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夢の国のアリス
作:神崎亜実



第十二の国 「タイムリミット」


 それからすぐに教室に戻った吾吏須は啓太に火傷の処置をし、熱いものは全て変わってあげた。啓太は火傷ごときに大げさだと言っていたが、吾吏須はこれだけは譲らなかった。
 啓太はあまり納得していなかったが、それでも吾吏須は意地をはっていた。そしてようやく終了時間の5時を迎えた。
「はーい! 皆、お疲れ様ーこの後は校庭で何かあるみたいだから予定の無い人は残ってなさい。そんでその後は今日稼いだお金で打ち上げよー!」
 愛がメイド風女王様の衣装のまま、椅子に足を乗せ高々に叫んだ。クラスの全員はおーという掛け声と共に廊下に出た。
「啓太! ちょっと話あるから来てくれないか?」
「へ、いいけど。此処じゃ駄目なのか?」
「あいや、その――大切な話だからさ、あんまり外部に漏れたくないんだ」
「そうなのか、そんじゃあ」
 吾吏須は多少強引に啓太の腕を引っ張った、そして何処か二人きりになれる場所は無いかと探す。すると体育倉庫が目に入った。体育倉庫の扉を開けると、とても埃っぽく二人とも咳きをした。
 薄暗いそこは、外の微かな明かりによって青白く照らされていた。いきなり体育倉庫へ連れてこられた啓太は少し戸惑っているらしく、キョロキョロと辺りを見回していた。
「吾吏須、なんで体育倉庫なんかに」
「啓太!」
 いきなり雄叫びに近い叫び声を出した吾吏須にビックリした啓太はその場で固まってしまった。呼吸を整え、そして啓太の顔をじっと見つめる。
「そのさ……こんな体育倉庫なんてベタだと思う! きっとこの後お前は俺を突き飛ばすと思う! それでもいい、その後俺をどれだけ罵ってもいい。だから聞いてほしい!」
 今までずっと想っていた、こんなことはいけないことだと理解していた。15歳の時からずっと心の中に溜めていた切なる感情、一生叶わないと想っていた。
 それは啓太にとっては迷惑かもしれない、そんな俺を啓太は受け入れてくれるかもしれない。それでもずっと言いたかった言葉。
 啓太と向き合い、そして近付いていく。そして啓太の肩を掴んだ。
「ずっと……ずっと俺は啓太のこと好きだった」
 昔とかなり差が出てしまった身長、それを縮めるかのように吾吏須は背伸びをし、そして。
「愛してる」
 この3年間分の想いを込めた言葉と共に、吾吏須は啓太の唇に自分の唇を重ねた。それは重ねるだけの浅いキス、それでも吾吏須は満足だった。
 ずっと溜めていた想いを啓太に告げ、このままこの夢から目覚めてしまってもいいとさえ思えてきてしまう。ゆっくりと唇を離し目を瞑り次に来る衝撃に供える。
 このまま啓太に突き飛ばされても、それでもいい。拒絶されても、それすらもいいだろう。ちゃんと自分は啓太を信じることができたのだから。
 しかし、次にきた感覚は突き飛ばされる感覚でもなければ、啓太の吾吏須を拒絶する言葉でもなかった。
――え……ッ!
 それは、望んでも決して手に入らないものだと思っていたものだった。唇に触れる柔らかな感触、目を開ければ目の前には啓太が居た。
 そのキスは先ほどの浅いものとは比べものにならないほど深いもの、渇望するかのように激しく求めているキスに、吾吏須は身体全身が熱くなることに気が付く。
 ようやくそのキスが啓太のものだと気付いた時、吾吏須は本当に死んでしまいそうなくらい嬉しかった。嬉しさで人が死ぬのならばきっと吾吏須はすでに死んでいるに違いない。
 啓太のガッチリとした腕が、吾吏須の身体を包み込み、それはとても安心できる温かさだった。ようやく深いキスから解放された吾吏須は啓太の顔を見た。
「吾吏須……」
 その吾吏須の名前を呼ぶ声は、愛しい者を呼ぶ甘く優しい声。腕は一生吾吏須を離さないと宣言しているかのようにギュっと強く抱きしめていた。
「俺も、俺も吾吏須のこと……好き」
 それは、ずっと吾吏須が求めてきた言葉だった。一瞬これは幻なのかと思ってしまう、しかし啓太から伝わってくる体温が真実だということを教えてくれる。
「俺、ずっと……吾吏須のこと好きだった。今、こうして俺の手の中に居るのが信じられないほど」
「啓太」
「あのな、俺はすごく前から吾吏須のこと好きだった。本当は、吾吏須の親友でいるのが辛かった。だって吾吏須は俺のことを『親友』として見ていて、『恋愛対象』とは見てくれてないんだって思ってたから」
 それは、吾吏須が今まで思っていたことと一緒だった。啓太の自分への感情は『友情』であって『恋愛対象』ではないと思っていたのだから。
