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淫魔、ところにより女子学生!?

作者:神崎雄太

  ―1―



 その日は確か凄く眠くて、家に帰ってメシ食って風呂に入ってそれからパソコンも触らずにベッドにダイブしたんだ。
 しかし正直不思議な感覚なんだよな。なんでかっつったら、今自分がなんとなくだけど夢の中にいるってのだけは分かる。この何となくぼやーっとした感覚といい、眼前に広がる有り得ない後景といい、分かりやすい事で。
 ……だってホラ、有り得ないじゃない?



 俺の好きな幼馴染があられもない姿で目の前に立ってるなんて。



 いやホラ、見た目に分かるよ? 目はトローンとしてるし、本人より三割増で可愛いし、何より表情から姿から何から妖艶ときたもんだ。距離にしてまさに一メートル。手を伸ばせば届く距離で物凄い姿となっている。
「うふふふ……こっちに……来て……?」
 ホラ来たよ、お約束な展開。ゆっくりとだけでこっちに向かってちょいちょい手招きしてやがんの。でもその手には乗らないよ? ここで乗ったらまさに俺の脳内がそんな妄想ばっかしてるって事になりかねないじゃない? 俺はそういう男とは違うの。
「あはぁ♪ つーかまーえた!」
 あれ、おかしいな。俺の思いとは裏腹に足は勝手に前に行ってたらしい。誤解しないでよ? 夢だから。俺の意志とかじゃないし。
「さぁ……一緒に……いい事して……遊ぼ?」
 ハイハイ、こんなの今日びの漫画でも無いよ。アレでしょ? このまま流れに身を任せていったら行くとこまで行っちゃったりしてね。残念だけどそんな事にはなりゃしないんだよね。そりゃそうだ、俺自身そういった事に興味ないんだからさ。
「ほら……ぎゅ〜〜〜っ」
 おや、気付いたら抱きつかれちまった。如何にもな雰囲気や香りを漂わせてはいるが、それでも俺は動揺しない。俺はいつだって冷静沈着マンなんだからさ。ちょっと好きな娘がそれっぽい表情で詰め寄ったところで興奮なんぞ断じてしない。そりゃそうさ、紳士なんだから。分かる? ジェントルメンってやつ。嬉しくはあっても興奮なんかしたりしねーっての。そんなの只の変態だしなぁ。
「あれれ〜……なんか……凄い事になってるよ……?」
 ん? どうかしたのか知らんが下を見て何かを発見したらしい。何が凄いのか知らんがいい加減離して欲しいもんだな。いつまでも抱きつかれても正直困るんだよな。こっちは喋りたくても喋れんし。
「そっかぁ……ドキドキ……してるんだ……だったら……もっとドキドキする事……しよっか……?」
 いやいやいや。何を言ってるんだい? 俺がドキドキしてる? まさかンな訳。
「……下になって……私が全部……やって……あげる……」
 何で押し倒す。いきなり俺を下にして。これじゃあまるでアレのフラグじゃないか。何度も言うけど俺にその気はないから。なんか目の前で手馴れた手つきで準備が進められてるけど、何度も言う。これ全部俺がやってるわけじゃないから。そう、これは夢の中の話だから。俺が自覚できるくらいの中での夢の話だから。だから別に俺がこの娘とこうしたいだとかこんな風になりたいとか。ましてや俺がこの娘をこんな目で見てるなんて事は断じて無い。そりゃあ少しは周りの女の子よりスタイルもいいし、いつもたなびかせてる艶やかなストレートロングな黒髪は俺を虜にするし、昔からの知り合いだけあってそれなりに周りの男性より距離も近いし、頭も良いし趣味は料理と武術な所も凄いと思う。だからってそれでいて俺があやつとそんな関係になれるなんて夢にも思っちゃいねーし。
 ん? 気付いたら俺の身体に馬乗りになりやがった。



「それじゃあ……いくよ?」
 ……これが深層心理の願いだなんて事、断じてねーからな? 言っとくけど。



 それから何分何時間経ったのは分かんない。夢ってのはそんなもんだと思うけど、時間の経過とかは恐ろしく曖昧で、時には朝だったはずの光景が一瞬で真夜中なんてのもざらにあったりするもんだ。
 ……覚えてるのは、あれから激しく動きあった挙句に頭の中が真っ白になるような、そんな感覚が襲ってきたような。
 それから彼女(夢の中なので敢えて別人の体で言わせて貰う)は、何か満足そうな表情で俺の身体から離れる。すくっと立ち上がって、それまで恍惚とした表情を一変させ、また別の満足気な表情を俺に向けた。

「よし、契約完了っと♪」

 ……今なんっつった?
「さて、んじゃまぁ、起きてもらおっかな」
 なんかやけにリアルに感じる言動だな。まるで夢の中に向かって現実から呼びかけてるみたいだ。
 ……と思ったら、彼女が俺に向かって平手打ちをかましてきた。夢の中だってのに耳元で妙に乾いたいい音がした。
 あれ、なんだろう。景色がぐにゃりと歪んで。どんどん黒くなって……



「とっとと起きろっての!」
「ごはぁっ!」
 ちょっ、いってぇ! 何だいきなり! 何で叩かれてベッドから放り出されてんの俺!? し、しかも……
「だ、だだ、誰だてめぇっ!! ど、どこから…・・・はっ、ふ、不法しんにゅ」
「るっせー黙れ!」
「ぐほっっ!」
 こ、今度は腹に蹴りって……な、なななな! 信じられねぇ! 普通いきなり見ず知らずの人に対して蹴りを入れるか!?
「な、何しやがる!?」
「だーかーら、静かにしろっつってんの。わかんない? ここで騒いだら下の人間が起きちゃうじゃない?」
「つか、一体どうやって入ってきたんだテメェは! つか何モンだ!!」
 てかそもそもこいつ……なんていうか、見た目がおかしいって言ったらいいのかな。あ、そうか、分かった。
「成るほど、夢か」
「だあああっ! 安直にベッドに逃げるな!!」
「んだよ、人がまたあの夢に逃げようって時に」
「あの夢ってあの好きな娘が襲ってくる何ていう変態丸出しな内容の事?」
 ドキリ。と、ちょっと待て。今なんつった? ……こいつ、俺の夢の内容を知ってる……!?
「えっ……そ、それって……」
「何驚いてんの? ……ああ。何で俺の夢の中知ってんだーって?」
「ったりめえだ! な、何か!? 夢を見てる俺の表情見てそんな内容と思ったって事か!? それとも心とは裏腹に身体の方は反応してたとか! んでそのままハッスルしてたとかか!? おい、そりゃどんな羞恥プレイだ!!」
「いや、ていうかあの夢見せたの私だし」
「………………は?」
 いや、何言ってんだこいつは。
「だから、あのいやらしい夢見せたの、あたしの仕業なんだって」
「え、ちょ、お前、いやらしいって」
「誰がお前だこの馬鹿!!」
「ごぼらっ!!」
 ってぇ! 何だこいつ! マジで容赦ない蹴りばっか入れてきやがって!
「てかな! そもそも根本的にだな、お前は何なんだ! 訳わかんねー事ぬかしやがるわ、人に夢見せたの自分とか脳内トリップしてるかの様な発言しやがるわ!」
「あたし? あたしサキュバス」
「……は?」
 こいつはけろっとした表情でさも当然かの様に言ってのけた。
「……先湯、場素様? 聞いた覚えが全く無い名前なんだが」
「違うっ! そんな無理矢理な解釈なんぞせんでええわい! サキュバス! あんたらの世界で言うゲームの中に出てくるあのサキュバス!」
 えっとだな。とりあえずこいつの言い分を纏めるとこうだ。私の名前はサキュバス。あのロールプレイングゲームとかでたま〜に出てくるあの見かけからにいやらしいモンスター……つか悪魔の事なのだが……
「……って、ええええええええええええ!?」
「やかましいつってんだろっ!!」
「ぶべりゃっ!?」
 俺は腹に三度目の蹴りを喰らったのだった。



「んじゃまぁ、アンタもとりあえず落ち着いた様だし改めて自己紹介でもしとくよ」
「いや、落ち着かんと蹴るとか言われたら誰でも黙るだろ」
「うるさい黙れ。てな訳で、あたしはサキュバス。所謂淫魔ってやつだね。あたしは世の男共から精気を奪って、それを代償に魂吸い取ったり下僕にしたりしてんのさ。さっきもアンタ、夢の中で一杯いい思いしたろ?」
「ち、ちょっと待て! いきなりそんな事言われても『はいそうですか』なんて言えるか! そもそも俺の同意無くそんなんナシだろ! 普通契約とかそんなんがこの世にはあってだな……」
「バッカねぇ。そんなのあたしらの理屈にゃあ関係無い話。やったモン勝ちなのよ。アンタはあたしの誘惑に負けていやらしい事をした。つまりは結果の問題なの。やっちまえば後はアンタの理屈とか完全無視であたしの思い通りになるってわけ。分かる?」
 うぉ……そんなずいっと言い詰め寄られると迫力負けしちまうな……
 しかしまぁ、何て言うか。さっきから改めてコイツの事をマジマジと見てるわけだが、見てる分には美女、もしくは美少女って感じなんだよな。ピンク髪でスタイル抜群で、局部以外は露出しまくりでなんとまぁ際どいコスプレ集でも見てるような錯覚に陥るけど、実際のところ耳や爪が人間のそれとは違う辺りや、尻尾まで生やしてるあたり完全に人間じゃないのは分かる。でも本当、それ以外はどう見てもマジ可愛いんだって。まるで如何わしいタイプのギャルゲのヒロインと見間違うかのような。
「ん? 何じろじろ見てるの、やらしいわね」
 うっせー。お前に言われたくねーっての。
「さてと、まぁそんな訳だからそろそろ仕事に移らせてもらうわよ?」
「うぐっ……ち、ちょっと待て。一体俺をどうしようってんだ!? 殺して魂連れ帰るのか? それとも一生下僕として知らない世界に連れ去られてコキ使われるのか……!」
「いや、そんな事しないわよ? ……そういうのを望む仲間もいるけどね。あたしはね、アンタに協力してもらいたいの」
「は? 協力? 悪魔が俺に? 何の冗談だよ」
 そりゃそうだろ。だって人間なんかより悪魔の方が遥かに能力高いイメージあるし。何より悪魔が人間に協力をしてもらうって事そのもののイメージが沸かない。
「アンタ、神隠しって知ってる?」
 ?? 何だ? 突然の振りに一瞬焦ったけど、知ってるな。
「アレだろ? 突然人が忽然と消えてしまう事。つってもあんなん只の迷信で、実際はそこには人の手が加えられたりしててだな……」
「存在するのよ。神隠しは」
 は? こいつは人の話を遮って、何訳わかんねー事抜かしやがんだ。
「まぁ正確には、神に隠されたんじゃ無くて連れ去られたんだけどね」
「連れ去られただぁ? バッカバカしい。仮に百歩譲って神隠しが存在したとして、それが神の仕業であるなんてあってたまるかよ。むしろお前達悪魔とかの方がよっぽど怪しいじゃねぇか」
 そりゃお前普通、神と悪魔とどっちが信用できるつったら千人いて千人神を選ぶだろ。……多分。
「やっぱ何にも知らないみたいね……いいわ、説明したげる。あたしの有難い解説なんだから、よ〜く心して聞くことね」
 へいへい……どうせ嫌だと言っても無理矢理聞かすタイプだろお前は。
「先ずはどうして神が人間を連れ去るかって所ね。神ってのはこの星だけならず、宇宙のありとあらゆる星々を加護してるってのは知ってる?」
「いや、知らなかったな。そもそも神がいるなんて考えた事も無かったしな」
 実際今でも存在してるのかどうか半信半疑だ。因みに数時間前まで全く信じてなかったが、コイツのお陰で半分信じてもいいかなって気になってる。
「まったく、本当にバカなのね」
「っせえ、ほっとけ」
「いい? その星々の中でも私たち悪魔の手によって侵攻を深めてる星とかもあるのよね。そこで神はその星の救世主的存在として勇者を呼ぶのよ」
「はぁ? 勇者? あんなのゲームだけの話じゃねーのかよ」
「それが実在するのよ、勇者は」
 なんだなんだ、一瞬で話が胡散臭くなったじゃねーか。勇者なんて単語出されたら、嫌でも数年以上前に出たゲームの事が脳内で想像できちまう。
「しかも最近、この地球の人間から召喚するケースが多いのよね」
 ……は? 今、なんっつった?
「いや、そんな唖然とされても困るんだけど」
「いやいやいや! そりゃあ唖然ともするだろう! 何だよその意味わかんねぇ話!」
「だから、地球の人間が勇者に使われてんの! いい加減理解しろっつの」
 いや、冗談だろ? 只でさえ勇者がどうのとか神がどうのとかでも信じられないっつうのに、地球上の人間が別の星へと送られている!? しかもそれは神の仕業で!?
 ……これはつまり。
「………………」
「どしたの? 急に黙って」
「なんだ、ドッキリか。で、ネタ晴らしはいつだ――」
「逃避は許さないわよ」
 ちきしょう。俺の最後の現実へのルートフラグも軽く折りやがった。そのまま布団の中へダイブしてやろうと思ってたのに。
「いや、やっぱにわかに信じられんぞ……そりゃあまぁ、確かに俺自身はその手の話は正直好きだし、多分他の一般人に比べたら多少なりとも理解は無くはないと思う。だからって、それでじゃあ悪魔とか神が実在してるのを信じろってのは……見えないものとして信じろっつうなら話は別だけど……」
 実際に趣味としてゲームを興じている自分だから、そういう手の話には慣れてる部分はある。まぁ言うなれば、だからこそ信じられないという所だろうか。
 ドラマとかと一緒さ。例えばサスペンスモノの殺人事件の話とかはよく聞くだろうけど、実際当事者になってみれば、例え武術に心得がある人間だとしても、そう簡単に身体が動くもんじゃないだろうってのは俺の考え。多分成す術もなくやられちゃうんじゃないかなって思う。要は知ってるからこそ、それらが架空のものだと認識があるからこそリアルでそれが行われてもおいそれと信じられないのだ。
「まぁあれだな。お前がそうやって無関係を装って無視するのも自由といえば自由なんだけど……でも、この話は強ちアンタと無関係って話でもないのよね」
 ? 急に話の方向性が変わってきたな。
「は? どういう事だよ」
「お、ちょっと興味がこっちに向いたみたいね。それじゃあさっきの話の続きをするわね? ……さっきは地球の人間が勇者として別の星に召喚されてるって話をしたんだっけね。んでね、この召喚システムに選ばれる人間ってのには、ある資質が問われるわけなのよ」
「資質? 何だよ、誰でもかれでも送られるって訳じゃないのかよ」
「そうね、アンタみたいな人間はまず送られる事は無いでしょうね」
「それって喜んでいいのか?」
 何となくバカにされてる様に聞こえたのは俺だけ? それとも安心する所?
「その資質ってのはね、ズバリ正義指数なの」
「はぁ? 何だよソレ」
 今まで聴いた事の無い単語をしれっと出しやがったなコイツ。
「正義指数ってのは、その人間の正義感度合いを具体的に数値化したもの。主に世で説かれてる正しいといわれる事をすると数値が上がるわね。因みに最高は百」
「おいテメェ! さっき俺に送られる事は無いって言ったのはそういう事かよ!」
「妄想ハァハァして挙句に夢の中で淫行三昧を繰り広げるアンタに正義指数があるとか正直思えないんだけど。てかそもそも、正義指数の高い人だったら私の誘いなんかに乗らないだろうし」
 うぐっ、ある意味で正論かもしれん。
「んで? それが俺とどういう関係があんだよ」
「図星つかれて無理矢理話戻したわね……まぁいいわ。要はこの正義指数ってのが基準値をクリアしてしまうと、別の星でいざ危機が訪れた時に召喚……神隠しにあうって訳」
「…………でもまだ、それと俺との関係性に話がつながらねぇな」
「ハイここで問題です」
 コイツなんだ? 急に態度を変えて赴きやがった。
「アンタの周りにいる、いかにも正義感バッチリな人ってのは一体誰でしょうか?」
「えっ……」
 え、なんだこれ? つまり俺の知り合いにその条件を満たすような奴がいるってのか? 冷静になれ……まず家族……はないな。親父はギャンブル好きの酒好きだし女好きだし足臭うし、母さんは母さんで何かと下ネタ好きだしなぁ。友達は……うーん……所謂『類友』ってやつばっかでゲーマーやオタクばっかだからいまいち当て嵌まりそうな奴がいないんだよなぁ。
「分かんない様だからここでヒント。アンタの傍にいつもいて、アンタにとって居なくなってしまうと困ってしまう人よ」
「いつも? 居なくなると困る人?」
 ふむ。居なくなると困る人なぁ。つっても一杯居るしなぁ、そんな人。
「それでもわかんない様なら大ヒント! 女の子でスタイルよくて黒髪で」
 頭も良くて趣味が料理と武術な俺の……
「あ、あああああああああああああああああああっ!?」
 え、ちょ、ちょっと待てよ! そ、それって……!
「そ、やっと気がついた? つまりアンタの幼馴染が次の神隠しの候補になってるのよね」
「え、じゃ何か!? アイツが次の神隠しにあうって言うのかよ!?」
「そうね。普段の生活がどんなのか知らないけれど、神が決めてるぐらいだから相当な数値の持ち主なんだろうけどねぇ」
 た、確かに……品行方正という言葉がしっくりと来るアイツなら、勇者として召喚された向こうの世界でも上手くやれるかもしれん……なんせ俺の知りうる限り一番勇者にふさわしい存在だからな……
「それに可愛い女の子だからねぇ。神も今のニーズに合わせてるんじゃない?」
「いや、何か急に距離感縮まったな。その神と」
「この日本って国はその辺に妙に理解力があるみたいだからね。世界中なんて言い方してるけど、実際は殆ど日本人が神隠しにあってんのよね」
「それで俺に近づいたって訳かよ……」
「そういう事。我々悪魔側としても、侵略する星に逐一勇者を送られてもたまらないって訳なのよ。大体は神から何らかの力を授かってる事が多いから、私達もいまいち活躍できないんだわ、実際問題」
「……何かお前等も大変なんだってのは良く分かった」
 つかコイツ、お前つっても蹴らなくなったな。
「アンタなんかに哀れまれても」
「てかそもそも、俺に頼らなくても、自分で何とか出来るんじゃねーのか?」
「それがね、あたし達には神の力に対抗する事は出来ないのさ。相性の問題さね」
「ああ、それなら何となく分かりそうな気がする」
 ゲームでよくある属性関係みたいなモンだろう。光と闇みたいな。大体は闇の弱点は光ってのが相場で決まってる。
「ある種の上下関係みたいなのもあるのよね。悪魔では神に勝てない。でも神は基本的に物事には鑑賞しない。出来るのは間接的なことだね。直接本人が出てきて問題を解決ーってのは出来ないみたいなのよね。そこで勇者を召喚して解決させようとするのよね」
「むー……未だに信じられない部分は正直あるが……」
「付け加えて言うならば、私たちの誘いとかじゃそこまで正義感の強い人は揺るがないだろうからね」
 なんかよく分からんが、整理するとつまり私達だけでは神の召喚システムをどうにも出来ないから、同じ人間である俺に幼馴染のアイツをどうにかしてもらおうって魂胆みたいだ。そりゃまぁ、その話が本当だとしたら協力しなきゃってもんだよな。
「一応聞いとくが、仮に協力するとしてだ。俺に一体何が出来るってんだよ。こちとら只の学生オタクだぜ?」
「話は簡単よ。要はその人の正義指数が基準値を下回れば、勇者として召喚される事も無いって訳よ」
「簡単だって言うけど実際どうやってその数値を減らすのさ。まさかアイツに悪い事をさせようってのか? 悪いけどそれは無理さ。あいつは本当正義感の塊っつうか、モラルの塊みたいなもんだから、そういった道をはずすような好意が大嫌いだからさ」
 するとコヤツは、さもあっけらかんと――
「バッカね〜、そんなまだるっこしい事するわけ無いじゃない」
「いや、方法なんぞ知るかよ。んじゃどうすりゃ良いんだよ」
「これよ」
 そう一言言い放つと、手をこちらに向けて何やらブツブツと言い始めやがった。
「な、何だ?」
「アイテムを呼び出してるのよ」
「え……」
 反応に遅れたときには既に目の前におぼろげになんか見えてきやがっていた。ゲートっぽいものが出てきて、そこに手をすっぽり入れた。……アイテムって言ったけど、実際何出そうってんだ……?
「え〜っと……どこだっけ……お、あったあった」
 言い終えるとその手はにゅっとまたゲートから姿を現した。
「え、ちょ……お、お前……」
 コイツが手に持っていたものに思わず拍子抜けをする。こ、これって……
「ハ、ハリセン?」
「アンタの世界じゃハリセンって言うのかい。ともかく、これを使ってその娘の後頭部を思いっきりはたく。……簡単だろ?」
「って、出来るかああああああああっ!」
 思わず勢いで手に持ってたハリセン(と思われるもの)をはたきおとす。これでも気質はツッコミなんだぜ?
「いや、何でよ?」
 不思議そうに聞きやがったなコイツ。
「何でも何も、そんな事したらアイツに嫌われるじゃねえか!? 意味も分からずハリセンで殴られて言い気分する人間がどこにいるってんだよ!」
 そりゃそうだ。誰だって何の前触れもなくハリセンでどつかれて気分を良くするなんて事は無いだろう。俺だってそうだろうしな。
「出来ないってなら別の人に頼むだけだけど、万が一協力者が出来ずで神隠しが成功しちまったら、ヘタしたらアンタあの娘と一生会えなくなるかもよ?」
 むぐぐ、的確に痛いところを衝いて来やがる。そうなんだよな、俺が未だにふいってそっぽ向いて無視して寝れないのは、万が一にもコイツの言ってる事が事実だった場合が怖いって所なんだよな。そりゃあ鵜呑みにしてる訳じゃねぇぜ? でも現に、ついさっき俺の目の前で突如ゲートを作り出して中からハリセンを取り出すという現象を目の当たりにさせられたり、俺の夢の中の話を完全的中させたりと、あらゆる不思議体験(ノリが軽すぎて改めて考えるまで実感わかなかったけど)のせいでコイツの言ってる事がすごく本当のように感じてしまう。
 しかしそれでも百パーセント未だに信じ切れてないのは、きっとどこかでまだ『そんなアホな話あるかよ』って思ってる部分があるって事なんだろうな。でも……
「貸せよ」
「ん?」
「……正直未だに信じられない事ばかりさ。このタイミングでドッキリ出されたとしたらきっと平気で『なあんだ〜』って言うだろう。けど……否定ばかりしててもそれで話が進むわけじゃない。これが現実だって言うなら……そのハリセン。……俺が握る」
 今言った事は正直な部分だ。ありのまま。悪魔に手を貸すなんて、親が知ったらどんな気分になるのやら。増してやそれが淫魔だなんて……まぁ親二人して喜んで手を貸しそうな気もするけど。
「そっか、良かった! そいつは助かるよ! それじゃあこのハリセン、あんたに預けるよ♪」
 そう言いながら手渡されたハリセンを手に取る。
「不思議だな…・・・妙に手にしっくり来る気がする」
「気のせいじゃない?」
「あのな、気分に浸ってる俺の時間を返せ」
 せめてこんな時ぐらい、伝説の剣を手に入れた勇者のような気分に浸らせてくれてもいいのに。変なところでリアリストな奴め。
「これでめでたく主従関係成立って事ね。……そう言えば、まだアンタの名前を聞いてなかったわね。名前は?」
「俺は鈴鳴円すずなり まどか。名前はなんて呼んでくれてもいい」
「んじゃ『す』とか?」
「何で頭文字だけなんだよ。もっと他にあるだろ」
 幾らなんでもセンス無さすぎだろう。悪魔に求めるのもどうかとは思うけどさ。
「メンド臭いから『円』でいいでしょ? あたしの事はもうお前でいいわ。サービスで蹴りはなしにしといたげるから」
 おーおー。お気遣い有難い事で。
「んで、一応聞いとくが召喚される目処とかは立ってるのか?」
「予測されているのは二週間後ね」
「へー、二週間か……って、二週間んん!?」
 ちょっと待て! 確実に短すぎるだろ!! アニメだったら二週分だぜオイ!
「まぁ二週間もあったら楽勝でしょ。何せ円等は朝方良く会ってるみたいだし、距離感近いんだったらいつでも狙えるでしょ」
「何適当に抜かしてんだよ! お前はアイツの恐ろしさを分かってない! 簡単に後頭部叩けばいいじゃんとか言ってるけどなぁ、それが如何に難しいかはある意味おれが一番良く知ってんだよ!!」
「な、何よ……突然ヒートアップされてもびっくりするじゃない」
 俺のあまりの剣幕にさすがにたじろいたらしいな。さすが俺。やるときゃやるんだぜ?「さっきは趣味範囲なんて言った武術だけどな、あいつは何やらせても天才急の腕を発揮するやつで、不良数人に囲まれた程度じゃケガ一つ負わずに対処出来ちまう程の能力持ってるんだよ! 如何に不意をついてやればいいのか考えてたとこなのに……何だよその二週間って!」
「仕方ないじゃないか! 分かったのがつい昨日なんだから!」
「ぐ……と、とにかく、どっちにしたってやらなきゃいけないんだからやるしかないけどさ……くそう……」
「とにかくアンタの活躍マジで期待してるからね? アンタのその腕にはあたし達悪魔側の命運を握ってると言っても過言じゃないんだから……もし失敗なんて事になったら……その時は……分かってるわよね……?」
「ひぃぃっ!? わ、分かった! 分かったから!!」
 怖えなオイ! 急にドスの効いた声で話しかけんなっての! マジビビリしたっての。てかなんだ! 如何にも失敗したら悪魔軍団で押し寄せるぜ的発言は! それじゃあ只の恐喝ですよ!?
「とりあえず今日はもう寝かせてくれ……朝になったらまた考えるから」
「そうだね、この姿での活動時間も限界だからね。あたしもそろそろおいとまするよ」
 悪魔だけに朝に弱いってか。どんだけゲーム設定なんだよ。
「んじゃまぁゆっくり休んで、朝から悪魔のためにキリキリ働くのよ?」
「言っとくけど、俺は自分のためにハリセンを手に取ったんだからな」
 訂正しとかねえと何かと曲解されかねなくて怖いからな。別に悪魔に手を蚊してる訳じゃないんだからな。たまたま利害が一致しただけのはなしだ。
「んじゃおやすみー」
 そういい終えるとすすっと俺に近づいて、指で俺のおでこを軽く小突いた。
「え、あれ……」
 突如激しい睡魔が押し寄せてくる。あれ……何だこれ……あ、そうか……コイツ、何かしやが……
 と、考え始めた頃には既に新しい夢の中にいた。



