epilogue〜新芽
――いつかまた、新しい家族と一緒にここで今のように、桜を眺める日が来るのだろうか――
昨日、結婚式を挙げたばかりの二人は、想い出の場所で桜を眺めていた。
式の後、すぐに新婚旅行に行く、という話も出ていたが、結局、行かなかった。
平次は行けるんやし、無理せんでええ、と言ってくれたが、別に無理をしている訳ではない。
かと言って、行きたくない、と言えば大嘘になる。別に焦って今行かなくても、いつでも行けるだろう、と言う安易な考えをしていた。
それは、この時はまだ、何も知らなかったから――
結婚式の何日か前から体調が優れなかった。
嫁入り前の女性によくある『マリッジブルー』というものかな、くらいにしか考えていなかった。
式が始まる前に、桜を眺めていた時に一瞬だけ不安を感じていたが、それも式が始まってからは何とも思わなくなっていた。
しかし、式が終わってからそれが何なのかを知った。
平次が山能寺のほうに桜見に行かんか、と言ったので、嬉しくて大きく頷いた。
――アタシも同じこと考えてた……
だけど、その言葉は口には出さず、心の中にしまっておいた。
今日は気持ちよく晴れていて暖かかったので、二人でバイクに跨がって目的地まで向かった。
着いてみると、見事に満開で綺麗な桜を求め、たくさんの見物客で賑わっていた。
でもその数は想像以上に多かった。
「何やこの人の多さは?」
「春休みももうすぐ終わるし、仕方ないんとちゃう?」
そう言いながら二人は、人気が少ない場所はないかとそれを探した。
二人でゆっくり歩いていると、小さな桜の木がぽつん、とある場所を見つけた。
丁度、その下にはベンチもあったので、和葉がここにしよう、と言おうとした時には、もう平次はどさっと腰を下ろしていた。
「こんな場所あったんやな…」
「うん…アタシも知らんかった…」
和葉もその隣にゆっくりと腰を下ろし、二人でその桜を眺めた。
「ホンマ…平次の初恋の人が誰か分からん言うてたんが嘘みたいやわあ…」
「何やねん、急に…」
「平次の初恋の人がアタシやって知った時はもう心臓止まるか思たわ…」
「そんなんオレも同じや…」
そう言ってから、何故だか目が合った。
何も言わなくても、伝えたい言葉は通じそうだけど、こればかりはそんなこと言ってられない。
少し迷ったが、言うことにした。まっすぐ、彼の瞳を見つめながら――
「平次、ちょっと大事な話があるんやけど…」
「何や?」
大事な話、と聴いてもピンと来ないのか、平次は戸惑ったような表情は見せなかった。
それが余計に、伝えるべきか躊躇わせてしまう。嬉しいことなのに、こんなに不安になる必要はないのに――
「驚かんとってな?」
「実は男です、って?」
「…そんなアホな話とちゃう」
先程からずっと真剣な顔をしている和葉を見て、平次も察知したのだろう。
和葉の周りを流れる空気が、雰囲気が、何かを物語っているようで。
「…アタシ、赤ちゃんできたかも……」
風がさあっと鳴った。花弁が少し揺れて、これ以上強い風が吹いたら、全て散ってしまいそうだ。
「やったやん、和葉!男か?女か?」
平次は素直に喜んでいた。彼は、どんな言葉を真っ先に言うだろうか、と思っていた。
しかし、それを見ていたら、自分は何をそんなに不安になっていたんだろう、と楽になった。
「まだそんなん分かる訳ないやん!何ヶ月かも知らんのに」
二人で笑いながら見つめ合っていると、平次が少し冷静になって「あ」、と言った。
「できちゃった結婚みたいになったなあ…」
「そんなんとちゃう。今日知ったんやもん。それにまだ病院行ってないし…」
でも前から体の調子が悪い時はあったんや、と付け加えた。
「ほんなら帰りに病院寄って帰るか?」
「…うん」
肌に触れる風が、優しくて、暖かくて、心地よかった。
もう少しだけ、ここで満開に咲き誇る桜を見ていたかった。
「…名前どないするか?」
「え?まだ男か女かも分からんのに?」
「…そういうんは早よ決めとかんとな」
平次は青空を仰ぎながら、男やったらこんな名前で、女やったらこんな名前がええなあ…と呟いている。
そんな平次を見て、和葉もやがて産まれてくる自分たちの息子か娘の名前を考え始めた。
その時、一枚の桜の花弁が目の前にはらはらと降ってきた。
その一枚の花弁を指でちょん、と掴んで淡紅色に染まったそれを眺め続けた。
ずっとそれを見ていると、いい考えが浮かんだ。
「なあ、平次…もし女やったら、平仮名で『さくら』ってどう?」
「可愛い名前やなあ!『さくら』か…でも何で平仮名なんや?」
「だって桜はいくら綺麗に咲いても、春が終われば散ってしまうもん…せやから散らんように平仮名」
「なるほどなあ…ずっと満開に咲いてるように、ってことか。今の桜のように」
「そういうこと」
伝えたかったことを全て伝えられた和葉は、安心したように笑った。
それと同時に、いつか訪れるであろう未来の光景が瞳に浮かんできた。
「二人で桜見るんも今年が最後やね…」
「来年は三人で来たらええやんけ」
そう言われると、それもそうだな、と納得してしまう。
そろそろ帰るか、と平次が立ち上がったので、そのまま帰ることにした。
満開に咲き誇る桜の木の下は、今日もたくさんの人で賑わっている。
その輪の中で、手まり唄を唄っている少女を見つけた。
――まるたけえびすにおしおいけ…
よめさん………
その少女に合わせて小声で一緒に唄っていた和葉だが、歌詞を間違えたことに気付き、「あ」、と声を上げて止まった。
「『あねさん』や、ボケ!何遍も言わすな」
「『ボケ』は余計や…」
桜が春の訪れを告げて、終わりも告げていくように、自分にとっての『春』が訪れたようで。
しかし、それは桜が散ってしまっても終わることはない。
この桜がずっとここで咲き続ける限り、この想いは消えることはないだろう。
「平次…」
「ん?体の調子が悪いんか?」
早速、心配してくれる彼のその優しさが、堪らなく愛しくて、昨日も口にした言葉をまた言った。
「――ずっと一緒に居ってくれるんよね?」
「当たり前や。一生やで」
「約束…」
そう言うと、強く手を握り締められた。暗黙の了解、というものだろう。
静かに笑って、後ろを振り返ることなく、満開の桜に別れを告げた。
『ありがとう』の感謝の気持ちを込めて――
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