1.蕾〜初恋
……………
くじょうおおじでとどめさす………
気が付くと、床の上で仰向けになって倒れていた。
ゆっくりと体を起こしてから、右手で後頭部に恐る恐る触れてみると、その痛さに思わず顔をしかめてしまった。
――ここはどこで、自分は何故ここにいるのだろう。
その答えすらすぐに出て来ない状況だが、どこからか声がしたような気がしたので、立ち上がって声がする方まで歩いた。
よく見ると、床に格子窓の折れた格子が落ちている。
そう言えば、自分がここに飛びついた時にそれが折れて、床に頭を打って、だから気絶してしまっていたんだ、と思ったが、
そんなことよりも今は、どこかで聞こえる声の主の正体を知るほうが先だった。
そして、格子窓にもう一度飛びついて、やっと外が見渡せる高さに届くと、
大きな桜の木の下で、赤い着物を着て、鞠をつきながら唄っている一人の少女の姿がそこにあった。
……………
まるたけえびすにおしおいけ
よめさんろっかくたこにしき………
ゆっくりと吹く風が桜の花弁をさらっていた。一枚、また一枚…と花弁は風の中を舞う。
そして、その中で鞠をつきながら唄う少女――
その様子が一枚の絵を眺めているようで、視線を逸らすことができなかった。
その少女に見つからないようにこっそりと、というよりは、少女と自分の二人だけの世界にいるとも思えて仕方なかった。
……………
せったちゃらちゃらうおのたな……
ろくじょう……………
その瞬間、今までゆっくりと吹いていた風が突然、強く吹き荒れた。桜の花弁がぶわっと舞って、まるで嵐のようだった。
しかし、そのせいで、微かにしか見えていなかった少女の顔が完全に見えなくなって、それと同時に声も途切れてしまった。
あまりの風の強さに思わず目をギュッと瞑った。
その風は少しだけ桜の花弁を空に舞い上げた後、また静かにゆっくりと流れ出した。
強風が止んだ後にハッとして目を開けた頃には、そこに少女の姿はなかった。
その後、すぐに慌てて少女がいた大きな桜の木の下まで走って行ったが、結局、少女の姿を見つけることはできず、しかしその足元には小さな水晶玉が転がっていた―――
―――あれから八年の月日が流れた。
あの時の頬を撫でる風のようにゆっくりと、だが、しっかりと、八年という歳月を歩んできた。
桜が咲くにはもう少し暖かくならなければ、と思う頃だが、季節は巡り、あらゆるものが春の訪れを告げようとしていた。
庭の大きな桜の木の枝には、小さな小さな蕾が膨らんでいた。
それを見て、自分にとっての「春の訪れを告げるもの」とは何だろうか、とふと思った。
部屋の窓の向こうで、満開の桜の花弁が風にふわふわと舞う様子を瞼に浮かべていると、突然、八年前の光景が蘇った。
それもまるで今、目の前で見ているかの如く、鮮明に。
あれからずっと抱え続けていた謎は、最近になってようやく解くことができた。
これ程までに近くにいた人とは思わなかったが。
八年前から未だに蕾のままの初恋が今、咲きかけようとしている状態だ。これをどうするかは、自分次第。
「ええこと思いついたで……」
自分以外誰もいない部屋の中で、一人呟いた言葉は、また八年前と同じように風がさらって行った。
少女をどこかへ連れて行ってしまった、あの風のように。
今まで、穏やかに吹いていた風が少しだけ強くなって、木の枝が揺れていた。
清清しく晴れ渡っている自分の心の中とは対照的に、空はどんよりとした曇り空で、嵐の前触れのようにも思えた。
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