ミラルンパ☆バレンタイン
『ミラルンパ』http://ncode.syosetu.com/n0244g/ 続編です。
これだけでも読めます。
「おまえさ、バレンタインチョコもらう予定、ある?」
翌々日をバレンタインに控えた、金曜の放課後。帰り支度を終えてわざわざ席までやってきて、いやににやついた顔でそんなことを言い出した友人、狩野ミツルに、香下アキラは若干の苛立ちを覚えた。
「ねえよ。どうせ彼女持ちじゃねえよ。そんなもんおまえもだろ、ミツル」
「負け組か。さみしいなあ、アッキー」
訂正、全力でイラッとした。
狩野ミツルは友人だ。かつて友人だと思っていた彼が、実は漫画の中のヒロインに恋する二次元オタクだと判明し、コスプレまでして登校してきた際には一度友人をすっぱりやめたが、いまではなんだかんだでまた友人という間柄に収まっている。
理由は単純だった。ミツルがコスプレ登校をやめたからに他ならない。毎朝の身支度があまりにも大変だったらしい。
「え、俺? 俺がもらえるかって? あれ、気になっちゃう?」
むしろ関わりたくないオーラを出して、無視する勢いで鞄に教科書の類を淡々と放り込んでいたというのに、ミツルはにやにや全開で身を寄せてくる。アキラはうんざりしながらも、どうせもらえないんだろと答えようとして、違和感を覚えた。
おかしい。
もらえないのならば、わざわざこんな話題をふることもない。ということは、もらえるあてがあるということだ。コスプレ登校をやめたとはいえ、彼はオタクの道をひた走るオタクの中のオタクであることに変わりはないはず。
一体、いつの間にリア充になったというのか。
爆発しろ。ほんの一瞬本音が脳裏をかすめたが、アキラは深呼吸をして気を落ち着かせる。花の高校生、まだまだ人生これからだ。ヨソはヨソ、ウチはウチ。いいことじゃないか。リア充バンザイ。先を越されたことは少し、いやものすごく悔しいが、ここは友人として彼を応援しよう。
「良かったな。で、誰だよ、相手?」
悔しさがにじみ出て、声が震えた。しかしそんな些細なことに気づかなかったらしいミツルは、上機嫌でさらりと返す。
「決まってるだろ。ミラルンパちゃんだよ」
「……は?」
アキラは耳を疑った。
ミラルンパちゃん。
それは、ミツルの二次元の想い人、「キリリ天使ミラルンパ」のことだろうか。
最近アニメ化したらしく、一話だけ無料配信されていたのを、アキラもとりあえずスマホで観た。ミラルンパというのは、アキラが前情報から想像していたとおり、ファンタジーな世界を飛び回り、あらゆる敵をばったばったとなぎ倒す、反則級の武闘派天使だった。
「おまえ、なにいってんの?」
ミラルンパとは二次元の存在だ。
間違ってもミツルとイイ仲になってチョコレートを渡す約束をしてくれるような、そんな手の届く相手ではない。そもそもあの世界観にはバレンタインデーなど存在しないだろう。
「アニメになっちゃってからさ、もちろん嬉しい気持ちもあったけど、複雑っていうかさ。なんか俺から遠くに行っちゃうような、そんなセツナイ気持ちもあったんだ。でも、ちゃんと、俺のこと考えてくれてた。なんと、ミラルンパちゃんの手作りチョコだぜ。羨ましいだろ」
「なにそれコワイ」
率直な感想だった。
怖すぎる。
妄想だろうか。どういうことだ。だいじょうぶかこいつ。
アキラはできるだけ冷静に、彼がいまどういう状況にいるのかを分析する。妄想だとしたら今度こそ友だちやめよう。そんな決意を胸に、もう少しつっこんでみることにした。
「……じゃあ、あれか。日曜はミラルンパとデートってことか?」
「ばっか! おまえ! ばっかじゃねえの! ミラルンパちゃんは世界の平和を拳で守る天使なんだから、デートなんかしてるヒマねえよ!」
なんだかすごくバカにされた。そんなこともわからないのかというテンションだ。アキラはブチギレそうになるのをぎりぎりで堪える。
「じゃあ、どうやってもらうんだよ」
「送ってくれるんだよ。ミラルンパちゃんからのメールに、ちゃんと二月一四日に届くって書いてあった」
「おまえ……」
急に、アキラは不安になった。
具体的だ。
妄想にしては、いやに本当っぽい。
まさか、ミラルンパの名をかたる誰かに、からかわれているとか、カモにされそうになってるとか──要するに、騙されているのではないだろうか。
「もう俺、すっげー楽しみでさ! いまからホワイトデーなに返そうかって頭いっぱいでさ! やっぱりブランドもんとかかなあ!」
あ、これカモだ。アキラは確信した。
「日曜、オレ、おまえんち行くわ」
「なんだよ、ミラルンパちゃんのチョコはやらねーよ?」
「いらねーよ」