 こうして俺の長い深夜は、淫魔に脅されハリセンを手にさせられるという形で幕を閉じたのだった。
 そして新たに、淫魔の使者、ハリセン使いの円としての新しい人生が始まるのだった

  ―2―



 今日の朝飯は恒例の食パンと目玉焼き。昨日のいざこざのせいで睡眠不足な俺だったが、これが不思議なモンで食後のコーヒーまでたどり着くと案外スッキリするもんだ。徐々に覚めてくる感覚の中で、徐々に昨日……というか、数時間前の出来事を掘り起こしてみる。
 確か夢の中にいきなりアイツ――淫魔サキュバスと名乗る悪魔がやってきて、イヤらしいことを色々してる間に勝手に主従の契約を結ばれちまった。で、その目的は他の星へと神が人間を勇者として召喚するのを阻止する事。その為には俺が正義指数が高い輩をハリセンで叩かなければならない。で、今回のそのターゲットというのが俺の幼馴染な訳だ。
 ……あれ、なんかやっぱ夢だった気がするなぁ。

「円〜? 朝ごはん食べたの〜?」
 おっと、ぼーっとしてる内にいつもの時間を通り過ぎていたようだ。因みにいつもの時間ってのは、所謂自分の中でのルールってやつだ。皆にもあると思うが、例えば朝の七時に起きて朝食をとり、七時半には着替えたり準備をしたりして七時五十分には家を出るとかそういう自分ルール。今回で言えばどうやらいつの間にかその朝食タイムを少し過ぎていたみたいで、ちらっと時計を見たら七時三十五分になっていた。
「んー、ゴメンゴメン、ご馳走様ー」
 因みにウチでは食べた食器は自分で台所に持っていくんだぜ、偉いだろ?
「そういえば円、昨日なんか部屋が騒がしかったけど何かあったの? もしかしてそういうタイプの番組でも見て興奮した?」
「ちょっと待て、何だよそのそういうタイプってのは!? 大体今更そんな番組見ていちいち興奮するわけねーっての!」
 あれ、微妙に突っ込む方向間違ってる気がする。
「いいのよ? 隠さなくて。思春期にはありがちだモノね。お父さんだって子供の頃からずっとそうだったんだから、きっと円だってそうに決まってるわよ、ねぇ?」
「だあああ! 俺を親父と一緒のカテゴライズにすんな!」
 頼むから親父と同類にされるのだけは勘弁して欲しい! 別に親父の事が嫌いとかそう言うわけじゃないんだけど、ギャンブル好きの酒好きだし女好きとか、本当マジいい所無しじゃない!? なんかまるで俺までいい所ねーって言われてるみたい! そりゃあ確かに俺も女は好きだけど!
「あらまぁ、そうは言うけどお父さんって昔は凄くカッコよかったのよ? ああ見えて」 母さん、さり気なく酷い事言ってるよ?

 ピンポーン……ピンポーン……

 ん? 誰だ? 家のチャイムを朝っぱらから鳴らす輩は。
「あらあら、こんな朝早くから一体誰かしらね?」
 母さんがそそくさとチャイム用の受話器へと手をかける。
「はいはい、どちら様ですか〜?」
「………………」
 なんかぼんやりと向こう側から声が聞こえる。
「はい、はい……」
 聞き耳を立てたところ、どうやら女性のようだった。
「契約ですか? そう仰られても、心当たりが無いんですけど……」
 契約? 契約というからには新聞屋か何かだろうか。
「ええ、ええ……えっ? あ、そうですか……はい」
 何だ、心当たり無いって言ってたのに急に納得しだして。
「分かりました、ちょっと待ってくださいね」
 そう言うと受話器を元に戻した。
「母さん、何だったのさ」
「うん、なんか円のお知り合いみたいだったけど」
「俺の知り合いに契約云々言う奴なんかいねーけどな」
「なんか、昨晩一線を越えた仲なんですって言ってたけどどういう事?」
「オッケー。そいつ俺の知り合いだから」
 成る程そうか合点がいったぜコノヤロウ。



「おっはよぅマドカ君、息子共々元気にしてた?」
「朝っぱらから親父トークを人の家の玄関でかましてんじゃねぇッ!」
 そこにいたのは、何と言うかまぁ予想通りの人物(?)、昨晩のサキュバスだった。
「しかも何だその格好は! 何でお前がウチの学校の制服なんか着てるんだよ!」
 そこには我が宮ノ原高校の制服を身に纏ったサキュバスの姿があった。しかも何か妙に似合ってるし! 
「そりゃあそうでしょう。あんたの横に居ないとハリセン出してあげる事出来ないんだからさ」
「は? あのハリセンってずっとあるんじゃねーのかよ」
「そりゃあ、あたしの魔力にも限界はあるからねー」
 と言うことはアレか、部屋の片隅に立てかけてあったハリセンはもう消えてるって訳だな。
「え、てかちょっと待て。今なんかさらっと大変な事を言ってのけたような気がするんだが」
「ん? 何か言ったっけ?」
「俺の横に居ないとって事は、もしかして四六時中俺に付きまとうつもりかっ!?」
「当たり前じゃない、それ以外にどうやってハリセンを持ち歩くのよ」
「だあああああっ! 問題アリもアリの大アリだ!! 学校生活している間ずっと俺の近くにうろつくだと!? 冗談じゃない! これからの学校生活をお前みたいな過激な女連れて過ごしてたまるかっ! そりゃあ確かに妄想の中でならそんなパラレルワールドもあったかもしれんが、ここはれっきとした現実世界であり、そんな世界観の中で一目見てやらしい系って分かるような女連れて歩いてた日にゃあ、周りからどんな目で見られるか分かったモンじゃない!! ましてや俺のプライバシーねえか!」
 ぜぇっ、ぜぇっ……こ、ここまでまくし立てて怒鳴ったのなんか何年ぶりだろう……いや、でもこれは譲れんラインだろう、普通に考えて。朝一は目覚めのコーヒー、これだけは譲れんとかの譲れんよりももっともっと上の譲れん。
「いやぁ、そんな事言われてもねぇ」
 こ、こやつは事の重大さを飲み込めて無いと見える……! ここは一発教育が必要じゃあないのか……ううん?
「マドカこそ事の重大さ加減が分かってんの?」
 ぎくり。
 俺の使った言葉をそのまま使うんじゃない。びっくりするじゃないか。
「な、なんだよ……分かってるよ。早くしないとアイツが消えちまうってんだろ……」
「その通り……と言ってあげたいけどそれはこの質問の本質じゃないの」
「はぁ? どういう意味だよ」
「つまり、今回の件に関してはたまたま利害が一致したからアンタを選んだだけであって、基本は主従の関係の下で交わされた契約事項なの。つまりアンタが何を言おうがマドカは私の言葉に絶対服従が基本なの」
 ぐ……そういえば何か昨晩、それらしき事を言ってたような……
「……それでも歯向かったらどうなるってんだよ」
「そうねぇ、それってつまり契約違反じゃん? そっちの世界でもある程度そうだと思うんだけど、約束破りにはそれなりの罰ってもんを背負ってもらう事になるわねぇ」
 ンだとコイツ、しれっと怖すぎる発言をしやがる。
 人間社会での罰なんざ、ある意味想像できる範囲だから怖くない部分もあるけど、悪魔が相手となったらまた話は変わってくる。
「私だったら……快楽死の刑ね」
「は……快楽死?」
 何か安楽死の親戚みたく聞こえるな。
「まぁ分かりやすく言えば……ヌキ殺す?」
 ぶっ! なんだよそれ、思い切りどストレート剛速球一本勝負な発言に思わず吹いちまっただろうがっ!
「結局そこかよ!」
「まぁ私といえばこれでしょうよ」
 コラそこ。えへんぷいと胸を張って言うべき言葉ではないよ?
「そういう訳だから、四の五の言わずに従いなさい。いいわね?」
「そもそもさっきの話からしたらその質問意味ねーだろ」
 結局ハイと言わざるを得ないじゃねぇか。ヤクザみたいな事言いやがって。俺みたいな紳士では一瞬でちびっちまうじゃねぇか。全く、こんな朝っぱらから……
「ん?」
「どうしたの?」
 ひょこっと表情を覗き込むサキュバスを他所に俺はあることを思い出す。
「朝っぱらって……」
 恐る恐る玄関の壁にかけてある時計を見る。
「ちっ……遅刻じゃねぇかああああああっ!!」
 ヤバイヤバイヤバイ!! もう八時回ってるじゃねぇか!!
「あら円、まだ玄関で話してたの? ……あら、あなたがさっきの娘ね? お早う、私は円の母親です、どうか仲良くしてあげてね」
 そこに様子を見に来た母さんが、早々にサキュバスに挨拶をする。どうやら俺の母さんにはサキュバスそのものは変に見えないらしい。
 ……確かに、凝視しなければそうはいない美少女だものな。
「朝の始末、手伝おうか〜?」
「よ、余計なお世話だッ!」
 颯爽と自室へと戻る俺の背中にとんでもない言葉を投げかけやがった。これさえなければ本当この世間では美少女そのものだろうな。
「ごめんなさいね、円ちょっと立て込んでるみたいだから、また今度やってあげてね?」 あれ母さん、おかしいのってもしかして俺の方?



