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勇者だけど、魔王から世界を半分もらって裏切ることにした 作者:八神鏡

第一章

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第十九話 人間界の管理は六魔侯爵に任されています

「勇者殿と人間界でお会いする日が来ようとは、夢にも思いませんでしたな」

 タナカさんは眼鏡をくいくいっとあげながら、俺たちを先導するように歩き出した。

「魔界でなら結構会ってたっけ。裏切りものさんよ」

「はっはっは。今の勇者殿に言われたくありませんよ。同胞ではありませんか」

 俺はミナの手を引っ張りながら、大人しくタナカさんの後をついていく。

「そうなんだよなぁ……まさか仲間になる日が来るとは」

 タナカさんは元人間である。
 だが、人間界に見切りをつけて魔族に寝返った、いわゆる裏切者でもあるのだ。

 つまり俺の先輩ともいえよう。

「まったくです。他のどんな人間が裏切ろうとも、勇者殿だけは最後まで人間の味方なのだろうと思っていましたよ」

「……ああ、そうだな。魔王に勧誘されてなかったら、俺は今でもお前らの敵だったと思う」

「流石は魔王様……このクズで下等で愚かな一族から勇者殿を救うとは、なんと人格者であらせられるのか。彼女に仕えている幸福を実感しますよ」

 元同族に対してタナカさんは辛辣だ。
 何せこの人は人間が嫌いである。同族だからこそ、とも言えるだろうか。

「何はともあれ、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 軽く雑談を交わしながら、人間界を進む。
 ここはセフィロトの幹に近い部分、人間界では『南部』と呼ばれている地域だ。

 現在、この人間界『マルクト』の半分は魔族が支配している。より具体的に説明すると、南部を魔族が占領している状態だ。

 北部の方は人間が利用している状況である。

「相変わらず、田舎だな」

 どこまでも広がる緑に俺は目を細めた。
 南部は土壌が豊かで、食物の生産が盛んである。一面が畑のような場所なのだ。

 逆に北部には人間の住居が密集していたりする。
 そういえば今の人間って南部手放してるけど、食料どうしてるんだろう?

 まあ、北部の方でも食料の生産は不可能ではなかった。
 どうにかやりくりできる程度にはあるのかもしれない。

「で、どこに向かってるんだ?」

「我々黒魔軍の野営地に向かっています。魔王様より指示がありまして、そこでミナ殿に合わせた人物がおりますので」

「……ミナ、に?」

 俺の後ろから離れないよう、必死に歩いていたミナがここでようやく顔をあげた。
 手だけでなく、ズボンの方まで握りながら、彼女は不安そうに瞳を揺らしている。

「誰が、会いたいの?」

「お会いしてからのお楽しみです。大丈夫、決して悪い奴らではありません」

 歩くことしばらく。
 到着したのは、多数のテントが設置されている広場だった。

 ここが黒魔侯爵タナカ率いる軍隊の野営地らしい。
 足を踏み入れてすぐ、俺たちを出迎えたのは――

「チョリース! タナカ様、指示通り待ってたよん?」

「ウェーイ! あ、そこのエルフちゃんが、奴隷になってた感じの子?」

 褐色の肌を持つ、耳長の森妖精。
 つまり、ダークエルフだったのだ。

「え? あ、れ? エルフが、ここに? しかも、黒いっ」

 ダークエルフという存在を知らかったのか。
 二人を見てミナは驚愕の表情を浮かべていた。

「二人とも、ミナ殿に色々とお話して差し上げなさい」

「かしこま! ミナちん、あっち行くよん?」

「ほらほら、遠慮すんなってー。お姉さんたち優しいよ? 大丈夫だって!」

「え、あのっ……うぅ」

 ミナは二人のダークエルフに引きずられて、とあるテントに連れて行かれてしまった。

 同族として、彼女たちであればミナのためになるアドバイスをしてくれるだろう。それを狙ってこの場所にミナを連れてきたのだ。

 とりあえずは、任せても問題なさそうか。

「……ってか、人間が結構多いな。北の方から脱走して来てるのか?」

 ふと、野営地を見渡してみると結構な数の人間が見えた。

「はい。来るものは拒まず、むしろ田畑を耕す労働力としてとても重宝しております。もう少ししたら、もっとたくさんこちらに寝返るでしょうな」

「ふーん? やっぱり、北側だと貴族とかうるさそうだし、仕方ないか」

「今の人間界は大変らしいですよ? 勇者殿がいなくなって首が回らなくなっているのでしょう。詳しい話は、後で淫魔侯爵にでも聞いてください。愚劣なる人間の醜い様を聞かせていだけると思います」

