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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いただきます、或いは幻覚性摂食障害

 

 窓の外を見ると、もう陽が一番上にまで来ているようだった。


 教室の黒板の横、その少し上に取り付けられたスピーカーから、ジジ……、という音。

 このノイズ音はそう、すぐ次にお決まりの音を流すサイン。


 キーンコーン、カーンコーン……。


 ほら、やっぱり鳴った。

 いつも通りだ。


 延々と、原子がどうの分子がどうのと黒板の前で話していた頑固そうな白髪の先生が、その音を聞いて一瞬動きを止めてから、それでは今日はここまでなんて言って授業を終えて教室から去っていく。


 私の周りの席の生徒達も、一斉にくつろぎムードになった。

 おのおの立ち上がったり伸びをしたり騒いだり、授業中とは大違い。


 これでようやく午前の退屈な授業から解放される。

 待ちわびたという程でもないけれど、頭に入らないカガクとかスウガクとかのごちゃごちゃした話を聞かされ続けるよりは、よっぽどマシだ。

 かと言って、家に帰るよりは学校の方が気が楽。


 それならこの昼食の時間を楽しみにして授業を聞き流すのが、最も頭の良い生徒というものだろう。


 私は、自分の机の横にかかった学生カバンを持ち上げ、中を探る。

 当たり前だけど私のお弁当はそこにあった。ここは給食制ではないから、家で昼ご飯を用意するのは当然のことだ。


 もちろん中のメニューもそらで言える。

 母親から料理を教わってからは、私がお弁当作りにチャレンジしているのだから。


 と、その様子を察したのかどうかは判らないけど。

 こちらに寄ってくる気配があった。それも二人。

 十中八九、エミとマイちゃんだろう。


「あー、もう食べようとしてる!」

「ほらエミちゃん、こっちのイス使って」


 マイちゃんがエミに、私の斜め前の男子が座っていた席を渡す。

 エミはそれをこちらの机に背もたれを向けて並べ、どっかりと足を開いて座る。

 ちょっと行儀が悪い。


 対してマイちゃんは私の前の席のイスを方向転換すると、静かに腰を下ろした。


「一人だけ早く食べようなんて、アタシが許さないって話よ!」

「いや、そんながっついて無いでしょ、私……」


 苦笑する。

 どうみても『一人だけ早く食べようとしてる』のは、席に座ったや否や持ってきた弁当箱の包み布を開けようとしている、エミの方だと思う。

 そんなに焦るから、出した箱の蓋の所から赤いソースがこぼれちゃってるし。

 弾みがついて箱が傾いちゃったんだろう。


 それを見てマイちゃんも困ったような笑顔を浮かべ、私の机に青いシンプルなバンダナに包まれた、自分の弁当箱を置く。


 私達はお昼の時間になると、決まって私の席に集まる。

 そして三人で弁当をつっつくのだ。


「マイもほら早く、用意して!」


 エミが騒ぐ。

 ちょっとは落ち着けと思うけれど、本人で元気が取り柄だと広言している時点ですでに救いようがない。個性というには主張しすぎな気もする。

 それに文句言わず従うマイちゃんも、ちょっと大人しめが過ぎるけれど。

 二人足して割るぐらいで丁度良い。


 そして、三人でそれぞれのプラスチック製の弁当箱を自分の前に。


「「「いただきます」」」


 と、エミと私とマイちゃんで声を揃えてから手を伸ばす。


「今日のアタシの弁当はゴーカだよ?