「い、行って来まあああああす!!」
 時計を最後に確認した時の時刻は八時十五分! ここからノンストップランニングをかませばギリギリ間に合う計算だ! 大丈夫、今の俺ならこんなミッション軽くコンプリート出来る! 達成された瞬間、俺は更なら紳士へと生まれ変わるのだ!
「……マドカ、頭大丈夫?」
「るせぇ! 表情だけ見て俺の妄想にツッコミ入れるのはやめぃ!!」
 平然とした表情で追いかけるサキュバスを横にくだらない妄想に浸っていたが、現実味溢れる一言がソレを簡単にぶっ壊してくれた。なんて奴だ。
「何アンタ、朝から身体を鍛える趣味でもあったの?」
「誰のせいだ誰の! 俺の優雅なコーヒータイムを返せ!」
 くそっ、コイツが来てから何かロクな事ねぇな。っと……あれは
「オイ、ちょっちストップ」
「ん、どうしたの……って、アレは」
 平然と駆けていたサキュバスが足を止めて俺と同じ方向を見やる。
 視野を遮るものが少ない広がった後景の中で、俺とコイツは多分同じ人間を見てリアクションをしているに違いない。
「あそこの彼、中々イイモノ持ってるわね……じゅるり」
「そっちじゃねぇ馬鹿、俺の思考回路を返せ」
 ツッコミを入れつつサキュバスを俺の視線の方へと無理矢理向けてやる。
「あ、あの娘は確かアレじゃない、例の……」
「そうだよ、俺の幼馴染……今回のターゲットだよ」
 二人の視線の先には、俺の幼馴染――泉ヶ原静いずみがはら しずかが歩いていた。……手元にしまわれた木刀を沿えて。なんて物騒な奴だ。
「さて、それじゃあ出すよ」
 サキュバスが前触れも無くいきなり俺に向けて手をかざし始めた。
「だ、出すよって、ちょっと待てよ!」
 止めるよりも早く俺の右手は淡く光だし、いつの間にかハリセンが握られていた。やけにしっくりくるなこれ。
「さ、準備は出来た! 後はこれで殴るだけ、行ってこい!!」
「ま、待てっての!」
「どっちつかずな軟弱男は嫌いなんだよ、とっとと……行けッ!」
 そう言い放つと同時に俺の背中を勢い良く押しやがる。どっちつかずも何も、選択肢も作ってくれてねークセに良く言うなこいつは!
 押された勢いで数歩歩くと、その先には静の姿があった。この距離ならばさすがに見間違おう筈も無い。先日と寸分たがわぬ美麗さを漂わせ、その上黒髪ロングストレートという今では絶滅種といわんばかりの勢いな(さすがに言い過ぎたか)人種でもあるコイツはまさに俺のタイプそのものだった。
 しかし、そんな静をまさかハリセンで叩く日が来ようとは……ううん、今からでも遅くは無い。いっそ夢でしたって事には出来ないか。
 だがそう思いつつ後ろをチラリと覗いた瞬間サキュバスが、殺し屋のような眼光でこちらを睨んでいる事に気付いてこの案をすぐさま引っ込める事にした。しかしやべぇなあの眼。周りの学生達までそのオーラにビビってるではないか。恐るべし淫魔……というより悪魔というべきか。
「……やるしかないか……」
 この際はたいた後の問題は二の次として、とにかく叩く事だけを考えよう。ジョークにするにしろネタにするにしろ、叩きさえしてしまえば、何とかいつもの日常に戻る事は出来よう。仮に万一サキュバスが嘘ついてたとしてもこれなら問題は無い。
 ……心の奥底どこかでまだこの話を信じれてないんだな俺。
 改めて静との距離を測る。目測だがおおよそ十メートル。アイツは趣味の一つである小説を読みながらだからまだこちらには気付いていない。素人目に見てもスキありまくりでおつりが来る様な状態だ。不意打ちは紳士たる俺の趣味ではないが、今回は相手が相手だ。石橋だって三回叩いて渡るんじゃなくてコンクリートの橋を探してわたる。要はそれ位の慎重さが必要だという事だ。
 一つ呼吸をおく。
 再び深呼吸。……自分の中の何かが整った時だ……
 ここだ!
 無言だが、今までに無い軽やかな出だしと共に静との距離をグングン狭める! 先程まで十メートルはあった距離も今ではハリセンを伸ばせばもう届く距離まできている! あとはこの既に構えてあるハリセンを……振り下ろすのみ!!
「はあああああああっ!!」
 俺の気合のこもった一声が静の後頭部を豪快に振りぬく! 直後に伝説の漫才師ですら出せなかったかの様な乾いた音が轟く!
 ……予定だった。
「あれ……」
 ハリセンが凄い勢いで確かに静に目掛けて振り抜かれたが、当たった先は固いアスファルトの上だった。直後――
「まーくん、何かなこれ……」
 い、いてててててっ!? 俺の右手首が急激に悲鳴を上げる。万力のようなモノで締め上げられているかの様な……って、静!? いつの間に俺の後ろにっ!?
「さっきから後ろで何か気配がするなと思って警戒した矢先にこれって……」
「ち、ちちっち、違うんだ静! こ、これには深い理由があってだな……!」
「ふぅん……朝早くから人の後頭部に何の断りも無くハリセンを叩き込もうとするのに相応の理由があると……まーくんはそう言うのね……?」
 な、何かまーくんってのが妙に緊張感を削ぐ感じはあるが、でもやっぱり怖いぞ! あ、因みにまーくんってのは俺の静からのあだ名。勿論円のまを取ってのまーくんだからかなり安直なあだ名だ。まぁあだ名なんぞ安直な事に越した事は無いと思うが。
「えっとだな……えっと……そうだ! アレだよ! 昨日見てた漫才に感化されちゃってさ、お前と漫才したくなっちゃって、資質があるかどうか試してやろうかと思ったんだよ!」
 うをっ、何と苦しい言い訳だな我ながら。
「……へぇ……」
「な、何だよっ」
 ボソッと言うなボソっと! 本当怖いんだから!! もし俺が小学生だったら確実にちびってる! 
「うっはぁー……流石に神に選ばれし戦士なだけはあるねぇ」
「って、ちょお前、何で出てきてるんだ!?」
 俺の脇にちょこんと居たのは紛れも無いサキュバス本人だった。
「……何この人」
 的確に質問ありがとう。でもやっぱり眼は相変わらず怖いのね。あと手首。いい加減もげそう。
 てか、冷静に考えてこいつの事をどう説明したらいいんだよ……
「あ、紹介遅れたわね、私の名前は砂丘。砂丘蓮さきゅう はすっていうの」
 …………………………は?
「砂丘さん……聞かない名前ね。転校生か何か? 見たところ同じスカーフだけど」
 二人のつけてる赤いスカーフは、そのまま通う学校の二年生であることを意味する。因みに黄色が一年で緑が三年。……てか、そうじゃなくって!
「ちょ、お前何だ! その砂丘ってのは!!」
「え、てか何? まーくんこの人と知り合い?」
 さすがの幼馴染も動揺を隠せない模様。まぁそれは俺もだけどな、別の意味で。
「マドカとは……総てを曝け出した関係です」
「待て待て待て待て待て待て待てええぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
 強引に静の手を取り払いサキュバス改め砂丘に詰め寄る。
「な、何よ突然のヒートアップ。まさか急に昨晩を思い出して求めに来たの? 朝から大胆ね」
「そうじゃねぇっ! 何ださっきの名前は! あまりの出来事に突っ込みすら忘れちまっただろうが!?」
「いや、学園生活を共にするのに名前が無いと変じゃない?」
「いや、そりゃそうだけど、それにしてもセンス無さすぎだろ!」
「意外とこういうのって分かんなかったりするんじゃない?」
「そりゃそうかも知れんけど……って」
 何か肩に手の感覚が。……まさか
「まーくん……話は終わってないわよ……?」
「うっぎゃあああああぁぁぁ……いたひ……」
 また万力のような力で今度は肩を締め上げてくる……何か今までに無いパワーなんですけど……測定不能、まさに限界突破! ……いたひ。
「まーくんとはいつ知り合ったんですか!?」
 俺の脳内実況を他所に、今度はサキュバスに詰め寄る静。頼むからトンデモ発言だけはしてくれるな……
「んっと、昨晩?」
「な、何で知り合ったんですか!」
 昨晩という言葉にまたもや動揺する静。大丈夫。俺も昨晩相当焦ったから。
「お互いを求めて?」
「待たんかいゴラアアアァァァ!」
 だから思わんこっちゃない! 俺がいつお前の事求めたんだっ!!
「……まー…………くん? ちょーーっと私と一緒に来てくれるかなぁ……?」
「ひっ……!」
 静の迫力に思わず驚嘆する俺。
「おお! チャンスじゃないか、頑張れ!」
 頼むから分かる奴じゃないと分からんような言い方で応援するなお前は!
「砂丘さんごめんなさい……? ちょっとこれからまーくんに用があるのでお先に失礼しますね……?」
 静の奴が無理に笑顔作ってるもんだから表情が完全に不自然になってやがる。裏を返せば笑顔の裏には鬼が潜んでると言う事になるわけだが……
 あれ、もしかしてこれって死亡フラグ?
「いやいや、いーのいーの! 私はいつでも相手できるんだから。アンタら二人、楽しくやりなさいよ?」
 その方向もかなーり間違ってるからな!? てか火に油を注ぐような発言だけはマジで勘弁してくれ。ハリセンで叩く前に腕一本無くなっちまう。
「それじゃあ……いこっか?」
 本日最強にして最悪の笑顔でもって俺は引きずられるのだった。



 時刻はギリギリの八時四十分。最初にかなり飛ばして走ったせいか、静とあった時点ではそれなりに余裕があったようだった。お陰で遅刻そのものになる事は無かったが、代わりに俺はマシンガン説教を夢幻ループかの如く聞かされる目にあったのだった。そもそも俺が悪い話なんじゃねぇやいちくしょう。
「ふはーっ……」
 今朝の出来事に思わず溜息をつく。これから先が思いやられるかのようだ。
 サキュバスの奴は適当発言の連発で誤解を招きまくるし、静は何か勘違いして俺の事を今まで以上に人間以下扱いしてきやがるし……てのは言い過ぎだけど、実際問題エロとか苦手なアイツにとって俺は多分苦手なタイプなんだろうなぁとかは思ってる。お互いの素性をある程度でも知ってるから成り立ってた部分はあったが、それが無ければ確実に交わる事の無かったタイプに違いない。お互いに。因みに俺が紳士紳士って言うのもそれも全ては静の前でいい格好する為にあると言っても過言ではない。所謂キャラ作りという奴だ。
「全く、溜息なんてついて……全部まーくんが悪いんだからね?」
 そう言いながら静が俺の前の席に座る。実は静とはクラスも一緒で席も前後。出来すぎかもだけどこれも幼馴染パワーとかいうやつだ。これがまた実に便利な機能で、コイツが真面目に授業を受けてくれるから後ろでゴソゴソしててもばれにくいんだよね。寝てたら起こされるのは難ありだけどな。
「溜息の一つぐらい吐かせてくれよ……こっちだって色々あって大変なんだから……」
 とりあえず言えるのは、突っ込み疲れた。それだけは言いたい。
「でも急にびっくりしたよ……まーくんが急にハリセンで襲い掛かってくるなんて……何事かと思っちゃったもん」
「あー、えーとだな……とりあえずスマンかった」
 さっきはああは言ったけど、実際問題いい言い訳も思いつかないのでとりあえず謝っておく事にした。
「ウン、素直で宜しい」
 頭を下げた俺になでくり攻撃をかましてくる。くそぅ、これじゃ完全に子ども扱いだなこりゃ。
 しかしさっきまでの静の姿から考えると、今の静はまさに天使の様な可愛さだ。表情、声、仕草の一つ一つがまさに俺の五感を刺激してくる。
「さてと、授業が始まるね。準備しないと」
「あー、そうだな……っと」
 廊下に響く足音が先生の登場を告げる。……が、おかしい。
「足音が担任だな」
「そうだね、珍しいね……何かあったのかな?」
 この学校では朝の時間になるとすぐさま授業が始まるシステムなので、担任が登場することはそのまま何かあったことを意味する。
「おっし、お前ら席についてるかー?」
 扉を開く音と元気な声で入ってきた人は、予想通りの我らが担任、菅原恵すがはら めぐみだった。ちょっと男らしい言動とグラマラスな体型がウリの若い女先生だ。
「急遽こっちに来たのは他でもない、転校生を紹介するためだ」
 転校生? 何だよ、急な話だな。こんな中途半端な時期に転校とはねぇ……って、転校生? いや、まさかって気はするが……
「時間も無いからちゃっちゃと進めるぞ、入っていいぞー」
 先生が言い終えると同時に扉が開かれる。その先にいたのは……
「って予想通りかお前っ!!!」
 そこにいたのはお約束かの如くのサキュバスだった。
「やっほーマドカ、クラス一緒にしてもらったわよ♪」
「な、なななななな、ちょ、ちょっと待てええぇ!!」
 ああもう、何となく予想はしてたけどなんとまぁ恥ずかしい事! 周りの視線がいたい! 男子からも女子からも痛い視線が飛んでる事に耐えられないっ!
「なんだ、アンタら知り合いだったのかい。それならアンタの後ろが丁度開いてるし、蓮ちゃんの席そこにしよっか? ってかあれか、自己紹介がまだか。ホラ、砂丘さん、自己紹介」
 なんかしれっと進行してるけど、相も変わらず俺への痛い視線が止んでない事は気にしてくださいね?
「えと、私の名前は砂丘蓮って言います。これからの学校生活、みんなでハッスルしていきましょうね?」
 何だよそのハッスルってのは。お前が言うとどことなく変な意味に聞こえるな。
「んじゃまぁ、お決まりの質問タイムでも行こうか? 時間無いから軽くではあるが、誰か質問のあるやつ……」
 そう先生が言い切るよりも早く、
「鈴鳴の奴とは一体どういう関係なんですか!?」
「アイツとは何で知り合ったんですか!?」
「その体型素敵過ぎます! 付き合ってください!!」
「この教室に現れた天使様ですよね!?」
 ……なんつうか、男子ってのは正直だよなぁ。こんな展開の中でもしっかりと自分の欲望を言い放ってやがる。だが一人だけ惜しいな。こいつは天使じゃなくて悪魔だ。とびっきり変態の。
「そうねぇ……マドカとは……」
 怒号の中でもサキュバスは落ち着いた様子で考える。どうやら一番最初に来た質問に答えるつもりらしい。
「どういう関係ってたら……やっぱりお互い全てを曝けあった仲……かな?」
 だからそんなお約束な返答いらんちゅうに!! てか俺に同意を求めるな!! こっち向いて聴かれても俺はひたすら黙秘権を行使させてもらう!!
「鈴鳴ぃぃっ! 何でお前だけいい思いしてんだッ!! 俺にも分けろ!!」
 横の席の男子が急につっかかってくる! つか知るか! 俺だってしたくていい思いした訳じゃねえよ! つうか分けれるモンならあげたいぐらいだよ!
「ええい、今日からお前は男子の敵だぁ! 金輪際、男子モテないサークルに足を踏み入れる事を禁ずる!!」
 うわー、何だその一生関わりたくないサークルは。ンなモンこっちから願い下げだっつの。
「ハイハイ落ち着いて!」
 そこで担任から制止の声が入る。た、助かった……
「とにかく、今日から砂丘さんもクラスの仲間だからね? 死ぬ気で仲良くしなさいよ!?」
 いや、言ってる意味がわからんが。あ、ある意味正解か。死ぬ気ってのは。
「んじゃ私は授業に行くから。あ、砂丘さん、わからない事あったら皆も先生も頼っていいんだからね?」
「はーい、ありがとうございまーす!」
 元気な声で返答するサキュバス。心なしか若干俺といる時のキャラではない気がするのは気のせいだろうか。
 そう考えてるうちに気付いたら先生はいなくなっていた。やがて俺の後ろの席に腰をかけるサキュバス。そして俺の前で再び見えない黒い炎を上げる静。いや、多分他の人には見えてないだろうけど、俺にはしっかり見えてるからな?
「作戦成功ね♪」
 座るや否や突然ぼそっと声をかけてきた。
「作戦? 何のことだ?」
「実はね、あの先生と前もって会っててね……その時に眠らせて……後は……」
「ま、まさか、俺と一緒の事したんじゃねぇだろうな……」
「ま、女同士の世界だってあるわよ」
「……もうどうでもいい」
 最早突っ込む気力すら沸かん。とりあえず前の幼馴染をどうにかしてくれ。



 それからと言うもの、後ろからは散々寝るたびに淫夢を見せられ、前からは激しいオーラを常に纏われ、さらにクラス中からも敵視されるという無残な午前中を過ごした。サキュバスは休み時間のたびに質問攻めにあっていたが、何故か分からんがどの質問も上手くスルーしていたように感じる。前の学校の話を振られた瞬間は流石に焦ったが、ずっと闘病生活をしてて学校にすら行けてなかったと言い返す辺りは凄まじさを感じずに入られなかった。そのエピソードもあってか、さらにサキュバスの好感度が上がったのは最早言うまでも無いかもしれないが。
 そんなこんなで昼休みになり、サキュバスと二人で学食で買ったパンを中庭で食い漁っていた。
「ずっと見てたけど、お前物凄い人気だな」
「この世界では私はそんなにいい風に見えるのかねぇ?」
「知るかよ。まぁ少なくとも転校生って存在は時の人みたいな扱われ方もするからな。クラスに馴染んだときにはこの騒動も治まるだろ」
 実際、過去何回か自分のクラスに転校生が来て賑わった事もあったが、どれも往々にして数日も経てばほとぼりも冷めていたものだ。
「そんな事より、どうやったらアイツにハリセンを叩き込めるか、だ」
 今日一日ずっとあいつの後ろにいたが、今日の騒ぎでずっとオーラ炊きっぱなしだったからスキがどうとか言うレベルじゃなかったな。
「本当彼女凄いわよね。私も見てたけど、ありゃあ向こうの世界に言っても立派に勇者やってのけるよ」
「いや、勇者になられると困るんだっつの。つかお互い困るんだろ」
「まぁねー……だから私としても何とかスキを伺いたいところなんだけど、あの娘の状態からして、低レベルな不意打ち程度じゃあまず返り討ちね。朝に見せたあの身のこなしだけでも十分伝わってくるわ」
 ふと朝の登校の際の出来事が頭をよぎる。あれは確かに人間業じゃねぇな。最早ゲームキャラかアニメキャラでいそうな格闘系のキャラそのものだ。クール系な仕事人で。あ、やべ、萌えてきた。
「何顔にやつかせてんのよ」
「は? あ、いや、何でも」
 ヤバイヤバイ、思わず表情に出てたか。とりあえず落ち着こう、紳士紳士。
「とりあえず不意打ちは駄目だとして……他に何かいい案はないのかしら」
 サキュバスが悩みだすが、俺もつられて悩みだしてしまう。正直あいつの後頭部叩くとか、良識云々の問題以前に無理じゃないのって気がしてきた。
「んー……不意打ちが駄目なら、こっそり近づくとかどうなんだ?」
 とりあえず適当な案を出してみる。
「駄目よ。あのハリセンはただ当てただけじゃ効果が無いの。しっかり叩いて心の中の正義の心を叩き出さないといけないんだから」
 むぅ、聞けば聞くほど無理難題だな。
「はぁ……せめてマドカの運動神経がもうちょっと良かったらなぁ」
「は? そこで俺のせいかよ!?」
「そりゃ私としたら思うって……もっと楽に行けると思ったんだけどなぁ」
 そりゃあすいませんね、運動音痴な従者で。ちきしょう。
 そんな思いに浸りつつ最後の一口を口に運んだ時だった。
「まーくん」
 前方から聞きなれた声を呼び名がする。
「よ、よう、静」
 何故か動揺を隠せない俺。よっぽど朝の説教が効いてるらしいな。
「砂丘さんも一緒なんですね」
「うん、良かったら泉ヶ原さんも一緒にお話しない?」
「静でいいですよ、砂丘さん……それではお言葉に甘えて」
 そう言うと静がすっと俺の隣に座る。気付いたら俺女性にサンドイッチされてやんの。今までだったら有り得ない体験に普通だったら感極まってるんだろうが、状況が状況だけにこれは素直に喜べん。てか正直生きた心地がしない。
「それじゃあこっちもお言葉に甘えて……シズカ、何か話があってきたんじゃないの?」
 すっとサキュバスが話を切り出す。このまま沈黙が続いたらどうしようとか思っていただけにこの一声は有難い。
「ええ……貴方達の事です」
 そこでぐっと視線をこっちに向ける。
「単刀直入に聞きます……」
 あまりの迫力に息を呑むことしか出来ない俺。なんか情けなく感じる。

