7.花明〜一筋の光
「平次…京都に行ってたんやろ?」
「ああ…そうや………」
平次は、和葉の質問に対して、否定するどころか、あっさりと認めてしまった。
溜め息を一つ吐いて、頭をボサボサと掻いて、まるで、開き直るかのように――
ただ、そのことが辛かった。哀しかった。辛くて、哀しくて、どうしようもなくて、瞳から涙が溢れ出た。
それを見た平次は、何故だか慌てて、閉じていたままの口を開いた。
「ど、どないしたんや…泣くことないやんけ……」
平次の前では絶対に泣かない、と決めていたはずなのに、平次の声を聴けば聴く程、涙が溢れていく。
ぽろぽろと大粒の涙が溢れ、抑えようと思っても、それができず、小刻みに体が震えた。
「そんな泣かんでも…こんなんで、泣くことないやろ?」
平次は、和葉の涙を見て、少し動揺していた。幼い妹を宥める兄のように慌てながら、和葉の震える肩をぽん、と叩いた。
「『こんなこと』って何よ…アタシがどんだけ心配したと思とん?」
二人の間に沈黙が走る。今日、これが何度目の沈黙か、それすらも解らない程、沈黙を繰り返していた。
その時、平次が何かに気付いた。よく考え直してみると、何かがおかしい。
平次にとっては、和葉を泣かすようなことはしていないつもりだ。
和葉に秘密で何かをしていたことは事実だが、それでも上手く噛み合ってないような気がする。
きっと、和葉は、『平次は自分に秘密でどこかへ行って、何かをしている』の『何か』を別のものと勘違いしているのではないだろうか。
「なあ、和葉…お前、何か勘違いしとるやろ?」
ずっと泣いていたままだった和葉が、少し顔を上げて「え?」と言った。
今まで暗くてよく見えなかった顔が、急にはっきりと見えた。
それは、何の音も立てずに、近くにあった小さな街頭が点灯したから。とは言っても、ぼうっと鈍い光を放っていて、今にも消えそうな灯りだった。
そのおかげで見えた和葉の顔は、まだ泣き始めたばかりだと思っていたが、もう目が腫れていた。
しかし、平次が声をかけたことによって、和葉は泣くのを止めたようだ。
「『勘違い』って…何言うてんの、今更…平次が認めたんやん!『京都に行ったんや』て…」
「それは、そうやけど…」
「そんなにアタシを哀しませるんが楽しいん?最低な人間やな、アンタ」
「何言うてんねん」
「アンタこそ何、訳の分からんこと言うてんの?」
無意識のうちに口調がきついものになった。思ってもないことがすらすらと口から出て行く。
そんなこと思ってない。言いたくない――そう思っているのに、まるで自分の口が制御不能になったかのように動いて止まらない。
また、泣きそうになるのを必死に堪えて、ゆっくりと口を開いた。
今度は、言葉を選ぶように慎重に話そう、と心掛けながら。
「だって平次…京都には、『初恋の人』が居てるんやろ?」
本当は、何も聴きたくない。聴けば聴く程、哀しくなるのは自分だと、解っているはずなのに。
「ああ、まあ…そうやなあ……」
平次は、和葉の問いに対して、曖昧な返事しかしなかった。
和葉にとっては、それがもっと気に入らないことだった。
和葉は先程からずっと真剣な表情をしているのに、平次は、と言うとその逆で。
溜め息ばかり吐いて、頭をボサボサと掻いて、そして何を考えているのか、黙ったまま首を傾げている。
でも、それが真剣なものに見えないから、目の前の男がこの状況で何を考えているのかが全く読めない。
「ホンマのこと話して?何言われても、もう覚悟はできてるし…」
そう言った瞬間、辺りが静まり返って、和葉の小さな声が響いたようにも思えた。
平次は、口を固く結んだまま、まだ何も言おうとしない。
しかし、その瞳は先程よりも真剣なものになって――
「ほんなら、オレの話聴いてもらう前に、ちょっと着いて来てほしい場所があるんや…」
「え?そんなん後でええ。先に答えてよ…」
「後ろ、乗れ」
「え?」を連発している和葉を他所に、平次はヘルメットを被り出した。
そして、和葉にもそれを「ん」、と強引に渡した。
「ちょっと…どこ行くんよ?もうすぐ七時やで?」
「ええから黙って乗っとけ」
和葉は仕方がなかったので、言われるがままに渋々バイクに乗った。
すると、平次は何も言わずに、和葉が後ろに乗ったことだけを確認すると、そのままどこかに向かってバイクを走らせ始めた。
それも、凄い勢いで。
和葉は平次の後ろに乗りながら、いつも乗っている時とは何かが違うように感じていた。
平次の背中が目の前にあるのに、手が届かないような距離に思える。
いつもなら、平次にばれない程度に服の裾を握っているのに、今日はできなかった。
今、目の前の男は何を考えているのだろう。
後ろに乗せている女のことを考えてくれている?それとも、ずっと思い続けている初恋の人?
何もかもが解らなくなって、ふうっと後ろに倒れそうになった体勢を慌てて戻した。
握る手の場所は、いつもと違っても、ちゃんとどこかを握っていないと、ここから落ちてしまいそう。
冷たい夜風を体中に受けていたら、もう何も考えられなくなってしまった。
取り敢えず、黙って着いて行けば何か解るだろう――そんなことしか考えられない。
だけど、黙って着いて行ったからと言って、自分にとって嬉しいことが起こるとは限らない。それが最も嫌な展開になることだってある。
周りの景色が目まぐるしく変わってゆく。
今はまだ、見慣れているはずの景色なのに、知らない場所に来たみたい。まるで、ぐるぐると同じ所を回り続けているよう。
しかし、これから何が起こるのだろう、と思うと、自然と体が震えてしまう。
ふと、夜空を仰ぐと、自分の真上に一際明るい光を放つ星があるのを見つけた。
自分の体は、バイクに揺られながら前に進んでいるのに、どれだけ前に進んでも進んでも、
その星は自分の真上にへばり付いたまま、後を追ってくる。
それは当たり前のことだけど、今は、そのキラキラと輝く星が、目の前の幼なじみより近い存在に思える。
――アタシを一人にせんといて。これ以上、辛い想いだけはさせんといて――
その輝く星を眺めながら、そっと祈りを込めた。
どこからか『大丈夫』、という声が聞こえてきたような気がして、空耳だろうと疑ったが、
少し気が楽になって、バイクにしがみ付いていた肩の力がすうっと抜けた。
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