第七の国 「アリスと白ウサギの夕食」
学校の授業も終わり、松山の嫌味を耐え抜いた吾吏須に待っていたのは嬉しい知らせだった。
吾吏須と啓太の家はお隣同士だった、その為家族同士の交流が非常に多く、吾吏須の両親が両方出張などで居なくなった時はよくお邪魔していた。
しかし、高校にあがってから今までに無い長期の出張で啓太の両親はこのまま我が家の子供になっちゃいなさいと言ってきてくれたが吾吏須は拒否していた。
理由は、その頃から啓太のことを気になっていたからだ。同じ屋根の下で暮らすとなると、さすがに吾吏須も思春期なので欲望を抑えられなくなりそうだからである。
またに啓太を想像して自慰したことがあった、しかし何故か頭に浮かぶのは自分が啓太に犯されているシーンだった。
「なんで俺が受身なんだかな……」
そう呟きながら、啓太の家のチャイムを鳴らした。今回は啓太の両親が結婚記念日で啓太が気を使って二人で食事に出かけたらどうだと提案し、現在家には啓太しか居ない。
一人で食事を取るのも寂しいので、一緒に食べないかということらしい。それは吾吏須にとっては嬉しいことだった。
なにしろ、年に一回あるか無いかの啓太と二人っきりの食事なのだから。たしかに学校でも一緒に食べるが、家で二人きりというのはドキドキするものだ。
「はいはーい、吾吏須か?」
「おうよ、寒いから早く開けやがれ」
「あはは、ゴメン。どうぞ吾吏須」
扉から出てきたのはエプロン姿の啓太だった。やっぱりそういう家庭的なのも似合うなと吾吏須は少し見とれていた。
怪しまれるといけないと思い、すぐに中に入る。
「あ、そーだ。はいよ啓太」
紙袋からパックに入ったポテトサラダを取り出す。すると啓太は輝いた目でパットを掴む。
「すげー! 吾吏須のポテトサラダだ!」
たまに朝早く起きて弁当に手作りのポテトサラダを作って持っていく時がある。それを食べた啓太が言ってくれた言葉が『美味しい』
普段、料理をしても自分以外に食べる人が居ないというのは少し寂しいものがあった。それを誰かに食べてもらい美味しいと言ってもらえるのはとても嬉しかった。
他にもいろいろ啓太に食べてもらったが、一番美味しいといってくれたのがポテトサラダだった。それ以来、頑張って作る為に朝早起きして、夢中になりすぎて遅刻してしまうということもあったが。
それだけ、啓太に美味しいと言ってもらえたことが嬉しかった。他の人では意味が無い、啓太が美味しいと言わなければ作る意味が無いのだから。
「お前の好物だろ? 俺が腕によりをかけて作ったんだから感謝しやがれ」
「ありがたく頂戴いたします吾吏須さまッ! そんじゃあ一緒に食べよう」
その笑顔を見て吾吏須は何故か安心した。きっとこの無邪気な笑顔も吾吏須を支えてくれていた内の一つなのだろう。その幸せそうな笑顔を見ると作って本当によかったと思う。
「失礼しまーす、と」
家の中はとても綺麗だった、啓太の母親がとても綺麗好きなので掃除には一切手抜きをしないらしい。吾吏須は啓太が『これで料理も手抜きしなければなぁ』と呟いていたことを知っている。
リビングに向うと、そこにはスープ用のお皿に吾吏須の好物のシチューが盛られていた。
「お、シチューじゃん! お前、俺の好み分かってるなぁ」
「そりゃ、12年間も一緒に居るからな。嫌でも覚えるよ。そうそう今回はなんとホワイトルーから作ったんだぜ!」
「本格的だな、いままですっと市販のルーで作ってたのに」
「けっこう楽しかったぜ、それより冷めないうちにな」
吾吏須が椅子に座ると、啓太が小皿にポテトサラダを盛った。そして両手を合わせて。
『いただきます』
何故かこういうところに啓太は煩かった。今時こうやる高校生も珍しいのではないのだろうか、吾吏須も一人で食べる時はしないが、こうやって啓太と一緒に居る時はちゃんと言っている。
啓太の作ったシチューを口に含むと、それはとても吾吏須の好みに作られていた。少し牛乳が多い薄味。
