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前回は中途半端に終わってしまって、すいませんでした。今回で一区切りつけれたので、次の話から色々展開させていきたいと思います。
転換1「男心と春の空」
 今の俺は、きっと『動揺しています』と顔に書いてあるぐらいの慌てっぷりだっただろう。無理もない。何故なら、今俺の目の前には『俺』がいるからだ。


 ……改めてもう一度顔を見てみる。黒の短髪にキレ長の瞳、引き締まった細身の身体。俺ってこう見ると、なかなか格好良いのではないだろうか。

 ……って違うだろおい!!

「あんた……誰だ?」

 考えていると、遠慮がちにかけられる言葉。それはまさしく『俺』からの言葉だった。

「それはこっちのセリフだっての……。お前こそ誰だ? 俺には双子の兄弟なんかいやしないぞ」

「……は?」

 イラつきながら俺が若干喧嘩腰に返した言葉に、『俺』は情けない声をあげる。……それにしても、何かいつもより自分の声が高い気がする。もしかして風邪でも引いたのだろうか?

「いや……あんた、頭大丈夫?」

 これは俺の台詞ではない。『俺』の台詞だ。……というかちょっと待てよ。何で俺に瓜二つとはいえ、見ず知らずの野郎にこんなことを言われなければならんのだ。しかも、こいつはこの状況を本当に理解しているのか?

「おい、お前。……俺を見て本当に何も思わないのかよ」

「はぁ……。強いていうなら、口の悪い女かな」

 苛立ちも露わに吐き捨てるようにぶつけた俺の言葉に、目の前の俺は腕組みをしながら苦く答えた。その仕草が、いちいち俺にそっくりで尚更に癇に障る。

 そして、今言われた言葉を頭の中で反復してみる。『口の悪い女』、『口の悪い“女”』……。

「……は?」

 その意味を理解したとき、今度情けない声を上げたのは俺の方だった。

「お前、今なんつった……?」

「……口の悪い女?」

「俺のこと……、女の子に見えるのか?」

「はぁ!? ……あんた、本当に大丈夫かよ?」

 控え目に言った俺の言葉に『俺』は半ば呆れたように、ぶっきらぼうに部屋を出て行った。そして少しして戻ってくると、その手に持ってきた青い手鏡を俺の顔に突きつけた。
 ……そこに映っていたものを説明しよう。
 肩までかかる綺麗でサラサラのブロンドヘアに、ぱっちりとした大きめの瞳。男であることを象徴する自慢の喉仏は跡形もなく無惨に消え去り、折れてしまうのではないかと思うほどの細い首。
 それに比例するかのように体格も頼りのない華奢なものになり、身長も縮んでいた。そしてそれとは裏腹に体全体は丸みを帯び、太もも部分は特にそれが顕著に感じられる。不思議なことにパジャマのサイズはそのままでいたため、今の俺ではダボダボであった。

 ……なるほど、だからさっきは目覚まし時計に手が届かなかったのか。

 驚くのはそこじゃないだろって? ……ごめんなさい現実逃避なんです。
 顔を上げて、再度鏡の中の俺に会う。

 見事なまでに、女の子だった。

「うっそおぉぉぉおおお!?」

 俺は喉が壊れん限りに大音量の叫びをあげた。

「……っ! 何つう大声出すんだあんたは!!」

 それに『俺』が耳を押さえながら怒鳴るが、知るかそんなこと。俺は声が枯れんばかりにわめいた。あまりに奇想天外すぎたからだ。

 そして、恐らくそれが悪かったのだろう。

「どうしたの、お兄ちゃん!?」

 妹の神谷(かみや) 美樹(みき)の声が俺を呼んだ。死にかけて病み上がりの兄の部屋からあれだけの叫び声が聞こえれば、そりゃあ心配にもなるだろう。心配性な俺の妹ならなおさらだ。
 ……ん?

 呑気に『そりゃあ心配にもなるだろう』なんて言ってみたけど、冷静に考えるとかなりやばいんじゃないかこれ!?

