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夢の国のアリス
作:神崎亜実



第二の国 「夢の国」


 人間を眠りの世界から引きずり出すジリジリと煩い目覚まし時計の音が聞えた。
 もう朝なのだろうか、重たい瞼を開ければカーテンの隙間から差し込む太陽の光が吾吏須に朝だと告げていた。
「眠い……」
 起きる気がしない、このままずっと眠っていたいが今日は学校の為、仕方なく起きる。朝が苦手な吾吏須はゆっくりとベットから起き上がり、おおきなあくびをした。
 ようやく頭が起動して来た頃、吾吏須は気付いた。昨日飲んだ薬の効果はいったいどうなったのかと。
「そういや、何も変わってないよな」
 部屋を見回しても、まったく薬を飲む前と変わっていなかった。しかし、あの薬の入っていた小瓶は何処にも無かった。
「やっぱり、アレ……偽物だったのか」
 微かに、あの薬に期待していただけあって少し残念だった。やっぱり、もう啓太に会える期待は無くなってしまったのだということ、そしてまた喪失感がある世界に逆戻りだということ。
 何時かは、この喪失感を埋められる日が来る。だけどそれはいったい何年先のことなのだろう。もしかしたら一生埋められない可能性だってある。
 しかし、ここでくよくよしていては駄目だと思い、吾吏須はさっそく学校の準備をしようと鞄を見た。

――ピンポーン

 高い電子音は、この家のドアの前に誰かが来たことを知らせた。誰が来たのだろうと吾吏須は自分の部屋から出て誰も居ないリビングを抜けドアの前に着いた。
「迎えにきたぜー吾吏須!」
 その声に、吾吏須は一瞬戸惑った。その声に聞き覚えがあったからだ、それも此処には居るはずのない人物の声。
「あーりーすー! もうすぐ学校だぜ、早くしろよ」
 何故此処に彼が居るのかは分からない、でもたしかに彼は自分の家のインターホンを押していた。吾吏須が出てこないからか、何度もインターホンを鳴らすドアの向こうの相手。恐る恐る、鍵を開け、ドアノブを掴む。
 このドアを開けるのが恐い、だけど同時に微かな希望があった。吾吏須は覚悟を決め、ドアを開ける。
「どうして……ッ!」
 ゆっくりとドアを開け、その向こうに居る人物を確認すると、吾吏須は信じられないといった様子で呟いた。
「おはよ……って、どうしたんだよ吾吏須? そんな化け物見たような顔して」
 その向こうに居たのは、一番吾吏須が会いたくて、愛しいと思っていた人物だった。
「啓太? なのか……」
 たしかに、その人物は啓太だった。桜花学園の制服に、短く茶色い髪に、自分と同じ真っ黒な瞳。そして何時も吾吏須が見ていた笑顔。
 何故、どうして病院に居るはずの啓太が自分の家の前に居るのか。どうして何時もと同じく一緒に学校に行こうと誘っているのか。どうして、どうして。
 『どうして』や『何故』という言葉で、吾吏須は自分の頭が埋め尽くされるような気がした。少し不自然な吾吏須に疑問を持ったのか、啓太は少し心配そうに吾吏須に声をかける。
「そうだけど、吾吏須どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」