「まーくんと砂丘さんは……つ、付き合ってるんですか!?」

 ……………………は?
「……今、なんて?」
 あまりの発言に思わず聞き取り間違いの線を考える俺。
「だから、その……ふ、二人は……恋人同士なの!?」
 どもりつつも迫力ある声で問いただして来る。て、てか恋人同士ってええ!?
「い、いや、俺はそんなつもりは……」
「そうよシズカ、私達付き合ってるとかそんなのある訳ないじゃない。だって知り合ったの昨晩なんだよ?」
 そこまで言われてはっと気がついたようだった。
「あ、そっか……」
「そうだよ、私達は身体だけの付き合いだけなんだから」
「そうそう……って、ええ!?」
 ちょっとサキュバスさん、今なんと仰いましたか!?
「ちょっとお前、この期に及んでどうしてお前はそう物事をややこしい方ややこしい方へと持っていくんだ!」
 頼むから俺のみが消滅するような発言するのはやめてくれ!?
「いやホラ、ここは包み隠さず話すところだと思って」
「違う! 突っ込み所ありすぎてどこから突っ込んだら良いのか分からんけど、とりあえず曲解したモノの言い方は本当止めろ!」
「いやまぁ、色々な世界見てると大体正直者って最後勝ってるからね。ここはやっぱその経験則を生かして」
「お前の経験則なんざ知った事あるかぁッ!」
 ヒートアップする俺とは対照的にけろっとした笑顔でかわすサキュバス。だ、だめだ……暖簾に腕押し状態ではないか……
「まぁマドカだって興味のあるお年頃なんだし、変なんかじゃないよ♪」
「それはフォローになっとらああああん!」
「………………そっかぁ…………」
 そこで後ろからぼそっと一言が聞こえる。
「……やっぱ二人は付き合ってるんだね……」
 ……なんだ? 何か若干様子がおかしい気がする。
「し、静……さん?」
 恐る恐る名前を呼んで見るが止まる気配が無い。
「何となく……分かってたんだよ? 教室で話してた時も、さっき二人で話してた時も、何か息があってるっていうか……空気がいいというか……」
 ?? 何を言ってるのか今一伝わってこないな。
「でも……私だって思うところは……色々あったんだよ……昨日あった人といきなり……その、身体の……な関係……とか……普通そんなの有り得ないし……」
「えっと……静……さん?」
 恐る恐る顔を覗き込む。そこに見えたのは――
「……ッ!!」
 刹那、静の見えない一撃が――ッ!
「ごぶはぁっ!!」
 殴られた瞬間はなんて事は無い。凄かったのはその後に襲ってきた無重力感。確実に宙を浮いてるという感覚。それも束の間、成す術も無く地面へと激突する。
「す、凄い……あれは、伝説の勇者ですらかわせないとされる伝説の拳、シャインナックルと同義か、それ以上の……!」
 サキュバスが冷静な解説を加える。そこでのその解説はいささか良くないと思うよ!? 僕としては!
「し、静……?」
 ぶつっと切れそうな精神を何とか保ち、ふらふらと立ち上がる。やべぇ、じわじわ効いてきた。見ると静の表情が青ざめている様に感じた。
「…………そ、それだけ! それじゃあ!!」
 それだけ言い放つと、静は元来た方向へと走り去っていった。
「オイッ! 待てよ!!」
 去っていく静を呼び止めにはいったが、時既に遅し……むむぅ。
「…………大丈夫?」
 サキュバスが俺の顔を覗き込む。
「……大丈夫に見えるのか?」
「いや、いいモノ見せてもらったよ、マドカ。ナイス」
 そんな所で褒められても全然嬉しくない。つかその前に言う事があるだろうテメエさんは。
「……何だったんだアイツ……」
 とうに居なくなった静の行く先を見つつ思う。
「急に火照って来たから処理に行ったんじゃない?」
「お前と一緒にするんじゃない、ど阿呆が」
 最早深く突っ込む気すら失せるわ――と、
「あれ……」
 急に身体が崩れる。足が言う事を聞かない。ふわーっと自然に意識が遠のく感じ。あ、さっきのダメージが今効いてきてるのね……
「あ……」
 そういえばふと思ったんだが……
「マ、マドカ? しっかりなさい!? こんな事で倒れてたらあたしの従者は務まらないわよ!?」
 さっき見えた静の表情……
「……ッ! …………ッ!!」
 ……涙を浮かべてるように見えたな。













  ―3―



静とあの一件があって以来結局まともに顔すらあわすことが無かった。正確には教室に居る時は前後しているのでお互い存在そのものは認識してはいるが、会話は愚か表情すらまともに見れてないというのが現状だった。
 今回みたいな事は正直今まで無かったので、どういう風に話しかけて良いのか正直分からなくて困っている部分はある。あと悪いのもきっと俺なんだろう。とばっちり感は否めないが。
 それ故にここ数日間、本来の使命をまっとう出来ず悶々とした日々を過ごしているのだった。今日もあれから丸一週間は経とうとしていたが、結局のところ変わらぬ日々。この下校の瞬間まで不変の日々となっていた。
「そろそろ本気でやばいかもだよ?」
 サキュバスのこんな問いかけでさえ、
「ああ……」
 こんな生返事でしか返せない現状だった。
「てかさ、本当ヤバいんだって! わたしの見る限りじゃ、神隠しまで一週間もないよ!? 正義指数がどんどん膨れ上がってて、いつ転送になってもおかしくないんだから!」「うん……」
 何でか分からんが、心の奥底から止めようって気力が沸かない。
 何て言えばいいのか……こう、ポッキリ折れたような……そんな感覚。
「ああもう……そろそろストレス発散でもさせた方がいいのかしら?」
「ストレス発散?」
「また私が夢で襲ってあげる」
 逆にストレス溜まりかねんから止めてくれ。マジで。
「…………はぁっ」
 このボケか素かもわからん言葉にも、今では溜息でしか返す事が出来ない。
「本当どうしちゃったのよ……あの日以来変よ? 喰らった拳が今でも痛んでまともに喋れない?」
「ンな訳あるかよ……何でもねえよ」

「嘘」

 うをっ、いきなり眼前に顔を突きつけてくるからビビっちまったじゃねぇか。
「何もなかったらもっと変態なマドカがいるはずよ? さっきの突っ込みといい、やっぱマドカらしくないわよ」
「っせえな、たかだか数日で俺の何が分かるッてんだよ」
 あれ、何でだろう。言いながら胸がチクチクする。
「ふぅん、従者のクセしてそんな態度とるのね」
「知るかよ、勝手にしろよ」
 駄目だ、何かイライラが止まらない。
「シズカの事はもういいんだ」
 ……なんだよコイツ急に。今までに無いキャラ出しやがって。
「……もうどうしようもねぇだろ」
「そんなわけ無いでしょう」
「どの道俺なんかんじゃ無理だっての、もう他当たったらどうだ?」
 ……クソ、なんだこの感情は……言っててイライラする。
「……本気で言ってるの?」
「あの時の見ただろ。俺如きがハリセン構えたところで、あいつに叩き込める余地なんかこれっぽっちもねぇよ」
 これは本当だろうと思う。事実なんだから仕方ねぇじゃねぇか。
「…………何となく分かったわ」
 何だ、急に悟ったような顔つきしやがって。
「アンタ……そうやってずっと嫌な事から逃げてきたんでしょう?」
「ンなっ……! 今そんな事どうでもいいだろ!」
 意表を突かれた発言に動揺を隠せれない。
「今回もそうやって……シズカの事を避けるのね?」
「避けてねぇっつってんだろ!」
「だったら何でハリセンを出そうとしないのよ!」
 男顔負けの迫力に思わずたじろく。尤も俺にそんな勝負して勝てる迫力なんか持ち合わせてるわけなのではあるが。
「マドカは意識的にシズカを恐れている。これ以上嫌われたくないから……ほとぼりが冷めるまでこのままでいようって思ってる……駄目だったら仕方ないなって妥協案も受け入れようとしてる……でもそれじゃ駄目! マドカには契約上、シズカの後頭部にハリセンを叩き込む義務があるの! それなのに当のマドカがそれでは話にならないわ!」
「…………意味わかんねぇ」
 それ以降もなんか言ってた気もするけど、完全に聞き流していた。



 それから更に数日もの間、誰とも話す事は無かった。
 静の方は相も変わらずだんまりで、学校生活そのものは概ね好調といったところだろうか。後ろから見ていても特に変わった様子は無い。誰がどう見ても優秀な学生の模範といった感じ。
 サキュバスの方は少し以外だったが、あの日以来学校に姿を現していない。先生からは体調を悪くして寝込んでいると聞いてはいるが、流石にそれは無いだろう。確かにあの日以降毎朝呼びに来る事も無いわけだが、だからと言って学校に来ないのもどうかと思うわけよ。だってあいつの使命は静から正義の心を叩き出す事にあるわけで、その為にはサキュバス本人が俺の近くにいないといけないわけだ。まぁ最悪、叩くのは俺でなくていいとしても本人はハリセン出さなきゃいけない訳だから静の近くにいないといけない。
 あいつ自身に何かあったというのも考えにくいからきっと違う理由でもあるんだろうけど、俺にはそれが何なのかは皆目見当もつかない。
 俺はといえば、ある意味静と一緒かな。相も変わらずな学園生活を送っている。サキュバスが横に居ない分元に戻ったと言えなくも無いが、だからと言って静との仲が戻った訳でもないから元に戻ったと表現するのは早計の様に思える。
 変な話だが、今までにも静と喧嘩をしてきた事が無かったわけじゃない。くだらない事で言い合ったこともあった。当人同士からしたら大事な事で言い合ったこともある。だけれでも最終的には何らかの形で収まってきていたのも本当だ。大体は俺の方が折れて謝ってたわけだけれど、勿論アイツの方から謝ってきたパターンだってある。
 ……なのに今回は、自分にも向こうにもそういったリアクションが出てこない。
 アイツの方は知らないが、俺の方からはそういった感情が全く沸いて来ないのだ。不思議な事に。
 アイツとの仲違いを良しとしているわけじゃない。
 アイツとはまた笑って学園生活を送れるほどの仲になりたい。
 なのに何故か俺の中でそのような気持ちが沸かない……
 朝から晩までずっと胸がチリチリして気持ち悪い。こんな気持ちになったのっていつぐらいからだろうか。
 なんとなく原因が分かってる。だってこの気分になったのは、あの日中庭で静と話しをした時からだから。
 それだけじゃない。サキュバスの奴が一方的に捲くし立ててきた日も原因の一つだ。
 認めたくは無いが、あいつの一言一言がグサグサ胸に突き刺さるわけだ。
 でもだからと言って、全部俺が悪いわけじゃないだろう。俺だけが悪いなんて事があっていいはずが無い。こんな面白くともなんとも無い話が認められてていい筈が無い。
 大体からして原因が分かったと言っても、直接の原因が何なのかはさっぱり見えてこない。俺は一体アイツ等のどの言葉が原因でこんな心境になっているのか。
 未だに見えてこずに日々を過ごしているのだ。
 ……ドラマの主人公みたいだな、俺。



 そんな悶々とした学園生活と一時的におさらば出来る休日がやってきた。
 惰眠を貪り目覚めたのは昼間。尤も、前日夜中までオンラインゲームしてたせいだけどね。
 昼飯を食った後もそのままテレビを見ながらリビングでごろごろしていた。何かこう、俗世間から離れてこうして家の中で休日を満喫するのっていいなぁってしみじみとながら思ってみたりなんちゃったり。
「若い子が昼間からテレビ見ながらごろごろしてるなんて感心しないわねー」
 おっと、この声はマイマザーではありませんか。
「んー、いいじゃん、学生の安息の一時、それが日曜日だよ」
「そう言うのは社会人になってからいいなさいね?」
「そうは言っても学生の間は学生だし、学生なりの悩みとかもあるんだよ」
「もぅ、屁理屈ばっかり言って。少しは有意義な事をしようとは思わないの?」
「有意義って何よ」
 思わず聞いてみる。
「自家発電とか?」
 聞いた僕がバカでした、ごめんねマザー。
 紳士たるこの僕は、その様な破廉恥行為を日曜という聖なる日にするはずが無い。
 ……平日ならお手の物だけど。
「流石母さん、言う事が違うね」
 ごろごろさせてた身体を反動をつけて起き上がらせてみる。
「そう言えば円」
「? 何だよ母さん、唐突に」
 何かを思いついたかと思えば急遽マジモードな表情になった。
 余談だけど、母さんは基本的に表情が変わる事は殆ど無い。起こってるときも笑ってるときも普通の時も表情がそのままなのだ。
 母さんの表情の変化を掴み取れるのは未だに俺と父さんくらいなものだ。
「最近静ちゃんも最近良く来る砂丘さんも見ないけど……何かあったの?」
 む……こんな平和な日になんて話題を持ち込むんだ母さん。
「別に……」
「別になんて事は無いでしょう? あれだけずっと付き合いの長かった静ちゃんもそうだけど、最近ずっと朝迎えに来てた砂丘さんまで来なくなって、何も無いって思う方が無理なものよ?」
「いや本当、大丈夫だからさ」
 これ以上この話をしたくないが為に無理矢理立ち去ろうとする。が――
「待ちなさい」
 いつもに無い感情の入った声で止まられ。思わず立ち止まってしまう。
「話は終わってないわ、ここに座りなさい」
 ……なんだこの圧迫感は。緊張感は。ここ数年母さんから出した事も無いようなオーラが今は目に見えて分かるくらいだ。視線は鋭く、でも柔和な表情は変わらない独特な表情だ。何かこう、怒りと優しさを兼ね備えてるかのよう。
「う……」
 成す術も無く素直に元居た位置へと戻る。
「……本当大丈夫なんだけどさ……」
「…………」
「か、母さん?」
 う……戻るや否や急遽黙り込んだ……なんかこの間と緊張感が凄く怖いんですけど……「確かに砂丘も静も来なくなったけど、学校では普通に会ってるしさ……だから母さんが心配するような事は何も――」

「嘘ね」

 どきり。
 心臓がはねたかと思った……だけど、それ位胸に突き刺さる一言だった。デジャヴって言ったらデジャヴだけど、でもあのサキュバスと話してた時の嘘って言葉に近いくらいの威力があった。
「ぇ……」
 あまりの言葉に喉の置くからか細い声を絞り出すのがやっとだった。
「円……嘘はよくないわ。何があったのか話して御覧なさい?」
「嘘って何のことだよ……俺は嘘なんか――」
「あんまり親をなめない事ね」
 またもや突き刺さる一言が入る。
「何年もの間、円の事を見てると思ってるの。いや、今のはたとえが正しくは無いわね。今の円を見てたら誰だって何かで思い悩んでる事ぐらいわかるわよ。嘘をついてる事ぐらい簡単に見抜けるわ。円ったら昔からそうだったから……だからいいの、お母さんにまで嘘をつかなくて。直接何かの力になれるかは分からないけど、これでも人生の先輩だから、何か助言の一つくらい送れるわよ?」
 ……さ、流石は母さんだ。てか、俺ってそんな風だったのか。表情にまで出てたとは……こりゃ改良の余地ありだな、うん。
「……相談したいのは山々なんだ」
 観念して話す事にした。が、サキュバスの事や神隠しの事を言っても仕方ないだろうし、ここ数日間思い悩んでる事を正直に話す事にした。
「でも、どういえば良いのか分からないんだ」
「……どういう事?」
 心なしかいつもの表情に戻った気がする。なんとなく安心するな。
「確かにずっと俺は静とも砂丘さんとも会ってない……いや、教室では会ってるから正確には喋ってないってのが正解なのかな」
「……」
 母さんは黙って聞いてくれている。俺は構わず続けた。
「ちょっとしたいざこざがあって静と喧嘩があった。でも規模なんていつもやるような喧嘩だったよ。数日もすれば仲も勝手に直ってるって思ってた。でも……今回は違ったんだ。何日経てども一向にあいつとの仲は良くならないし……それで数日間ずっと悩んでたんだ」
「うん……それで?」
「うん……その後今度はその事を砂丘さんにも攻められて……俺が逃げてるみたいな事言ってきて……そしたら凄くイラっと来て……それでそのまま無視して帰ったんだよ。そうして今に至る……かな」
「……円は今回の事どう思ってるの?」
「俺が悪いんだろうなって自覚はしてる」
「……そうなんだ」
 これは言うまでも無く俺の本心。建前なんかじゃない。
 今回の一連の事はきっと俺に原因がある。だからここまで何もないんだろうって。
「多分俺のせいなんだろうなって自覚してる。だから今日までがあるんだろうし……でも、きっと俺だけが悪いんじゃないとも思ってる。静にだって砂丘さんにだって悪い部分があったって思ってる。そりゃあ謝って直るなら謝るけど……今回のは何か……そういうのじゃないと思ってさ」
 この辺が自分でもよく分かってない部分。
 いつものゴメンナサイしてはい仲直り、っていうそういう喧嘩じゃないような……気がするんだよな。上手く表現できないんだけどさ。
 今までに無いタイプの喧嘩だから章式困惑してる部分はあるかな。
「そっかぁ……」
 そこで一息入れる母さん。表情を見る限り、なんかほっとしたような感じがある。
「そっかぁって……結構本人からしたら重要問題なんだよ」
「アンタ達って若いのね……改めて感じるわぁ」
「ちょ、何言ってんだよ」
「何言ってるも何も、本心を言ったまでよ。若いって良いわねって、そう思えたのよ」
 ?? 言ってる意味がさっぱり分からん。
「円」
「え……」
 急にまたマジな表情へと戻る。この変化も俺と父さんにしか分からない。
「静ちゃんの事、どう思ってるの?」
「へ? ど、どう思ってるって……」
 唐突の質問に戸惑う。
「そりゃ、幼馴染だ――」
「そうじゃなくて!」
「へ? そうじゃなくてって……?」
「長い間共にしてきて、それでいて本当に幼馴染の関係だって本当に思ってるの?」
「う……」
 な、何だよこの展開……まるで俺の本心知っててそれでも聞き出そうとする意地悪な質問じゃねーか……
「そ、そりゃさ……他の女子と比べたら特別な存在……だよ……」
「そう……なら質問を変えるわね。静ちゃんと話し出来てない間、ずっとどんな気持ちだったの?」
「…………何ていうか。今までに無い気持ちだったな」
「今までに無いって言うのは?」
「何ていったら良いのかな……今まではどっちも意地の張り合いで会話しなかった感があったけど……今回はそうじゃない……て言えばいいのかな。おおっぴろげに言えばそりゃあ意地の張り合いなのかもしれないけれどさ」
「だから若いって言ったのよ」
 そこですっと人差し指を立てて母さんが言う。
「いい? 円が今まで当たり前と感じていた環境で、それが急に崩れたりすると戸惑いを感じたりするものでしょう?」
「う、うん……」
 実際それを体験したんだからな。サキュバスのお陰で。
「その戸惑いって……果たして円だけのモノだったのかしら?」
「え……?」
「円は確かにずっと今日まで円也に悩んできたかもしれない。でも、悩んでいたのは本当に円だけだったのかしら?」
 ……そういえば、ずっと自分の悩みに集中するあまり、サキュバスや静の気持ちまで汲み取るに至らなかったな……あいつ等の……思い?
「今までずっと仲良くしていた相手に突然新しい友達が出来て、その相手はその友達と四六時中お話してて……それでその娘は一体どう思うのかな……?」
「あ……」
 ……俺の中の何かが崩れ始める。
「円もそうよ」
「え、俺?」
 母さんが頷きをはさみ――
「新しい環境下になっていつもとは違う自分の心境に戸惑ってたのでは無いかしら? ずっと静ちゃんと過ごしていた日常に砂丘さんという新しい要素が加わった。それによって今までに無かった筈の心境が円に生まれた……しかしそれは静ちゃんも同じ事で、静ちゃんにとっても戸惑いの日々となった……それがお互い悪い風にぶつかっちゃったんじゃないかしら?」
「…………」
 母さんの言葉と共に、俺の中の何かが解け始める。
 ――そうか、少しずつ理解し始めている。いや、実は最初から分かっていた事だった。「そっか……」
「うん?」
「最初から分かってたんだ……自分の気持ち……」
「いいと思うの」
 急にすっくと母さんが立ち上がる。
「体験しないとわからない事もある、見えないこともある……大切なのは知ろうとしない事。物事から目を背けてしまう事。壁から逃げてしまう事、円にとって今回がどんな壁なのかはお母さんには分からない。だけども、それから逃げて、一時的な安全、安心に飛び込んでいたら、一生見えてこない……だから円は、お母さんにお話しをしてくれた事でその壁を乗り越える事が出来ると思うの。話さないとわからない事もあるし、聞かないとわからない事もあるわ……そんなのは誰だって一緒。大人だって子供だって誰だって。だからこれからもその気持ちを忘れないで……ね?」
 最後の言葉になった頃には今までの、優しいいつもの母さんの顔だった。
 そっか……当たらないと見えないこと……か。
「母さん」
「どうしたの?」
「俺……どうしても行かなきゃいけない所が出来た」
 ……進まなくっちゃ見えてこない道もある……か。
「……そう」
 言いつつ微笑んでくれた母さんの表情が綺麗過ぎてどきりとした。いやぁ、これは不覚だった。息子なのにこの感情もどうかとは思うけど。
「……ごめん、すぐに戻ってくるから」
「分かったわ、気をつけてね?」
「うん」
 もう決めた。こんな悶々とした日々に終わりを告げる。そしてまたあの日のような楽しい日々に戻ってやるんだ!