「美味しい」
「本当ッ! 良かった、吾吏須にそう言ってもらえると嬉しい」
「俺の方はどうだ?」
「すげー美味しいよ! 本当、吾吏須は将来良いお婿になれるよ、俺が保障する」
「なんだよ、その口説き文句」
些細な会話、学校で話すよりもすごく近くに居るということを実感できる時間は最高だった。何故なら学校では吾吏須以外誰も知らない啓太を体感できるのだから、自分だけが知っている啓太、それだけで吾吏須の独占欲は満たされていた。
「そうだ、今回はお前にプレゼントがあんだよ」
そう言うと、吾吏須は立ち上がり紙袋の中からゲームソフトを取り出した。
「そ、それは!」
啓太が机から身体を乗り出して、吾吏須の手に握られているゲームソフトを見た。それは二人が気にいっているシリーズの新作だった。前々から啓太がやってみたいと言っていたのを吾吏須は覚えていた。
「最近発売されたばっかりの新作ゲーム! 俺はもうクリアしたから貸すよ」
すると、啓太がものすごい勢いで吾吏須の方向へと走っていった。そして
「本当! 吾吏須ありがとー俺の神様ッ!」
一瞬何が起こったのか、まったく理解できなかった。理解した時には既に啓太は吾吏須におもいいきり抱きついていた。自分に啓太が抱きついている、そう考えるだけで吾吏須の鼓動は高鳴る。
あまりにも大きい鼓動に、このまま心臓が破裂してしまうのではないのかと心配になってしまう。
啓太の温度が伝わってくる、その心地よさについ抱きしめ返したくなってしまう。ずっとこの温もりを感じていたいと願ってしまうのは罪なのだろうか。
しかし、このまま抱き疲れればこの鼓動に気付かれてしまう、そうしたら啓太はどう思うのだろう、不思議に思うに決まっている。こんな男に抱きつかれて鼓動が高くなるなんて普通はありえないのだから。
どうしても、この鼓動を知られたくない。もしも知られてしまったら、裏切りになってしまいそうだったから。
「離せッ――!」
おもいいきり啓太を吹き飛ばしてしまった、いったい自分の何処にこんな腕力があったのだろうと思ってしまうくらい大きな力で。
その吾吏須の反応に啓太は目を見開いていた。
「あはは、ゴメン……つい嬉しくて」
「いや、そういう意味じゃ!」
「嫌に決まってるよな、男に抱きつかれるなんて。気持ち悪いよな……」
言い方があまりにも自虐的に聞えた、啓太のそんな声は聞きたくなかった。しかし此処でどうやって否定する、どう否定しても蟻地獄だ、もがけばもがくほど埋まっていく。
ならば、いっそ一般的な反応をした方がいいのかもしれない。
「あ、あたりまえだろ! お前みたいなゴツゴツした男に抱きつかれるよりはボインな女に抱きつかれる方が、嬉しい……んだよ」
違うと叫びたい、本当は抱きつかれた時はすごく嬉しかった。そのまま抱きしめ返したかった。しかし常識と友情という名の壁が吾吏須に嘘を言わせた。
「そうだよな、本当にゴメン。それより早く食べよう、な!」
「あ、あぁ……」
しかし、そこからいっさい会話は無かった。両方ともさっきのことを気にしているのか、まったく話し出そうとはしなかった。
啓太の顔を見てみると、先ほどの笑顔は無かった。これは吾吏須が悪いというわけでは無いのだが、なんだかとても罪悪感を感じていた。
この空気は、一人で食事を取る時よりも辛く寂しいものだった。目の前に大好きな親友が居るのに会話が弾まない、本来ならばすごく嬉しい時間になるはずだったのに。
――なんで微妙な空気になるんだよ、俺のせいなのか?
結局、その後は二人とも会話をしないで吾吏須は家に帰った。久しぶりの二人っきりの食事だったのに、何故かとても疲れてしまった。
そのまま、松山から出された課題も片付けないでベットに横になる。明日は普通に話せるようにと願いながら。
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