 なんてったって、ほら!」


 蓋を開けて、中身を私に見せてきた。

 なんてことのない興味本位で覗き込んでみる。



 見てみると、爪や髪や肉のぐちょりとした塊や、細かく砕かれた骨が箱の中にびっしり敷き詰められていた。



「………………え?」


 私の動きが止まる。


 蓋からこぼれていた赤いソースは、ただの血液だった。


 横で、マイちゃんも自分のお弁当の蓋を開ける。

 バンダナと同じ、青色の蓋が取り外された。

 その中身が目に入る。



 幾束も巻かれた赤い血管、太めの指、表面の毛のこびり付いた肌色の皮が目に入る。



 関節の白い骨が見える指にかかっている透明な液体は、脳漿だろうか。

 皮で包まれている黄色い中身は、どこの内臓だろうか。

 小皿で分けられた赤黒いスープは、静脈血だろうか。


 固まる私を横に二人は自分の箸を取って、大部分が真っ赤に染まったお弁当を持つ。

 そして、屍肉に群がるカラスのように、中身を箸でつつき始めた。


「……ふ、二人とも、何してるの?」


 意に沿わず勝手に震える声で、私が訊く。

 手元には、白米に白身のフライにほうれん草のおひたしが並べられた弁当箱。


 エミが箸を動かすのを止めた。

 こちらを見て、不思議そうに尋ねる。


「何してんの? 早く食べないと昼休みなんてすぐに終わっちゃうよ?」


 行儀悪く、食べながら話す彼女の口から。

 赤いソースが、糸を引いて垂れる。


 私の喉の奥で、ひっ、という音が出た。

 しかし声にはならない。いや、出来ない。


「どうしたの? あ、アタシのそんなに見ても、あげないからね!」


 エミは何をカン違いしたのか、自分のグロテスクな容器を手元に寄せて、私の目から隠す。

 それでも、見てしまったものは既に脳裏に焼き付いていた。


「エミ……は、何?」


 疑問にもならないような言葉が、自分の唇の間からこぼれる。

 頭は藁で出来ているかのように働かず、自分の手足の感覚すら判らなくなったようだ。元々私に足なんて付いていなかったんじゃないか、という疑念すら湧いてくる。


「何って、見りゃわかるでしょ!」


 それでも相手は、目の前の女子は私の言葉を会話として受け取ったようで、容器から白い粒を箸ですくい上げ口に運びながら喋る。

 頬張りながら話しているため、口の中が見えてしまう。

 歯以外の、白い硬質な物が見えてしまう。

 行儀が悪いな、なんてどうでもいい感想が浮かんだ。


「リゾットよ、り・ぞ・っ・と!」


 …………どうして。

 誰が見ても、それは。

 私から見た、それは。


 こちらを置いて、エミは続ける。



「おかーさんが弟で、腕にヨリをかけて作ってくれたんだ。

 渡すわけには行かないなー」



 また、変な事を聞いた。


 お母さん『と』弟『が』、腕にりをかけた。

 エミ、言い間違えてるよ。

 それじゃ、意味が変わってしまう。


 でも、私の口は開かないから、言葉にはならない。


 奥の歯を噛み締めるのに精一杯だから。


「でも、アタシから二人のゴハンを貰うのは全然アリ!

 とゆーことで、マイ、ちょうだい!」

「えー、じゃあ、このスパゲティならちょっと取って良いよ?」


 やりー、なんてはしゃいでマイちゃんの弁当箱の元へ箸を動かすエミ。

 そして素早く箱から束になった血管を掴み取り、自分の所へ持っていく。


 箸の先で、ぶにぶにとした束が揺れたせいで雫が飛び散る。

 赤い飛沫が私のテーブルクロスに付いた。

 かろうじて、紺のブレザーには飛んでこなかったが。


「もう、ちょっとお行儀悪いよ?

