かおかしい。
平次はいきなり引っ越す事になったと言っていた。だが、それにしては家の中の物が片付いている。少しの間にここまで整理できるのだろうか?
もしかして、平次は前から知っとったんやろか。
「平次・・・前から、知っとったんとちゃうんか?」
「あ、あ・・・それはやな・・・」
ビンゴ。平次はもともと嘘がつけないのだ。
ついつい、怒ってしまった。
「平次、何で・・・?何で教えてくれへんかったんや?」
もう止められない。勢いで言ってしまった。
「平次のどアホ!なんでもっと早く言ってくれへんかったんや!」
泣きながら一気にまくし立て、そのまま平次の家を飛び出していってしまった。
後には、唖然とした平次が立っていた。
―平次と離れたくない。
歩きながら、切実に思った。
わかってる。これはどうしようもないことなんやと。
―蘭ちゃんかて、工藤君に半年以上あえなかったんや。それに、平次なら会いたくなったら会いにいけるんや。
心の中ではわかっているつもりでも、アタシはどうしても辛かった。
あまりにも、あまりにも衝撃的で。
「和葉・・・どうしたん?」
声の方を見ると、そこには親友の絵夏が立っていた。
「絵夏ーっ!」
アタシは絵夏に泣きながらだきついた。絵夏はすごく驚いている。
「和葉、何があったんや?話してみ。」
「平次が・・・平次が、引越してまうんやーっ!」
「今日いきなり、引っ越すなんて言い出したんや。」
今アタシは自分の家にいる。そして、絵夏にあった事を話していた。
「せやかて、平次は前から引っ越す事聞いとったような気がしてな、聞いてみたらビンゴや。絵夏は知っとったん?」
「知っとったわ。でも、服部は自分で和葉に言う言っとったさかい。もっと早く言わんかったんは、アンタの事泣かせとうなかったんやて。」
平次が・・・?
「でもアタシ、平次が引っ越す言うて、すごいショックで、怒って飛び出してきてもうたんや。」
「あらま・・・」
「情けないわな。蘭ちゃんは、半年以上工藤君に会えんかったんに。」
「なあ和葉、その蘭ちゃんと工藤君って?」
絵夏が聞いてきた。
「東京に住んどる、アタシの大親友や。ちなみに、工藤君はあの高校生探偵で、蘭ちゃんは工藤君の彼女や。」
「ふーん・・・あっっ!そろそろ行かな、約束あったんや。じゃあね、和葉。」
そう言うと、絵夏は急いで行ってしまった。
「はぁ・・・」
ほんま、自分が情けないわ。
ピンポーン♪
だれや、一体。
とりあえず、玄関まで行ってドアを開ける。
開けると・・・そこには平次が立っていた。
「平次?」
大急ぎで頬に残った涙の跡を拭う。
「どないしたん、平次」
つとめて平静を装おうとしたが、どうしても声が震えてしまった。
「今、時間あるか?」
「別に、大丈夫やけど・・・」
「ほな、ちょいと来いや。」
そう言うと、アタシにヘルメットを渡してきた。
「なあ平次、どこ行くん?」
「着くまでは秘密や。」
そして、バイクに乗って出発した。
「なあ平次、まだ着かへんの?」
もうバイクに乗って一時間ほどたっている。
「もうすぐそこや。」
そしてバイクが止まった。その、止まった先には・・・
『山能寺』
そこは、去年の夏蘭ちゃんたちと来た山能寺だった。
平次はすたすたと入っていく。アタシも後に続いた。
「綺麗。」
境内には、とても大きな桜の木が一本、そびえたっていた。
「引っ越す前に、一度和葉と見に来たかったんや。」
そう言うと、再び黙ってしまった。
平次は、何かを思い出すような、懐かしいような顔をして桜の木を見つめていた。
「平次・・・」
「実はな、俺が初恋の人と逢うた場所、ここなんや。」
「へ?」
つい間の抜けた声が出てしまう。
「懐かしいなあ・・・」
平次はまだ、初恋の人の事を想い続けている。
そう思うと、心が自然と沈んだ。
「もう、ええの?初恋の人。」
「ええんや、誰だかわかった事やし。」
「誰なん?」
「そいつは幼馴染と一緒に京都に遊びに来とってな、着物着せてもろて、髪結うてもろてちょいと化粧もさせてもろて、幼馴染の仕度が出来んのを待ちきれんかて山能寺に遊びに行って桜の木の下で毬ついて帰ってもろたんや。しかも手毬唄の「姉さん」を「嫁さん」歌うてるん・・・もう誰だかわかるやろ?」
―それって、まさか。
「まさか・・・」
さあっ、と一陣の風が吹き、桜の花が舞い散る。
嬉しくて、嬉しくて、それでも何故か泣きたくなってしまった。
涙が、止まらない。
「もう、泣くことないやろ。」
平次が言った。
「和葉、ごめんな。引っ越しの事、もっと早う言わんで。」
「いいんや、もういいんや。」
アタシは、意を決した。
もう、今しかチャンスは無い。
大きく息を吸い込んで、言った。
「・・・好き。」
「は?」
「平次の事、好きや。」
「和葉。」
顔が真っ赤になるのを感じながら、アタシは続けた。
「平次は、アタシの事どう思っとるん?」
平次はあきらかにうろたえている。だが、顔を赤くして言った。
「俺も、好きや。和葉の事・・・。」
そして、しばらく二人で、桜を見つめていた。
―そして、それから平次が引っ越すまでの間は瞬く間に過ぎていった。
―駅の改札にて―
「そんなに泣くことないやんけ。」
平次が呆れて言う。
「仕方ないやん・・・だって、だって、自然と泣けてまうんやもん。」
それは事実だった。
「別にええやんか、毎日電話してるさかい。それに、会いとなったら新幹線で来ればええやないか・・・」
「・・・うん。」
「平次、お父ちゃんから電話や。ちょっと話してくるさかい、和葉ちゃんと待っとってな。」
おばちゃんが言った。
「おう。」
アタシはふと改札の外を見た。山能寺で見た時より、桜が満開になっている。
「まるたけえびすにおしおいけ よめさんろっかくたこにしき・・・」
「あほ、嫁さんやのうて姉さんや。」
「ええやんけ、どっちでも・・・」
そして再び桜を見る。そうこうしている内に新幹線が来てしまった。
「ほな、もう新幹線乗るわ。じゃあな、和葉。」
「じゃあね、平次。また遊びに行くさかい・・・」
最後は笑って見送るつもりだった。でも、涙が止まらない。
平次がアタシの事を優しく抱きしめてくれた。
「平次・・・」
「平次、早よせんと新幹線乗り遅れてまうで。」
おばちゃんが言った。
平次はもう一度笑って、その後新幹線に乗り込んだ。
そして、発車した。・・・してしまった。
平次が手を振っている。アタシも振りかえした。
新幹線が、平次が見えなくなるまでずっと。
平次、大好きやで。
―どんなに離れていても、ずっと。
―一年後―
そして一年後、東京の大学に平次と共に通う和葉の姿が見られたと言う。
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