第4話:生存者と感染経路
PM15:45。
2階へと駆け上がりながら、敬はM4の引き金を2回引く。
銃声が2度響き、同時に視界に入っていた2体のゾンビが頭部に5.56mm弾を食らって崩れ落ちる。
そのまま2階へと駆け上がるが、右側の下駄箱から喉を食いちぎられているゾンビが飛び出してきた。そのとき、敬の後ろから黄泉が飛び出し、ゾンビの額に木刀を叩き込む。
ゾンビは頭蓋骨を割られ、下駄箱へ強制的に戻された。
「サンキュ!黄泉!」
「どういたしまして。」
走りは緩めないまま敬と黄泉は笑みを交し合う。
そのまま2階の廊下を通ろうとするが、職員室から教師と思われるゾンビが2体出てきた。
「もう! しつこいわね!」
先頭になっていた野辺はM92FSを連射する。
比較的近距離で発砲したため、発射された3発の弾丸は1体のゾンビの顔面に命中し、ゾンビを絶命させた。
「オラァ!!」
残っていたゾンビは一文字のハイキックが首に直撃し、頚椎から鈍い音がした後壁に叩きつけられ動かなくなった。
「ハッハァ!! 弱っちいねえオイ!!」
「バカ野郎後ろだ!!」
調子に乗った一文字が油断していると、別の入り口から新手のゾンビが出てきた。
敬は素早く狙いをつけると、セミオートで発砲した。
弾丸は一文字の頭を掠め、ゾンビを瞬く間に撃ち殺した。
「うおい!? 今掠ったぞ!?すぐ傍でチッて聞こえたぞ!?」
「うるせえ!! 生きてんだから気にすんな!!」
「気にするわ!!」
言い争いながらも、2階の突き当たりにある階段へと向かう。そこからしか3階の生徒会室へは行けないのだ。
途中の部屋から出るゾンビは白兵戦が得意な一文字と黄泉が部屋へと押し戻し、何とか階段へとたどり着く。
「にしてもよお! いつの間にここはゾンビの巣窟になったんだよ!?」
「しかもここの生徒や教師ばっかだし。」
階段を駆け上がりながら、一文字と野辺は疑問を口にする。
「それなら大体の見当はつく。けど今考えることじゃねえぞ!」
「その通りだ。今は走ることに集中しよう。」
敬と黄泉にたしなめられ、2人は黙って階段を上がる。階段を上がりきると、敬と野辺は階段を上がってくるゾンビを迎え撃つため残り、一文字と黄泉は生徒会室に向かう。
一文字と黄泉が階段を上がってすぐに右に曲がると、大きな扉が現れた。上には「生徒会室」と書かれたプレートが付いていた。
「オイ早く開けろ!!」
「分かっている!!」
一文字に急かされながらも、黄泉は素早く鍵を取り出して鍵を開ける。
黄泉は扉を開けて中を安全を確かめる。すると、中には2人の男子生徒がいた。
「ヒイ!?」
「だ、誰だ!?・・・会長!? 生きていたのか!?」
「悪いが話は後だ!!」
黄泉は中を調べ、バリケードに使えそうな机や椅子、様々な書類や本が入っている戸棚を確認すると、一文字にOKを伝える。既に階段からは銃声が聞こえていた。
「大丈夫だ!!」
「おし! 敬! 野辺!いいぞ!!」
階段には数体のゾンビが頭部を撃ちぬかれて転がっており、下の階からは続々とゾンビが集まっていた。敬は一文字の声を聞くと、階段を上がってきた片腕が無い学生のゾンビを撃ち殺してから野辺とともに後退した。
「野辺!防火扉閉めろ!!」
「オッケー!!」
敬が下がると、野辺が防火扉を閉める。防火扉は室内の方から押して開くため、階段側から押しても開くことは出来ない。
これでしばらくゾンビの侵入を抑えることが出来る。
2人は生徒会室へと走り、飛び込む勢いで中に入る。扉は一文字が押さえており、敬と野辺が入ると急いで扉を閉める。
「何とかなったか・・・・。野辺、グッジョブ。」
「ふん、当然よ。・・・まあ敬も頑張ってくれたしね。」
敬は、防火扉を閉めた野辺へ賛辞を送る。野辺も、軽口を叩きながら敬へ労いの言葉を掛ける。
2人が休んでいる間、一文字は扉に張り付き、外の様子に神経を集中させている。
「敬、ゾンビ達は?」
「防火扉閉めといたから、ある程度は食い止められる筈だぜ。」
「まあ、連中がどれだけの腕力を持ってるかなんて知らないから、どれほど持つかは分かんないわよ。」
部屋の外からは次第に大きくなっていくうめき声が聞こえてきた。
しばらく扉に耳を当てていた一文字だが、やがて耳を離して敬の近くに移動する。
「防火扉叩く音はあんまし大きくなってねえから、しばらくは大丈夫じゃね?」
「ん、そうか。」
敬は一文字の話を聞き終わると、先にいた2人の男子を見た。
「え〜と、誰?」
「・・・直球だな。」
黄泉は呆れながらも、部屋の奥で椅子に座っている眼鏡を掛けているショートヘアーの男子を紹介する。
「彼は今田戒。生徒会で副会長を務めていた。」
紹介された今田は、敬達を見下すような目で見ていた。
「ふん。まさか会長が校内一の不良と、その相方を連れてくるとはな。」
「ああ? 何か文句あんのか?」
今田の偉そうな態度に、一文字が食って掛かる。
「大有りだ。貴様らのような人種はすぐに他人を見捨てるだろうからな。」