 制服にミートソースが付いたら困るでしょ?」


 マイちゃんがエミの行動をいさめる。

 まあ、それは私の言いたかったこととは全く違うのだけれど。


 スパゲティに、ミートソース。


「それじゃ、そっちからもオカズをよこしてもらおうかな―」


 掴んでいた血の管を彼女の弁当箱に、中に先に入っていたぐしゃぐしゃの骨片の上にぼたりと落とすと、再び箸が宙に戻る。


 先だけ赤く塗られた箸は、こちらに照準を向けた。

 目を見開くだけで他にどこも体が動かせない私は、反応も出来ない。

 わかるのは、あれが私の弁当箱に付くという事だけ。


「へっへー、さあ頂こうか……」


 強張る身体に、血まみれのプラスチックの細い棒が迫る。


 だが、そこで。


「おお、お前たち、うまそーな物食べてるなぁ!」

「あ、センセイ!」


 マイちゃんの後ろ側から聞こえた声に、箸の動きが止まる。

 エミが箸を引っこめてそちらを見たのが効いたのか、私の目線もそちらに向かう。


 スーツを来たガタイの良い教師。

 この昼休みにやって来る先生なんてそうそう居ない。居るなら目の前の、このクラス担任の先生くらいだ。斉藤先生。


 授業は科目ごとに教師が違うが、斉藤先生は昼休みになると私達の教室にやって来る。

 「職員室にいてもつまらない」なんて言いながら、クラスメイトに混じって食事を摂っているのだった。

 なんだかんだ言って生徒を気にかけ、こうしてフレンドリーに接しているのでクラスでの評判は悪くない。


 エミの注意は彼に向かい、私への注意は逸れた。

 助かった、のだろうか。


 普段通り、今日も教室にやって来た斉藤先生のお陰だ。

 良いタイミングではあったように思う。


「センセイ、また購買のあげパンー?」

「なんだ? パンに文句でもあるのか?」



 まあ、揚げられた人間の腕を何故彼が持っているのかは判らないけど。



 そのマイちゃんの横に立つ人は、千切れた腕を持っていた。

 斉藤先生はエミにそう返して、手に持っている炭化した腕をかじる。


 口が離れると、肘からグーの形で曲げられた五本の指先まである焦茶色こげちゃいろの腕は、手首の部分が少し無くなっていた。

 すじ張った何かがこちらからも見える。


 エミもマイちゃんも、何も気にする様子は無い。


 食べたものを咀嚼する先生。もぐもぐと、口の形が左右非対称にいびつに膨れ上がる。

 その先生にエミがヘラヘラと適当な事を言う。


「あんまり健康に悪いモノばっかり食べてると、すぐにカラダ壊しちゃうよー?

 早くセンセイも奥さんもらってお弁当作ってもらいなよー」

「お、ってことは伊藤がオレの奥さんになってくれるってことか?」

「ちょっ、生徒ナンパとか!!」


 思わぬ反撃にエミは照れ隠しに、立っていた斉藤先生のお腹のあたりを叩く。


「おっと!」


 座った人から手を伸ばされたところで、かわせないはずも無い。

 ひょいと先生が身を引く。

 が、持っていた物のバランスが崩れた。



 ぼとり。



 焦げた腕の先が崩れ、手が地面に落ちる。



「あー、もったいないもったいない」


 先生はすぐにそれを拾うと、手で焦げた手の汚れを払う。

 下に何かが落ちるのを目で追えば、それは手から剥がれたヒビだらけの爪だった。


 そして、手首の方から口の中に入れる。

 エミはそれを見て、3秒ルールだ、なんて言っていた。


 もう、限界だ。


 自分のイスから弾かれるように立ち上がる。

 にわかに、私の身体はその機能を思い出したかのように動き始めた。

 そうだ、人の身体は動くものだった。


 突然立ち上がった私に、視線が集まる。


「…………保健室に、行ってくるね」


 言って、学生カバンも置いたまま教室の後ろのドアへ。後ろから、どうしたんだとか、ご飯はいらないの、だのと聞こえてくる。けれど、応えるはずもない。

 もう教室には居られなかった。

 私のお弁当なんてどうでも良い。


 教室のある校舎の三階から、二階の保健室へ行こうと思った。

 すぐ近くの階段を降りて、踊り場で折り返して、また階段を降りる。


 保健室へは、二階のここからさらに廊下を突き当たりまで行かなければ。


 と、保健室の方向から女子が二人、話しながら歩いてくるのが見えた。

 お互いの側にある片手で身振り手振りを大げさに示しながら談笑している。

 それだけ見れば和やかな光景。


 私は背を返した。さらに階段を降りる。

 保健室には行けなくなった。


 二人が別の片手で持っている紙袋、その中。

 パンでも入れるような膨らんだ茶色い紙袋の。


 中から覗く、黒い縮れた繊維の塊。


 その意味を考える前に、階段を降りる。



 そうして足早に歩いて、一階には着いた。

 だが、どこに行こう……?


