「くだらない仕事ね。
せっかくだから、もっと面白くしましょうよ・・・
ばかばかしい?いいじゃない。
A secret makes a woman woman.
But weariness kills woman・・・
(秘密は女を女にするけど、退屈は女の敵よ)
一発じゃあ、簡単すぎるわ。
二発にしましょう、どう?こんなのは・・・
あら、難しすぎたかしら?
それとも怖いの?相手は天下の警察官ですものね・・・
怒らなくてもいいじゃない。・・・
じゃあ、明日。打ち合わせどおりに、ジン」
黒をまとった女は受話器を置いた。
以前、事情聴取を受けた時の、
若い刑事の顔を思い浮かべ、薄く微笑む。
「可愛い子犬。目の前で、獲物を取られて、
がっかりした顔を見るのが楽しみね」
身を潜めながら、佐藤は高木に近づいた。
「遅れてごめんなさい」
「お母さん、ご様子は?
外出中急に気分悪くなったなんて」
「全然問題なし。大げさすぎるのよ。
仕事中によび出すなんて」
「神崎の奴、どう出るでしょうか?」
「爆弾作りのほかには、武道が趣味だったわね。
趣味はあきらめて大人しく、ついてきてくれれば、ありがたいけど」
佐藤は、高木に微笑みかけた。
高木は、少しばかり鼓動が早まるのを感じた。
「佐藤さん、冷たくないですか?」
アパートの植え込みは、昨夜の雨を葉に残し、
隠れる佐藤のスーツをびっしょりと濡らした上、
泥の汚れもつけていた。
「ウ〜ン、汚れちゃったわね。これじゃあ、買い替えかな。
さて、そろそろかしら」
二人は、アパートを見上げた。
2階のドアの前の、二人の刑事が、佐藤達を見て頷いた。
そこには、交際を断られた女性を、
車ごと、爆殺した男が住んでいた。
二人は、神崎の部屋のドアを見つめる。
千葉刑事が、玄関の死角に隠れる。
高野刑事が、ドアを叩こうとした瞬間いきなり、ドアが開いた。
高野が、突き飛ばされ、崩れ落ちる。
飛び掛ろうとした千葉も自分の倍はある体格の男に、
片手で抱きかかえられ成すすべも無い。
神崎は千葉を抱きかかえたまま、
アパートの外の階段を駆け下りる。
しかし、佐藤、高木が銃を構えて立ちふさがった。
その途端、神崎は、抱えていた千葉を、二人に投げつけた。
その重みを受け止められず、
佐藤も、高木も、地面に倒れこんだ。
神崎は、佐藤を千葉の体の下から引きずり出し、
倒れた佐藤の体の上に馬乗りになる。
そして、上着を開いて、自分の腹に巻きつけた
爆発物を佐藤に見せつける。
「きれいなお嬢さん。俺と一緒に地獄にいんでもらおうか。
なあに、痛くは無いさ。
この手に持ってるスイッチをいれりゃすぐに」
「馬鹿なまねはよせ!」
高木はまだ動けずにいる千葉の体の下から這い出し、
よろよろと立ち上がった。
「うるせえ!どうせ俺は殺されるんだ!
だが、一人では死なんぞ!
この女は、俺の女として道連れにしてやる!
さあ、ここから離れないと、お前も木っ端微塵だぜ」
「助けて、高木君」
弱々しく佐藤がうめいた。
「落ち着け、神崎」
高木の目の端に、雨どいを伝わって、
地面に降りた、高野の姿が見えた。
ゆっくりと神崎の背後に近づいていく。
“時間を稼がなくては“
「神崎!誰が、なぜ、お前を殺そうとしてるんだ!」
「知るか!