「ハッ! 俺はむしろ手前みてえなインテリ君の方が疑わしいがな。」
「何だと・・・?」
互いに相手のことが気に食わないのか、瞬く間にけんか腰になる2人。
「イチ、止めろ。今はんなことやってる場合じゃねえだろ。」
「敬・・・。」
一文字は敬に唯一呼ぶことを許可しているあだ名で呼ばれ、敬の方を見る。敬は真っ直ぐに一文字を見据えており、一文字はそれを見てからようやく矛を収めた。
「・・・わりいな。」
「ま、お前に頼まれちゃあな。」
2人は互いに笑みを浮かべあう。今田はそれを面白くなさそうに見ていたが、不意に黄泉から声を掛けられる。
「今田。今のは言い過ぎだぞ。」
「しかし会長、あいつは・・・。」
今田は黄泉の叱責に反論しようとするが、黄泉はそれを遮る。
「相手を上辺や肩書きだけで判断するな。少なくとも、彼等は信用できるのだからな。」
「・・・。」
今田は不服そうだったが、特に言い返しはしなかった。
敬はもう1人の方へと振り向いた。
「お前は?」
敬に話しかけられた、坊ちゃん狩りの髪に小太りの体型。卑屈そうな目をしている少年は、少しビビリながらも口を開いた。
「ボ、ボクは松村栄治です・・・。」
「松村か・・・。よろしくな。」
敬はそう言うと笑顔を浮かべ、握手を求めて手を伸ばした。
「ハ、ハイ・・・。」
松村も遠慮がちに手を伸ばして握手をした。
握手を終えると、敬は松村に他の生存者について尋ねる。
「なあ、この部屋に逃げ込んだのってお前らだけなのか?」
「あ、隣の部屋に・・・。」
松村が部屋の奥にある扉を指差すと、丁度その扉が開くところだった。
中からは、血の付いたゴム手袋を外している白衣を着た女性が現れた。
164cmほどの身長で、背中の肩甲骨の辺りまで伸びている茶色がかった髪。無表情だが整った顔立ち。服の上からでも分かる女性特有の膨らみ。
彼女は敬を見ると、目を見開いて驚きを表していた。
敬と一文字も彼女が誰だか分かると驚きの声を上げた。
「夕日さん!? 無事だったんですか!!」
「おお、夕日さんじゃん。ご無沙汰〜。」
「ケイ・・・くん?」
敬と一文字はこの学校で校医を勤めている小川夕日が無事だったことに喜びながら、彼女に近づいていく。
夕日は手袋を捨てると、いきなり近づいてきた敬に抱きついた。
「え、ちょっ、夕日さん・・・?」
突然のことに驚き、抱きついてきた夕日の顔を見る敬。敬の体をしっかりと抱きしめている夕日は、涙を流していた。
「心配・・・した。」
夕日は顔を敬の胸に埋めながら、ゆっくりと喋りだした。
「ケイくん・・・見当たらない・・・・。ゾンビみたいなの・・・・一杯・・・。怖かった。ずっと・・・・不安だった。」
「・・・。」
自分の胸で泣いている夕日が、どれだけ不安だったのか。どれだけ自分の安否を心配していたのか。
それを考えて、敬は申し訳ない気持ちになった。
だからこそ、あえて明るい声で夕日を慰めた。
「大丈夫ですって。俺は急に居なくなったりしませんし、何かあっても必ず夕日さんの下に戻りますから。」
「・・・本当?」
夕日は顔を上げると、未だ泣き止む様子を見せない目で敬を見つめた。
敬は夕日と目を合わせ、力強く頷いた。
「怪我したら夕日さんに手当てしてもらわなきゃいけませんから。」
それでようやく安心したのか、夕日は表情を僅かに綻ばせると、敬から離れた。
敬が夕日を慰めている間、一文字は野辺の方を見ていた。野辺はあまり気にしてはいないようで、特に変わった様子は見られなかった。
少し不思議に思った一文字は野辺に話しかける。
「珍しいな。夕日さんに嫉妬しないのか?」
「敬から事情聞いたからね。まあ大目に見てあげようかなって。」
野辺の言う事情とは、夕日が片言で話している理由でもある。
夕日は一度チンピラに誘拐され、強姦されそうになったことがあった。そのときの恐怖により、他人と話すときに片言になってしまうのだ。
その時は幸いにも、偶然現場を通りがかった敬と一文字によって助け出され、事なきを得たのだ。それから夕日は助けてくれた敬に少しでも恩返しをしようと、校医になって敬の面倒を見ているのだ。
「でも、あっちはそうでもないみたい。」
「あっちって?」
野辺は無言で指を指す。一文字がその方向を見ると、険しい顔つきになっている黄泉が目に飛び込んできた。
どうやら夕日のハグを見て知らず知らずのうちに不機嫌になっているようだ。
「ありゃあ・・・。随分と不機嫌そうで・・・。」
「結構独占欲強いんじゃない? かなり嫉妬してるわよアレ。」
黄泉の不機嫌そうな顔を見て、思わず引いている一文字。野辺は冷静に観察している。・・・実は、野辺も内心では「アタシの敬に抱きついてんじゃないわよ!!」などと思っているのだが、ここで怒鳴り散らすのはいけないとは思っているので口に出したりはしなかった。
一方、黄泉はそんなことには全く気づかず、自分の中で湧き上がる黒い感情を持て余していた。
(私は・・・嫉妬しているのか?)