 ……いや、決まっている。

 家に帰るのだ。もうここには居られない。


 足は革靴の冷たさを妙に大きく伝えていたが、それでも前に動かす。

 立ち止まったらどうなるのか。

 想像も出来ない。


 しかし直前になって思い出すと、校舎の玄関口に行くには、どうしても食堂を通る必要があるのだった。

 それでも歩みは止められない。

 アトラクション内を周遊するコースターのように、もはや勝手に足は玄関口へと向かう。

 これ以上何も見せてほしくないと、目をつぶる事も許されない。


 雑雑と人が騒ぐ食堂の広間を横にして、足早に下駄箱へ。

 いただきまーす、なんて言う声も聞こえる。


「はい、食券をトレイの上に載せて、一列に並んで下さーい!」


 食堂のオバちゃんが、威勢の良い声を上げた。

 いつも通りなら、カウンターの向こうの調理場から、直接食券を受け取って品物を用意しているから、そちらから呼びかけているのだろう。


「そこ、横入りしないで!」


 オバちゃんの声に、一瞬私が呼ばれたのかと勘違いしてしまった。

 学食の外の廊下に居るのだから、そんな事は絶対あり得ないのに。


 でも、視線が上がってしまう。


 『人が多いな』、という感想が湧いた。


 学校の食堂は、見てみるとたくさんの生徒が集まっていた。大盛況だ。

 テーブルは制服の姿でほとんど埋まっていて、壁際の席も渋滞している。

 食事の載ったトレイを手にして、席を探して途方にくれる姿もあった。

 また、調理場も人数が多いようだ。



 ただし、パーツを併せて一人とカウントできるならの話。



 今オバちゃんがよそったスープに入っていた、白いぷるんとした物はなんだ。

 座席を探している生徒のトレイは、どうして点々と赤いのか。

 どうしてカウンターには足が載っているんだろう。足だけが載っているんだろう。


 食堂一面に広がっている、元々は人だったものと生徒達。

 それらを全て足し合わせれば、かなりの人数にはなる。


 色が混ざって茶色いスープをかき混ぜていた茶髪の女子と、目が合う。

 知らない子だ。

 向こうもそう思ったようで、すぐまた手元のスマホをいじるのに集中していた。


 あの女子は、自分が今かき混ぜている茶色い長い管に、どんな感想を持っているのか。

 茶髪の色となんだか似ているな。

 ……もう、何故か些細な事ばかり気になってしまった。


 そんな食堂をずるずると通りぬけ、下駄箱に着く。

 生徒はみな革靴で登校し、学校生活を過ごすのが校則となっている学校。

 もちろん、私も革靴だからここで外履きに替える必要なんてない。


 確かめるように足元を見る。


 それを待っていたかのように、ねちゃり、と持ち上げた足が何かにへばりつかれている音。地面と靴が糊付けされていて、それをムリヤリ剥がしたかのような音。


 ローファーの裏はもう、赤や黒や茶や黄に変色して、


 ところどころに毛髪や筋や粘着質な何かが付いていた。


 後ろを振り返ると、食堂から続く足跡。

 床は既に、足に付いていたモノと同じ物が全体に広がっていて。

 それもさらに、校舎の壁にまで登っていっているようだ。


 思わず、昇降口に走りだした。


 息は走る前から既に荒く、耳鳴りもする。


 どうして、こんな事になったんだろう。

 どうして、こんな所に居たんだろうか。


 エミはマイちゃんは先生は、どうして私と。



 そして、肩を戸枠にぶつけつつも、校舎から外に、










「ぶあぁっ!!」


 がつりと肩に、ベッドの端がぶつかった。


 じんと来る痛みをこらえて、体を曲げて起き上がる。

 シャツはぐっしょりと汗で濡れていた。


「あぁあ、あー……、あー……、」


 大きく息を吸って空気を喉に送る。

 喉に空気がこすれて、ひゅう、ひゅうと喘息のような濁った音がした。


 頬のところが冷たいので、痺れている手をゆっくり持ち上げて、目元に当てると涙が伝っていることが判った。いつの間に泣いていたんだろう。



 周りを見回すと、私の部屋だった。

 普段通りの私の部屋。

 いつの間にか……ではないか、最初から家の部屋で寝ていたのだ。


 さっきまでの校舎での出来事は、ただの夢。

 エミもマイちゃんも斉藤先生も。

 鮮明に思い出せるほど印象に残っていたが、それでも夢。


 ベッドの足を手で支えて立ち、窓際に歩み寄る。

 ふらついたが、足は立つぶんには問題なかった。

 雨戸を持ち上げて外し、家の外を見るともう夕方だった。どうりで部屋が昼間よりも薄暗くなっていた訳だ。

 すぐにまた雨戸を窓枠に釘が引っかからないようにゆっくり戻し、嵌め直す。


 夕方ともなれば、もう家族は夕ご飯を待っている時間だろう。

 開いたままになっていた部屋のドアを後ろ手に閉めて、廊下に出る。きちんと閉まらずに再び半開きになってしまった。