 あれからどれくらい走っただろうか。息を切らしながらも町中をくまなく探すが見当たらない。考えたら俺は今日あいつがどこにいるかなんて全く知らないのに。
 それでも走るしか頭に無かった。
 すぐにでも会って謝りたかった。
 そして自分の本心を伝えたい。
 その為にはまず会わなければいけないんだ……アイツに!

 意気も耐え、手を膝につける。闇雲に走りながら探し、行き着いた先は何も無い原っぱだった。先程まで人ごみに居たせいか対比で凄く静かに感じる。
「ハァ……ハァッ……」
 汗も滲み出て、拭っても拭っても次から次へと沸いてでる。
「ど、どこにいるってんだ……」
 探すアテがあるわけじゃないけど、それでも会わなくちゃいけないのに……!
「……久しぶりね」
「!?」
 聞き覚えのある声がした気がして後ろを振り向く。そこには数日前まで一緒にいたサキュバスの姿があった。
「……見つけたぜ……やっと……」
 息を荒々しく立てながら、本心をつぶやく。
「……私を探してたみたいだったからでてきたけど……私なんかに何か用?」
「ああ……」
 見ると今までにない態度のサキュバスがそこにいた。やっぱ母さんの言った事は本当だったって訳だ。
「……お前にどうしても言いたいことがあるんだ」
「……」
 黙るサキュバス。しかし俺は構わず続ける。
「悪かった」
「え……?」
「俺のためを思って言ってくれたのに……あの時あんな態度を取って……ごめん」
「……マドカ……」
 俺がこう出てくると思ってなかったのか同様をしているサキュバス。
「あれからずっと悩んでた……なんでこんな気持ちにならんのだって……どうして俺が悪者なんだよって……どこかでは自分の不幸をうらんだりもした……でも、それって違うんだよな」
「…………」
「お前だって静だって一緒だった……皆だって悩んでた……だから皆が皆してお互い何も言えなかった……そうだろ?」
「…………」
 相も変わらずの沈黙。状況的には俺が語りかけてるだけのような感じにはなっているが知ったこっちゃ無い。これは俺の一方的な告白だ。
「だからそんな関係終わりにしたいんだ……」
 俺はサキュバスの肩を肩をがっしりと握る。
「ッ!! マ、マドカ……」
「俺は静の事が好きなんだッ! だからこんな関係が続くのも嫌だし神隠しにあってしまうのも黙って見過ごすわけにはいかない! だからお前に協力する! ……いや、協力してほしい! 元を正せば確かに利害の一致だろうけど……今回はそうじゃない! 俺がそうしたいからお願いする! 頼む! どうか俺の願いを聞いてくれないか!? お前とも……アイツともこんなずっと会話の無い生活するのが嫌なんだ……前みたいな楽しい生活に戻りたいんだ……俺なら幾らでも謝る……だからっ! 虫のいい話なのは分かってるけど……許してほしい……!」
 最後の方は最早感情だけだ。自分の都合でしか物を語っていない。だけどもそんな事は話す前からわかっていた事。大事なのは……自分がどうしたいかなんだ!
「顔をあげて……」
 サキュバスに諭され、そろりと顔を上げる。
「アンタの気持ち……何て言ったらいいのかな……今までに無いくらい真っ直ぐで……あのときに比べて変わったなって凄く感じたよ……」
 ……確かにあの時の俺なら金を積まれても言わなかっただろうな。
「私も……何でか分かんないんだけどさ……今までにこういうのって無くってさ……何回か僕をつかえた事はあったけど、こういう事になった事って無くて……分からないけど……マドカは……マドカに限ってはああいう事になっちゃって……私も戸惑ってたんだ……だから私からも謝るわ……ごめんね」
「いいさ……元々は俺が悪かったんだし……ていうかさ」
「……?」
「こうして話してると……お前って本当の学生っぽいよな……凄く人間っぽいよ」
「悪魔に対してよくもまぁそんな事言えるわね」
「……まぁな」
 まさかお前からあんな言葉が出てくるとは思ってなかったんだよ。凄い人間らしい悪魔だよ、お前さんは。
「マドカの気持ち、汲み取ったよ……改めて頑張ろうね」
「ああ。……ところで」
「うん? どうしたの?」
「アイツ……静は……いつ神隠しにあうんだ……?」
「そうだね……多分、あと三日」
「……ッ!」
 覚悟はしていたが、やはりもうそれだけしかなかったか……やっぱ強引にでも頑張らないといけないのかも……!
「って……三日後? 三日後つったら確か水曜……水曜って確か、学校の文化祭じゃなかったっけか?」
「えっと、私はずっと学校に行ってなかったから知らないけど……そうなのかい?」
「ああ……確か水曜日だったはず」
 ウチの学校は曜日ではなく創立記念日に文化祭をやる。創立日が三日後の水曜日なので、文化祭も自然と水曜日という事になる。
 それにクラスの出し物って確か……
 …………………
「そうか!!」
「うわっ! 突然どうしたのよマドカ!?」
「思いついたんだよ! マドカを自然にハリセンで叩ける方法が!!」
「ほ、本当なの!?」
 思いつきにしたら上出来だろう! これは上手くいくかもしれない! ていうか成功させねば!!
「その為にはお前の協力も必要なんだ……頼まれてくれるか!?」
「へ、う、うん……で、どうすればいいの……?」
「おっし、まずはだな……」
 よっし……話は決まった! これでアイツの後頭部に堂々と改心の一撃をお見舞いしてやるぜ!



 ……有難う、母さん。 ……サキュバス。















  ―4―



「付き合って……いない?」
 次の日の月曜日、俺は前もってサキュバスに話した作戦を決行することにした。先ずはその先駆けとして、サキュバスに俺がコイツと付き合ってるという誤解を解く事から始める事にした。まぁそもそも誤解解いて仲を戻さないと叩くもへったくれも無いからな。
「身体の関係ってのも誤解。静の早とちり。だから私とマドカはそういう仲じゃないの、分かってくれた?」
「で、でも、名前で呼んでるし……それにいつもお話してるし……」
 静が慌てて反論の意を述べる。が――
「仲が良かったらそういうの普通だと思うけどなー? 私のいた国だとそういうの普通だったし」
 と、軽く一蹴してのけた。
 アドリブで任せてるとは言え、よくもまぁこれだけ会話が出てくるものだ。しかし私のいた国って、お前のいたのは悪魔の住んでるとこだろうって突っ込みを入れたいが極力我慢する。
「俺もあの時は凄く戸惑ったけど……けど、やっぱさ……ずっとこういうのって嫌だしさ……だから前見たく仲直りしようぜ? 頼むよ……」
 俺も続けて静に詫びる。静の曲解があったとは言え、あそこでキチンと訂正しなかった俺も悪いんだしな。そういう謝れる部分はしっかり謝らないとな。
「…………」
 やがてずっとだんまりを決めてた静だったが――
「そっか……そうだよね……」
 安心した表情を浮かべ――
「まーくんって、昔からヘタレだもんね……
 オイオイ、その発言は如何なものかと思うよ?
「分かった、許してあげる!」
 そこには昔ながらの元気な表情を浮かべた静の姿があった。
 やっぱほっとするな……こういうのって。
「……ありがとな、静」
「こっちこそゴメンね……?」
「おやおやご両人、なんかピンク色な雰囲気漂わせてますなぁ?」
『ンな訳ないだろがぁ!』
 俺と静のツッコミが見事に重なる。こりゃびっくりだゎ……お互いに。
「息までピッタリだなんて……これはもうね……フフ」
 なんだなんだその意味深な笑いは! ていうかサキュバスにはあんだけ言っておいて、いざ当人の前となると否定してしまう俺が情けない……うぅ。
「え、えっとだな……それで、実は静に頼みがあるんだよ」
 さて、いよいよ作戦の本線決行だな。
「う、うん……何かな?」
「実はさ、俺らで漫才をしないかって誘おうと思ってな」
「漫才?」
「ああ、明後日が文化祭でクラスの出し物が何か出し物だったろ? だから仲良くなった記念も兼ねて三人でトリオ漫才でもやらねえかなって」
「ま、漫才ね……やった事無いけど大丈夫かなぁ……ていうか、正直あまり見たことも無いし」
 静が漫才とかの経験が無い辺りは勿論計算内だ。
「ああ、まぁ何とかなるだろ。俺はツッコミするから、砂丘さんと静にはとにかくボケて欲しいんだよ」
「え、わ、私がボケ役!? む、無理だよ! せめてツッコミ役じゃないと!」
「そう? 寧ろ私は突っ込まれる方がいいわよ? 女だし」
 この阿呆はとりあえずスルーしておこう。
「いやその、とりあえず砂丘さんはボケ役に向いてると思うんだよ」
「……確かに」
「なにおぅ!? てかシズカまで確かにってどういう意味!?」
「いや、そんまんまだろ」
「さ、砂丘さん、落ち着いて……」
 てかそもそも、こいつのツッコミが全く想像つかない。
「んで、ボケってやっぱ二人いるし……というよりツッコミなんか基本一人でいいしな。俺よりも静がやった方がウケると思うんだよな、実際」
「何でそう思うの?」
「んー……時代の流れ?」
「いや、意味わかんないんだけど」
 いや、なんっつーか、女性ウケの方がいい時代じゃん? 恥らいつつボケる静を見てきゅんきゅんする男子といそうだしな。
 と言うより、作戦内容として何が何でも静にはボケて貰わないといけない。そうしないと俺が堂々と静にハリセンを叩き込めないからだ。
 作戦ってのはこういう事。つまりは漫才と言う状況下なら俺のハリセンも受け入れて貰えるだろうと言う計算。俺って頭いい♪
「……ま、まーくんがどうしてもって言うなら……いいよ……?」
 よし! 最大の難関をクリアしたぜっ!!
「……は、恥ずかしいけど……が、頑張る……ね?」
 今から既に緊張してるのか……可愛い奴め! 当日俺が盛大に叩き込んであげるから待ってなさい!
「あっ……でも……」
「どうしたの? シズカ」
 静の豹変に気付きサキュバスが声をかけた。
「私……部活の出し物のとかあるから……当日まで漫才の練習に参加できないよ?」
 そういえばコイツはコイツで剣道部の出し物かなんかあるのか。まぁ部活に通っていない俺とは違うか。しかし剣道部の出し物って何するんだろう? やっぱ模範練習とかかな? それとも無難に食べ物の屋台とか? よくあるフランクフルトとかから揚げとかそういうヤツね。
「おうおう、当日までに俺のほうで台本用意ちおくから、当日にそれ軽く読んでくれたらいいよ。短いのにするつもりだからさ」
「そっか……分かった」
 静もこちらの提案を呑んでくれたようで一安心だな。
「あ、そう言えば……」
「どした?」
 また静が思いついたような顔をしたから今度は俺が声をかけた。
「この前、登校の時に私目掛けてハリセンで叩こうとした事があったよね? ……それってもしかして、これのためだったの?」
 うっ……こりゃまた懐かしい話題を引き合いに出しますなこの娘は。あれがきっかけであんな事になったんだっけか……反省。
「そ、そうだよ! 漫才やりたくて仕方なくってさ!! それで勢いあまっちゃってさ……! てか前にも同じ事言ったと思うんですけど!?」
 あの時は聞く耳も持ってくれない感じでしたけどね!
「そっか……あの時は……ゴメンね?」
「い、いやぁ、気にすんなよ」
 なんか妙に照れくさいな。なんだこれ。
「そんじゃまぁ、漫才は当日のぶっつけ本番って事で! シズカ、頑張ろうね!」
 サキュバス、ナイス割り込みだ。
「うん、二人とも、頑張ろうね♪」
 おし、こりゃあいい空気だ……これなら当日も上手い事いけそうだな……!

 なんて、その時はそう思ってたんだよな……



 それから更に二日が経ち、あっという間の文化祭となった。前日の準備が好く出来ていたのか、今年の文化祭は去年以上の盛り上がりを感じる。出店が所々に出てるのはいつもの事ながら、教室内での出し物とかも気合が入ったネームが伺える。お化け屋敷とかの定番なものからミニコントに演劇に占いの館に……ほほぅ、メイド喫茶まであるのか。……誰だ、雀荘なんて提案したやつ。
 ともかくそれだけ今回の文化祭に思い入れをしているヤツが多い証拠なのだろうな、本当色々な出し物ばかりで目移りしてしまう。
 俺はといえば、部活の出し物とかは関係ないので普段通りの登校時間となっていた。勿論の事横にサキュバスの奴を連れて。
「すっごいねぇ……昨日と同じ学校の姿とは思えないよ」
「そっか、お前は文化祭とか初めてだモンな」
「さすがに悪魔の世界にこういうのは無いからねぇ」
「ちょっ、ストップ!」
 俺はあわててサキュバスの口を塞ぐ。
「ん、んー!! ……ぷはっ! な、何突然!? ……いきなり女子の口を塞ぐなんて……拉致!?」
「公衆の面前でンな事するかぁ!」
「んでそのまま茂みの奥!?」
「どうしてそういう発想なんだお前は!」
「いや、だって私……」
「ストップ」
 そういやそうだったな。お前見てると悪魔に本当見えないから不思議。只の変態オヤジギャグの好きな女子高生にしか見えん。紳士の俺には毒なタイプだな。
「とりあえずだな、あんまし人のいるところで自分が悪魔だとか口にすんな。変に勘ぐられても嫌だろ?」
「てかそもそも悪魔だとか言ってもあんまし信じてもらえないと思うけどね」
 うっ、それも一理あるかもしれん。
「ま、まぁそれはともかくだ、とりあえず今日だ。今日のいつ神隠しになるとかは分からんのか? 正直後がないからビクビクしてるんだが……」
「まぁまぁ、万が一失敗したって一生会えないって訳でもないからさ、気楽にいったらいいと思うよ」
「そりゃ初耳だな、どういう事だ?」
「向こうの世界に行ったら勇者となって向こうの世界での私達の侵略を阻止しようとするのね。だからその戦いで命を落とす勇者もいるにはいるけど……やっぱ中にはその勇者に負けちゃう事もあるわけよ」
 つまりはアレか、RPGで言うところのちゃんと全クリする勇者もいるって訳だ。
「それってどれくらい掛かるんだ?」
「んー……侵略の規模にもよるから一概に言えないけど……」
 妙に緊張するな。
「大体五、六年かしら」
「掛かりすぎだろそれ!!」
 ちょっと待たんかい! 今から五、六年つったら余裕で成人してるじゃねぇか! よもすりゃ捜索願とか出されてて、それでも見つからずで死亡説が流れると言う悲しい展開になりかねないっての!!
「そうは言うけど私たちだって必死なんだからさ……それにやっぱり実際に死んじゃう勇者もいるくらいだから、それを考えたらやっぱ凄いと思うわよ?」
「いや、そこで確かにと頷くわけにはいかんのだが……てことは結局」
「今日ちゃんと勇者として転送させられるのを阻止するしかないわね? 頑張ってね」
 と、軽く肩をポンポンと叩かれつつ言い放たれる。改めてプレッシャーが重くなる……まぁこうなってしまっては仕方がない。腹を括らねばだ。
「とりあえず様子を見ておきましょう? まだ大丈夫だとは思うけど、転送が既に終わっちゃってる可能性もあるからね?」
「た、確かに……てか、今日の何時ごろとかまでは分からないのか?」
「んー……」
 サキュバスがまじまじと俺の腕時計を見る。
「正確には割り出せないけど、今日の十二時がリミットじゃないかしら?」
「……確かうちの出し物は十一時からだったから……余裕で間に合うな」
 因みに俺たちの演目を最初に持ってきたのは言うまでもないだろう。
 とにかく既順調に事を運んでる。
 ……そう本気で思ってたんだってば。



 教室に入ると、出し物の舞台が準備されていた。といっても簡単な舞台セットなので、前日からの準備とかはせずに当日の朝に取り掛かっているわけだ。その中には今回のターゲットである泉ヶ原静の姿もあった。
「よう、お早う」
「おっはよ、シズカ♪」
 二人で作業をしている静に声をかける。
 ……後ろから叩いてやろうかと思わなくもないが、ここでは周りの目もあるし、何より失敗した時のリスクが高すぎる。大人しく自重だ。
「あ、おはよ。今日は皆で頑張ろうね?」
「おお、頑張ろうな」
 適当に相槌を打つ。
「マドカは気合はいってるからねー、何てったって、昨日は自家発電してないんだから――」
「何を言い出すんだコノヤロウ」
 冷静に突っ込みを入れておく。なんかこのやり取りも大分慣れてきたな。
「まぁまぁ……とりあえず、準備手伝ってくれない?」
「おう、何を手伝えばいい?」
「砂丘さんは私のを代わりにやって欲しいの、それでまーくんは私と一緒にゴミ出しに行って欲しいの」
「まぁコイツ力無さそうだしな」
「そんな事言わずに、二人で一緒になりたいって言えばいいのに♪」
「ちょ、ちょっと砂丘さん!?」
 赤らめた表情がなんとも言えんな。しかし、そこまで否定にかからんでも……地味にショックですよ?
「い、いこう!? まーくん!」
「わわ、そんな腕引っ張るなって!」
 そそくさと俺はゴミの置いてあるほうへと連れて行かれた。



