6.徒花〜儚い花
最近、平次が遠くにいるように思えて仕方がない。
平次が何故か背を向けていて、その後姿が霞んでいてはっきりと見えてこないような気がしてならない。
和葉に秘密を持って何かをしているなんて、まだ可愛いものだったと、今更だが思ってしまう自分に嫌気が差す。
それがもう、取り返しの付かないことになっているようで。
そして、そう考えるだけで何もできない自分が、悔しくて、情けなくて。
誰を責めたらいいのか、誰に助けを求めたらいいのか、それすらも解らなくて。
綺麗な花を咲かすために大きく膨らんだ蕾が、結局、花開くことができなかったように、儚くて。
そう、花はいつだって、儚くて。蕾のまま咲かすことができない花もあれば、咲いても実を結ばずにすぐに萎れるもの、散ってしまうものがある。
だから、せめて咲いている間だけは、綺麗なままの形を保っていたくて――
辺りはすっかり暗くなっていた。
平次は今日中に帰って来るだろう、と思い、ずっと待ち続けていた。
平次の部屋で、見てはいけないものを見てしまったような気がしていて、少しだけ罪悪感も感じていた。
全て、平次が悪い訳ではない。かと言って、和葉が全て悪い訳でもない。
これは、どちらかを一方的に責めるような問題ではない、と思うから。
だけど、もう信じることが怖い。
怖くて、怖くて、ふと自分は今、何のためにこんな所に居続けているのだろう、と本来の目的を忘れてしまいそうになる。
きちんと平次に話を聞けば、きっと解るはず。そう強く思おうとすればする程、辛くなる。
少し、平次が自分に秘密にしていることがあったとしても、それは罪ではない。恋人同士でもないのに……
目頭に熱いものが込み上げてきたような気がして、必死に堪える。平次の前では絶対に泣かない、と強く心に誓った。
「和葉…こんな所で何してんねん……」
俯いていたままの顔を上げると、そこにはずっと待ち続けていた平次が心配顔で和葉の顔を覗き込んでいた。
いつの間に外したのだろうか、ヘルメットをもう脱いでいて、いつから自分の存在に気付いていたのか、気になった。
「アンタを、待ってたん……」
久しぶりに声を発した。それでなくても、先程から冷たい風が吹いている。
上手く口が動かなくて、言いたいことがきちんと言葉にならなかった。
和葉の吐く息が震えていて、平次が素早くそれに気付いた。
「お前、『待ってた』て…いつからここに居ったんや?」
「ずっと、前から……」
突然、平次が腕を掴んだ。何も言えない和葉を他所に、平次は続けた。
「体、冷たいやんけ…どうせ飯も食ってへんのやろ?オレん家で食ってったらええ…」
「そんなんと、ちゃうんよ…」
和葉が、平次の言葉を途中で切った。
その時、今、お互いがどんな表情をしているのかをようやくだが、伺うことができた。
和葉は、特に驚くこともなかったが、平次は目を見開いたままになっている。
それは、和葉が、泣いていたから――
和葉の体がずっと震えているのは、寒いからだと思っていたが、それだけではなかったようだ。
その時、泣いているからだ、ということに、ようやく気付いた。
和葉は瞳に涙を一杯浮かべていた。大きな瞳から今にも零れ落ちそうな程の涙を溜めて、少しでも動くと一気に溢れてしまいそうだった。
「か、和葉…?」
「アタシ…本当のことが知りたかったんや。平次…アタシに秘密でずっと何してたん?」
二人の間には、微妙な距離があった。その間を通り抜けるように冷たい風が吹いて、和葉の綺麗に結わえられているポニーテールをなびかせる。
それと同時に、和葉の体がまた震えた。
「寒いんやろ?そんなん家ん中で話そ…」
「ここで言うて!それとも…ここでは言えへんような、そんな理由なん?」
平次は、和葉の体のことが心配でならなかったが、それ以上に和葉は真剣な眼差しで、平次を見ていたから、何も言えなかった。
突然、強い口調になったことに和葉は自覚していたが、それを平次に驚かれても、今はどうだってよかった。
ただ、本当のことが知りたかった。
自分に秘密で、何度も京都に足を運ぶ必要がどうしてあるのだろうか。
京都――それは、平次にとっての『初恋』が生まれた場所だから。
そして、あの小さなお札のようなもの――どこで貰ったかは知らないが、その名だけは、しっかりと覚えている。
だけど、このまま誤解した状態ではいられない。平次は、それらを全て否定してくれるはず。
だから、これが最後の望みだった。
「なあ、平次…ずっとどこ行っとったん?」
「………」
「黙っとってもアカンよ。それにアタシ…もう知っとるし」
一瞬の静寂が訪れる。
また、二人の間を風が吹き抜けた。しかしそれは、二人の距離を縮めようとはせず、まるで離そうとしているように感じた。
でも、視線だけは逸らさない。逸らしてしまうと、もっと離れていきそうな気がしたから。
それはきっと、平次も和葉も同じで。
何も言おうとしない平次より先に、和葉が口を開いた。
「平次…京都に行ってたんやろ?」
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