いいか、俺はただ、奴らに正当な報酬を要求しただけだ。
あの議員の、桝山の家を失火に見せかけて、爆破したな!」
「何だと!誰にそんな事、頼まれたんだ!」
「知らんよ。
俺はネットで仕事を請け負っただけだからな。
お前ら警察の馬鹿どもは、
ガスもれ事故なんて、思い込んでたろう。
まったく、あんないい仕事をしたのに、あれっぽっちの金。
だから、だから・・・ちきしょう!なのに、
俺を殺す、といってきやがった」
「高木君、お願い・・・」
佐藤の声に、神崎は、「黙れ」と声をあげようとしたその時
高野が、すばやく、神崎の腕に飛び掛り、ねじ上げた。
高木は滑り込んでそれを拾う。
佐藤が神崎から逃れる。
高木は、爆弾を神崎の体から外し遠ざけた。
「高木君、処理班を呼んで」
そう言いながら佐藤は、手錠を手に、神崎に近づいた。
手錠が太陽の光を受けて、光った。
神崎の手にそれが、かけられようとした瞬間、
佐藤の手から、手錠が離れ宙に舞った。
「高木!何をするんだ!」
愕然として、それでも神崎は押さえつけて
離さないまま、高野が叫んだ。
佐藤の手から、
一蹴りで手錠を弾き飛ばした高木は、佐藤に飛び掛った。
佐藤は、高木の攻撃をすばやくかわした。
「高木君!何をするの!」
しかし、なおも高木は、攻撃の手を緩めない。
すばやく、佐藤の肩をつかむと、強烈な勢いで、足を払った。
佐藤は、受身をする暇も無く地面に叩きつけられた。
佐藤を取り押さえようとする高木を、
やっと動けるようになった千葉が
羽交い絞めにし、佐藤から引き離した。
「高木!気でも狂ったか!
佐藤さん!大丈夫ですか!」
「違う!千葉、あれは、佐藤さんじゃない!」
「何を言ってるんだ、高木」
佐藤は、左眼を手で、押さえたままゆっくり立ち上がった。
高木を見て、僅かに唇の端を上げる。
その微笑を見た刑事達の背中に冷たい物が走った。
そこにいるのは、佐藤の顔をした、佐藤でない者だった。
“佐藤”はゆっくりと手を下ろした。
「How do you know?(なぜわかったの?)」
手の影から現れた、左の瞳には氷の刃を思わせる蒼い光が宿っていた。
千葉の手が驚愕の余りゆるんだ。
高木がその女に飛びかかろうとした瞬間、
大音響とともに、強烈な衝撃が刑事達を襲った。
地面に倒れこんだ、高木が、目を上げると、既に女の姿は無く、
刑事達を、あざ笑うように、炎に包まれたアパートが、そこにあった。
「被疑者の追跡より、
住民の救助を優先した君達の判断は、間違っていない。
もう気に病むな。とりあえず、神崎は確保できたし、
君達のおかげで、あれほどの火事の中、
アパートから、死者はでなかったんだからな」
デスクの前でうなだれる3人の刑事に、
目暮は暖かく言葉をかけた。
「自分は情けないです。
ずっと一緒にいた同僚なのに偽物と分からなかったとは」
元気なく、つぶやく高野に、右耳に手を当てたまま佐藤が言った。
「高野さん。それを言ったら私のほうが情けないですよ。
いくら、電話越しとは言え、
自分の母親の声が、分かってなかったんですから」
目暮は、両手を組み合わせ肘をデスクについた。
「しかし、一体、何者だ。
アパートに爆弾を仕掛けて、全焼させる。
佐藤君を、母親の声音を使って、
人通りの少ない場所を通らなければならない所に呼び出す。
そこを走行中の所を狙って、タイヤを狙撃。
パンクだと思って、出た佐藤君が、
連絡を取ろうとした所を、携帯だけ狙撃。
かなり離れた場所からの狙撃にも関わらず、正確だ。
それだけの腕があるなら、なぜ・・・」
不吉な言葉を口にするのを避けた、目暮の疑問に、佐藤が続けた。
「足止めしたいのなら、耳元に当てようとした携帯を狙うより、
私を直接狙撃した方が、よほど簡単だったはずよ。
まったく、おかげでまだ耳鳴りがするわ。
それに、神崎の方を狙撃する事もできたはず。
おまけに、彼を殺すためアパートを全焼させるほどの爆弾を仕掛けるなら、
なぜ、わざわざ、私に化けて、神崎の所へ行ったの?」
目暮が厳しい表情で言った。
「トメさん、犯人の遺留品の方は?」
「指紋は出ませんでした。
手に何らかの処理をしていたのかもしれません。
しかし、指紋がついてたとしても、
火事のせいで、消防が入る、水はかかる、
野次馬が踏み荒らすで、消えてたでしょう。
ただ、手錠はかなり特殊な物で、かけた途端、
スプリングで、針が出るようになっていました。
反応が、微妙すぎて断定はできませんが、
おそらく針に、毒物が塗ってあったのだと思われます。