 穏やかな表情ながら、微かな憎悪をタナカさんは言葉に宿す。

 この人は元人間だが、今では根っからの魔族なのだ。戦時では人間を撲滅させようと意気込んでいた過激派の一人だったし。

 まあ、戦争も終わった今はそこまで過激なこともしないだろう。
 現に、脱走してきた人間の管理もきちんとやってる。

 タナカさんは魔族ではあるが、もともと違う種族だった者を率いる『黒魔軍』の長だ。

 エルフだったり、ドワーフだったり、あるいは人間だったりする種族は『闇堕ち』の儀式を経て魔族に昇華することができる。この闇堕ちした他種族を率いているのだ。

 今回、ミナをここに連れてきた理由の一つとして、ダークエルフに会わせたいというのもあった。それでタナカさんの協力を求めた、というわけである。

「とにかく、助かった。色々と手配してくれたありがとう」

 お願いを快く聞いてくれたタナカさんに、きちんと礼を伝えておく。
 タナカさんはいえいえと眼鏡に触れてから、こんな言葉を返してくれた。

「お礼など不要です。人間を捨てた身ではありますが……こうして、再び故郷に帰れて嬉しいですからな。お礼を言いたいのはこっちです――やはり勇者殿だけは、人間ですが尊敬できますよ」

「お、おう……」

 こそばゆい返答だった。
 俺はそんなに凄くないんだけどな……ま、そう言ったところで納得はしてくれないだろうが。

「「…………」」

 さて、困った。
 次の話題をどうしようかなと、ミナが帰って来るまで時間を持て余していた頃である。

「あー! 勇者さん! やっと来たんだっ」

「ぐへっ!?」

 突然、俺の背中に何か激突してきた。
 呻きながら背後に目をやれば、そこには白髪の少女が一人。

「シロか……突進はやめろって」

「えへへ~。久しぶり! 魔界で食べようとして殺されかけた以来だね!」

「それで懐いてくるお前には流石の俺でもドン引きだけどな」

 びっくりした。以前、死闘を繰り広げた仲なのに……どうしてこんなに好意的なのか。

「だって、強い人ってカッコいいよ? 魔界の常識!」

 彼女はシロ――見た目こそ清廉潔白な乙女だが、その正体は『人狼』である。
 犬のような耳と尻尾が特徴的な少女である。

「こら、シロ殿っ。勇者殿の失礼にならないよう……申し訳ありません。彼女は勇者殿に会いたいと前々から言っておりましてな、この野営地に潜んでいたみたいです」

「いや、別にいいけどさ」

 ちなみに、彼女は獣魔軍を率いる獣魔侯爵でもある。

 だから人間界に居るのだろう。
 何せ彼女たち獣魔は、その優れた五感を活かして人間側の偵察を行っている。

「偵察は順調か? 何か変な動きはないか?」

「ないよ~? 勇者さんにやられてから、つまんないくらい退屈だよっ。くんくん、勇者さんはいい匂いだねっ」

 後ろから抱き着いて、首元の匂いを嗅ぐシロ。くすぐったいからやめろ。

「シロ殿? 暇ならこの後、勇者殿を淫魔侯爵のところに案内していただけませんか?」

 タナカさんは丁度良いと思ったのか。
 シロに次の案内をお願いしていた。

「うん! 分かったっ」

 シロは二つ返事で了承して、俺の首元を舐めてくる。こら、舐めるな。

 通常時であれば特に問題ないけど、今の俺はロリコンである……シロはそこそこロリに分類される体型をしてるので、気を抜けば俺が狼さんになりそうだった。

「くんくん? 勇者さん、発情してる匂いがするよ?」

「き、気のせいに決まってるだろ! 俺を誰だと思ってる? お前に打ち勝った勇者だぞ?」

「そうだね! ボクに勝った勇者が、性欲なんかに負けるわけないよね! ごめんなさい」

 よし、よく分からんが論破してしまった。

「ふぅ」

 それから、待つこと少し。

 スリスリと擦り寄ってくるシロ相手に欲情しないよう心頭滅却しながら待っていると、ミナが神妙な面持ちで戻ってきた。

「…………」

 無言である。
 後ろで手を振るダークエルフ二人は能天気そうだが、話をしてみてミナは何かしら考えることがあったのだろう。

「じゃあ、行くか」

「……ん」

 ミナは俺の手を握って、後ろをちょこちょこと後ろをついてきた。

 今はそっとしてあげることにするか。
 彼女も彼女で、色々事情があるだろうし。

「ハイハーイ! 勇者さん、行こっ」

 そうして、俺とミナはシロを先頭に人間界を移動する。
 次の目的地は、南部と北部の境目付近。

 つまり、魔族と人間が領土を分ける境界である。
 そこで俺は、より詳しい人間界の情報を聞きたいと思っている。
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