「な、なぁどうする!? この状況、俺やばいだろ!!」

「いや俺の方がやばいだろこれは!! 性別的に!? つかホント誰なのあんた!?」

 二人してあわあわと慌てる俺たち。あ、今のは洒落じゃないぞ、念のため。

「お兄ちゃん! 入るよ!?」

 痺れを切らした美樹がドアを開けようとする。

「ちょっと待てぇ!!」

 そして綺麗なハモリを見せて制止の声をかける俺たち。
 ……絶体絶命か!?

 そう思ったときだった。眩い光が俺たちを包み、辺りが一気に真っ白な世界に変わっていく。

『どうやらうまくいったみたいですね』

 その空間に浮かび上がってくる、一人の綺麗な女性。

「あ、あんたは!!」

 ハモる。

「何でお前も知ってるんだ!?」

 またハモる。

『あらあら。さすがは同位体、完璧な息のあいようですね』

「……同位体?」

「どういうことだ? それに今一体どうなって……」

 俺の言葉にすぐさま『俺』が続く。こうやって書くと相当おかしな状況だ。女神はそれに楽しそうに答えた。

『時間を止めました。あなた達に説明する時間も欲しかったですし。だから今は例え裸で逆立ちしようが、ブリッジしてようが大丈夫です』

「嫌な例えだなぁ」

 とりあえず俺がツッコミを入れておくと、それに女神はとても嬉しそうに微笑んだ。

『あらぁ、あなたは……。随分と可愛いらしくなりましたね~。良かったです』

「んで、結局同位体って何なんだ?」

 女神の言葉を華麗にスルーして俺が問いかけると、女神はわざとらしく『くすん……』と言って説明し始める。俺たち二人はそれに真剣に耳を傾けた。

『同位体というのはですね、元々の魂が同じで、肉体が違うもののことなんです』

「……どういうことだ?」

 女神の言葉に『俺』が聞く。同位体、聞き慣れない言葉だ。

『え~っとですね。……あなたたち、飲酒運転の車に轢かれて死んだでしょう?』

「……あぁ」

『本来、自分に非がなく死んだ者は、魂が破損していない限り蘇らせることになっているんです。まぁ、大抵は破損している場合が多いんでほとんど意味がないんですが』

「……それで?」

 俺が静かに先を促し、女神もそれに頷いて続ける。

『あなたたちの場合魂が引きちぎられてはいたんですが、損傷自体はないまま二つに分裂していたんです。ですが一つの肉体に二つの魂が共有することはできませんし、放っておけば肉体も破裂してしまいます。だから、肉体は二つなければいけません。……ここまではいいですか?』

「な、何とか」

『よろしい。あなたの魂にあう肉体はもちろん、あなたの肉体しかありません。つまり、あなたの魂にはあなたの肉体を使わなければいけないということなんです。しかし、そうすると同じ人物が二人になってしまいますよね? ……ですので、魂との波長も合いかつ別々の人物になるように、片方の性別を転換させたんです』

「…………」

 俺も『俺』も、言葉を失ってしばらく呆然としていた。……そんな、馬鹿な話。

『まぁ二つに分裂したので、二人で多少の考え方の違いはありますけど。……長々しい説明になってしまいましたが、わかりましたか?』

「……つまり見た目は違えど、こいつは俺だっていうことか?」

 今までずっと頭を抱えていた『俺』が、ゆっくりと口を開いた。俺と同じ魂だというのならば、きっとまだ夢を見ているような気分だろう。……少なくとも、俺はそうだ。

「それにしても……」

 そんなことを考えていると、俺の方を見ながら『俺』は複雑そうな表情で女神に言った。

「俺って、女になったら美少女なんだな」

『そうなんですよね~。私も転生させるとき、それだけが不安で。とっても可愛くて良かったです』

 そう言って、二人して俺の身体を値踏みするように見てくる。ジロジロ見られると、何だか、いい気分はしない。俺は睨んで言った。

「気色悪いこと言うなよな! ……そんな美少女か?」

「美少女だなぁ」

『美少女ですねぇ』

 むぅ。……息あってるじゃねえか。そう言われて、改めて自分の体を観察してみる。色々と思うところはあるのだが、ふと、あることに気が付いた。

「何で元の俺の髪は黒なのに、今の俺の髪は金髪なんだ?」

『あ、それは私の趣味です』

「趣味かよ!!」

 前にも思ったが、やはりこの女神は色々とはっちゃけすぎている。俺は今までの精神的な疲れを、ため息にして吐き出した。

『ため息をついている暇はないんじゃないですか?』

 女神の言葉に一気に意識が覚醒する。そう、この奇怪な状況は(認めたくないが)何とかわかった。だが以前として、他の人にとっては、年頃の男女が狭い部屋に二人っきりという状況は何も変わっていないのだ。