踏み潰されていましたが、
カラーコンタクトらしい残骸もありましたので、
おそらく、高野さんたちの見た、青い目のほうが、
犯人自身の瞳の色なんでしょうな」
「警察に対する挑戦でしょうか?」
白鳥の言葉に高野が答えた。
「違うな。あれは、俺たちをおちょくって楽しんでた顔だった。
薄気味悪い女だった。
正直言って、タマが縮み上がったぜ。
ああいうのを、魔性の女って言うんだろうな。
神崎が、錯乱しちまうのも無理はねえ」
「桝山議員の件も、神崎からは、当分、事情聴取はできん、か」
目暮は、こぶしをデスクに叩きつけた。
沈んだ空気を払おうとするように、佐藤が明るく言った。
「それにしても、
どうして高木君は私の偽物が、偽物だって分かったの?」
高木は、少しばかり、頬を赤らめながら言った。
「いえ、なんか手錠の光り方が、変だったんですよ」
「よくそんなとこ見てたな、高木」
千葉が感心したように言った。
「でも、手錠なんか、普通気をつけて見ないじゃない。
他に何かおかしいと思った事から注意が行ったんじゃないの?」
「佐藤さん、実はですね。怒らないで下さいよ。
被疑者と、植え込みに隠れてる時、
彼女のスーツが、汚れてしまったんですよ。
そしたら
『ウ〜ン、汚れちゃったわね。これじゃあ、買い替えかな』
って言ったんですよ。
佐藤さんだったら、そもそも仕事中、服の汚れなんか気にしないし、
『買い替え』って発想は出ないと思って。
言うとしたら、『お給料前なのに、クリーニング代が・・・』
だろうな、と思って、妙な気がしたんで・・・」
刑事達が吹き出す中、佐藤が抗議した。
「ちょっと、高木君。私、お給料前でも、
ちゃんと、余裕でクリーニング代くらい出せるわよ!」
「佐藤さんのためなら、いつでも、どんなスーツでも、私がご用立ていたしますよ」
「俺、この間、金が無いから、ジャケットを洗濯機で洗ってダメにしちゃって
クリーニング代が必要経費で落ちるようになりませんかね、目暮警部殿〜」
「千葉君、二人で署名を集めましょうか」
刑事達は、佐藤を輪の中心に、
仕事と、洋服の汚れについて、口々にしゃべり始めた。
高木は千葉や高野と楽しそうに喋る佐藤を見つめながら、心の中で話し掛けた。
(佐藤さん、確かに、服の件でおかしいとは思いました。
でも、緊張してる僕のための冗談かとも思ったんです。
本当に、あれが佐藤さんで無いと分かったのは、あの時です。
佐藤さんは、あんな時「助けて」なんて言わない。
「高木君!千葉君を連れて早く逃げなさい!」
佐藤さんなら、絶対そう言う筈です。
自分の事より、人の安全を考える、佐藤さんはそういう人ですから。
だから、僕は・・・)
「良し。とりあえず今日の所は、厄払いもかねて、ワシがおごってやろう」
目暮が立ち上がった。
「さあ、皆行くぞ!」
ざわめきの中、佐藤が高木に微笑みかけた。
「私を分かってくれてありがとう」
真っ赤になって言葉を返そうとする高木の前に、白鳥と高野が割り込んだ。
「私も、絶対、佐藤さんを間違える事など」
「白鳥、俺だって、脳震盪起こしかけてなかったら」
「さっさとついてこんと置いていくぞ!」
目暮の声に刑事達は、目暮のあとを追った。
(Appendix)
「ええ、証言はできそうも無いし、
できたとしても、元々何も知らない男ですもの。
身のほど知らずに私達と、取引しようなんて考えるから・・・
そう、退屈しのぎにはなったわね。
でも、子犬にちょっとじゃれつかれて、すりむいてしまったわ。
可愛いポメラニアンあたりの子犬かと思ったけど、
一応、まがりなりにも、猟犬の子犬だったのね・・・
分かったわ、ジン。じゃあまた」
女は、スタンドの明かりの届かない部屋の闇を見つめた。
(あの、子犬は、どんな猟犬に育つのかしら?
今まで、色々な猟犬を屠って来たけど、あれは、そのどれにも似てないわ。
A game is over. But I wonder the game is only beginning.
(このゲームは終わったけれど、別のゲームは始まったばかりなのかしら)
Can you close the game someday? And give me eternal end?
(あなたは、このゲームをいつか終わらせてくれる?永遠に)
女は、明かりを消した。
闇が女を包み込んだ。
(おわり)
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