俺は今、人を愛しています。
俺は今、人に愛されています。
俺は気付けませんでした。
彼女は気づいていました。
俺は好きでした。
彼女は大好きでした。
これはただ――それだけの話。
「だああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そして現在、俺は「愛」から逃げています。
「待ってえええええぇぇぇぇぇ!」
うん、そりゃね、俺も普通女の子に追いかけられれば嬉しいよ。
でも、この場合はちょっと普通じゃないんだなぁ。
「どうして逃げるの!? 私ってそんなに魅力ないかな!?」
全力疾走――というか何というか……うん、とりあえずすごい速度で追いかけてくるアイツ。
「ンなことないけど! とりあえず止まれ! 話し合おう、話し合えば分かる!」
こっちも全力で逃げながら魂の雄叫びを全力でシャウト。
後ろから追いかけてくるアイツは、女の子であり、そしてその中でもとりわけ可愛い部類だった。
いじっても染めてもいない艶やかな黒髪には好感が持てるし、顔もアイドルとかには負けるけど普通にかわいい。
体型に問題があるかというと、別にそんなことも無い。胸が小さいとかでもお腹周りが気になるとかでもなく、身長は……あ、分からないんだった。
「だからっ……どうして逃げるのって私は聞いてるの!」
「どうしてってお前――――」
だって彼女には――
「幽霊の彼女は要らないんだよ!」
――足が、無いのだから。
【俺は今、愛しています。そして愛されています。これはただ――それだけの話】
***
幽霊だった、どうみても幽霊だった、完膚なきまでに幽霊だった。
「……………………」
その幽霊に捕まり、現在路地裏で話し合いをしています。
なんか始めの頃は怖かったんだけど今ではむしろ慣れた自分の方が怖い、霊体とチャネリングする事にまったく疑惑を感じていません。
「一目惚れです、付き合ってください」
とか言われたんだが……どうしたもんかね?
俺としては足が無い上、他人に自慢も出来ない彼女はお断りなんだけど(あ、ちなみにコイツ他人には見えないみたいです。この前通行人に助けを求めたら無視されました)。
「てかさ、一目惚れっていつから?」
ちなみに俺は数週間前から定期的に追いかけられている。
でもこっちとしてはそれ以前の遭遇履歴なんて脳内に残っちゃいない訳なので「これ」が何者なのか全然分からなかったりする。
知っているのは、「なんか幽霊っぽい」ってことと「俺に惚れているらしい」ということだけだ。
「実は私……貴方に殺された時から、……貴方の事が……」
頬染めんな、両手で顔挟むな、体をくねらせんな。
てかこの台詞……普通だったら電波な娘で済むのになぁ……。
「あー、その……俺ってば人を殺しちゃった記憶なんて無いんですけど……」
俺は清廉潔白だ、人殺しなんてするわけが無い。
まぁ根性が無いとも言うんですけどね、今までで一番の犯罪は万引きして駄菓子屋のオバチャンに叱られた事です(ちなみに一個20円のガム)。
「う〜ん、覚えてないかなぁ、駅での事。
ホラホラ、派手にすっころんだ記憶とか無い?」
……………………――あ
「あの〜……もしかしてそれ、一ヶ月ちょい前?」
「あ! 思い出してくれたんだ!」
まぁ、確かにそんな記憶はありますよ。確か痴漢が逃げてたんだったかな?
まぁ、その時の状況といえば――
駅のホームの、しかも間の悪いことに階段で、油ギッシュなオヤジにぶつかられました。
そりゃバランスを崩します。中年タックルといえど、この帰宅部期待のエースな俺が耐えられる訳ありません。
ゴロゴロと。転げ落ちました。20段ぐらい。
まぁ、その時に肩が誰かにぶつかった気もする。
そしてそれが女の子だった気がしないでもない。
さらに言うとその子も一緒に落ちた可能性は無きにしも非ず。
とどめを刺すとその子がこの幽霊だったかもしれない可能性があったり無かったり。
「思い出した……けど! 俺のせいじゃない!」
「誰も君のせいだとは言ってないよ? 私は、その時に恋したと言っただけ」
だから、頬染めんな。
ゆーれいは大人しく死人どう――
「うん、だからね、私と――」
幽霊が何か言っている、でも聞こえない、そんなもんより今目の前にある事のほうが大事だ。
路地裏から見える表通りの光景に俺の眼は釘付けです。
別に引ったくりとか通り魔とか恐怖の大王降臨とかそんな珍しい光景ではない、もっと素晴らしいものだ。
少女が一人、歩いていた。
「付き合って……って、聞いてない!?」
幽霊が何か言っている、すべからくどうでもいい。
目の前の少女一人に、俺の眼が釘付けになっている内は。
