第4の国 「三月ウサギの嫌味」
ようやく国語の授業も終わり、15分程度の休み時間が訪れた。しかし生徒のほとんどは何故か教室からあまり出なかった。
普段ならば図書館へ本を返しに行くなど、教室に残る生徒は少ない。
「啓太、やけに教室に生徒の数多くないか?」
「それは、この次の三時間目から六時間目まで全部、今年の文化祭の係り決めとかの時間だからだろう」
そういえば、と吾吏須もすっかり9月の上旬に行われる学校行事『桜花祭』のことを忘れていた。
もちろんこれは担任である松山と学級委員長などが進めるので迂闊に授業に遅れるわけにはいかない。遅れようならば松山の容赦ない鉄斎が待っているのだから。
「ということは、今日は一日中、全て松山……先生の授業ってことかよ。うわー本当に欝になりそうだ」
さすがに教室、しかも松山が居るので仕方なく先生を付ける。本当ならば先生のせの字も言いたくないのだが態度が悪いと言われてしまう。
すでに放課後居残るように言われた吾吏須にとっては、これ以上松山の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「吾吏須ちゃん! その気持ちはよく分かるけど頑張なさい」
「だから『ちゃん』を付けるな!」
後ろから高い女性の声が聞こえ、吾吏須はその人物の名前の呼び方に意義を唱えた。
振り返ってみれば、そこにはやけに大人びたクラスメイト、神宮寺愛が威風堂々と立っていた。その性格から尊重や嫌味を込められて『女王様』と呼ばれている。
実際にけっこうな大金持ちだか資産家らしいが、その実態は担任である松山しか知らなかった。あまり本人も家の話をするのを嫌がっていたからだ。
「あら? 女王に反逆する人間は首を狩るわよ」
少しでも反抗しようものならば、すぐさま出てくる言葉が『処刑』と『首を狩る』という言葉だった。たしかに愛はそういった面では恨まれていることが多い、あまりにも傲慢すぎると。
しかし判断力もあり、なおかつリーダーシップがある愛は、このクラスの学級委員長という立場だった。だが、この愛自体あまり規則を守っていない部分もありその辺は学級委員長としてどうなのかと問われれば、それは一言『女王様だから仕方ない』という答えしか返ってこなかった。
担任の松山も、自分の目で愛が規則違反をしている現場を見たことが無いので罰せられない。それに松山にとってもリーダーシップのある人間を学級委員長にしておきたいのが本音だろう。
「お前に男で女みたいな名前付けられる人間の身にもなってみろ! だいたい『アリス』ってなんだよ、そんなおとぎ話じゃあるまいに。息子にこんな名前を付ける親の精神が分からない」
「いいじゃないの、可愛い名前よね。そうでしょ吾吏須ちゃん」
やけに『ちゃん』の部分を強調した言い方に吾吏須はものすごく嫌な顔をしていた。この女のような名前のせいで吾吏須はよくクラスメイトにからかわれていた。
この多少ふざけてるとしか思えない名前は母親がどうしても外国風の名前にしたかっただからだという。女の子が生まれてくると思っていたが生まれてきたのが男の子、しかし一番最初考えていた名前『アリス』を諦めなかった母親は男の子である息子に『吾吏須』と名づけたという。
「そうだよ、吾吏須ちゃん」
「は? おい啓太、お前今ずぐに殺されたい?」
「なんか女王様の時と完璧に態度違うだろ」
「あたりまえだろ、女王様は仕方ないとしてお前に言われると腹立つんだよな。よし首出せ、いますぐ女王様から鎌借りて首切り落としてやるよ」
遊びで|(一割ほど本気だが)よく啓太と冗談を言うことがある。それが吾吏須にとってはかなり幸せな時間に分類だれるだろう、あの陰険根暗教師の居る学校というだけで拒否反応が出るのだから、こういった雰囲気が吾吏須にとっては楽しかった。
ちなみに、何故か愛は巨大な鎌を持ってきている。これは違反ではないのかと思うが学校に私物の持込は必要なもの意外はダメなのだが、何故か愛の鎌は持ってきてもいいことになっていた。
これも何故かと問われれば『女王様だから仕方ない』としか言えなかった。
「吾吏須ちゃん、私もその計画にのった。思う存分切ってやりなさい」
「せめて女王様も止めてくださいって……ちょ! 吾吏須本気で狩ろうとしてるだろ! それ以外と痛い……っていたッ!」
偽物の鎌で啓太の首を刈るふりをしている吾吏須を笑いながら愛は見ていた。しかし偽物のはずなのに何故かとても啓太は痛そうだった。
「まって吾吏須! 本気で痛いよこれ、絶対に磨いであるでしょこれ! ちょ、これ新手のいじめですか?!」
「あっはっは、今後俺のこと『ちゃん』付けしなかったら許してやろうか考えてやらんでもないぞ愚民め!」
「そうだ、ねぇ吾吏須ちゃん。お願いがあるんだけどチョーク持ってきてくれない?」
吾吏須が啓太をいじめるのを一旦止めて、愛の方を見る。
「チョーク? なんで俺が、女王様が持ってくればいいだろ」
「貴方、私を誰だと思っているの?」
「気高く傲慢な女王様」
あまりにも素直な答えに、愛は溜息をついた。
「私は学級委員長よ、この後は桜花祭のことについて話し合うから当然私もやることがあるの。だからお願い」
