9.花詞〜永遠の愛
「せやから早よせえ、言うたやん」
「まだ時間あるんにそんなうるさく言わんでもええやん」
憎まれ口を言いながら、和葉が平次の脇腹を拳で突いた。
「痛っ」と平次は言ったが、それ以上はお互い何もしなかった。
…と言うのも、この場所の雰囲気がそんなことをするようなものではなく、自分たちが明らかに場違いな行動を取っているか、解ったからだ。
「お前、今日何時からか知っとんか?」
「さっきから言うてるやん…しつこいなあ。知っとるて!」
「ホンマに知っとんか?時計見てみ!」
「………」
大きな窓から満開の桜が一望できる部屋の一室から聞こえてくる、二人分とは思えない程の大きな声。
何事か、と戸惑う人たちを他所に、誰かがその部屋のドアを二回程ノックして、返事を待たずに開けた。
「お前ら何やってんだよ…」
平次と和葉が同時に「え?」と言った先には、久しぶりに逢う新一と蘭の姿があった。
しかし、久しぶりだと言うのに呆れた顔をしているように見えるのは、気のせいだろうか。
「久しぶりやなあ、二人とも!」
また平次と和葉が揃って声を上げ、それが恥ずかしかったのか、先程以上に口喧嘩を始めた。
その様子を見て、微笑してから蘭が初めて口を開く。
「ねえ、二人とも…まだそんな格好してるの?」
だってもうすぐ時間が、と蘭は続けた。隣の新一も心配そうな顔をしている。
新一は、カバンの中からごそごそと一枚の紙を取り出すと、そこに書かれてあることを大まかに読み始めた。
「四月三日の午後一時より、結婚式を行うので、是非来てください。
服部平次 遠山和葉……ってここに書いてあるけど、俺たちが場所間違えたのか?」
「な、何を言うとんや!それは、俺たちが送った招待状やん…間違うとらん。でも、そんな幼い文章やないけど」
「そりゃ、適当に読んだからな。…お前ら、今、どういう状況か解ってんのか?こんな所で、大声で騒いでたから、他の客が驚いてたぜ?」
なあ?と蘭にも同意を求めると、言いにくそうに「うん」、と答えていた。
「せっかく、和葉ちゃんのドレス姿、一足早く見ようと思って来たのに…」
蘭が残念そうに言うと、和葉が申し訳なさそうな表情をした。
ごめんな、と謝ろうとしたら、先に平次が口を開いて、何も言わせてもらえなかった。
「まあ、楽しみは後や!何ぼ蘭ちゃんでもそれはアカンわ。和葉が何着るかはオレしか知らんのや」
「惚気やがって…どうせすぐに見れるし。二人とも支度あるから行くぞ、蘭」
「うん…じゃあ二人ともまた後でね」
簡単に挨拶を済ませて、積もる話も、和葉のドレス姿も、暫くはお預けになった。
新一と蘭と久しぶりの再会を果たしたが、余韻に浸るのも束の間、その後、大慌てで着替えるハメになってしまった。
何とか、結婚式も披露宴も無事に終了し、晴れて平次と和葉は夫婦となった。
披露宴の後、蘭が和葉のもとへ訪れた。目頭をハンカチで押さえながら。
「和葉ちゃん、すごく感動したよ…」
「蘭ちゃん…」
披露宴の最中に和葉が流した涙にもらい泣きをした蘭だが、今は、和葉が蘭の涙にもらい泣きをしている状況だ。
親友の結婚式で、こんなに涙を流してくれるなんて、本当に自分は幸せ者だと思う。
「蘭ちゃんてホンマにええ子やなあ…」
蘭ちゃんに逢えてよかったわ、と泣きながら言うと、蘭も頷いた。
まだ涙目の蘭が、ふと何かに気付き、口を開いた。
「和葉ちゃん、ずっと前から付けてるこの髪飾り、今日も付けてたね」
「うん…そう思てこれに合うようなドレスの色、探してたんや」
この日、和葉が着ていたのは、満開の桜のような、桜色のドレスだった。
「でも綺麗だし、和葉ちゃんによく似合ってるよ。服部君から貰った大事なものだもんね」
「まあ、そうやなあ…」
照れながら言う和葉を見て、蘭は笑った。その優しそうな笑顔を浮かべる蘭につられて、和葉も同じように笑い続けていた。
