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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第5章 崩壊の兆し

 宿に入ってから、ジルは私に仲間を紹介してくれた。

 彼等は突然押しかけた私に嫌な顔一つせず、笑顔で迎えてくれた。

「こちらこそ、ジルがいきなり無茶なお願いをして悪かったね。」

 次々と自己紹介をされるが、緊張のせいもあってろくに耳に入ってこなかった。

「ジルが俺達に相談もせずに、いきなり村長の前で君を連れて行きたいなんて言うから正直焦ったよ。」

 どう答えていいか分からずオロオロとするばかりの私の前に、旅装をした若い女性が立った。

「はじめまして。私はオリヴィア様付きの侍女、マーサよ。ここでオリヴィア様が来るのを待っていたの。」

 とても品のある、綺麗な人だった。

「これからあなたとは一緒に働く事になるわ。よろしくね?」

 差し出された手を握り返そうとして、その手があまりにも白くて綺麗な事に気付き、慌てて手を服にこすりつけてから握り返した。

「フィリスです。よろしくお願いします。」

「まあっ!フフッ、可愛いのね。オリヴィア様は2階の部屋で休んでいらっしゃるわ。階段を上がって右の一番奥の部屋よ。挨拶してくる?」

 早くオリヴィアに会いたかった私は、コクコクと頷いてジルの方を見た。

「行っておいで。ここで待ってるから。」

「うん!」

 ジルの笑顔に見送られて、私は階段を一気に駆け上がった。



 教えられた部屋の扉をノックすると、確かにオリヴィアの声で返事が聞こえた。

 恐る恐るドアを開けると、オリヴィアは立ち上がってドアの方を向いていた。

「オリヴィア・・・。」

 目を見開いて私を見るオリヴィアは無表情に近く、笑顔でよく来たねと言ってくれるはずだと信じていた私は、次の言葉を続けられずにただオリヴィアを見ていた。



「ねえ、どうして来たの?」

 鈴の音のような声が紡いだ言葉の意味を、私はしばらく理解できなかった。

「あなたのような子には、お城で暮らすなんてとても無理なのに。」

 手の先から体温が失われていく。

「どうして?ねえフィリス、何故あなた、帝都にそんなに行きたいの?」

 目の前の少女は、本当にオリヴィアなのだろうか?

 まるで悪い夢を見ているようだった。

「ち・・・がう・・・・・オリヴィア、私は・・・!」

 胸が詰まって、声が掠れた。

 オリヴィアは、ようやく微笑んだ。いつもと同じ、妖精のような儚く優しい笑みを。

「駄目よ、フィリス。そんな呼び方おかしいわ?だって、お城に行けば私の事をオリヴィアと呼び捨てにできるのは、竜王様だけなんですもの。どうしてもお城に行きたいなら、今から練習しなきゃ、ね?」

 目の前が暗くなり、足元が崩れて落ちて行くようだった。

 オリヴィアも母親と同じように、私が帝都に行きたいと頼み込んだと思っているのだろうか?

 やっぱり、足でまといだと思っているのだろうか?


 ・・・・・・違う、きっとそうじゃない。心配してくれてるんだ。

 不器用で礼儀作法も知らない私には、城の生活は合わないだろうって・・・・。

「ねえフィリス、マーサを呼んできて?それから、ここには私が呼ぶまで勝手にきては駄目よ?」

 それは、どうして?

「私の言う事、ちゃんと聞けるわね?フィリスはとってもいい子だもの。」

 綺麗で、優しくて、大好きなオリヴィア。私の恩人・・・。

 私がちゃんと仕事ができるようになれば、迷惑がかからないようにすれば、いつものオリヴィアに戻ってくれる?



 その後の事は、自分が自分じゃないみたいでよく覚えていない。

 気がついたら食堂の席の一つに座っていて、目の前にはすっかり冷めたスープのようなものが置いてあった。

 周りにはマーサやさっき紹介された使者の人達が私を取り囲むように座っていて、私の顔を心配そうに覗き込んでいた。

「フィリス、どうした?何かあったのか?」

 その声をきっかけに、世界に音が返ってきた。

「フィリス?」

 大きな暖かい手が、頬を包み込む。

 心配そうなジルの顔が、次第に驚きの表情に変わる。

「・・・私達、席を外すわね。」

 マーサの声に、ガタガタと席を立つ音が聞こえた。



「フィリス・・・・・。」

 どうしてだろう?ジルの顔が歪んではっきり見えない。

 まるで水中に潜った時のように、何もかもがボヤけて見える。

「分からないの・・・・・。」

 ようやく出た言葉は囁くようで自分にもやっと聞こえる程度だった。

 それなのに、ジルには聞こえたみたいだった。

 ジルは手を放すと、机を回って私の横に立った。

「無理に言葉にしようとしなくていい。」

 指先が目元を拭って、ようやく自分が泣いていたことに気が付いて慌てた。

 人前で泣くなんて、何年ぶりだろう?