こんなやつだが、友人なのだ。方向性はどうあれ、ミツルの想いは本気だ。こんなに真っ直ぐな愛を利用するなんて、アキラには許せなかった。ミツルのサイフはオレが守ってみせる──そう心に誓い、ミツルの手を握る。
「オレに、任せろ」
「しょうがねえな、撮影係としてなら許可しよう、アッキー」
ミツルのドヤ顔さえも哀れに思えて、アキラは涙をこらえて小さくうなずいた。
そして、日曜。
アキラはミツル玄関前で、そのときを待っていた。
手にはバット。オプションとして一応釘も持っている。もしもミツルをカモにしている黒幕が登場するようなら、舐められないよう見た目の迫力も大事だろうと、釘バットを作成するつもりだったのだ。うまく打ち込めず、心意気止まり。
「なあ、なんでバット? 宅配のにいちゃん殴ったりすんなよ?」
先程から何度もスマホで配達状況を確認しているミツルは、本日の気合いの現れだろう、背中に段ボール製の大きな翼をつけていた。以前学校で見たそれよりも、派手になっている。バージョンアップしているらしい。
「ミツル、いいから、オレに任せとけ」
「いまはミツルじゃない、ミツルンバって呼んでくれよ。そろそろだと思うんだけどなあ。──あ、来た!」
ミツルは弾んだ声をあげた。アキラは狩野家の前に停まったトラック、そして配達員を注意深く観察する。よく見るトラックに、作業着。どうやら本当に普通の配達のようだ。
「のこのこ姿を見せるわけもないか……」
安心半分、落胆半分だ。しかし、差出人の名前と住所を見れば、犯人がわかるはず。
配達員は、家の前で待ち構えている二人──段ボールの翼を背負ったのが一人と、釘&バットを携えた一人──の姿にぎょっとしたようだったが、それでも笑顔で仕事をまっとうし、頭を下げて帰って行った。ミツルがゆるみきった顔で荷物を手に、家に入ろうぜとアキラを促す。
小柄な荷物だ。意外なことに、着払いでもなかった。茶色の、いわゆる普通の段ボール。
「よーし、写真撮りまくれよ、アッキー!」
ミラルンパグッズで埋められた部屋に到着したミツルは、開けてもいないのに何度もスマホで写真を撮ると、やっとガムテープをはがし始めた。
アキラは、壁のみならず天井に貼られたミラルンパポスター、特大ミラルンパフィギュア、ベッド上の等身大ミラルンパ抱き枕、そして、ガムテープを数ミリずつはがしていくミツルンバの姿に、ツッコミが追いつかない。ミラルンパゲシュタルト崩壊待ったなし。
「おまえ、幸せそうだな……」
ミツルの笑顔に、アキラは眼を細めた。
あまりにも輝いていた。幸せでたまらないという表情。友人の、恋するその表情に、アキラは胸が締め付けられる思いになる。
ミツルをカモにしている犯人が、憎くてたまらない。
しかし、アキラはいまここで段ボールをひったくるようなまねはしなかった。それはあまりにも無粋だ。
できることならばミツルの夢を粉々に粉砕することなく、現実を教えてやりたい。このままミツルは喜ばせておいて、一人で犯人を撃つというのもありだ。いや、やはりちゃんと言ってやるべきだろうか。ミラルンパなど、二次元にしか存在しないのだと。
「見てくれよ、アッキー! すげー! すげーよ! ミラルンパちゃんの手作りチョコだぜ!」
「ミツル……!」
どうやらやっと開封したらしい。その輝きが、あまりにも哀れだった。アキラは目頭を押さえながら、ミツルの掲げたチョコレートを見る。赤い包装紙でラッピングされ、ゴールドのリボンのかけられた、いわゆるバレンタインチョコレート。リボンには、ミラルンパの笑顔が描かれたメッセージカードが添えられている。
ふと、引っかかった。
なにかがおかしい。
これは。
まさか。
「本当は二つ欲しかったんだけどさ、さすがになあ! くぅー、食べるのも開けるのももったいないけど開けないと意味ないよな! 写真撮りまくってくれよ! あ、まずは開ける前にチョコ持ちショットだな! な、アッキー!」
興奮するミツルをよそに、アキラはそっと段ボールの中身を確認する。
残っているのは、多数の緩衝材。そして、小さなファイルが一つ。
中身を取り出して、アキラは切なさで胸がいっぱいになった。
もしかしたら、いま、この友人を止めるべきなのかもしれない。
しかし、彼が本当に幸せなら、それで。
「なんだよ、どうしたんだよ、アッキー。写真撮ってくれって」
ファイルには、ファンタジーな天使が描かれていた。
中身は、明細書。差出人は、キリリ天使ミラルンパ公式ウェブショップ。
「涙で、レンズが曇りそうだ……」
涙を堪えて、アキラは幸せ絶頂のミツルンバを、カメラアプリに収める。
彼は、カモではなかったのだ。
同時に、力いっぱいカモだった。
『たっぷりの愛を召し上がれ☆ キリリ天使ミラルンパ手作り製チョコレート』、金壱万円也。
読んでいただき、ありがとうございました。
心から感謝します。