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春告げ花
作:美月



5.花時〜想い出の唄


 最近、和葉の様子がおかしいことは、薄々だが、感じ取っていた。
今までにも似たようなことは、何度もあった。和葉に元気がなかったり、急に塞ぎ込んでみたり。
そして、その原因が、きっと自分自身にある、ということも――



 あれから、思い付いたことをすぐに行動に移した。一散いっさんにバイクを飛ばして、その場所へと向かった。
そんな一連の行動が、今までの自分とは思えない程の早さだったため、自分が一番驚いていた。
正確に言えば、行動よりも、それを想う『気持ち』の問題なのかもしれない。






「これ、ええなあ…」

 目的地に辿り着き、誰も知らない、自分だけが知っている秘密の行動を取りながら、一人呟いた。
心の中だけで発しようとしていた言葉だったが、気付いたら、声に出してしまっていた。
そのおかげで、その場所にいた人々が皆、こちらに振り向く。
どうにも居辛い雰囲気が漂ってきたので、手に取ったものを元の所に戻し、足早にその場を去った。

――ま、ええか…

 今度は、心の中だけで呟くと、またバイクに跨って、元来た道を辿っていった。



 観光気分に浸っている場合ではないのだが、それでも足が勝手に『ここ』に来ることを選んでしまうのは、気のせいだろうか。
今は昼過ぎなので、太陽の光がほぼ真上にあって、まだ春なのに、と思わせる程の暑さだった。
しかし、こんなにも人で賑わっているのは、『ここ』のど真ん中に大きくそびえ立っている桜の木のおかげだろう。
まだ、まばらにしか花は開いていないが、自宅のものよりは少しでも早く咲いているようで、ただそれだけなのに、綺麗だ、と思った。

 ふと、平次の目の前を一人の幼い少女が走り去った。
誰かに向かって、似合うやろ?と言いながらはしゃいでいる。きっと、遠くの方にいる父親や母親に向かって叫んでいるのだろう。
真紅の着物、綺麗に結わえられた髪。
そんな幸せそうな家族のほんの一瞬のこの光景を見て、自分の幼い頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。
――自宅で桜の蕾を眺めていた時のように。



 まるたけえびすにおしおいけ

 あねさんろっかくたこにしき………



 その唄を聴いて、ハッと我に返る。いいタイミングで、目の前の少女は、手まり唄を唄ってみせた。
だけど、あの頃と違うことが一つだけある。そのおかげで、真実を知ることができた、と言っても間違いでは無いくらいに。
そんなことを考えているうちに、少女は手まり唄を最後まで唄い切ったようで、今後は母親も誘って一緒に唄おうとしていた。

 その時、強い風が一気に吹いた。ぶわっと吹き荒れて、まるで嵐のように。
そして、嵐のような強風が止んで、静寂が訪れると、平次は何故かその少女の近くにいた。
強風が吹く前は、ただ遠くからその光景を見守っていただけだったのに。強風のせいで、目をギュッと瞑っていたというのに。
それなのに、きっと自分の中では無意識のうちに、体が動いていた。
しかし、少女も母親も平次に対して、何も言わず、そろそろ帰るで、と言ってその場を去った。

 近く、と言っても別に隣で何かをした訳ではない。思い切り手を伸ばしても届くことはない位置に、自分はいた。
そんな自分の心の内を知りたくて、立ち止まったまま考えた。


 もしかしたら、あの少女と八年前の少女を重ね合わせて見ていたのかもしれない。
あの時の、八年前の少女に巡り逢えたかのような感覚に囚われそうになる自分を必死で抑えた。
あの時と同じように強く吹いた風が、今度こそ離さない、と思わせたのだろうか。


 自分の中で、解っていること、確かなことは一つだけ。
今も昔も、あの頃と想いは変わっていない。

 柔らかく吹いていた風の冷たさに「あ」、と声を発しそうになった。
肌に触れる温度は、たまに冷たくても、いつだって春風は暖かく感じてしまうのは、何故だろう。
一枚ひとひらの花弁が、目の前を舞った。その花弁を指でちょん、と捕まえてからまたすぐに離した。
ふわふわと流れ出す花弁が、大事なことを思い出させてくれた。


 そっと瞳をとじて耳にも神経を集中させると、想い出の唄を唄い続ける少女の声と、あの時じっと見つめ続けていた光景と、風に舞う桜の花弁が、八年も前のこととは思えない程、鮮明に、そして優しく脳裏に蘇えらせた。



花時はなどき』…桜の花が咲く頃のこと。

今回は、平次視点で、『1.蕾〜初恋』の続きです。











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