――同じだ、何時も俺を気にかけてくれる啓太と同じ。

「なぁ、啓太。お前……目覚ましたのか?」
「へ? 目覚ましたって、何が?」
「お前交通事故にあっただろ! それで昏睡状態になったんじゃないのかよ! 回復の見込みは1%にも満たないって!」
「待った、交通事故?」
 吾吏須の永遠に続きそうなマシンガントークを啓太が止めた。両手でストップのサインをしながら、意味の分からないことを言っている吾吏須に問いかけた。
「俺は交通事故にあってないし、それに交通事故なんて起きてないぜ?」
「そんな、だって俺は……」
 たしかに啓太が血を流して倒れているのを見た、啓太の血に触れた。忘れるはずがない、あの感覚を、このまま啓太は死んでしまうのではないのかという不安をたしかに感じた。それなのに啓太は今自分の目の前に居て笑っている。
 そこで、吾吏須は思い出した。あの主人のことを、もしかしたらあの薬は本物だったのではないだろうか。だけど現実的にそんなことありえないんだ。啓太が目覚めるなんて、そんなこと。
 それにどうやら、この啓太は事故があったことすらも知らない。否、事故が起こっていないことになって居るというのが正しいだろう。
 立ち尽くしている吾吏須を見て、啓太は吾吏須の肩に手を置く。それはきっと吾吏須を安心させる為の行為だろう、啓太の手の体温を感じた時自然と吾吏須の混乱も収まっていた。
「吾吏須、お前きっと変な夢でも見てたんじゃないのか?」
 夢なわけない、吾吏須はそう声に出して言いたかった。何故なら啓太が昏睡状態になったと知らせを受けた時、これは夢だと信じたかった。だけど、啓太が昏睡状態になったのは紛れもない真実なのだから。頬を抓ろうと、部屋のベットで寝て、起きれば啓太が向えに来てくれるなど、何度も現実逃避していた。だけど、啓太が昏睡状態になったのは現実でのことだった。
 それでは、今自分の目の前に居る啓太は自分の夢の啓太なのだろうか。これは夢なのだろうか、ならば吾吏須はこの夢が一生覚めなければいいと思った。
「ところで、もうすぐ7時50分なんだけど」
「へ?」
 時計を見てみると、たしかに時間は7時48分だった。学校のHRが始まるのは8時ジャスト、此処から学校まで徒歩で15分ほど。
「本気で遅刻寸前じゃん! おい啓太、そこで待ってろ着替えてくるから!」
「はいはーい」
 玄関で手を振っている啓太は、多少苦笑が混じった表情だった。吾吏須はすぐさま自分の部屋に戻り制服を着始める。そして、机の上に置いてあった鞄を握りドタドタと階段を下りた。
「走るぞ! あの煩い担任にまた嫌味をネチネチ言われちまう!
「先生の嫌味が嫌だったらもっと早く起きろよ」
「うるせぇ! 俺は低血圧で朝が一番弱いんだよ! お前みたいな体育会系みたいに朝6時に起きるなんて超人みたいな能力は無い!」
「それは日頃の生活習慣の問題だろ、だいち夜ちゃんと眠れば起きれるし、それに遅くまで起きてるから身体が発達しないんだよ。だから身長が小さい……」
「あー! 言いやがったな! 人間の肉体的コンプレックスを突くなんざ外道だ! お前に身長165センチ未満で17歳の男の気持ちが分かってたまるかあぁ!」
「まぁ、俺は吾吏須の方が身長小さくてよかったけどな」
 啓太が、少し楽しそうな声で言った。少し後ろですでに息が上がっている吾吏須が苦しそうに言う。
「てめ、喧嘩売ってんのか! とりあえず肉体的対戦は無理だけど勉強だったらかかってこい!」
「あはは、だって俺の方が身長大きければ吾吏須を見下ろせるじゃん!」
 その言葉に、吾吏須の何かがプツンと音を立てて切れた。
「お前最低だな! 見下ろせるってなんだよ、俺のことを『愚かな愚民よ、米が無ければパンを食べればいいじゃない』という日本人として最低なことを考えながら見下してんのか! お前生意気だ!」
「なぁ、吾吏須。意味分からないし『愚か』と『愚民』で意味が二重してる」
「うるせぇな! 分かってるよお前に指摘されなくても! ただ間違って言っただけなんだよ!」
 啓太の後を必死に走る吾吏須と、その前を余裕で走る啓太。それは啓太が居た時と同じ朝だった、その時の吾吏須には、もう此処がいったいどんな場所だなんてどうでもよかった。ただ啓太が居る幸せに浸っていた。
 『あたりまえ』がこんなにも幸せなことだったなんて、なんで今まで気付かなかったんだろう。












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