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珈琲はいかがでしょう

作者:かなだも



「珈琲はいかがでしょう。珈琲はいかがでしょう。あったかくて。ちょっと贅沢で。気軽に飲めるワンコイン珈琲。安らぎと温もりをあなたに届けます」

 私は今日、140回目の声をあげた。
 自分でいうのもおかしいけれど、とてもよく通る、可愛らしい声だ。
 こんな声で呼び止められたら、思わず足を止めてしまう。そして声の主を探してしまう。
 でも、ほとんどの人は私の姿を見るなり、残念そうに苦笑いしながらこういうのだ。

「なんだ、自販機か」

と……。

「珈琲はいかがでしょう。珈琲はいかがでしょう。あったかくて。ちょっと贅沢で。気軽に飲めるワンコイン珈琲。安らぎと温もりをあなたに届けます」

 私の声はとても可愛らしい。けれど、それは私の声ではない。他の人の手でプログラムされた『音声』だ。
 私はただプログラムに従って、決められた間隔で同じ音声をスピーカーから流すだけ。
 朝も昼も夜も、晴れの日も曇りの日も雨の日も、10分に一回、同じ言葉を投げかける。
 今日みたいな雪の日も。誰一人いない深夜でも。ずっとずっと同じ言葉を言い続ける。

 でもそれも、今夜でおしまい。
 夜が明ければ、私は撤去される。
 私の体は限界にきているから……。

 今朝方のこと。
 機械の点検にやってきたメンテナンススタッフが話していた。
 それによると、私の体のあちこちには錆が回り、まともに機能しているのが不思議なくらい、なのだそうだ。
 そういえばここは、人気もまばらな埋め立て地。
 遮るもののない潮風が、いつも私の体に吹きつけている。
 もともと、ちいさな遊園地に置かれていた私に、ここの環境は酷だったようだ。
 それでも。古くなった私を廃棄せず、この場所に置いてくれたことはうれしかった。
 そのおかげで私は、決して多くはなかったけれど、人々にまた温かいコーヒーを届けることができたのだから。

「珈琲はいかがでしょう。珈琲はいかがでしょう。あったかくて。ちょっと贅沢で。気軽に飲めるワンコイン珈琲。安らぎと温もりをあなたに届けます」

 でもそれも、今夜でおしまい。
 夜明けがくれば、私は眠る。
 ながいながい眠りにつく。

 私のあたまに、白い雪が降り積もっていく。
 最後の夜にふさわしい、とても美しい景色だ。
 足のあとも。車輪のあとも。なにもない。
 ただゆっくりと、白と白が重なっていくだけの聖なる世界。
 道におちる明かりだけが、私がここにいることを教えてくれた。


 私は、コーヒーの紙コップを取り出し口におとした。
 最後の一杯は、自分のために淹れよう。
 長いあいだ働いた自分へのご褒美にしよう。
 そう思った。
 それくらいなら、きっと神様だって許してくれる。
 だから。
 私は生まれてはじめて、自分のためのコーヒーをいれた。

 湯気がたちのぼる。ほんわりと。みるからに温かそうな。
 この湯気の向こうに、いくつもの笑顔をみてきた。
 私には、コーヒーを飲むことはできないけど。
 きっと、あんな素敵に笑えるくらい美味しいのだろう。
 そう考えるだけで、体中がゆたかな香りで満たされる気がした。

「もし……」

 えっ。
 聞き違いだろうか。
 いま、人の声がした気がした。

「もし、そこの」

 気のせいではなかった。
 湯気の向こうに、人が立っている。男の人だ。
 歳はわからないけど、目深にかぶった帽子からのぞく顔は、少年のように微笑んでいた。

「とても良い香りがするので来てみたら、なるほど。これは美味しそうなコーヒーがあるじゃないか」

 そういいながら、静かに近づいてくる。

「どうだろう、そのコーヒー。わたしに譲ってはもらえないだろうか。ここまで歩いて体が冷えてしまってね。ちょうど暖をとりたいと思っていたところなんだ」

 いきなりの申し出に、私は困ってしまった。
 それでも、不思議といやな気持ちにならなかったのは、男の人の笑顔のせいかもしれない。
 それは、これまで見てきた笑顔を、いっぺんに集めたみたいに優しかったから。

