第十一の国 「帽子屋の助言」
「吾吏須、お久しぶりですね。そしてずいぶんと可愛らしい格好をしてらっしゃる」
さわやかな笑顔と共にあさつした帽子屋を、吾吏須は頭を抱えながら見ていた。帽子屋は以前と変わらず煌びやかな衣装を身に纏っている。桜花祭だったからよかったものの、普通の時では絶対に入れないだろう。まぁ、入れないのならば別の策を考えてくるだろうが。
「何でお前が此処に居るんだよ! てか先生は!」
「さぁ? 私は知らないのですが。それより吾吏須、いいのですか? あと5時間で時間切れですよ」
帽子屋は保健室にある時計を指差しながら言う。その時計は既に4時を示していた、この夢の制限時間は本日午後9時までだ。
「……告白できねぇよ、そんな」
それは、声になるかならないかの声だった。あまりにも静かで今すぐ泡沫のように消えてしまいそうだ。
「不安ですか?」
帽子屋のその言葉に吾吏須は小さく頷いた。いくら啓太が守ってくれようと、想ってくれようと、それは『親友』に対するものだ。啓太に対する裏切り、それは吾吏須にとって絶対にあってはならないこと。
「いいのですか? このまま夢から目覚めれば、この夢は『悪夢』になりますよ?」
「分かってる! そのくらい……分かってる」
吾吏須の声は悲痛に満ちており、最後の声は聞こえないほど小さかった。帽子屋はただただ悲しそうな吾吏須を見ていることしか出来ず、笑顔には少し悲しみが混じっていた。
目は、迷いを現していた。それは普段の吾吏須は見せない、とても弱弱しいものだった。すると帽子屋は近くにあった椅子に座り、まるで独り言のように喋り出した。
「人はやって後悔するよりも、やらずに後悔するのがショックが大きいんですよ」
「帽子屋……」
低い声は優しさに満ちておりとでも穏やかで、父親のようだと吾吏須は思った。その優しい声に吾吏須は帽子屋の名前を呟いた。
「此処で終わりにしていいのですか? このまま終わればその先に待っているのは『悪夢』ですよ、それに――」
一息ついて、帽子屋は吾吏須の顔をじっくり見る。
「白兎啓太は貴方にこう言ったはずです『どんなことがあっても親友だ』と……もしも告白をし拒絶されるのを恐れるのならば、それは白兎啓太への『裏切り』ですよ」
今までずっと、啓太に告白することが裏切りだと思っていた、しかし本当は違ったのかもしれない。啓太に告白をして拒絶されるのではと考えることが『裏切り』だったのだ。
本当に啓太を信じているのならば、本当に啓太を想っているなら、愛しているなら――拒絶されることを恐れずに、親友の言葉を信じるべきではないのだろうか。
「ですから、信じてあげなさい。親友を、一番愛しい者を」
帽子屋のその言葉は、吾吏須を動かすのには充分だった。吾吏須は頷き小さく呟く。
「……そうか、そうだよな」
その言葉は帽子屋に言ったものではない、吾吏須が自分自身に言い聞かせた言葉だった。それは先ほどの弱弱しいものとは裏腹に呟いているはずなのにとてもはっきりとした、自分の進む道を決めた意志の強い声だ。
吾吏須は近くにあった救急箱を採り、扉へと向う。そして振り返ると、帽子屋を見ながら先ほどの迷っていたのが嘘のような目で言った。
「ありがとうな、帽子屋!」
そして、勢いよく扉を開け啓太の居る教室へと走り走り出す。それを後ろで見ていた帽子屋は呟いた。
「頑張ってください。夢の国へと迷い込んだ、子猫ちゃん」
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