「女王様が頼まれた仕事だろ? だったら責任もってやれよ」
「はぁー仕方ないわね――松山先生、私は忙しいので変わりに夢原君に仕事を頼んでもいいでしょうか?」
すると、机の上で資料を見ていた松山は愛達の方向を向き、何時もよりも少し愉快そうな目で答えた。
「そうだな、神宮寺は学級委員長の仕事があるのだから、そこの何もしておらず愚痴を零している生徒に頼むべきだった」
もちろん、この『愚痴を零している生徒』というのは吾吏須のことだろう。松山は吾吏須のことを嘲笑うかのような表情で見ていた。
「陰険野朗が……ッ!」
「吾吏須、俺も一緒に行こうか?」
すると、啓太が自分も行くという提案を出してきた。もちろん吾吏須は啓太と少しでも一緒にいられるのならばこの提案も悪くないなと思い、一緒に行こうという返事をする為に口を開いたが、松山の方が早かった。
「白兎、君は行く必要は無い」
その松山の言葉に吾吏須は不満を感じた、誰と行こうが松山には一切関係ないことなのに。
「先生……俺が誰と行こうが関係ないんじゃないですか?」
「ほう、夢原吾吏須。どうやら君は友人と何時でも一緒でなければ心配で一人でチョークも持ってこられないほど心配性なのか?」
その言葉に、カチンときてしまった吾吏須は反論しようとした。しかし
「お前、いいか――」
「そうなんですよ先生、吾吏須ってば俺が居なきゃ駄目な子で。というわけで一緒に行ってもいいですか?」
啓太がその反論を邪魔した、というのは少し酷い言い方かもしれない。だが、何故か啓太の言い方はまるで遊びのようなふざけた言い方なのに少し力がこもっている気がした。
そう感じた理由は分からなかったが、少し怒りが混じったような、そんな言い方だった。
「そうか……だが白兎、君には桜花祭の今までのパンフレットを持ってきてもらいたい。そうだな、だいたい10年分ほどでいいだろう」
「は、はぁ」
「というわけだ夢原、残念だったな大好きな友人と一緒になれなくて」
まるでその松山の言葉は。わざと吾吏須と啓太を離そうとしているかのようだった。そこまで俺のことが嫌いで困らせたいのかこの陰険根暗オールバック教師は! と吾吏須は声に出して叫びたかったが後ろで啓太が肩を叩きまぁまぁとなだめている。
しかし、このあからさまに喧嘩を売っている松山に吾吏須の怒りが収まるわけも無く、ギロッと今までの恨みもこめて、目の前で愉快だと言わんばかりの表情をしている松山を睨んだ。
その睨みを松山はまるで楽しむかのように鼻で笑う。吾吏須は拳を握り締め近くにいた啓太にしか聞えないくらい小さな声で呟いた。
「この……陰険根暗オールバック三十路一歩前教師が」
「夢原、そんなところでノロノロとしていていいのか? 次の授業まであと10分しか無いぞ」
「ちッ!」
吾吏須は舌打ちをし、乱暴に扉を開け倉庫へと向かった。
何故あの教師は吾吏須と啓太を引き裂くような行動に出るのだろう。そもそも、今まで文化祭のことでパンフレットを使ったことなど一度も無かった。ならば持ってくる必要は無いはずなのに、何故持ってこさせるのだろう。
嫌がらせなのだろうか、ならばなんて大人気ない行動なのだろう。否、その前に教師としてどうかと思う。
松山への不満が頂点へと差し掛かったり、この次の授業に出るのが本当に嫌になってきた吾吏須は、大きな溜息を零す。しかし、今は松山のことなど気にしないで、どうやって啓太と恋人同士になるかが一番重要だった。
告白の仕方ならばいくいらでもある、ベタな少女漫画のような体育館裏や、誰も居ない教室。やろうと思えば啓太の部屋で告白することだって幼馴染の吾吏須にとっては容易いことだった。
しかし、此処はアメリカでも無ければ日本だ、まだ同性愛など一般的でもなければ多少軽蔑されている部分もある。その時吾吏須は何故この国はこうも自由じゃないんだと恨んだ。
もしも、もう少し同性愛が一般的ならばまだ迷わなかったかもしれない。告白したならしたで『あぁ、そういう趣味の方なんですね』となったかもしれない。
だけど此処は日本だ、もしも告白などしたら啓太はどう思うだろうか。『気持ち悪い』それとも『近付かないでほしい』とでも思うのだろうか。
「どうすればいいんだよ……ッ!」
よく、どうして人間は恋をして告白するのにあんなにウジウジと悩み続けるのだろうと思っていた。悩んでも永遠にループするだけだ、恋愛というのはそういったものなのに。
しかし、今ようやく気が付いた。恐いのだ、告白して好きな人間に振られてしまうのが。好きな人に否定されるのが恐い。
「啓太から否定されるのか……?」
それは吾吏須にとっては恐ろしかった、今までずっと近くに居たの人が、一番自分を分かってくれていた人から否定される。
しかし、このままウジウジして告白をしないでいれば、それこそ松山の言った『臆病者』なのではないだろうか。『好き』という3秒もかからない言葉を言うだけでこれだけ悩むなど。
「はぁ……」
本日、何度目になるか分からない大きな溜息を零した、時計を見ればあと5分で授業開始の時間だった。
仕方なく急ぎ足で倉庫へ向う、心の中のモヤモヤは少しだけ無視して。
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