 急に恥ずかしさがこみ上げてきて、私はまともにジルの顔を見れずに謝った。

「謝ることなんか何もない。・・・よかった。」

 ため息と共に出た安堵の言葉に、私は首を傾げた。ジルはそれを誤魔化すようにように、席を移動していた彼等に手を振った。

 すると彼等は一様にホッとした顔をして、マーサは椅子を蹴り倒すようにしてこっちに走ってきた。

「あなたまるで人形みたいになってしまって、どうしようかと思ったのよ?ああ、いいのよ。そのまま座ってて?暖かいスープをもらってくるから、ねっ!」

 一体覚えていない間に私はどういう行動をとったのだろう?

 マーサにオリヴィアが呼んでいると、なんとか伝えた所までは覚えているのだけど・・・。

「ほら、飲んで?」

 目の前にさっきあったはずの冷めたスープは何時の間にかなくなっていて、マーサは同じ場所に湯気の立つ暖かいスープを置いてくれた。

 もしかしてさっきのスープも、マーサが置いてくれたのだろうか?

 それを一口も飲まずに黙り込んでいた私に文句を言おうともせず、わざわざ新しいものをもらって来てくれたのだ。

 そう考えると、今度は自分でもはっきり分かるほど涙が出て来た。

「あ、ありが、と・・・っ・・」

 もう体は冷たくなかった。

 胸が熱くなって、全然悲しくなんてなかった。


 涙と一緒に飲んだスープの味は、きっと一生忘れない。



 

 散々泣いた後、マーサは私に湯浴みを勧めてくれた。

「入って?気分が良くなるから。」

 連れてこられたのは宿の奥にある個室で、箱型の陶器にたっぷりのお湯がはられていた。

「こ、こ、こんな所に!?あ、あの、近くに川があればそこで・・・」

「川!?あなた、川で体を洗うつもり!?」

 つもりも何もその通りだ。生まれてからこれまでずっと川の水で体を洗ったことしかない。

 冬は寒いから浸かりはしないが、とにかく不都合はない。

「駄目よ!年頃の娘がそんなんじゃ!いいから、さっさと入りなさい!」

「ちょ、待って、マーサ!」

 慌てている間に、マーサは器用に私の服を脱がせた。

「ほら、どうぞ?」

 こうなったら勇気を出して入るしかない。

 恐る恐る手をつけて温度を確かめると、それほど熱くはないようだった。

 足先からゆっくりと中に入って座ってみる。

「・・・すごい。お湯の中に入るのって、気持ちいいんだね!」

「フフッ、お風呂でこんなに大騒ぎする子も珍しいね。・・・・・ねえ、オリヴィア様と何があったの?もし話したくないならいいんだけど・・・。」

 気遣わしげに言われて、私は目を伏せた。

「何もないの。ただ・・・・。」

「ただ?」

「私が勝手に色んな事を期待して、それが期待通りじゃなかっただけなの。」

 

 私が一緒に行くことになれば、オリヴィアは心強いと思ってくれる。

 オリヴィアは私の事をいつも気にかけてくれていたから、きっと喜んでくれる。

 私はオリヴィアにとって、少しくらいは特別なのだと・・・・・。


 なんて自分よがりだったんだろう。

 オリヴィアは、ただ孤児になった私に同情してくれただけだったのに。

 

「・・・フィリス、もし何か私にできる事があれば、何でも言って?出来るだけのことはするから。」

「マーサは、優しいんだね。」

「そうかしら?私はそうは思わないけど。なんだか可愛い妹ができたみたいで、かまいたくなるの。」

 可愛いかどうかは別にして、妹と言われて悪い気はしない。


 その後いい気分になった私は湯あたりをして、タオルを巻いただけの姿でジルに部屋に連れて行ってもらうという、恐ろしく恥ずかしい事態に陥った・・・。




 




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