第一章
―ガタンガタン―
普通電車に揺られながら男が一人ぽつんと座席に座っていた。彼の居る車両にはほとんど人は座っておらず、首を伸ばして左右を見てようやく人が確認できる程度だ。始発電車とはいえこれほど人がいないのも珍しくはないだろうか。
「ふう・・・・。」
深いため息を吐き彼は座席に改めて身を沈めた。
「転任とは有り難いよ全く。熊本じゃ自衛軍はさっさと逃げてくれたのに・・・・」
これ以上無いほど深いため息が再び彼の口から吐き出された。
彼は数年前
「学兵」として熊本城防衛戦に参加していた。戦車や装甲車と共に最前線で戦いなんとか生き残ったうちの一人である。彼の部隊は自衛軍の曲射砲部隊の援護を常に受けられる位置にいたため、比較的恵まれた状態にあった。しかし、戦線崩壊と同時に自衛軍は曲射砲その他戦車等を放棄し撤退していった。熊本城付近に展開し、直接防衛していた部隊はなんとか放棄された車両や自前の足で逃げられた。対して戦線の端にいた部隊は、撤退命令を出されても前は幻獣後ろは城と正に進退窮まれりの状況であった。彼の所属していた部隊はあえて幻獣の懐に飛び込み、複雑に入り組んだ繁華街へと逃げ込んだ。
市街地に出現する小型程度ならば小銃で十分対応できるし、仮に中型に遭遇しても輸送警戒車の火力と足で突破する予定だった。なんとかして山中に逃げ込めば奴らも深入りをしないであろう、というのが中隊長の考えであった。
彼らはある失態を犯した。確かに体格の関係上、大型の凶悪な幻獣は街中には出現しない。考えを変えれば、小型の幻獣しか出現しないということだ。つまり彼らは自ら危険な巣へ飛び込んでしまったのである。
―ボウッ!ボウッ!ボウッ!
爆音と表現するのが正しいであろうか、第十七中隊は輸送警戒車の機関砲をばらまきながら瓦礫の多い街中を疾走していた。車体の左右にある銃眼からは兵員室に乗っている学兵達の小銃がさかんに火線を上げていた。本来指揮を執るべき中隊長も車長ハッチから上半身を曝け出し、車体に取り付いた幻獣を片っ端から撃ち落としていた。
「くそっ!数が妙に多すぎる!なんでこっちに向って来るんだ!?」
絶叫に近い形で中隊長が叫ぶ。
長距離無線が無い状況では仕方ないが、熊本を落とした幻獣は周辺の抵抗ポイントを襲撃。着実に戦力を削ぎ落としつつ大移動を開始したのだ。奇しくも中隊の退避ルートと幻獣の移動ルートが重なり、大量の幻獣を相手にするハメになってしまったのだった。
「機体右側にゴブリン多数付着っ!車載カメラ使用不可です!」
砲手席に入った学兵の悲痛な叫びが頭に入る。
「チックショウ!」
―バババッ、バババッ。
小銃から三点連射で弾が吐き出され、照準用カメラに覆いかぶさっていた幻獣を吹き飛ばした。ハッチから抜け出して機関砲の真上によじ登り、機体下部に張りつこうとしている幻獣に向けてフルオートで迎え撃った
「おらおらぁっ!赤目どもはくたばりやがれぇ!」
彼は前方のみならず、左右に始まり、果ては砲身に取り付いた幻獣を銃床で叩き落としていた。
―バババババ、カチン。
独特な金属音が響き、弾切れしたことを伝えた。
「クッ!」
興奮していた事も手伝いなかなか弾倉をはめ込めない。そして弾幕の途切れた瞬間を狙って小型幻獣が飛び掛かってきた
―グイッ!