「珈琲はいかがでしょう。珈琲はいかがでしょう。あったかくて。ちょっと贅沢で。気軽に飲めるワンコイン珈琲。安らぎと温もりをあなたに届けます」

 私は今日、143回目の音声で答えた。
 伝わるだろうか、これで。
 受け取って、もらえるだろうか。

「そうかい? それじゃあ、ありがたく頂くことにしよう。本当にありがとう」

 そういって、男の人は取り出し口から、並々と入った紙コップを取り出した。
 自分のために淹れたコーヒーだったけれど、口にしてもらえるのがこの人なら、うれしい。
 男の人は、たちのぼる湯気まで一緒に、美味しそうに飲み干してくれた。
 そして。

「ありがとう。とても美味しかったよ。たぶん、人生でいちばんのコーヒーだ」

 そういって、またあの微笑みをみせてくれた。
 私は思った。
 これはきっと、贈り物だ。
 神様が私にくださった、プレゼントだ。
 もしそうだとしたら……。
 たちのぼる湯気が消えたら、なくなってしまうのだろうか。
 男の人も、あの笑顔も、消えてしまうのだろうか。
 でも。男の人は、そこにいた。ずっと微笑みかけてくれていた。
 私はうれしくてうれしくて、笑いたいのに。なぜか悲しくなってしまった。

 私に取りつけられた蛍光管が、パチパチと音をたててまたたいた。
 降りつもる粉雪も、あわせるように陰をつくっている。
 そう。
 私はもっと、見ていたかった。
 笑顔を。みんなの喜ぶ顔を。
 もっともっと、見ていたかった。
 この悲しみは、きっとそうした思いの結晶なのだろう。

「もし、よければ……」

 ふいに、男の人がいった。

「わたしのところで、働いてもらえないだろうか。君のコーヒーがとても気に入ってしまってね。これほど美味しいコーヒーを淹れられる人を、放っておくなんてもったいない。是非ともウチにきてほしいのだが……どうかな?」

 そういって、目の前に手を差し出してきた。
 私は思わずぼうっとして、男の人を見つめ返してしまった。
 どういうことなのだろう、私の簡単な頭では理解できない。

「わたしは銀河鉄道の車掌をしていてね。ちょうどこの大きな空地をみつけて、停車していたところなんだ。そうしたら、温かい明かりと、美味しそうな香りをみつけてね、ついつい足を向けてしまったというわけさ」

 そう告げると、男の人は着ていた黒いコートを、大きくパッとひるがえした。
 そのとたん。
 男の人の背中にあった暗やみが、カーテンを引くように退いて。
 色とりどりの光に包まれた、蒸気機関車があらわれた。

「ごらんのとおり、今はまだ二両しかない小さな列車だけれど。でも、わたしは空をめぐって、いつかこの車両を宇宙でいちばん大きな列車にしたいと思っている。どうかな、こんなわたしの夢に、つきあってはもらえないかな」

 目の前にある男の人の手が、大きくみえた。
 さっきよりも、ずっとずっと、大きくみえた。
 気がつくと、私は手を差し出していた。
 その手に、重ねるようにのばしていた。
 それはあまりにも自然すぎて、驚くことも忘れるくらいだった。
 重なった手には、温もりがあった。生まれてはじめて知る、感触があった。

 男の人の手に引かれて、私は舞う。
 人の腕で。人の足で。人の体で。
 人の髪をなびかせ、人の目で、その人を見つめる。
 優しい微笑みを、見つめる。


 私は客車の椅子に腰かけていた。
 古い木枠のガラス窓に映った、自分の顔。
 はじめて見る、人としての自分の姿。
 ガラス玉みたいに光る二つの目が、私自身を見つめている。
 でもそこには。
 私の好きな、笑顔はなかった。
 私がずっとみてきたような、あんな微笑みができるのか、自信がなかった。
 すると。
 客車のドアを開けて、あの男の人が入ってきた。

「大丈夫、時間はいくらだってあるのだから。これからいろんなものを見ていこう。二人でいっぱい話しをしよう。気がついたら、君はきっと笑っている。大好きな笑顔になっている」

 列車の外を舞っていた粉雪は、いつの間にか姿を消して。
 かわりに、きらめく星々の光が、満天の夜空を覆っていた。



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