「抱きついた時、否定されたのは辛かった。吾吏須に嫌われたのかと思って……キスした時も、吾吏須が学校に荷物届けなければきっと俺は恐くて逃げてたと思う」
 今まで想いが通じなかったのは、常識という壁が二人の考えを作っていたせいなのだろう。男同士だからありえない、相手は男だから気持ち悪いと思われるかもしれない、親友だと思われてるから恋をするのが辛い。
――同じだったんだ。啓太も
「そんなの、そんなの俺だって同じだ! お前の優しさが辛くて、お前の俺への友情が辛くて! お前が俺のことを親友って呼ぶ度に辛かった……ッ!」
 すると、啓太の目から大粒の涙が零れ落ちた。
「ど、どうした」
「嬉しくって、吾吏須が俺のこと好きだなんて。そんなのありえないって思ってたから」
 それは吾吏須も同じだ、まさか啓太も自分のことが好きだったなんて。それは夢のまた夢、神様の力でも使わければ叶わないことだと思っていた。
 しかし、今自分を抱きしめてくれている温もりが、これは本物だと、真実だと教えてくれていた。
「俺の想いは真実だぜ」
「うん、分かる……今俺の腕の中に吾吏須が居る」
 すると、先ほどよりも一段と啓太の腕の力が強まる。吾吏須も啓太の首に手を回し抱きつく。
「いやはや、お見事ですお二人とも」
 急に聞えたその声に、吾吏須は驚いた。しかし何故か啓太も驚いているらしく声のした方に振り向いた。するとそこにはスマイル100%の帽子屋が立っていた。
「帽子屋!」
「帽子屋さん!」
 見事にハミングしたことよりも、何故啓太が帽子屋のことを知っているのかが不思議でならなかった吾吏須は啓太の顔を見る。
「なななな、なんで啓太まで帽子屋のこと知ってるんだよ!」
「それは私からお話しましょう」
 混乱している吾吏須に帽子屋は爽やかな声で言った。
「実はですね、白兎啓太にも同じく試練を与えていたのですよ『一週間以内に夢原吾吏須に告白されなければ、また昏睡状態になる』とね。私は夢原吾吏須が薬を飲んだ後、白兎啓太の意識の中に入り込みました。そしてこの世界、夢原吾吏須の夢へと誘導し、試練を与えた」
 ということは、今現在、吾吏須の目の前に居るのは夢の世界の白兎啓太ではなく、現実の『交通事故にあった白兎啓太』というわけだ。
「それじゃあ、今俺の目の前に居るのは現実の啓太?」
「えぇ……そうですよ。ね、白兎啓太」
 帽子屋が啓太に話をふると、啓太は少し慌てながら頷いた。
「忘れ物を取りにいった吾吏須を待ってたら急に目の前が暗くなって……それで帽子屋さんに今回の試練の説明されたんだ。その時は俺が交通事故にあったなんて嘘だと思ったけど……」
 たしかに、いきなり出あった人物に貴方は交通事故に会いましたなどと言われて信じれる人間がこの世界に居るだろうか。少なくとも吾吏須の見てきた中には居なかった。
「というわけです、分かりましたか?」
 まるで子供に問いかけるような喋り方に吾吏須はなにか納得できない気がした。子供扱いされるのは嫌だ、しかしそういう人間にかぎって子供なのだ。
「それでは、ご褒美を与えなくてはなりませんね」
 そういえば、と吾吏須は最初の頃、帽子屋に言われたことを思い出した。理想の関係になれたならば、この夢は幸せな夢になると。
「お二人を現実に帰してあげましょう」
 それに吾吏須は意義を唱えた。
「でも、啓太は意識不明なのに!」
 回復する可能性は1%未満、それなのに目覚めさせるなど、それこそ神の業というものだ。
「死んではいないのならば問題ありませんよ、私にできないことは死んだ者を生き返ることと、人の想いを捻じ曲げることだけ。それ以外のことならば超常現象だろうと引き起こしてみせます」
 自信高々に宣言した帽子屋に、吾吏須と啓太は唖然としていた。世の中には本当にすごい人が居るのだと。理論的な吾吏須は多少納得できない所があったが、啓太と一緒ならば文句は無いでしょと言われそうで黙っていた。
 そしてなにより、あの薬が本物だったので、いくら言っていることや服装が意味不明でも信じてしまう。
 すると、帽子屋はポケットの中から銀時計を取り出した。
「それでは……時間切れまであと3時間ほどありますね。現実に戻ったらきっと啓太さんは重症なので、やることはさっさとやっちゃってください」
 帽子屋のその言葉に吾吏須は顔を真っ赤に染める。啓太は横で?マークを浮かべているが、この言葉の意味を理解した吾吏須はギロッと帽子屋を睨んだ。
「あはは、吾吏須は威勢がいいですね。それではお幸せに」
 すると、帽子屋は頭の帽子を取りお辞儀をすると、消えてしまった。毎回、よくわからない魔法のようなことしでかして、人を驚かせることには長けているようだ。












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