「うあっ!?」
興奮しすぎて周りを見失い幻獣に組み伏せられてしまった。じたばたと暴れるが効果はなく、赤ん坊のようなずんぐりとした腕に込められる力が次第に強くなっていくのがヘルメット越しにも感じられた。
―メリメリ、ピシッ!・・・
「ひっ!や、やめ・・・・」
―タァァァァン
妙に大きい反響音の後に中隊長を掴んでいた幻獣は頭がザクロのように弾け、地面に転がった。
「うあ?」
後方を見ると、輸送警戒車同様に退避中の大型トラックに乗っている学兵の中に一際目立つ存在がいた。狙撃銃を肩に乗せた肌の浅黒い女が仁王立ちしていたのである。
「隊長殿は大変だねぇ!幻獣にまで求愛されるモテ男でいらっしゃる。」
「うるせぇ!口を動かす暇あったらこの状況をなんとかしろ!」
ヘッドセットから流れて来た内容に中隊長は腹を立て中に引っ込んでしまった。
「なんとかできるならしてるっつーの!」
「ねぇ香織ちゃん、隊長さんに悪い事言っちゃダメだよぅ・・・・」
「隊長つったってアタシ達と同い年っしょ?敬語なんて勘弁よ。」
「だけどさぁ・・・・」「だけどもクソもなぁぁい!」
「ひゃあ!」
「なーんで士官学校出たてのほやほやに指揮されなきゃいけないのさ!」
「おい。」
「そりゃあ命令だってしっかりしてるし現に生き残っているのはあいつのおかげだけどさ。」
「・・・・おい。」
「だからって同い年に命令されるのはが
「おい!」」
脱線話に痺れを切らした俺がどなる。
「喋ってる暇があるんだったらこいつらをなんとかしてくれ。弾、一人あたり二三個しか残ってないが」
荷台に飛び込んできた数体を蹴と超硬度カトラスでいなしながら話し掛ける。ぎゅうぎゅう詰めだった荷台も隊員数が半減したおかげでカトラスを振り回す余裕ができた。
「よっしゃあ、ぶちまけろ!」
なんとも過激な発言をし、狙撃銃を撃ち続けた。こういいつつも時速六十キロのがたつく中で完璧な構えで撃ち抜くは幻獣の頭だけなのだから香織は恐ろしい。
「私だってやるもん!」
随分幼い彼女は御影紫苑。いわゆるいいところのお嬢様だ。中学生になりたてなのを心配してか、親が裏で非合法な行いをしてくれたおかげで真後ろに自衛軍がいた状況を作り出した。もっとも、今の逃避行が親の工作の成果を表しているが。
「あんたはどうなの雅ちゃん!」
―タァァン、タァァン、タァァン。
短い間隔で物の見事に後部によじ登りかけていた手足や頭部を撃ち抜いた。
「別に。後、俺は女じゃない。」
弾切れになった小銃を捨て、カトラスを構えた。後部からじりじりと黒い手が伸びてきている。火器が使用できなくなり、距離的優位が消失した今は肉弾戦しかない。
「うわぁぁぁっ!」
移動の遅れた学兵が発狂したかのごとくで小銃をばらまきながら後ろに走る。
「馬鹿っ!立つんじゃない!」
願いは聞き入れられなかった。ガタンと一揺れした拍子にトラックから転げ落ち、ゴブリンの群れ真っ只中に飛びこんでしまった。
「止めろ!今なら間に合う!」
「無理です!何があっても止めるなという中隊長からの命令ですっ!」
どんどん遠ざかる学兵。それに群がる幻獣達
――そして――
「いてえっ?ひゃめ、やめっ、ギャァァァ!?」
切り忘れていた通信機より若き命が散ったことを示す断末魔が届いた。
目を伏せる直前に見えた薄ピンク色の飛沫は人工筋肉稼働に使われている高タンパク液と・・・・・・・・血液が混じりあったものだろう。血液と白濁したタンパク液は本来混じりあう状況はまずありえないから、考えたくなくても彼の最期は容易に想像できた。
「くそっ!」
荷台に激しく拳を打ち付ける。
「雅、落ち着きなよ。」
「こんな状況で落ち着いていられるか!仲間が死んだんだぞ!?」
「あんたも馬鹿ねぇ!グダグダ悲しんでる暇あったら自分が生き残る方法でも考えなさいよ!」
「なんだと・・・・?」
「あら、本当の事言われて怒ったの〜?普段は冷静なくせに随分単純なのね。」
「お前!・・・・」
もしこの時に冷静な目があれば
もしこの時に誰かが仲裁してくれていたら
もしこの時に武器が残っていたら
結末は違ったんだろうか・・・・・・・・
「香織ちゃん!あれ!」
紫苑が脇を指差す。
「あれ?」
逃げろ
「ねぇちょっと、これ冗談でしょ・・・・?」 逃げてくれ・・・・
「なんであいつが此処にいんのよ!?」
逃げるんだ!
「ゴルゴーン!?中型はいないはずでしょ?」
止めてくれ!
そいつは無残にもトラックに飛び掛かり
仲間達を・・・・・・・・・・・・
「うわあっ!」
目の前には驚いた駅員の顔。
「あの〜お客さま?終点に着きましたが。」
「あ・・・・すみません、おります。」
どうやらいつのまにか寝入ってしまっていたようだ。なんとも夢見が悪かったというか、先行き不安というか。
「さて、と!」
頬を撫でるひんやりとした冷気に目も覚めた。ボストンバッグ片手に電車を降りる。
「雅行っきまーす、てな。」 |