「その……今回は、本当に有難うね」
 焼却炉に着いて、ぽぽいと萌えるゴミを火の中に放り込んでる最中だった。
「ん? 何が」
「その……まーくんから謝ってくれてなかったら、私ずっとまたこうやって話すこと出来なかったと思うから……」
「…………」
 そっか……やっぱ母さんの言う通りだったんだな……改めて親の貫禄というものを感じた気がするよ。
「いや、その……さ」
 なんだろうこの空間……凄いやりにくいな。
「俺も……さ、あの時は本当色々あって頭の中ぐちゃぐちゃしてて、訳わかんなかったんだよ……こんな言いかたして言い訳になるなんて思ってないけどさ……」
「ううん、大丈夫……」
 そこで俺の作業の手がはたっと止まる。
「俺……あの時、泣かせちゃったんだよな……」
 中庭で静が見せた表情は……紛れもなく涙だった。
 あの時俺は、静が何で泣いてるのかが分からず、ただただ困惑したっけ……
「やっぱ見られちゃってたんだね……でもあの時の話はして欲しくないかな……感情に任せて思いっきり殴っちゃったし……私にとってあまり言い思い出じゃないんだよ……」
「そ、そっか……ゴメン」
 俺は慌てて火の方へと身体を向ける。
 そしてまたしばらく間が空く。
「…………俺たちってさ……」
 最初に沈黙を破ったのは俺だった。
「……え?」
「小さい頃からずっと一緒にいるんだよな……」
「え、ど、どうしたの? 突然……」
 俺は確かにコイツの事がずっと好きだ。いとおしくてたまらない。……でも
「静はさ……俺のこと、どう思ってるのかなって……」
「ど、どうしたの急に。おかしいよ? こんな事聞くなんて……」
「……自分だって何で突然こんな事言い出したのかわかんない。でも、気になって、さ……」
「……じゃあ逆に聞くけど、まーくんは……私のこと……どう思ってるの……?」
「え……」
「……どうなのかな……」
 質問を質問で返されると思ってなかった……
「う、上手い切り返しを覚えたな……流石――」
「誤魔化さないで!」
 ぐは、ネタで逃げる事さえ許されないというのか。
「…………えっと……」
 ゆるりとまた静の方へと身体を向ける。そこにはまた顔を赤らめた静の表情があった。「……その……」
 俺の気持ちは決まってる。好きなんだ。……でも、今ココで正直にそれを語るのは凄く恥ずかしい……気がする。
「お……幼馴染……じゃないかな……」
 やっぱり駄目だ……中々素直になるってのは難しい……心底から思ってしまう。どこまで行ってもヘタレはヘタレという事なのか……
「…………」
 静がまた俯く。
「そっか……そうだよね」
 また一人で納得してる……
「私達、幼馴染だもんね! これからもずっと、仲の良い幼馴染だよね!?」
 顔を上げた静の表情には、一変の曇りもない笑顔が会った。
「さっきの質問だけど……私は昔からずっと、仲の良い幼馴染のまーくんだと思ってる。そしてそれは多分これからも変わらない……そうだよね? 私達は永遠に仲良くできるし、永遠に離れる事の出来ない仲なんだよ」
「し、静……」
 声はハキハキと明るいし、表情も今までと変わりない。しかしなんだろう、一言一言が凄く胸に突き刺さる。あるで告白したわけでもないのに振られたかのような感覚。
「いつまでも……」
 静がまた俯きだしたが、すぐにまた顔をあげ――
「いつまでも、仲良くしてね!」
「おい、静!!」
 言い終えるが早く、静は教室の方へと走っていった。……なんだこのデジャヴ。
「…………そりゃあ俺だってなぁ……」
 今度は自分の歯痒さにイラつきを覚える。あんだけ舞台が整っておいて、それでいて告白も出来ないなんで……でもあいつにも幼馴染だって言われた。それってつまり、告白しても駄目だったって事なのかな……
「……ハハ……何だよソレ……結局両想いにはならないって事だったのかよ……」
 ……畜生……感情が高ぶるのが分かる……目から涙が滲んでるのが分かる……何でだよ……何でだよ……!
「あれ? そこにいるの鈴鳴じゃない?」
 !! 俺は焦って涙を拭い、声が掛かった方へと向ける。そこにいたのは担任の菅原先生だった。
「せ、先生……」
「どうしたんだい、こんな所で一人で……さっきは泉ヶ原ともすれ違うし……」
「……いや、その……」
 そこで唐突に先生がずいっと俺の顔を覗き込んでくる。
「なんだ、泣いてたのか?」
 どきり。さらりと言い当てられて焦る。まさかまだ目に涙が残ってたか……迂闊。
「なんか泉ヶ原まで泣いてたみたいだし……なんかあったのか?」
 !? い、今……!
「し、静が……もとい、泉ヶ原が泣いてたって!?」
「お、落ち着けっての。なんか泣きながら走ってたからどうしたのかなとは思ってたんだけど……鈴鳴、お前何か知ってるのか?」
「え、えっと……」
 衝撃な話を聞いた後すぐだったので思わずたじろく。
「……ていうか、お前等、何かあっただろ」
「うっ……」
 なんだこの人。過去の出来事をずばずばと見抜いてきやがる。どんだけの洞察力を持ってるんだこの先生は。
「いや、二人が同時期に泣いてたら嫌でも二人に何かあったのかなって思うだろ」
 先生が呆れ顔で訂正してくる。
「……何で俺と泉ヶ原で何かあったらどうだと思えるんですか」
「いやだって、お前達付き合ってるんだろ?
 ぇ……ええええええええええ!?
「いや、その驚き方も古いな」
 思わず古い芸人の様なリアクションを取ってしまう。いや、つか今なんだって先生!?「いや、だから……お前達付き合ってるんだろ?」
「い、いやいや、そんな話当人が始めて知りましたけど!?」
「いや、そんな筈ないだろう?」
 先生の方ががんと否定してくる。当人が違うといてるのにどういう事だ!?
「そりゃあ考えても見なさいよ、四六時中教室の中で喋ってて、昼になったら弁当も一緒に食べてて、登下校まで一緒で、これで付き合ってないって思えって言う方が無理ってもんじゃない?」
 い、言われてみれば、確かに傍から見ればラブラブっぽく見えても不自然では無いけど……
「多分……教室の人間だったら、当人除いて他皆そう思ってるんじゃないかな」
「えええええええええ!!」
 ま、まさか俺の知らないうちに教室がそんなことになってたなんて……! 恐るべし幼馴染パワー!
「だからこの間から続いてた冷戦状態の時はこっちがヒヤヒヤだったわよ……まぁ気付いたらまた仲良くなってたからほっとしたけど……てかさ、アンタ達、本当に付き合ってないわけ?」
「そ、そうですよ……あいつとは昔からの幼馴染だったから、あの関係が普通だと思ってたので……」
「それじゃあさっき泣いてたのはなんだったって言うのさ?」
「そ、それは……」
「ホラ、先生に話してみる! 文化祭なのにそんな陰気臭い顔されてたら、他の生徒に迷惑かけるでしょう?」
 うう……先生の意見が正論過ぎて、最早逃げる術もない……
「……悔しかったんです」
 俺は意を決して話すことにした。
「悔しい?」
「はい……実はさっき……俺たち自信の会話をここでしてたところなんです……俺達ってどうなのかなって話を……」
「……それで?」
「確かに俺は泉ヶ原のことが凄く好きです。だから何としても幼馴染としての関係の殻を破りたくて……その想いが日増しに強くなって……それでさっき、二人きりになったから聞いたんです……そしたら逆に俺がどう思ってるのかって聞かれて……」
「質問に質問で返されちゃったのか」
「ハイ……」
 あの時は本当に焦ったんだ。あの瞬間、頭が真っ白になっちゃって、どう応えて良いのか分からなくなって……
「それで言ってしまったんです……幼馴染だって……」
「……それで泉ヶ原はなんて?」
 先生は只黙って聞いてくれていた。
「……私も……幼馴染だよって……落ち込んだかと思えば、すっと元気になって飛び出してって……あとは先生の言うとおりです」
「……そっか……」
 先生は一つ溜息をついた。
「それで?」
「……へ?」
「何が悔しいと思ったの?」
「……自分の気持ちに正直に慣れなかったこのヘタレな気持ちが悔しかったんです」
「……続けて?」
 先生がまた同じ表情で聞き役に回ってくれる。
「先日俺は親から大切な事を教わりました……それは前に立ちはだかる壁から決して目を背けない事。それのお陰で僕はあの仲違いの時期から脱出する事が出来ました。目の前の壁と戦う事で見えてくるものがある……それを身体で体験したというのに……それなのに俺はまた泉ヶ原を傷つけるような事を言ってしまった……!」
「…………」
「好きの一言もいえなくて……自分から言い出したことなのに……それなのにまた壁が来たと思ったらまた目を背けて逃げ出して……俺って……本当……バカでアホで最悪な根性無しなヘタレだなって……そう思ったら……悔しくって……!」
 後半からはまた涙がぶわって溢れ出たが俺は続けた。こうなった以上もう体裁を取り繕うも何もなかった。
「……んっとね」
 先生がぼそっと一言を漏らす。その一言は今までにないくらい優しい言葉だったような気がした。
「先生はね……違うと思うな」
「……違う?」
 頭の上にハテナを浮かべて問い返す。
「うん……多分だけどさ、恋とか恋愛とかってのは、壁がどうとか、そう言うのとはまた少し違うと思うんだよね」
 俺は流れる涙を拭い、先生の言葉に耳を傾ける。
「私だってそこまで恋愛経験があるわけじゃないからさ、私の言う事が正しいって言えるだけの説得力もないよ? それでもね……恋愛ってきっと、鈴鳴が思ってる以上に難しいものだと思うの」
「…………」
「うーん、じゃあ少し話の角度を変えようか。それじゃあさ、鈴鳴はどうして質問を返された時に幼馴染って答えちゃったのかな?」
「へ……それは……」
 俺は少しだけ考えて――
「……そこには好きと言えるだけの度胸を持った俺がいなかったから……」
「残念、私の考えだと不正解だね」
「違うんですか……?」
「先生が思うに抱けど……鈴鳴は怖かったんじゃないのかな?」
「……怖い?」
 初めて聞く単語に戸惑いを感じる。あの展開で怖く思う……?
「多分本人は気付いてるんだろうけどさ、きっとあの瞬間、鈴鳴は答えを求めるのを恐れたんじゃないかって思うの」
「……で、でも! それを克服しなきゃ……!」
「そうなの。鈴鳴が言うのも本当なの。でもね……告白ってのは違うんだよね。まぁ特殊なケースもあるかもだけどさ、基本的には一人の相手に対して告白する回数って一度きりだと思うの。そこで一回こっきりの好きか嫌いかの返事が来る。もし好きだって言ってくれたらいいけどさ……そうじゃなかったらそこで終わり……だもんね?」
「……だけど!」
「出会いがあって別れもあって……恋もそうだと思う。きっかけがあって、二人の想いが近づいて行って……それがどんどん膨れてさ……きっと人を想うってのはそれの積み重ね……それが故にさ、相手の事を凄く大切に想うのも本当じゃない? だからこそ、失敗して会えなくなるのは嫌だ……そう思うってのは、きっと普通の事なんだと思うよ?」
「……でも結果として、泉ヶ原を泣かせる結果になりました……」
「確かに鈴鳴は泉ヶ原のことをがっかりさせてしまったかもしれない」
 ……分かっていたとは言えやはり心に刺さる。
「でもさ、言い換えたらそれってがっかりさせただけじゃない?」
「……え?」
「だからさ、告白してバツサインを貰ったわけでもないじゃない?」
「そ、それはそうですが……」
「だったらさ……まだ何も終わってないよ」
 先生の手が肩に触れる。とてもとても優しく暖かい感触で。
「今日はとりあえず駄目だったかもしれないけどさ、まだまだ明日があるじゃない? だったら前を向かなきゃ。まだある可能性を自ら取り除く方が先生は良くないと思うんだけどなぁ」
 今度は一目をこちらに向ける先生。
「大丈夫、私が知る限りで鈴鳴は優しい奴だから。多分それは私よりも泉ヶ原の方が知ってるから……だから大丈夫!」
 そこですっと立ち上がり――
「いってぇ!」
 急に背中をバシバシ叩かれ思わず叫ぶ。
「さ、教室戻るわよ!? 今からHR始めるんだから」
「……先生……有難うございます」
「いいっていいって。さ、男でしょ? 早く立ちなさい?」
 俺は腕を引っ張られるがまま立ち上がった。
 ……静……



「皆席についてるかー!?」
 勢い良く開け放たれたドアに飛び込むように入る先生。そして続いて中に入る。
「先生、今日は席を片付けちゃってますから席につけないですよー?」
「おお、そうだっけか? あっはは!」
 そこには豪快な親父笑いも飛び出すいつもの先生がそこにいた。
「あーっ、マドカ! 遅いじゃないの!」
 サキュバスも元気良く俺を迎え入れやがった。
「あー、その、なんだ。すまねぇな、待たせちまって」
「あれ、シズカは?」
「えっ……まだ帰ってないのか?」
 教室を見渡すが、確かに静の姿がどこにもない。
「うん、二人で行ったきり帰ってきてないけど……はっ! もしかして!」
「なんだ? 心当たりでもあるのか?」
「そりゃ言えないよ。なんたって女の子にしか分からない悩み――」
「聞いた俺がバカだった」
 さらりと明後日の方向を向いてやる。
「んもぅ、軽いジョークじゃん……でも、マドカこそどこに行ったのか知らないの?」
「ああ……あいつどこに行ったんだろう……まさか、部活の出し物の準備の方に行ったのかな?」
 もうちょっとで出し物の準備をしないといけないって言うのに……まぁ、戻ってきにくくしたのは俺のせいかもだけど。
「とりあえず準備を始めちまおう! あと数十分もしたら文化祭の開会セレモニーだ! 時間にはちゃんと間に合うようにするんだぞ!? それじゃあ体育館にて時間までに指定の席に座るように、以上!」
 そう言い終えるとそそくさと教室からまた飛び出ていった。忙しくさせちゃったかな……さっきのやりとりのせいで。先生、本当に有難うございます。
「……本当静、どこに行っちゃったんだろうね……?」
「多分部活の出し物の準備の方手伝ってるんじゃねぇかな? わかんねぇけど」
「わかんねぇけどって、何か冷たくない?」
「俺だって気になるけど……でもとりあえず、準備を進めちまわねぇとな」
 勿論気にならないわけじゃない。でもだからと言ってクラスの出し物をないがしろにするわけにも行かないってことだ。
「そっか……でももし万が一、シズカの行方が分からなかったらヤバいしね……後で確認した方がいいと思うよ?」
「そ、そっか……そうだよな……」
 ……妙に嫌な予感が走る。
 ……まさかもう既に神隠しに!?
「……大丈夫、マドカが考えてるような事にはまだなってない」
「!? ……どうしてわかんだよ」
「神隠しが発動する瞬間にはね、凄い発光現象が起こるの。眩いまでの光が降り注いでね。マドカを見かけてから今までそんな現象は起こってないから、まだシズカは神隠しにはあってない」
「そ、そっか……良かった」
「かと言って安心してる場合でもないよ……」
「ああ……」
 静が神隠しにあうまで残り三時間余り。
 その瞬間までに……!








  ―5―



 開会セレモニーは淡々と行われた。時間前になったのでサキュバスと二人で体育館に移動したらそこで静の姿を発見できた。周りには剣道部員も一緒だったので。概ね予想が当たったらしい。とりあえずはそこでほっとはしてみたものの、やはり落ち着かないと言うのが正直なところだった。
 やたら時間のかかる校長のスピーチに生徒会長の開会宣言。文化委員の諸注意等ありきたりなスケジュールを淡々とこなした後は、ようやく文化祭当日と言うわけだ。
 開会式の終了及び文化祭開始の時間予定が午前十時。そこから教室に戻り支度をはじめ、結果からして言えば俺がハリセンを叩き込む予定時刻はおおよそ十時半頃となっている。
「…………」
 今現在、校長の長ったらしいスピーチを聞いてる真っ只中だが、これがなんとも長く、こっちの緊張まで膨れ上がってしまう。
「マドカ、大丈夫?」
 後ろから小声でサキュバスの声がかかる。
「ん……大丈夫。今のところ」
 ぼそりと返してやる。心臓がバクバク言って右手が小刻みに震えだしてる要素以外は概ね好調と言えよう。
 そうこうしている内に校長のスピーチも終わり、生徒会長の宣言も文化委員による諸注意も終わる。……いよいよだ!
「今から本番だね……!」
「……ああ!」
 後ろのサキュバスの声につられ、俺も小声ながら気合を入れる。緊張してる場合なんかじゃない……!



 そうして俺達生徒は準備の為に一旦クラスの方へと戻る。今の時刻は十時過ぎ。ぼちぼち一般の参加者も入ってきだしている時間だ。
 俺達はと言うと、前に静にも言った台本を準備し、本番まで三人で準備するための手筈を進めていたところだった。が――
「……遅い……」
 その静が一向に戻ってこない。
「……遅いね……」
 サキュバスも思いは一緒だった。
「あ、まさか……シズカ、処理に行ってるのかな」
「お前と一緒にするでない馬鹿者」
「失礼な、女子なら当然の悩みだよ」
「今はそんな常識に当てはめてる場合じゃないだろうが」
 しかしもしもだが、時間ギリギリまで姿を見せずで、その際際の時間に見つかった場所が女子トイレだとか言われたらどうすりゃ良いのかな俺。そりゃあ問答無用で叩くのが正解と言えば正解なんだろうけど、その場合、その後の学校生活の間に俺の居場所がなくなるような気がするな。
「その時は私が無理矢理にでもトイレから連れ出すわよ」
「……前々から思ってたんだが、お前は俺の心の中でも読めるのか?」
「マドカの考えが単純なだけよ」
 さらりと言われてしまったよ。そんなに俺の考える事は単調かい畜生が。
「まずいわよ……そろそろ漫才開始予定の時間になっちゃう……」
「ま、マジかよ……どうする、あいつを信じて待つべきか……それとも……」
 ああ畜生! 探しに行きたいのは山々だが、行き違いになっても困るし、何よりクラスの出し物を全員でほっぽり出すとか更に酷いしなぁ!
「あ、あの……」
「へ?」
 悩んでいる俺に、クラスメイトの女子生徒が声をかけてきた。名前は……正直覚えてない。人の名前覚えるのとか苦手なんだもん。
「あ、吉原さん♪」
 サキュバスが元気良く応対する。ってか、名前知ってるのかよ……俺の立つ瀬がなくなるようなことは控えなさい。
「あ、鈴鳴君……あのね、ちょっと話があって……」
「え、俺に?」
 珍しいな。今まで俺に話しかけてきたヤツなんてそこまでいやしないのに。
「それで、どうかしたの?」
「うん……実はね」
「ウンウン♪」
「あ、砂丘さんいるけど平気?」
「うん、砂丘さんにも関係ある話しだし……」
 サキュバスにも関係あるだと? どういう事だ?
「実は泉ヶ原さんから伝言預かっててね……」
『それではこれより……』
 頭上では放送部員による放送が始まった。
「アイツが!? ……な、なんって!?」
『第二十四回……』
「えっとね……そっちに行けそうにない……ゴメンね、だって」
『宮ノ原高校文化祭を開始します!』
「砂丘行くぞおおおおおおおおッ!」
 俺は飛び出すように教室を後にした。
 ……ごめんよ、クラスメート達。



 俺は急いで体育館の方へと戻った。やはり剣道と言えば体育館でやるのが定石だと考えたからだ。もし公開演習をするならここでは無いかとそう踏んだわけだが……
「……演劇部公演中……」
 入り口に立てかけていた看板は空しくも演劇部の演目が書かれていた看板だった。
「マドカ、パンフとか持ってないの?」
「どうやら今日忘れちまったみたいでな……教室に行って探しても良いんだけど何分時間も無い。こうなったらしらみつぶしに探さないと!」
「分かった! 急いで探さないと……もう一時間今日しかないよ!?」
「ああ、ともかく急いで探そう!!」
 闇雲にでも探さないと……まずは教室棟からだ!



 それから教室中をくまなく探したが、それでも静は発見できなかった。これだけで既に数十分使ってるから、いよいよ時間が迫ってきているのが分かる。
「ハァ……ハァ……こ、こりゃ真剣にやばい気がしてきたな……!」
 しかし本当どこに行ったんだ! 行き違いを出来るだけしないようにくまなく行けるルートを即座に組んで、その上で女子トイレにはサキュバスに入ってもらうという荒業まで披露しているのに、それでも一向に見つからないだなんて……!
「クッソ……マジどこ行きやがったアイツ……!」
「とうとう見つけたわよ……!?」
 そこで後ろから唐突にドスの効いた声が響いた。
 ……その声は……菅原先生!?
「せ、先生!?」
 振り向いた先にいたのは、紛れもない正真正銘菅原先生本人だった。
「アンタは……自分の出し物ほったらかしにして一体何やってるの!?」
「うわっ……えっと……その……!」
 最早完全に忘れていたクラスの出し物の事を出され、まともに退治できないでいる俺……これは完全に俺に不利な状況だよな!
「ぐ……」
 ここで俺の中で選択肢が生まれる……それは。
「一……素直に謝り同行する」
 小さい声で呟く。勿論先生に聞こえないようにするためだ。
 因みにこの一に関しては却下だ。完全に目的とは逸してるし、入れ違いで静が教室に戻っているとは考えにくい。
「泉ヶ原さんは部活の出し物だからしょうがないとして、アンタ達は部活やってないんだからちゃんとクラスに協力しないと駄目でしょうが!」
 ……成る程、これはいいヒントを貰った。やはり静は部活の出し物の方に行ってるわけだ。それが分かっただけでも大きい。となると――
「マドカ、時間がないよ!」
 ぱっと腕時計を見ると時刻はもう既に十一時十五分! という事は!
「二の脱兎の如く逃げる、だ!!」
 言うが早くおれとサキュバスは一目散に先生とは逆方向に走っていった! 先生が体育会系で足が速いのは知ってるが、流石にこの人ごみの中までは追いかけて来れまい!
「あ、ま、待ちなさい! ちょっと!!」
 予想通りすぐさま走って追いかけてきたが、周りの一般客の目もあるのかいつもの様な力を発揮できないといったところだろう。俺はそんなの知った事じゃない!
「待ちなさー……!! ……!!」
 声が遠くなってきたな……ふっ、俺のとっさの判断力の勝利也。
 そしてさようなら、俺のこの後の学園生活。
 幼馴染の為に華麗に犠牲になろうではないか!!
「ちっきしょぉぉぉおおおおおおッ!」
「ど、どうしたのマドカ! 大量の涙流して!」
「うるせええええええええッ!!」
 ああもう、今の俺に怖いものなんかねえよ!!