何もかも、目の前で起こる全てのことに『幸せ』を感じていた。
「案外、あっさり終わったな…」
言葉の通り、あっさりとそう言ったのは、平次。
「でも、すごくよかったで…」
短い言葉の中にも、本当に『よかった』と思っている気持ちが篭っているのは、和葉。
結婚式が終わったその日の夜。
『服部平次 和葉』という表札を構えた新居――と言っても、大分前から一緒に住んでいたが――で寛いでいた。
その時、突然、平次が「散歩でもせんか」と誘ってきて、疲れてはいるが、一分一秒でも平次と離れたくなくて。
そして、今日はいつも以上にその気持ちが大きくて、何も言わずにただ頷いて着いて行くことにした。
「今年は長いこと咲いとるなあ…」
「うん…」
満天の星空の下、あれから夜に見る桜も気に入ってしまい、家も桜の木が近くにある場所を選んだ程だ。
ふと、平次のほうに視線を移すと、ずっと桜を眺め続けていて自分だけの世界に浸ってしまっている彼がいた。
そんな平次を自分のほうに振り向かせたくて、珍しくポケットに突っ込まれていなかった手をギュッと掴んだ。
「平次…聴きたいことあるんやけど……」
「ん?何や?」
「高校ん時に京都で事件あって行った時に出会った舞妓さんて結局、何だったん?」
「何だった、て何や?」
「だって、ずっとその人が初恋の人かと思とったし…それに平次の机の中にその人の名前が書かれてあったお札みたいな小さい紙あったし……」
「ああ、それか!何やねん、今頃そんなん聴いて…千賀鈴さんやろ?それはオレが勘違いしとっただけや」
「じゃあ、あのお札みたいなんは…」
「あれは、『千社札』言うて、舞妓さんが客にそれを名刺代わりに渡す習慣があるんや。それを貰ただけ…」
「どこで?」
「そんなんまで説明させるんかい…ええやん。オレの初恋の人は和葉やって解っとるし…」
「…うん」
聴きたがりのお嬢様は、それだけではまだ物足りないらしい。首を傾げて、まだ何か聞きたそうな顔をしている。
堪らなくなって、思わず「今度は何が聴きたいんや」と言ってしまってから、後悔した。
何だか面倒くさくなって適当にその尋問を答えて、早く解放されたい、と思った。
昔、初恋の人から貰た言うてた水晶玉は?と聴かれたら、それはオレの勘違いや、と。
その水晶玉を入れてた袋は今何入れてんの?と聴かれたら、今は小さい頃二人でオモチャにしてた手錠の欠片を入れとる、と。
しかし、机の引き出しに入ってた明らかに女の子に渡しそうな袋の中身は?と聴かれた時は、やっと聴いてきたな、と思いゆっくりと口を開いた。
「昔、お前のために買うて来たんやけど、結局、渡せんかったやつや…」
「え?」
そして、いつから持っていたのか、突然、それを渡してきた。
「これ…」
それは、今日の披露宴にも付けた、高校生の時に貰った髪飾りと似たようなものだった。
同じ淡紅色の桜の花弁で、もしかしたら同じものかもしれない。
「ずっと渡せんで今日まで引き摺ってたんや…」
「ありがとな、平次…」
そう言って既に付けている髪飾りの横にそれを付けた。
付け過ぎやろ、と平次は笑ったが、和葉にとっては、もうこれ以上はない、という程の幸せに包まれていた。
いつもは冷たく感じる夜風もどこか暖かく感じて、そして優しかった。
繋いだままの平次の手の温もりと同じように。
「平次…桜の花言葉て聞いたことある?」
「ん?何やねん。いきなり…」
「桜にはな…『永遠の愛』って意味の花言葉があるんやで…」
平次の瞳をしっかりと見つめながら、そう言った。
平次も何も言わず口を閉じたまま、和葉を見つめ続けていた。
そして、繋いでいた手を更に強く握り締めようとしたら、平次に先を越されてしまった。
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