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春告げ花
作:美月



2.花嵐〜秘密


「平次、居てる?」


 学校が休みの日曜日の朝…と言ってももう時計の針は十時を指そうとしていた頃。
いつものように服部家の玄関を開けて、静華に挨拶をしようとしたが、居ないようだったのでそのままそろりそろりと平次の部屋まで行った。
そこまではよかったのだが…肝心の平次が居ない。

「何や、居らんやん…せっかく驚かしたろ思たのに」

 つまらんなあ…と一人で呟きながら、ふと机を見ると、引き出しが少しだけ開いていることに気付いた。
ちゃんと閉じとかんと、と思いながらそれを閉めようとした時、何かを思い出した。

「そう言えば…」

 『それ』は凄く気になることだけど、今はまだ聞けない。何だか聞いちゃいけない気がする。
だからと言って、この先も聞く気なんてないし、結局聞けないだろうし。

「平次のヤツ…昨日も居らんかったやん……いっつも何しよるんや!」

 そう言いながら、まだ開きっ放しだった引き出しを豪快に足で閉めた。
まるで、平次に対する怒りをそこで発散するかの如く。しかし、そんなに簡単に発散できる程のものではないのだが。

 それにしても、平次といい、オバチャンといい、どこに行っているのか…と頭を捻っていると、玄関の扉が開く音がした。

「あら…和葉ちゃん、居てるん?」

 その声を聞いて、和葉は、慌てて玄関まで駆け下りた。


「オバチャン、おはよう!お邪魔しとるよ」
「おはよう、和葉ちゃん…悪いけど平次なら朝早うに出かけてしもたで」
「え、どこ行ったん?」
「さあ、それは知らんけど…遠い所に行ったんとちゃう?隅々までバイクをチェックしよったし」


――遠い所に行った――
この言葉が引っかかって仕方なかった。事件の調査?それとも…
どうしてかは分からないが、何だか胸騒ぎがする。
その後、少しだけ静華と話をしたが、平次のことが気になって、きちんと会話ができていないように思えたので、暫くして服部家を出た。

「何やろなあ…」

 確かに、今はいつも置いてある場所に彼愛用のバイクは無い。
でもそれは、ちょっと買い物に、とか、事件の依頼があった、とか…そんな理由だと思って何も疑わなかった。
欲を言えば、何でアタシに黙って一人で行くんよ…とは思ったが。
玄関を出る時に、服部家の庭に大きく構えている桜の木を眺めていると、更に切なさが増してきた。
平次がいつだって、春に満開に咲き誇るその花を見ては、切なそうな表情をするのを、和葉はずっと前から知っていた。
最近では、何故かそれが穏やかなものに変わることもあったが、その理由を一度も聞いたことがない。
平次のせいで、桜を見ているとこっちの方が更に切なくなる。平次のせい、なんて言ったらいけないとは思うが。




 結局、その日も平次に会うことはなかった。
昨日も会ってないから、これでせっかく学校が休みだというのに、会えず仕舞いなままで、今日が終わろうとしていた。
メールか電話でもしようかな、と携帯電話を握り締めて考えた。
ここはやっぱり、直接声が聞ける電話のほうがええやろ、と思ってリダイヤル画面にした。

「アタシ、昨日も電話してるやん…」

 そう言えば、とそれを見て思い出した。昨日も会えなかった平次に、せめて声だけは、と思い電話をしようとした。
しかし、電話の相手は何をしているのか、留守電のまま繋がらない。
『只今、電話に出られません…』という言葉とその声を、二日連続で聞くことになるなんて。

「明日、学校来んのかなあ…」

 探偵、という身である平次は、事件の依頼があれば、それがきちんと解決するまで帰って来ることはない。
それは良いことだと思うし、そんな平次を理解しているつもりではある。
だけど、そのせいで何日か会えなくなるのは事実。
そんな状況に、平次は寂しい、とか、早く会いたい、と思っているかは知らないが……いや、思ってなさそう。

 でも、このままじゃいられないのは、自分の気持ち。
平次の身に何かあったんかな、もしかして危険な目に遭ってるんかな、と不安は募る一方だ。
しかし、不安な気持ちとは対照的に、今の自分にはどうすることもできない。
当の平次には、連絡も付かなくて、音信不通状態だと言うのに。


 知りたい。平次がどこで何をしているのか。
そして、何のために皆に秘密で、どこか遠くへ行っているのか――


 そんなことを考えていたら、居ても経ってもいられなくなって、やらなくてはならないことも全て手付かずになっていた。
溜め息を一つ吐いてから、ふと部屋の窓から夜空を見上げると、今日は雲が空を厚く覆っているようで、星が見えなかった。
風が強く、窓がカタカタと揺れていて、一人でいると怖い、とも感じてしまう程で。


 良くないことが起こる前触れでなければいいと、見えない星に向かって祈りを込めた。






『花嵐』
1.桜の花の咲く頃に吹く強い風のこと。
2.桜の花が盛んに散る様子を嵐に見立てた言葉のこと。

本当は2の意味で考えていたのですが、本文にも書いたように何かが起こる前触れのような意味で、1としても考えてこの言葉を今回のサブタイトルに選びました。
そして、ようやく本編です。これからは殆ど和葉視点で書いていきます。











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