「な、中庭なら、出店とかしてる部活も多いから、どっかで見つかるだろう……!」
「大丈夫マドカ? 息整えた方が、いざって時に力が発揮できなくなるよ?」
 うっせ、それどころじゃねぇっつの! 今は刻一刻と時間が迫ってるの! あと四十分しかない!
「うちの高校はこの辺では有名な中庭の広さを誇ってるからな……その分、出店の数も多いんだ……」
 特に運動部が出してる出店はこの中庭に集中しやすい! 見つけるなら先ずココと見て間違いない!
 因みにグラウンドは校内オリジナルの一大イベントをやるって言うので全体をs年居されてるって話を聞いたことがある。なのでそこで剣道部がちんまり内緒で店を開いてるなんて事は先ずないだろう。
「確かシズカの所属してる部活って剣道部だよね!?」
「ああ、急いで探すぞ!!」
 俺とサキュバスで人の波をかき分けつつ出店を探していく!
 野球部、サッカー部、バスケ部、テニス部、バトミントン部、卓球部、水泳部……くそっ! 色々な運動部は見つかるが、肝心な剣道部が姿を現さない!!
 次第に焦りを生んでいるのが自分でもよく分かる。 時間はもう既に三十分ほどしかない!
「くっそ!! どこ探したら見つかるんだよッ!!」
 俺は天を仰いで叫ぶ――が、勿論、叫んだところで見つかるわけでもない。ただ今のイライラを空へとぶつけたかっただけだった。
「マドカ、落ち着いて!」
「ハァ……ハァッ……す、すまねぇ」
 サキュバスにあやされ、どうにか安定を取り戻す。と――
『キーンコーンカーンコーン……』
 学校のチャイムが鳴り響いた。定時でなるから、これは十一時半を示すチャイムだ。
「くっ……あと三十分か……! 急ぐぞ!」
「うん!」
 サキュバスの声にも力が入っていた。俺同様やっぱり焦っているらしい。とにかく見つけないと!
「……ついに見つけたわよ……!?」
 ……決意したも束の間、後ろからまたまた聞き覚えある声……
「ま、まさか……!?」
 デジャヴを感じつつ恐る恐る後ろを振り向く。そこには――
「す、菅原先生!? まだ追いかけてたんですか!?」
「あったりまえでしょうが! 私が嫌いなのは諦める事なのよ!!」
「どんだけ熱血なんですかッ!!
「うるさい! 今度こそ逃がさないわよ!!」
 そこで先生がばっと右手を上に掲げた! な、何か知らんが、とりあえずまた逃げよう!!
「同じ手は食わないわよ!!」
「うわっ!!」
 逃げようとしたその先には、我がクラスメート達が数名行く手を阻んでいる!
「ま、まさかお前達も……!」
「おうともよ……鈴鳴ぃ……お前たちが居なくなっちまって、お前たちの分の演目埋めるのも大変だったんだからな……!」
「ああ……あぅあぅあぅ……!」
 か、完全に行く手を阻まれた……! これはまさにピンチ……! ここで捕まってしまっては、完全にハリセンを叩き込むチャンスを逸してしまう!
『放送部より連絡です、放送部より連絡です』
 ここで校内放送が入る。皆の注目が自然とそっちに流れる。
『これより、校内イベントの第一弾、校内大告白大会を行います。参加される方々は、至急グラウンドにお集まり下さい』
 あ、校内イベントの案内か……しかし何やろうとしてんだよ、告白大会って……
『以上、剣道部主催による、校内大告白大会のお知らせでした』
「って、おおおおおおおおおおおい!!!!」
 まさかのグランドかよ!? 剣道部がイベントを開くとか考えるか普通!?
「マドカ、聞いた今の!」
「ああ、グラウンドだ!!」
「何を二人だけで盛り上がってるのかしら……?」
 前方からは菅原先生のドスの効いた声が……すっかり忘れてたぜ。
「さて……お縄についてもらいましょうか……?」
「先生……心なしか目が光ってるように見えるんですケド……?」
 いや、つか先生の眼がマジで怖いんですけど!?
「マドカ……私に任せて」
 すっとサキュバスが前に出る。
「さ……砂丘?」
 ……ま、まさか悪魔の力を使おうってのか!? 確かにそれでこの場は収まるかもしれんが……! それは後々ヤバい事になるんじゃねぇか!?
「まて砂丘、よせ!」
「……止めてくれるんだ……マドカは優しいね…・・・でもね、私もここまで来たら手段を選んでいられないのよ」
「そ、そりゃあそうかもしれないけどよ……!」
 確かに悪魔側にとってもあいつが神隠しにあうのは阻止しないといけないんだろうが……
「行くわよ!
 そう言い放つと、すっと手を制服へと手がける。そして――!


「…………へ?」


 おもむろに制服を……制服を……!
「って、脱ぐのかよ!!」
 何俺の目の前でストリップショーし始めてんだ!!
「さぁ、私の可愛い僕よ……こっちにいらっしゃい……?」
 いやらしい指先で誘う相手は……まさかの先生!?
「待て待て! 誘う相手がそっちかよ!!」
 仮に誘うにしても男子生徒だろうがよ!! 相手間違えてるにも程があるだろう!?
 ……が、しかし――
「…………はい……」
「ちょっと待たんかいゴラアアアアア!?」
 ちょっと先生!! ハイじゃなっての! 何あっさり虜になってんのさ!?
「言ったでしょ? 先生もてごめにしたって」
「あ……」
 そう言えば初めてこの学校に来た際に言ってたっけか……
「さ、今のうちにグランドに行くよ!? 時間はあと数十分しかない!!」
「え、あ、ああ!!」
 正気を取り戻した俺はすぐさまグラウンドへと駆け出した。



 人の波をかき分けてグラウンドにたどり着いたときには既にもう二十分強! まぁ時間だけは余裕あるが……
「とりあえず凄い人ごみだな……」
 イベントを聞きつけたのか、グランドには大量の人で賑わっていた。
「こ、この中から探すの……?」
「いや、とりあえずは実行委員のところだ! 剣道部員がいるだろうから、静の場所が分かる可能性が高い!」
「了解!」
 俺たちはすぐさま実行委員本部の方へと駆け出した。


「いないんですか!?」
 実行本部に到着してすぐメンバーに静の居場所を聞いたのだが……どこにもいないのだと言う……ど、どういう事だ一体……
「ちょっと前までここで一緒に作業してたんだけど……おかしいな……」
 同じ剣道部員である男子が応対してくれているが……この人ですら知らないとはどういう事だ?
「……それじゃあ一体、どこにいるってんだ……」
「マドカ……とりあえずくまなく探そう? もうココぐらいしか考えられないんだから……諦めるのはまだ早いんだよ!」
「そ、そうだよな! もうここぐらいしか探してないところないんだからな! ……どうも有難うございました! それでは!」
 相手の返事も待つことなく走り出す俺達。
 どこだ……どこにいるってんだ……!
 静……静……ッ!!
『えー、それでは!』
 ここでまたもや放送部員による校内放送が入る。
『これより、剣道部主催による、大告白大会を行います!!』
『わああああああああああああああああああッ!!』
 とてつもない大歓声と共についに始まった!
 周りが賑わってる最中でも着々と探していく……くそう、こんだけ動かれたらマジでわかんねぇ……!
「マドカ!!」
 サキュバスの声がしたような気がしてそちらへと振り向く。
「おお! 見つかったか!?」
「ダメ! 全然わかんない!!」
『それでは早速、一組目の紹介に移ります!』
「マドカ! 手を出して! ハリセン渡しておくから、見つけたら何が何でも決めて頂戴!! 今からだったら時間まで私の力はもつから!」
「そうなのか! 分かった!!」
 さっと腕時計に視線をやると、もう十分ほどしかないのがわかった。
『一組目は、我が校きっての秀才と名高い我らが生徒会長、杉村隼人すぎむら はやと君です!』
『うおおおおおおおおおおおッ!?』
 周りからはどよめきに近いような歓声が沸いた。人事ながら俺もちょっとびっくりした。まさかこの手のイベントに堅物で知られていたはずの生徒会長が参加するなんて……しかも告白!? 一体誰に!?
『そして相手は……なんと!』
「準備できたよ!!」
 はっとして手を見やるとそこには、手に妙に馴染むハリセンがそこにはあった。懐かしいなこの感触……思えばあの日静に挑んだとき以来だ!
『宮ノ原高校一の美女として名高い女子の登場です! 二年生より……!』
 さぁ、どこにいやがんだ……!! と――
「マドカ!! アレを見て!!」
 サキュバスが何かを見つけて指をさす。つられて見た先にあったのは……壇上!?
 そしてそこには見慣れた姿が……まさか……まさか!!
『剣道部所属、泉ヶ原静さんです!!!』
『そこかあぁぁぁぁぁぁあああ!!』
 二人が一斉に壇上へと走り出す!
「逃がすかあああああぁぁぁああ!!」
「やべぇ!! 先生だ!」
「もうコントロールが解けたの!?」
「あんな生き恥晒させて……許してなるものかあああぁぁぁああ!!!」
「おい、追いつかれちまうぞ!?」
「言ってる場合じゃないよ、早く行かないと!!!」
「分かってる!! ちっきしょうがああああッ!!」
 強引に人の波をかき分ける! かき分ける! 一々謝ってる暇なんかもない! 今の俺に出来る事はひたすら人を押し退けてアイツの元へとたどり着く事だけだ!!
 やがて――
『泉ヶ原さん!!』
 マイク越しで生徒会長の声が届きやがる! なんか他のヤツに取られるのって激しく嫌な思いだ!!
『アナタの事が……剣道部で生き生きと活動しているあなたの姿が……!』
 くそっ! ふざけんな!! こんなの誰が許すかよッ!?
『校内成績では常に上位に食い込むアナタの事が……!』
 知ってるよ! あいつは努力家でずっと家で勉強しまくって! 暇を見つけては自己鍛錬を怠らないヤツで!!
『常に周りの人気者で、信頼も厚く友達思いな……!』
 ンな事も知ってる! あいつは本当に優しいやつだから!! だから自然とあいつの周りには友達が集まった! 昔からそうだった! 俺なんかとは違って静は出来たやつなんだ!
『そんなアナタの事が……一目見たときから……』
 やめろっ! やめろっ!! お前なんかで届くようなやつじゃねぇ! あいつの事は……あいつの事は……!
『ずっと……ずっと……好きでした!!』
『うわああああああああああああああッ!!』
 グランドのボルテージが最高調にまで膨れ上がる! 最早完全にこの場はOKが出そうなムードだな! だがな……だがな!!

「待てええええええええええええええええッ!!」

 人ごみを抜けて先頭へと抜け出した俺は出来うる限りの声を振り絞った! ……あいつに声が届くように! ああっ!
「マドカ!! 静が……!!」
 見ると静が薄くではあるが光りだしている!!
「もう本当に時間がない!! 早く!!」
「分かってる!!」
 この壇上は見えやすいように先頭から数メートル離れたところに設置されていたため、出てすぐ叩けると言うわけではなかった。まだ少しだけ距離がある!
「静ぁっ!!」
 叫ぶと同時に再び足を前へと運ぶ! 最早俺の気持ちに迷いなんかない! 躊躇なんてない!
「よく聞け!!」
 静かの周りをどんどん淡い光が覆ってゆく!
「俺はなぁ! ……俺はなぁ……!!」
 光が更に明るさを増してゆく!! しかし負けるわけには行かない!!
「この世で一番お前の事が……!!」
 ハリセンを握る手に自然と力が入る!



「大好きだあああああああああああああああああああぁッ!!!!」



 すぱああああんッ!!!



 ……場の硬直を感じた。
 無我夢中だった俺はとにかく叩くのに必死だった……はっ! 静は! 静は大丈夫なのか!? ばっと後ろを振り向いたその先には――
「あ…………」
 光が無くなり、いつも通りの静の姿がそこにあった。
「や……やったのか……俺……!」
「マドカーーーーッ!!」
 呆然としていた俺に突然サキュバスが飛びついてきた。うを、やめろっての! く、苦しい!!
「やったよ! マドカ!! やったんだよ!! 神隠しを阻止したんだよ!!」
「俺……本当に……出来たのか……?」
 未だに呆然を脱しきれない俺をサキュバスが正気づけてくれる。
「嘘じゃない……マドカ、アンタはやってのけたんだよ……!」
「そっか……出来たんだ……あ、はは……はははは……」
「マドカ、有難う!! これで救われたよ!!」
「そっか……あっはは、はははははははははは!!」
 最早笑いが止まらない! それだけ凄い達成感だって事なんだろうな!!


「……お取り込み中申し訳ないんだけど……?」


 またもや時が止まる。
 身体も一瞬で硬直する――先程まで忘れていた現実が一瞬でこんいちわと挨拶をかまして出てきやがった。ま、まさか――
「さて……と」
 そこにいたのは本日何度目になるか分からない菅原先生だった。
「鈴鳴君……ここまでやってのけたからには……相当の覚悟を持ってるんでしょうねぇ……?」
「あっはは……」
 見ると周りはクラスメイトやら剣道部員のメンツ、生徒会メンバーなど豪華なメンツとなっていた。
「そ、そうですねぇ……」
 少し間を置いて――

「ゆ……」
「ゆ?」
 ずずいっとメンツが一歩踏み出る。
「夢オチって事で……一つ!」
『許せるかああああぁぁぁぁああッ!!!』
 この日最大級の怒号がグラウンド中に響いたのは言うまでも無かった。





  ―6―



 あの騒ぎの後がとにかく大変だった。
 まずやらされたのは菅原先生とのマンツーによるお仕置き部屋でのイチャイチャ(死後?)ツアー。……とは名ばかりの、地獄の説教タイムだった。クラスの演目をサボった事、剣道部の出し物を台無しにした事、生徒会長の告白をふいにした事(これは結果としていい風になったが)、そして何より衆人の前であられもない姿を曝け出した事があげられた。と言ってもこれは俺がどうこうした訳では無いから結果的にサキュバスのヤツが絞られたみたいだったが。
 その後は迷惑をかけた方々へ謝罪してまわった。特に剣道部の方々とクラスメートへ謝るのは大変だったかな。罰として剣道部は向こう数週間の体育館の掃除、クラスでもゴミ捨ての係と日直を任務付けられてしまった。……まぁ、代償としては安いと思わなくも無いが。
 ともかくあれだけ暴れまわったせいか、今や学校中で時の人となってしまった。すれ違うたびにヒソヒソ話だったり直接声をかけられたりと散々だったりする。
 まぁそんなアフターもあったが、とりあえずは無事に静の神隠しを阻止出来て良かった……かな?
 そんな俺は今、部活後の体育館の掃除をしているわけだが……はぁ。俺って実は日本一ついてない高校生じゃね?
「……まーくん」
 入り口の方からぼそっとか細い声が聞こえた。
「……静か?」
 聞き慣れた声に返事をする。見る間でもなく、そこには静の姿があった。
「うん……」
「何だよ、そんなとこで。入ってきたらいいじゃねぇか。その辺はもう終わってるぜ?」 ちょいちょいと手招きを加えてやる。紳士たるものこれぐらいの遊び心はお手の物な訳だよ。
「うん……」
 なんだよ、妙に静だな。あ、シャレじゃねーぞ?
 そのまま静がゆっくりとした足つきでこちらへと歩んできた。
「あ、あのね……」
「何だよ?」
「この間の文化祭の事なんだけど……」
「ぶはっ……ま、まさかその話題を出すとわな……」
 実はあの一軒以来、会話こそ交わすものの面と向かって二人で話せていなかったのだ。あんな事態の後だから、正直テレくさいってのが本音だった。
「えっと、だな……」
 まさかの展開に思わずたじろく。
「有難うね」
「そうそう、有難うだよなって……何が?」
 俺は分からず聞き返す。
「私も黙ってクラスの仕事サボったのに……なのに二人とも私を怒らないでいてくれて……」
「な、なぁんだ! そういう事かよ! き、気にすんなよ! 俺らだって何もしてねえんだしさ……」
「知ってる……私の事探してたんだよね?」
「!? ……だ、誰から聞いたんだ?」
「菅原先生……ずっと私の事探すために先生から逃げたって言ってたから……」
「そ、そっか……」
 なんか妙に恥ずかしくなって俯いてしまう。な、なんなんだ……このやけに恥ずかしい展開は!!
「えっとね……」
 その空間を打ち破ったのはまたもや静の方からだった。
「あの時の言葉……本当なの?」
「へ? あの時って……?」
「とぼけないで! ……あ、ごめん、急に」
「あ、いや……」
 急に大声出すから凄く体育館中で響き渡ってる……
「私が生徒会長に告白されてるとき……割って入って来たとき……言ったよね……?」
 あ、ま、まさか……もしかして……
「わ、私のこと……す、すきだって……」
「…………ッ!」
 今思い出しても顔から火が出そうになるくらい恥ずかしいあの瞬間のことですか! やべ、思い出したらまた火が出そうになる……!
「私ね……あの後、先輩の告白断ったんだよ?」
「……本人から聞いたから知ってる」
「実はね……最初はうけるつもりだったんだ」
「……え?」
 初耳な言葉を聞いてどきりとする。
「そ、それって付き合おうって思ってたって事か?」
「うん……」
「な、何でだよ!?」
 終わったことにむきになってしまう。
「だってまーくん、幼馴染って言ったもん!」
 俺の言葉を遮るかのように言葉をかぶせる。最早怒号と言っても過言ではないような声量だった。
「私……私ね……」

「まーくんの事、ずっとずっと好きだったんだよ?」

 静かな空間が出来る。僅かに古ぼけた電気の電子音だけが耳に入るかのような……それぐらいの静寂が周りを包む。
「ずっと、ずっと好きだった……物心ついたときからずっと、まーくんのことが好きだった……だけどあの時……まーくんは私と幼馴染の関係って言った……だからあの時、私も過去ばかりじゃなくて前を見ないといけないのかなって……そう思ってたの」
「…………なんだよ……それ……」
 言葉を聞いてデジャヴな感覚を覚えずに入られなかった。だってこれは――
「俺と同じじゃねぇか……」
「……え?」
 今度は静の方が不思議そうな表情を浮かべる。
「ああそうだよ! 俺だってずっとお前の事が好きだった! でも言えなかったんだよ! もしかしたら断れるかもしれないって……そうなったらもう二度と今までと同じ様な関係を築けないかもしれないって! だってそうだろう!? 誰だって嫌だろ!? 好きな娘と距離が開いてしまうことなんて考えたくない! 今までの関係が壊れるような事はしたくない! だってそれまででも十分幸せだったから! でもやっぱそれじゃあ完全に満足は出来なくってよ! だから凄く悩んだよ! 多分お前とおんなじくらいは悩んだ! 好きなゲームとか手につかなくなるくらい悩んだ! でもさ……やっぱ好きなんだよ! それだけはどうしても……譲れないんだよ!!」
「………………あ、ああ……」
 静が手で口元を押さえる。その手には滴り落ちてきた涙で濡れていた。
「そっか……私達……両思いなのに……凄くつまんない所で悩んでたってことだね……そっか、そっかぁ……」
「そうだな……そうみたいだな……」
 はっはは……気付いたら俺の方にもしっかり涙が移ってやがるよ。
「俺達……これからも一緒だよな……?」
「うん……ずっと……」
 気付いたら二人の顔の距離が近いことに気付く。同じことを相手も思ったらしく、同じ様に顔を赤らめた。
「えっと……」
「こ、こういう時って……そういう事なの……かな?」
 何故か顔の距離を開けようとしない静。いや、寧ろそれ以上に近づけつつある感もある。俺は言うと、そんな静の可愛さに見とれて動けないでいる。
「そ、そういう事って……」
「多分……こういう事……じゃないかな」
 コツン。額同士が重なり合う。最早完全に密着状態となった。
「ん……」
 って、そこでどうして瞳をつぶりますか!? こ、これってもしや、完全にあのフラグ……ですよね!?
「う、うあ……!」
 気付いたら胸がバクバク言ってる……並の緊張じゃないぞこれ……!
「……!」
 か、覚悟を決めるんだ俺ッ……!



