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さまよえば三角州
作:A-9



七 一寸先


 多少の差異はあれど、やはり大筋に変化は無いということだろうか。
 舟助は落胆の色を隠せない。
 それを気遣うように法眼が彼の肩を叩いた。
「安心されよ。戦は終わりだと、たった今聞いたばかりではないですか」
「戦に加わらなければ、繰り返しは起きないのでは?」
 一也も楽観的に答えた。少々時代は違うものの、周囲の風景はどう見ても平和な商店街のそれである。わざわざ参戦しなければ、巻き込まれることは無いだろう。
「いや、それは違うのだ」
 舟助はようやく落ち着いたようで、その痛みを確かめるようにぱんぱんと頬を叩く。
「織田軍は、逆落としの奇襲をかける」
 そして、遠くに霞む山々を眺めて言う。
「ここは、一ノ谷だ」
 彼は己の考えを説明する。
 一ノ谷の逆落としとは、源平合戦の中、源義経が一ノ谷に布陣した平氏に対して行った策略で、鵯越と呼ばれる地の断崖絶壁を馬で一気に駆け下り、敵の隙を突いてさんざんに切り崩し、それが彼らの勝利を呼び込んだというものだ。
 舟助の知識で付け加えるならば、この時、平氏の軍勢は偽の停戦要請に武装解除をしていたのだという。
 つまり、ここ山の麓の市の谷で、武装解除した一軍があり、それが彼の中では常に敗戦が定められた今川軍と来れば、これはキャストを変えた平家物語の再演に他ならない。
「舟助殿は、その平曲とやらにお詳しいのですか」
 突然、法眼が場違いな質問を投げる。
「左様、恥ずかしながら法師の語りは幾度も聞き入り、読本の類も手に入る限りは読んでいる」
 答えた舟助は、そうそう、と付け加える。
「鬼一法眼も、平家の諸本に登場しておる名前だな」
 そういえば、一也が舟助と出会った池沿いの街道でのくだり、あれは教科書で目にしたものだった。確か、平家物語の何とかという大将の話だ。
 舟助の言葉に法眼は納得したような表情を作る。
「すなわち、ここで目にする舞台は、舟助殿の知識の及ぶ範囲内で作られているという事ではないですか」
 相変わらずの無表情だが、その声は少しだけ熱を帯びている。
「私も長く旅を続けて参りましたが、己の思う異形の類を目にする事はあっても、自ずから説明できぬものに出会ったことはありません」
 つまり、シナリオのループを初め、この世界は己の知識や体験、想像を映したものなのではないかという事らしい。
「この推測が正しければ、此度の物語には私や一也殿の世界も混ざっておってもよいのではないでしょうか」
 一呼吸置いた。
「そこに勝機は見いだせませんか?」
 そう言われると、先程この市場を現代の商店街のように感じたのは、一也の持つ現代の知識が映し出されていたからかもしれない。
 もっとも、彼にはループの経験が無いので、自分の持つ世界のパターンまでは分からなかったが。
「言い換えましょう。舟助殿や我々個々の物語は定められていても、互いに干渉しあう事はできるのです。
 例えば、私はその敵軍に対して陰陽の術を使うことができます」
 法眼は手品でもしてみせるかのように狩衣の裾をふわりと舞わせた。
「一也殿は、優れた未来予知を行えるでしょう」
 突然の指名に一也は間抜けに口を開け、疑惑の目を持って聞き返してしまう。
「一也殿は未来を知っておられる。その知識が世界に映れば、戦の行く末も自然とそのようになろう」
 よく分からない。自分の知識が戦局を左右すると言うことか。
「いや、そんなにうまくいくのかな」
「無論、やらねば分からぬ。だが、やらずに諦める必要はない」
 答えたのは法眼ではなく、舟助だった。
「この戦、勝ってみせよう」
 分かりやすいほどに元気を取り戻した舟助は、早速作戦を……などと始めた。
「これは奇妙なお話、月にむら雲、花に風。あっしもお供致しましょ。ご利生」
 さりげなく、隣でずっと話を聞いていた大道芸人は、狐の首を長く伸ばしてへへへと笑った。












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