 立て付けが悪い、そろそろ直さないといけないかな。

 ついでに廊下もまた掃除しておかないと。


 私の家は台所と居間が一緒になった形、言わばダイニング・キッチンという形。

 流し台から居間を見渡せる。


 居間に入ると、もう家族は揃っていた。母に父に、姉の三人。

 うちは四人家族だから、私を最後に勢揃いだ。


 まだ料理もしていないのに、待ちきれなかったらしい。

 思わずくすり、と笑ってしまう。

 さっきの悪い夢が重く残っていたのが、頭の隅から氷解していく感覚。


「お姉ちゃん? さっき私、いやな夢見ちゃってね……」


 私はキッチン側に回って水道で手を洗いながら、姉に話しかける。

 姉は一番近くのソファに寝転がっていたし、私が夕食の準備をする最中に一人黙って準備を進めるのもなんだかなあ、という気持ちから。


 あとは、家族を料理が終わるまで待たせてしまうのがちょっと申し訳ない、という思いも少し。まあ、昼寝のせいで遅れてしまったのを誤魔化したいだけかも。


 テレビを向いている姉に話しながら、冷蔵庫を物色する。よし、これだけあれば夕食の一食分には困らないかな?

 あ、でも、生物なまものが多いし早く使っちゃわないといけない。朝ごはんの時の母の残り物も見えたから、むしろ夕食は分量多めになりそうな気配。

 ダイエットすると言っていた母が見たら、恨めしい顔で睨まれてしまうだろう。


 残り物はレンジで温めるだけでいいから、他を片付けてしまおう。


 まな板の上にお肉を置いて、包丁で薄く切ってフライパンで加熱。油は肉からも出るので薄くひいておくのがコツだ。母から以前に教えられた。


 この包丁だって、私が料理当番を任されるにあたって、母から貰った物だ。

 買い換えるのも面倒なので研ぎ器で研ぎ直しながら、だいぶ長いこと使い込んでいる。

 ちょっとサビが付いてきているし、機会を見てまた研がないといけないかもしれない。

 このレタスを切るくらいならまだまだ問題ないけど。


 レタスの上に、強火で焼いた肉を移す。

 これで一品。自分ながらになかなかの手際。


 後は、他には……。

 うん。茶碗蒸しでも作ろう。


 茶碗蒸しはお高い料亭でも出るけど、家で作るのにはレンジで手軽に作れるので意外と手間がかからないのだ。溶いた卵を味付けし、レンジでゆっくり過熱するだけで良い。


 中に入れる具材は、置いてあるしいたけと、あと…………冷蔵庫の中の物を適当に加えれば形になるだろう。味に文句を言う人もいないし。

 小さく切った具を卵の溶き汁に投下して、10分ほどレンジで加熱。



 そうこうして。

 最終的に、夕食は果たして豪勢な物になった。


 サラダに載った焼き肉に、具たっぷりの赤い味噌の汁に、こちらも手抜きな割に形になった茶碗蒸しに、ガラのゆで汁で炊いて工夫した炊き込みご飯。

 お父さんが欲しいのなら、さらにおつまみにレバーの刺し身を付けても良い。


 ……ま、量だけでぜいたくに見せている感もある。


 後でやるのも面倒なので調理道具の片付けも済ます。

 特にまな板や包丁は傷みやすいから。出来るだけ早く水気を取っておかないと雑菌が繁殖したり、錆びやすくなってしまう。あいにくセラミックではなく、鉄製の包丁だから。


 包丁の方は、明日は学校にも持って行くんだし。


「ほら! ご飯出来たよー」


 出来た料理を運びつつ居間に呼びかける。

 父と母はもう席に付いていたが、姉はのんびりとソファに転がったままだ。

 仕方がないので、軽い身体を抱えるようにして起こして、席まで連れて行く。

 怠け者とは言え限度があるんじゃなかろうか。


 食事中にテレビを付けておくのは家の決まりで禁止されている。

 ご飯に集中できなくなったり、よそ見してこぼしたりしちゃうから。

 まあ、別に最初からテレビは電源が付いていなかったし、関係ないか。


 ようやく全員が席についた。

 箸も自分で準備して、私が音頭を取る。



 これが私の本来の食事だ。

 夢なんかで見た光景とは違う。


 そう言えば、さっきの夢でも最後に考えていたけど。



 エミにマイちゃんに先生も皆、どうして私と食べている物が逆だったんだろう?



「いただきます」




 食卓に、家族一人分の声が響く。

 

 

 

 

 

 もう一度最初から読むと……。

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[良い点] 描写が本当に気持ち悪く、素晴らしいです。 また、タイトルにもセンスを感じます。 [気になる点] ラストシーン、オチは、なんとなく言いたいこと、表現したかったことは察することができますが、…
[良い点] じわじわ怖さが来ました。 [一言] ループホラー、意外とないので 楽しかったです。
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