amazing grace
元々身体は弱い方だった。小さい頃から何回も、入退院を繰返した。それでも小中高校と通い、留年も浪人も経験した後、やっと地元の中流大学にも入った。私なりの抵抗だった。少しでも世間と対等でいたいという、あたしのやけくそな意地だった。
大学三年生へと進級した時、あたしはちょうど、合計十五回目になる入院をした。
その時入れられた部屋は、今までと少し違っていて、天井が高くて窓が大きくて、総合大学病院の最上階にある真っ白いホスピスだった。
ホスピス。そこは現代医学ではどうする事も出来なくなった患者を収容する施設。
閉ざされた窓を開こうと手を掛けた。差し込む光は明るくて、あたしは目を細める。その窓は、あたしの人差し指一本分――精々五センチしか開かなかった。
小さい頃から夢なんて無かった。夢なんて持てなかった。持つだけ無駄だと知っていた。持つだけ虚しくなるという事を、あたしは幼い頃から知っていた。
そのホスピスから抜け出して病院の受付の前に一日中座って、行き交う人を眺める日々。ああ、あのおじいさんも、あの松葉杖の男の子も、同じ入院患者なのだろう。右手首に名前と生年月日、血液型が書かれた水色のビニールバンドをしている。あたしにもそれはついている。ただ一つだけ違うのは、あたしのビニールバンドの色だけ、汚れ一つ無い白い事だけ。
そうして流れていく日常に、傷付く事も悲しくなる事も無かったけれど、日に日にあたしの存在が、薄れていくのだけはわかった。初めてそれに気付いた時は、泣きたくなった。それでも涙は出なかった。
「いつも此処にいるんだ」
話し掛けた青年の、名前を私は知らない。外来患者で込み合う待合室、私の隣に腰掛けて笑う。
私より、いくらか年上そうだが、あまり変わらない気もした。
「出て行くのばかり見かけるから、いつか話してみたいと思ってた」
そういう彼の右手にも、忌々しい程白いビニールバンドは残酷な程テラテラと、蛍光灯を反射して光る。それに気付いて少しだけ、あたしは顔を上げた。
希望も夢も持てないあたしに、白い光が射した気がした。 |