「…………え〜っと、お〜い、聞いてる?」
「目の前に立つな、あの子が見えない。ていうか足が無いのに体は透けてないんだな、不便な。
今すぐ透けろ」
「ひどッ!?」
……チッ、もう行っちゃったじゃないか。
「ねぇねぇだれだれ? あの子誰? お姉さん? 妹さん? お母さん? 従姉妹?」
コイツどうしても恋人という選択肢を除外したいらしい、まぁ実際違うんだけど。
「全部違う。……同じクラスの、委員長」
「……あの〜、つかぬ事をお伺い致しますが、もしかして、貴方様は、あの子が……」
あたふたすんな。
「あぁ、そうだよ。どうせ片想いだよ、悪いかよ?」
びっくりすんな、落ち込むな、変な顔すんな。
「え、えぇ? えええええええええええぇぇぇぇぇぇ!?」
「いやいや、俺は思春期のオトコノコですぜ?」
「べっ、別に意外では……意外ではあああああああぁぁぁぁぁ!?」
落ち着け。
「俺も一目惚れです、でもアンタみたいに告白する勇気もありません、ただそれだけの恋ですよ」
俺は言い聞かせるように言う、現在錯乱中の幽霊へ――っていい加減落ち着け。
「うふふ……告白、出来てないんだね?」
「そうだ」
「する勇気も、無いんだね?」
「あいあむチキン野郎」
「じゃあ、私にもチャンスが――」
「それは無い」
「なんでですかぁ!?」
あぁ……心底鬱陶しい……。
「あのね、一応言っとくけどこれは幽霊だなんだは関係ないぜ?
ただ、俺が一途なだけ」
「告白も出来ないのに?」
「ウルセェ」
だから俺は「駄菓子屋20円ガム誘拐殺人事件」がせいぜいの男なんだよ。
「でも分からないなぁ…………どうして好きって言う事が出来ないかなぁ?」
「そりゃね、俺はアンタみたいに追い詰められてないですから」
コイツは俺以外の人には見えていないみたいだしな。
……あれ? なんか顔つきが変わった?
「……あのね、君。君は、私がそんな理由で好きだって言ってると思ってるの?」
なんか……真剣な表情で……
「私は、貴方の事が一番好き。だからこうして好きだって言ってるの」
ホント、真剣な表情で……
「だから私は、貴方が私の事を見つけられなくてもずっと好きだと言い続けます」
幽霊は、言った。
「…………そうだな」
「うんうん! 分かってくれた?」
「そうだ、お前の言う通りだな。まずは……きちんと伝えないと」
「納得したのはソッチですか!?
あああぁぁぁ! 敵に塩送っちゃった!?」
そして俺は、委員長を追いかけた。
【俺は好きでした。そして彼女は大好きでした。これはただ――それだけの話】
***
探した、探した、探して回った。
そして、彼女の背中を見つけた。
追いかけて、追いかけて、追いかけた。
そして、あと一歩の位置にまで近づいた。
手を伸ばし、声をかけ、踏み込んだ。
そして、手を伸ばしその肩に――
「…………あ?」
触れられ、なかった。
「あ、え? な、ぁえ?」
なんだろう、何でだろう、彼女は――すぐ近くに居るのに。
「おーい!」
呼んでみる、反応はない。
どうして――こんなに近くに居るのに。
「おい……そりゃ確かに、そんなに仲良くした覚えはねぇけどよ! 無視は酷いだろ!」
叫んでみる、非難してみる、反応はない。
結局彼女は、最初から最後まで振り向かなかった。
「ア……え? 何? なになに? ドッキリ? ドッキリ大成功?」
通行人が増える、でも――誰も振り向かない。
「あ……いやだから何? これはなに? 何だって聞いてんのよ、俺は」
道化は道化らしく、無様に膝を折って倒れこんでみる、でも――それでも振り向かない。
「だからっ……なんだって聞いてんだよ!」
「何かって?」
後ろから、声が聞こえた。
無邪気なようで、綺麗なようで、最近は聞きなれていた声だ。
「もしかして君さぁ……」
――そういえば昨日は何を食べましたか?
昨日は、何も、食べていません。
一昨日も一昨昨日も、一週間前も食べていません。
「気づいて……」
――そういえば昨日は家に帰りましたか?
昨日は、家に、帰っていません。
明日も明後日も、絶対に帰れません。
「なかったの?」
――そういえば昨日は足元を見ましたか?
昨日は、全然、見ていません。
靴もズボンも、はいた覚えがありません。
「じゃあ改めて言うね」
――そういえば自分はどうしてここにいるのですか。
分かりません、ただ、目指した居場所があっただけです。
耳障りな音、混雑する利用者、弁当が実に美味しい売店。
その場所が俺の……
「一目惚れです、私と付き合ってください」
【俺は気付けませんでした。しかし彼女は気づいていました。これはただ――それだけの話】 |