敬に抱きついている夕日を見て、羨ましさと妬ましさが同時に湧き上がり、自分でも戸惑っていた。
(・・・落ち着け・・・。彼は別に彼女と付き合っているのではないようだし・・・いやいやいや! 何を考えてるんだ私は!?)
段々と混乱してきた心中を何とか周りに悟られないにようにしつつ、黄泉は夕日が敬から離れたのを見計らって質問をした。
「と、ところで夕日先生。隣の部屋でなにを?」
黄泉から尋ねられた夕日は、まだ抱きついていたかったのか、少し物足りなさそうな顔をしたが、すぐに元の無表情に変わると質問に答えた。
「怪我人・・・手当てしてた・・・。」
「怪我人? どんな怪我?」
「噛み傷・・・多い。」
「!? ホントですか!?」
敬は「噛み傷」が多いことを聞くと、慌てて夕日に確認をとる。夕日は敬の剣幕に驚きながらも頷いた。
「くそっ!!」
それを見て、敬は悔しそうに叫んだ。大半の者は何故敬がそのような反応をしているのか分からず、目を白黒させていたが、黄泉だけは敬の考えを理解しているらしく、険しい顔つきになっていた。
「会長、一体何なんですか?」
今田が尋ねると、黄泉は一文字と野辺にあることを尋ねた。
「一文字に野辺・・・・。ここに来るまでにゾンビと戦っていて、違和感を感じなかったか?」
「違和感?あったかんなモン?」
「ちょっと待って・・・・。」
野辺は顔を俯かせて校舎内での戦闘を思い返していく。すると、あることに気づき顔を上げた。
「校舎内で相手したゾンビは皆教師や生徒ばっかだった!」
「正解。」
敬は野辺の解答を肯定すると、さらに補足を加えていく。
「校舎内に逃げ込む前に見たゾンビどもは、かなり損傷が激しい奴もいたけど、皆年齢も服もバラバラだった。けど、校内に居たゾンビは教師や生徒ばかり。つまり、なんらかの理由でゾンビになっちまったってことだ。」
「で、でもどうして・・・。皆さっきまで普通だったじゃないか。」
松村が信じられないといった様子で反論する。無理もないだろう。1時間前まで話をしていたクラスメートが、自分を食い殺そうとしてくるのだ。信じたくはないだろう。
「・・・噛み傷。」
すると、夕日がポツリと呟いた。小さい声だったため、聞き取れなかった今田が聞き返す。
「今何と?」
「・・・感染経路・・・。」
単語だけしか話さない夕日との会話は、慣れていない今田には少々理解しにくかった。
代わりに黄泉が説明をする。
「交戦したゾンビには、全て捕食されたような傷があった。つまり、ゾンビに噛まれたものは・・・。」
黄泉が結論を言おうとしたとき、不意に隣の部屋、怪我人が居る筈のドアが叩かれた。
全員が驚いてそちらを見ると、誰かが向こう側からドアを叩いており、ドアが破壊されるのは時間の問題だった。
「おい、まさか・・・。」
一文字が呆然と呟く。黄泉が告げようとした結論に気づいたのだ。他の者も、答えに気づいているらしく体を身構えている。
敬は近くに居た一文字と夕日を下がらせつつ、M4を扉へと構えていた。
そして、ついに扉が破壊された。
「・・・嘘・・・。」
夕日が呆然と呟く。扉から出てきたのは、彼女が治療した生徒だった。しかし、既にゾンビへと変わってしまっていた。
敬は、黄泉が言おうとした先を答える。
「噛まれたら、ゾンビになる・・・。」
時間が経つごとに、自分達がどれだけ絶望的な状況なのかが明らかになっていく。
希望は、いつ見えてくるのか・・・。
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