「熱いところ悪いんですけどー?」



 うわわわわわわっ!?
「だ、だだだだだ、誰だ!?」
 二人はぱっと距離を開け、突然な来訪者の方へと視線を向ける。そこには――
「よっ、御両人♪」
「さ、砂丘さん!?」
 真っ先に名前を呼んだのは静の方だった。
「お前、ここ数日まともに姿も見せないで……どうしてたんだよ!?」
「ああ、私は上級悪魔様のとこへ今回の件の報告にね」
「おいっ! お前……!」
「もういいのよ、今日で最後なんだから」
 へ……今、なんつった……?
「あ、悪魔? 悪魔ってあの悪魔……?」
「そ、あたしの本当の名前はサキュバス。いわゆる淫魔ってやつなんだぁ……ごめんねぇシズカ、今まで騙してて」
「あ、悪魔が何で……?」
「今回マドカがシズカの頭をハリセンで叩いたのって、あたしのせいだったんだ」
 淡々と事の成り行きを説明するサキュバス。てかそうじゃなくて!
「オイ! 最後ってのはどういう事だ!!」
「決まってるじゃない、今日でお別れって事よ」
「お別れってどういう事だよ!?」
 冗談じゃねぇ! あんだけ皆の中に溶け込んでて、説明もなしにいきなりさよならだとか認められるはずねぇだろうが! 
「アンタねぇ、わかってんの? 私は悪魔、アンタ達は人間。住むべき世界が違うところで、何の不思議も無いでしょう?」
「そ、それは……だけど!」
「だけどこのままさよならなんて……あんまりだよ!」
 状況を飲み込んだ静も対話に参加してきた。
「私たちとの学園生活……楽しくなかった?」
 若干的を得てない発言のように思えたが、サキュバスは少し考え――
「そうね」
 一呼吸置き―
「あなた達と過ごしたこの数週間は……思っていた以上に楽しかったわ……それだけは私にとっての唯一の誤算だった……かもね?」
「サキュバス……お前……」
「でもね」
 そこではっとなる。
「やっぱけじめはつけなくっちゃいけないのよ……アンタ達は人間、私は悪魔。その線引きだけは基本的に混同するべきではないと思うの」
 そりゃあそうかもしれないけどさ……!
「だからってこんな別れ……!」
「マドカ」
 不意に名前を呼ばれる。
「……なんだよ……」
「アンタは基本優しいからね……アンタだったらずっとシズカの事幸せにしてやれる……それは数万もの人間を見てきた私だから言える……だからアンタは、もっと自信を持ちなさい。アンタには守るべき人間が出来たんだから……それを守りきれるくらいの自信をつけなさいよ?」
「サキュバス……お前……」
「シズカ」
「は、はい!」
「あなたは凄く素敵な女性……そして一途な女の子よ……あなたになら安心してマドカのことを任せられるわ……これからもコイツの事、よろしく頼むわね?」
「うん……うん……!」
 涙を流しつつサキュバスの一言一言を飲み込むように聞いている。
「それじゃあ、今度こそさよならね」
 言い終えるとすっと右手を上げる。そして――

「またね、御両人?」

 刹那、周りをぶわっと黒い波動が包む! サキュバスから発せられたものには違いなかったが、それ以上は視線を覆ったので何が起こったのかわからなかった。
「うわあああああああっ!!」
「きゃあああああああっ!!」
 二人の叫び声が重なる! と――

 気付いたらまた静寂に包まれていた。
「…………行ったな……」
「うん……」
「アイツ、別れ際まで変わんなかったな……」
「そうだね……」
「……御両人……か」
 アイツの最後の言葉が何故か胸に響く。
「私達……祝われちゃったね……」
「そうだな……」
「…………ねぇ……」
 静が間を置いてから口を開いた。
「……なんだ?」
「あのさ……えっとさ……その……さっきの続き……しない?」
「……さっきの後でか……ははっ……あははははは……!」
「もう、何が可笑しいのよ!?」
「いや、何でだろうな? あっははははははは……!」
 何でなのかは理由も分からない。でもなんか、今が凄く幸せに感じて。
 それでいてその幸せってのを改めて噛み締めていて。
 これから先、どういった未来が待っているかは分からないけど、少なくとも分かる事はこれから先に未来、コイツと一緒に歩んでいくだ。
 そんな幸せを噛み締めてると思うとさ……
「あっはははははははははは!!」
「何よ、おかしいまーくん……うふふふふ……!」
 どうやら静の方もつられて可笑しくなったみたいだった。



 俺は今日、確かに幸せを掴み取ったんだ。
 そんあ幸せの手助けをしてくれたのが悪魔だなんて、誰に言っても信じてもらえないだろうな。












  ―エピローグ―



 いや、そりゃあまぁ、確かにあの体育館での出来事の後、そのまま家に帰ったよ? いやらしい事は全く無かったんだよ? だからってさ……この夢はどうなの!?
 何か久しぶりだけど、俺また夢の中でいやらしい夢見てるんだけど!?
 しかも相手がまた……静だなんてよ!!
「一緒に気持ちいいこと……しよ?」
 このやりとりにも凄くデジャヴを感じるよ!
「私のこの火照り……あなたの身体で……静めて?」
 ちょ、ちょっと待て!! 幾ら俺が紳士だからと言ってもこの攻めには幾らなんでも耐え切れませんよ!? 紳士と言っても何時まで理性が保たれるかなんて分かりませんですよ!?
「まー……クン?」
 気付いたら腕が首を絡めて抱き寄せてくる……てか本当、こんな展開前にもあった様な……!! 
「ほらぁ……他の事なんか考えてないで……」
 静の唇が俺の方へと近づいてくる……!
「今は……私のことだけ考えて……ね?」
 そ、そんな言葉で攻められた日にゃあ……もう!!



 それから結局数え切れないくらいのプレイをしたわけだが……あまりの内容に覚え切れてないというのが正直なところだったりする。
 しかし、おっかしいな……今の出来事……デジャヴなんだよな……つっても、夢の中だから、夢の中から違う夢のことを思い出すってのも中々に難しいんだよな……
 確か前の時は……えーっと……この後
「はいっ、契約完了♪」
 そうそう、確かそんな事言ってた言ってた! ――んでから、
「そいじゃま、起きて貰うとしますかねっと♪」
 そうそう! あの時も確かそんなこと言いながら平手打ちをかましてきたんだよ! って……これって、まさか……って、ええええ!?
「うるさい黙れこのバカ」
 ちょ、ちょっと待て待て!!



 がばっと無理矢理に身体を起こす。まさか本当に夢の中から意識的に起きれるなんて思っても無かったわけだが。
「ハァッ……ハァッ……」
 そうか、やっぱりか……
 一先ず呼吸を整え……そして――
「おい……いるんだろ?」
 誰もいないはずの自室で声をかける俺。
 こんな夢を見せ付けるヤツなんざ一人しかいない。……出てこいよ。
「あらまぁ、私の術を凌ぐなんて……成長したわねぇ?」
 そこにいたのはつい数時間前に別れを告げたはずのサキュバスだった。
「お前なぁ、あの時の感動的な別れはどこ言ったんだよ?! 何数時間で元に戻ってんだよ!!」
 幾らなんでも感動の再開するには早すぎる時間ですよ!?
「いや、そんな事言われてもねぇ」
 サキュバスが頭をぼりぼりかきつつ応える。
「大体からしてお前、魔界の方に帰ったんじゃあ!?」
「いや、だからあの時は帰ったわよ?」
 さもあっけらかんと応える。
「じゃあ何でまたココに戻ってきてるんだよ!」
「いやねぇ、別に一生さよならなんて言ってないじゃない?」
 …………へ?
「いや、だから。最後に言ったじゃない。『またね』って」
「いや、そりゃあ、確かに言ったかもしれないけどよ……」
 俺のほうで戸惑いの色を隠せずにいた。なんだよそれ……
「それに私だってまた帰ってくる気なんか無かったわよー」
「は? どういう意味だよ?」
 訳が分からず乱暴な言葉で聞き返す。
 ――と、ここでサキュバスがびしっと指をこちらに突きつけてくる。


「仕方ないじゃない、また仕事が出来たんだから」


 ………………はい?
「だから、また仕事が出来ちゃったの! だから仕方なくまたここに戻ってきたの!言ってる意味分かる!?」
 えーと……つまり、もしかすると……
「つまり……何か?」
「質問を許可します」
「もしかして……またこの街に……正義指数が高い人間が出てきちゃったりして……それで戻ってきたー……とでも言うつもりか?」
「正解! マドカの割に察しがいいわね」
 うっせ。割には余計だ。
「んじゃまぁ、続けて質問」
「何よ」
 サキュバスがめんどくさそうに応える。
「もしかして、この家に戻ってー……またさっき俺にあんな夢を見せたって事は……」
「そ! またアンタに手伝ってもらおうと思ってね!」
「………………」
 悪い予感が的中してしまい、硬直する。
「あれれ、どうしたの?」
「あのなぁ……!!」
「あれー……もしかして、怒ってる?」
「あったりまえだろうがッ!!!」
 一瞬で溜まってた感情が爆発してしまう。ダメだ、もう自分自身を抑え切れん。
「自分勝手に消えておいて、また必要になったら戻ってきてって! お前はアレですが! 数十年前のドラマのダメ夫ですか! 俺はさしずめその夫の女房役か何かですか!?」「い、言ってる意味がわかんないって」
 サキュバスがなだめようとするがもう遅い!
「大体な、どうしてまた俺なんだよ! そのターゲットにはターゲットの、近しい存在とかいるんじゃねえのか!? いるんだったらそいつの方がいいんじゃねえのかよ!?」
 確か俺のときがそんな理由だったはずだしな!
「んーっとね……それは……」
 なんだコイツ、急に恥らいだして……
「また……マドカと一緒にいたかったから……じゃ、ダメかな……」
 こ、こいつは! 誘惑するような上目遣いでこっちを見てきやがって……! 男性のつぼを心得ているというか何と言うか……流石はサキュバス! 侮れん……
「…………」
「そりゃ私だってどうしようかなとは思ったよ? だけどやっぱさ、何週間だけとは言え、ずっとやってきたパートナーだしさ……? やっぱりやりやすいし、息もとりやすいじゃない? それに……」
「……それに?」

「……楽しかったし……マドカといるの」

「…………はぁっ」
 俺は大きく溜息をつく。
「わーったよ……」
「え……?」
「ダメだつっても、どうせ契約またしちまってるんだし……やんなきゃなんねーんだろ? ったく……」
「やっぱ、怒ってるよね……?」
「当たり前だろう?」
「そうだよね……ゴメンね……また巻き込んじゃって」
 申し訳無さそうにしょんぼりを見せ付ける。が――
「バーカ。そうじゃねぇよ」
 そうじゃねえんだよ。俺が言いたいのは――

「友達への頼み事ぐらい普通にしろよなっつってんの!」

 あまりの恥ずかしさにそっぽむいちまう。
「え……?」
「俺達が過ごしてあの数週間って、そんなちっぽけなモンだったのかよ?」
 確かに契約上のものだったのかもしれない。でもそれが例えそうであったとしても、そしてそれが数週間なんて短い間だったとしても、俺の中ではお前は最後は人間だった。俺や静との友達だった。
「友達が困ってるんだ、手を差し伸べるのが本当ってもんだろ?」
「あっ……」
 ようやく気付きやがったか、この半人半悪魔めが。
「そ、そっか……こんな私でも友達って言ってくれるんだ……へへっ、なんだろうね、この感情は」
「さぁな。俺にはお前がどういう感情を抱いたかはわかんねぇけど、感情を抱くってのは、お前は結構俺達に近い存在なんじゃねえかって思うぜ?」
「……どういう事よ?」
「つまりはだ。人の感情を理解して、人の思いってのを理解してて、人からの言葉に感情が揺れ動く……お前は俺が想像してる悪魔ってヤツとはメチャクチャかけ離れてる存在だった事だよ」
 最早自分でも何を言ってるのかすら分からない。何をどう言おうとコイツが悪魔という存在である事に変わりは無いというのにな。
 自分で言っててちょっと可笑しくなってきた。
「そっか……友達……か」
 見るとサキュバスの表情もまんざらではない様だった。
「さってと、そろそろまた寝かせてもらうぜ? ……時間は……うわ、もう四時回ってんじゃねぇか!」
 明日は朝早くから日直の仕事(罰の分だけどね)をしなきゃいけねぇってのに……流石にもうちゃんと寝ないと起きれなくなっちまう!
「じゃあ明日以降って事で頼むぜ……おやすみ」
 俺が再び布団に戻ろうとする――が、
「ダメよ」
「ぐえっ!?」
 襟首をむんずと掴まれそのままフローリングの上へと叩きつけられた。
「いってぇな! 何すんだよ!?」
「何って、決まってるじゃない。出発の準備よ」

「…………は?」

「聞こえなかったの? 出発するのよ」
 いや、言った事は聞こえてるんですけどね。
「そうじゃなくて、言ってる意味が分からんのだが……」
「だから言ってるじゃない? 今から着替えてまたターゲットをハリセンで叩きに行くの!」
「え、えええええ!? 今から!?」
 ちょ、ちょっと待て!! 今は朝の四時だろ!? そんな時間からでてどうしようって言うんだコイツは?!
「え、ちょ、ちょっと待て! 頼むから!」
「何よ」
 急にキャラが変わりやがったなコイツは!
「どうしてそんなに急なんだよ!?」
「てか何? 急だと困るの? あ、まさか……処分まだだったとか?」
「そうじゃねえ! 何でそんな急なんだって! だ、だって、前はそんな急がなかっただろう!?」
「私だってわかんないわよ! 帰ったら急に上司から仕事ふられて、しかも期日がかなりやばくてさ!? びっくりしたのはこっちの方だったの!」
「そっちの事情なんざ知るかぁ!!」
「ええぃ、とにかく契約したんだから! アンタは黙って私の言うとおりにしたら良いの! あ、因みに契約違反をした時は……言うまでも無いわよね?」
 そくり……急に後半凄みを含めてきやがった……くそぅ、ずるいぞこの野郎め。あ、女相手にこの野郎は無いか。
「はぁ……またこうしてコイツに振り回される日々が戻ってきた、と……」
 ちらりとサキュバスの方を見やる。
「な、何よ……何か文句あるの?」
「そうさな……悪くねえかな」
「? 何の話よ?」
「いいや、こっちの話だよ」
 そうだよな、あの日が戻ってくるってのはある意味で、俺も静も望んでいたことなのかもしれないな。
「それで? そのターゲットの期日とかは分かってんのかよ?」
 俺はさらっと元の話題へと戻してやった。
 俺の思いなんぞこいつにぶちまけてやるもんか。恥ずかしい。
「ああ、えっとね」
 サキュバスの方も突然のフリにさっ仕事モードへと戻る。
「ざと三日ってとこね」
「随分短いみたいだけど……それなら無理して今日これからすぐにしなきゃって事も無いんじゃねぇのか?」
 ぶっちゃけ眠いし、真剣に寝てからにしてもらえるとありがたいんだがな、マジで。この状態じゃあ仮にターゲットを目前にしたところでロクに活躍できる自信なんざこれっぽっちもないぜ?
「そうは言うけど、広大な土地の中からターゲット探さないといけないんだから、そんな悠長な事言ってたらできる仕事も出来なくなっちゃうじゃない?」
「広大な土地?」
 どういう事だと思い、間髪いれず問いだしてみる。
「前回のはターゲットの事を知ってる人をチョイスしたから時間かかんなかったけど、今回はマドカの知らない人がターゲットだからさ……やっぱ時間には余裕持った方がいいと思ってね」
「何か話が見えてこねえな。いくら広大つってもそれでも三日もあればさすがになんとでもなるんじゃないのか? まぁ確かに俺のほうで楽観視してる感はあるけどよ」
 実際前回の時だって時間ギリギリだったんだしな。ハプニングとかに供えておくというのは反省点にはなったかもしれない。
「とりあえず寝かせてくれよ、本当眠いんだから。明日は朝早くから学校行って日直の仕事もしなきゃいけねぇんだし」
「ああ、それなら問題ないわ」
「は? どういう事だよ」

「学校に行く必要ないから」

「…………はい?」
「このやり取り何回目よ、だからマドカは明日から学校行かなくて良いの! ていうか、行ってたら遂行出来なくなっちゃうじゃない!」
「…………ぼんやりと話が見えてきたぞ……」
 悪い方向に当たらなければ良いが……
「因みに聞くが……こんな朝早くから、俺はどこに連れて行かれるんだ?」
「えっとね、確か電車ってやつかな。前の時に知ったけどさ、確かこの時間でも『始発』ってのが動いてるんでしょ?」
「……で、俺はその始発ってのでどこに行かされるんだ?」
 やばい……嫌な予感があたってきたよ……最悪のケースだけは勘弁してくれよ……
「一応地図はあるんだけどね……この地図この国の言葉で書いてあるからよく読めないんだよね……ホラ、ここ」
 サキュバスがささっと指を動かした先にあるのは……
「ほ……北海道だと!?」
「ああ、これ北海道っていうんだ。てな訳で、その北海道にいるターゲットの所に今から行くわよ?」
「ちょ、一寸待て! ここは東京だぞ!? どんだけ距離あるか知っててここに来たのかテメエは!?」
「何でよ! 着いてきてくれるっていったじゃない! あの言葉は嘘だったとでも言うの!?」
「常識で考えんかあああああああっ!!!」



 俺の怒号は、近所を巻き込み朝っぱらから親含め近所の人たちに怒られる羽目になったのはその後のお話。
 どもども初めまして、神崎雄太でございます! まずはこの小説を最後まで読んでくださり有難うございました! このラノ大賞二次落ちな今作品は、僕にとって投稿作品の処女作に当たるもので、自分にとっても非常に感慨深い作品となっております。少しでもラブコメ調やドタバタ系が好きな方に気にいってもらえるよう書いたつもりでしたがいかがだったでしょうか? 色々至らない点等あり、人によってはつまらないとの評価もあるかとは思いますが、どうか長い目で見守ってやってくだされば、次回にはこれよりも少しは面白いものを作っていこうとする神崎雄太が見え隠れすると思うので、どうかこれからも宜しくお願いいたします。
 また、この原作者、ミクシやついったー等でもぼちぼち活動しておりますので、もしよければそちらででも絡んでいただけたら嬉しく思います♪

 ではでは後書きとしては短いですがこの辺りで

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