「ど、どうする!?」

『どうするも何も、理由をでっち上げるしかないじゃないですか。……男の方のあなたが』

 慌てた『俺』の様子を見ても、女神は全く動じずキッパリと言った。

「……何で俺だけ!?」

『何を言ってるんですかあなたは。……今や他人同然の女の子と、家族のあなたの言葉、どちらの言い訳の方が説得力があるかなんてことは明白でしょう?』

「う、ぐ……! 確かに」

 当然のように『俺』は食ってかかるが、女神の正論に渋々黙らざるを得ない。まぁ、いきなり見知らぬ人物が家に上がり込んでいて、そいつがどんな言い訳をしたって、そりゃ信じられないよなぁ。

「ま、まぁいいさ。今は時間が止まっているわけだし、考える時間はある」

 そう言って口を尖らせるあたりも俺にそっくりで、俺は何やらこそばゆいようなむずがゆいような感じがした。何もこういったところまでもが反映されなくてもいいのに。
 女神はう~んと唸っている俺たちを尻目に、無慈悲にも言い放った。

『じゃ、頑張ってくださいね。もう時間動き出しますので』

「はぁ!?」

「何でだよ!? まだ俺全然言い訳思いついてねーぞ!?」

『その方が面白そうですし』

「鬼! 悪魔!!」

 とてつもない笑顔は、まるで『ニコッ』という擬音がまるで本当に聞こえてくるかのようだった。そして、今までの真っ白な空間は女神の意志に沿うように跡形もなく消え去り、あとには見慣れた俺の部屋と残りコンマ一秒で踏み込んでこようとしてる美樹、そして俺たちだった。


 あぁ、今度こそ絶体絶命……。


「お兄ちゃん、一体何があったの……」

 動きだした時は決して止まることはなく、無情にも美樹の目は俺たち二人を捉えた。
 そして、固まる。

「落ち着け、美樹!! これには深ぁいわけがあってだな……!」

 その隙を突いて、女神に言われたとおりに弁解をしようとする『俺』。それに続いて言おうとした俺の言葉は、美樹の叫び声に掻き消されることになる。

「お兄ちゃんが部屋に女の人連れ込んでる~~~!!」

「馬鹿やろおおぉぉぉ!!」

 美樹の叫んだ言葉は、この部屋に両親を呼び寄せるには十分すぎるほどの音量だった。





「……で。どういうことなんだ、京?」

 重苦しい空気の中、父親が口を開く。今の状況を端的に説明すると、リビングに家族全員が集まり、正座の俺と『俺』にこれまた正座の父さん、母さん、美樹が向かい合っているという、重苦しくも何とも珍妙な状況だった。

「京! ……早く元気になってとは言ったけど、いくらなんでも元気になりすぎよ!!」

「だから違う! 話を聞けって!!」

 そう言ってよよよと泣き始める母さんに怒鳴り、『俺』は空を見ながらつっかえつっかえで話し始めた。『俺』の話した内容を簡単に説明するとこうだ。
 そこら辺の道を散歩していた『俺』は、いきなり記憶喪失の俺と出会った。そして、行くあてもなく路頭に迷っていた俺をほっとくことができずに部屋まで連れてきたということだった。ちなみに俺は名前だけは覚えていたという設定で、『きよ』という名前にされた。

 ……それにしても、と思う。

 嘘くさすぎだろ『俺』!! いくらお人好しの俺の家族たちでも、さすがにこんな苦し紛れの言い訳が通用するはずがない!
 ていうか、そもそも『きよ』っていう名前が何なんだよ!? ……どうせ『俺』のことだ。『京』の名前からちょっとひねっただけの名前だろう、自分で言ってて悲しくなるが。

