3.花曇〜薄日
翌日、いつものように学校に行ったが、いつもと違うのは、平次がいないこと。
予想通りだったから、その時は特に驚くこともなかったが、二時限目が終わった後の休み時間に平次が来た時は、さすがに驚いた。
「おう、和葉!」
平次が席の近くまで来てニッと笑った。しかも、何があったのか、偉くご機嫌で。
キラキラと輝く笑顔を見ると、何も言えなくなってしまうのは、和葉にとっての数少ない弱み。
「おはよう、平次…ってアンタ何してたん?もう二時限目まで終わったで」
「ちょっとな…」
「もしかして、寝坊でもしたん?」
「まあ…そういうことにしとけ」
寝坊した、なんていつものようにからかって聞いただけなのに、いつもと違うのは、平次の反応。
何だか嘘を吐いているような、何か隠し事をしているような…
本当はもっと深くまで追究するべきだったけど、その後に遅刻してきた平次をからかおうと、
平次の周りに友人が集まって来たので、それ以上は何も聞けなかった。
だから結局、話は宙に浮いたままの形で終わってしまった。
「実は平次がなあ……」
やっと午前中の授業が終わり、弁当を食べる昼休みの時間。
毎日のように平次のことを相談する友人に、今日も相談を持ちかけた。
勿論、平次の耳には触れないように教室の片隅の窓際で。
そうやってこの二日間であったことを細かく説明した。
それを聞いた友人は、ただの事件やなさそうやなあ…と頭を捻っている。
一人で考えても埒が明かないので、こうやって誰かに相談すると少しでもスッキリする。
相談を受けた相手も自分と同じ考えを持ってくれた、と思うと余計気は楽になるし。
「よっしゃ!ええこと思いついた!」
一通り、友人に話すことを話した後で、自分もどうするべきか、と頭を捻っていたら
友人が突然大きな声を出したので、思わず「うわっ!」と言ってしまった。
そんな驚かんでもええやん、と言われてしまったが、
友人の声の大きさに、もう遅いかもしれないが、「平次に聞かれてまう」と人差し指を唇の前に立てて警告した。
友人はごめん、と素直に謝った後で聞かれていないか確認したが、どうやら大丈夫のようだ。
問題の男は、今、この部屋にはいないらしい。きっとどこか違う場所で昼食を摂っているのだろう。
「で…『ええこと』って何?」
「あ、和葉のせいで忘れそうになったやん。『ええこと』って言うんは、簡単や!」
「それで…何なん?」
「愛しの平次君の後を付け回すんや!完璧やっ!!」
「…………」
後を付け回す、って…それストーカーやん!犯罪やん!
思わず、そう突っ込みそうになったが、少し呆れてしまい、何も言わなかった。
「後を付け回す、って嫌な言い方やなあ…それ、どんな風にしたらええの?」
「せやなあ…気付かれたらアカンし。軽く探り入れたらどお?『平次、何しよん?』みたいにいつも通りにさあ…」
軽く探りを入れる、か……
その話を聞いてから、それええなあ、と賛成している自分と、気付かれてまうやろし無理や、と反対している自分がいた。
――いつも通りに――
それができたら、こんなこと相談しないし、悩んだりなんてしない。
『いつも通り』に平次に接することが簡単なようで、そうではない。
今回ばかりは、そう簡単にはいかないような気がしてならない。
でも、相談してなかったら思い付かなかったことだし、いつまでも悩んでばかりでは身が持たない。
「和葉…悩むんもええけど、早よ食べんと昼休み終わってまうで?」
「え、嘘?もうそんな時間なん?!」
慌てて時計を見ると、昼休み終了のチャイムが鳴るまで、あと五分しかなかった。
そして、視線を下に移して自分の弁当箱の中身を見ると、残りのおかずの多さに思わず溜め息が出た。
いくら、平次のことを相談してたからってこれは残り過ぎやし、この時間で食べ切るんは結構、苦しい……。
ならば、最終手段、という事で。
「相談乗ってくれたお礼に、アタシのおかず、どれでもあげるわ!」
その日の部活は、思ったよりも早く終わった。
顧問の先生が、たまには早よ帰ってもバチは当たらんやろ、と言ってくれたおかげである。
さっさと帰る支度を終わらせて、友人や後輩にまた明日、などと挨拶を交わしてからその場を後にした。
何も入ってないのでは、と疑われてしまう程の軽そうなカバンを抱えて、一人でゆっくりと校門に向かって歩いていた。
今日は、一人で帰りたい気分だったが、剣道場の前を通ったら、その気持ちは無かったことのように一気に吹き飛ぶ。
平次を誘って一緒に帰ろうかな、と思ったが、まだまだ練習中のようだったので、結局、そのまま素通りした。
平次と二人で帰ったところで、平常心を保てずに動揺するのは分かり切ったことなのに、と思うと、自分の気持ちが全く解らなくなる。
「まあ、ええか…」
一人で呟きながら、ゆっくりと歩いて校門を出た。
ふと、空を見上げると、真冬に比べて暗くなるのが遅くなったな、と感じた。春が近づいている証拠だろう。
だけど、最近の空は、すっきりと晴れてくれない。天気予報も晴れのち曇りとか、曇りのち晴れとか、
当たっても当たらなくても何とでもなるような予報をしていて、しかもそれが当たるものだから、どうしようもなくモヤモヤしたものだけが心に残る。
――なあ、平次…アタシはどうしたらええん?どうしたらこの心は晴れてくれると思う?――
空を見上げたまま、心の中だけで想い続ける人に問う。でも、この声は、絶対に届くことはなくて。
探りを入れる、なんて簡単そうだけど、できない。そんなことして、もし見つかりでもしたら、もっと溝が深まってしまいそう。
そうなってしまうのが、怖い。
いつだって、当たり前のように幸せを追い求めているくせに、こういう時に限って、嫌な方向に向かうようなことを想像してしまうのは何故だろうか。
教えてほしい。太陽が雲に覆われて光が遮られているのを晴らすように、アタシの心にも光を灯してほしい。
だけど、それは、誰でもいい訳ではない。
きっと、そんな自分の心を満たせるのは、たった一人で。自分の中でも満たしてほしい、と思っているのも一人だけ。
その人のキラキラした笑顔が脳裏に微かに浮かんだかと思うと、一気に形になって一致した。
――このままじゃいけない。動き出さないと――
そう、夕空に向かって、心の中で決意を込めた。
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