 とにかく、だ。

「もうちょっとましな言い訳なかったのかよ!?」

「仕方ねーだろ、考える時間がなかったんだし!!」

 ひそひそ声で話しながら三人の顔色を窺う。その途端、今まで黙って下を向いていた父さんがいきなりガバッと顔をあげた。

「うぉおおおおお!! 何てかわいそうに……! 京、よくやったぞ、さすが我が息子!! ……きよちゃん、大丈夫だ。今日から、我が家と思ってくれていいから!!」

 バンバンと『俺』の肩を叩きながら叫ぶ父。その眼からは大粒の涙を……ってちょっと待てぃ。父さん、確か俺が助かったときも涙ぐんでただけだったよな?

 母=娘>可哀想な話>>>>越えられない壁>>>>俺。
 そんな式が思い浮かんでしまった俺に罪はないと思う。

「辛い思いをしたでしょう、もう大丈夫よ」

 そう言って母さんは俺を優しく抱きしめる。

「前からお姉ちゃんが欲しかったんです!!」

 えへへ、と目に涙を浮かべながら嬉しそうにはにかむ美樹。
 隣をチラッと見ると、当の『俺』自身もさすがに駄目だと思っていたのか呆気にとられている。……まぁ、確かに無事に追い出されずにすんで良かったのだが。……だが。

 こんなに単純な家族でいいのだろうか?

 俺は早速と歓迎の準備をしている家族の将来に、一抹の不安を覚えずにはいられなかった。






「んで、どうする? これから……」

 ここは『俺』の部屋だ。あの後『娘がもう一人出来た!』と大はしゃぎの両親によって空いている部屋の一室に案内された。結局俺はここに居候(といっても元々俺の家なのだが)させてもらうことになり、『神谷京』の親戚として学校にも行けることになった。今日は金曜日だから、学校まで後三日ということだ。
 そこでこれからの色々な事について話し合うため、『俺』の部屋に来たのである。

「どうするも何も、もうこれは変えられることでもねえんだろ? 女神が言ってた通り、お前は女として生きていくしかないだろ」

「うぅ……! 何で俺が女なんだよ~!!」

「知るかそんなこと。……それよりなぁ」

 『俺』はバタバタと暴れる俺をキッパリと切り捨てるとはぁ、と短くため息をついた。

「その言葉遣い直せよな。変に思われるぜ?」

「何だよ? 二人でいる時ぐらいいいだろ、これからはずっとそうなんだし」

「何か他の奴がいる時でも言いそうじゃねえか。……今それでちょっと話してみろよ」

 じとっ、とした目で睨まれる。そんなに俺は信用がないのだろうか、自分自身だというのに。仕方ない、と俺は小さく深呼吸をして出来るだけ意識をして声に出した。

「え、と……。私だって、そこまで馬鹿じゃない、よ」

 途切れ途切れに発せられた言葉は、俺の男としてのプライドを傷つけるには十分すぎるものだった。あまりの違和感に顔がぼっ、と上気していくのがわかる。

「……こ、これでいいだろ!?」

 苦し紛れにそっぽを向いて黙っていたが、しばらくしても何も言ってこない『俺』にやきもきして向き直す。見ると『俺』は、何やら神妙な面持ちで腕を組んでいた。
 そして微動だにせず真っ直ぐに俺を見据え、言った。

「ごめん、正直笑える」

「ぶん殴るぞ」

 俺は宣言通りに『俺』の鼻っ柱に思いっきり拳を繰り出すと、そのまま素早くきびすを返した。

「ムカつくから帰る!」

「いつつ……、ちょっと待てって!!」

 そのままドアを開けて部屋を出ようとした俺に後ろから声がかけられる。俺は不機嫌なままぶっきらぼうに返事をする。

「……何だよ」

「俺たちは今日から『京』と『きよ』だ。……まぁ、それだけだ。おやすみ、“きよ”」

「……わかってる。おやすみ、“京”」


 そう言い合うと、俺は今度こそドアを閉めた。



 そして自分の部屋に戻ると、明日からの不安だらけの生活に大きなため息をつき、新しいベッドにぼすんと倒れ込んだ。


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