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生と死と巫女と神
作:日向梨久


 昔々、その昔。神社には巫女がひとり。黒い艶のある長い髪をひとつに結い、憂いを帯びた漆黒の瞳で参拝者の祈りに耳を傾ける。

 ある日小さな少年が巫女に問うた。
『あのお社には何が居るの?』
 巫女は答えた。
『神様が居られる。長い長い時を、あのお社の中で過ごされて居る』
『何の神様?』
 少年はまた問うた。大きな瞳をキラキラと輝かせ、好奇心いっぱいの顔を巫女に見せながら。
『生と死を司る神様じゃ。この土地の生と死を、護って居られる』
 少年には意味が解らなかった様だ。小首を傾げ、不思議そうに巫女を見上げる。巫女はそんな少年の頭を撫で、にっこりと微笑んだ。
『じきに解る。けれど、忘れてはならぬ。生と死は常に隣り合わせ。対になっておるのじゃ。だから…』




 懐かしい夢を見た気がする。長い艶やかな黒髪と、憂いを帯びた漆黒の瞳。巫女は少年の頭を撫でる。優しく。
 しかしこれは自分の記憶ではなかった。幼い頃は海の近くに住んでいて、遊び場は常に砂浜。近くに神社らしき建物も無ければ、それらしき場所に行った記憶もない。だから夢に出てくる少年は自分ではない。それに、古いのだ。映像が、雰囲気が、服装が。
 しかし。何故か懐かしさを覚えてしまうのだ。この夢は、俺が大学に通う為に実家から離れ、独り暮らしを始めた時からたまに見るようになった。
 夢を見た後は、決まって懐かしさと共に切なさが過る。

「やべっ」

 時計を見ると、講義の時間が迫っていた。俺は慌てて準備を済ませると、愛車に乗り込み、エンジンを思い切り吹かした。

 大学まではバイクで10分。所定の場所に駐車すると、講義室まで一直線に階段をかけ上った。

 ── りん。

 バッと後ろを振り返る。確かに今、鈴の音が聞こえたと思ったのだが。聞き間違いだったのだろうか。
 そうこう考えているうちに、講義開始のチャイムが鳴り出した。俺は滑り込む様にして講義室へと入って行った。


「んぁー、肩凝ったぁ」

 首をぐるぐると回しながら、手をうなじへとあてる。滑り込みセーフだと思っていた講義が、既に教授は到着済みで、こってりと居残り雑用を申し付けられたのだった。
 今日は早く帰って風呂でも入るか。辺りは既に暗くなっていた。
 バイクにキーを差し込み、エンジンをかける。かけたつもりだった。

「あれ?」

 何度キーを回しても、エンジンは奇怪な音を出して、しまいにはプスンという音と共に全く反応を示さなくなってしまった。

「エンストかよ、ついてねぇ…」

 こんな時間だ。今からではバイク屋もやっていないだろう。
 俺は仕方無く徒歩で帰宅する事にした。愛車を置いて行くのはしのびなかったが、この際仕方がない。
 溜め息を吐きつつ、歩き出した。普段歩いて通る事も無い道を、とぼとぼとゆっくりとした調子で歩みを進める。

 ── りん。

 俺は辺りを見回した。また空耳だろうか。

 ── りん。

 また、だ。これは鈴の音に違いない。だが、何処から?
 俺は注意深く辺りを見回した。いつもはバイクで直ぐに通り過ぎてしまうため、滅多にここら辺は通る事がない。

「── あ」

 石段が見えた。外灯が丁度当たらない場所に、上へ上へと続く石段。

 ── りん。

 俺は何かに導かれる様に、その石段を一歩一歩踏みしめながら上がって行った。
 石段の上には鳥居があった。大きな鳥居。視界が黒に近い中、やはり鳥居は黒に見えた。
 俺は鳥居を潜り、境内へと足を踏み入れた。

「── あ…」

 不意に込み上げる懐かしさ。俺は此所に来たことがない。だが、来たことがある。そんな感覚に襲われた。

 ── りん。

 鈴の音が響く。目の前には社があった。

「生と死を司る神──?」

 ざわざわと周囲の木々が騒いだ。一陣の風が吹き、一瞬視界が塞がれた。

「ッ!!」

 長い艶やかな黒髪。憂いを帯びた漆黒の瞳。目を開けた俺の前に、女が立っていた。夢に見た、巫女だ。俺はそう確信した。

『生と死は対になっておる』

 巫女が言った。不思議と、俺は冷静だった。"あの時"もそうだった気がする。
 巫女は俺に歩み寄った。

『久しいな』

 巫女の言葉の意味は理解出来なかったが、俺は確かに巫女に会っている。"あの時"に。いや、それ以前にも。

 ── ぐちゅり。

 巫女の手が、腕が、俺の腹部の中に侵食した。不思議と痛みはない。この異常な状況を、当たり前の様に受け入れている俺。
 巫女は俺の臓器をぐちゅりぐちゅりとかき回し、そしてある一点でその手を止めると、捜し物が見付かった時の様な笑みを浮かべた。

 ── ぐちゃり。

 俺から取り出されたそれ──まだ脈打つ心臓は、巫女の手に納められた。思っていたより小さな心臓だった。
 俺の口内は鉄臭い血の味が充満していた。巫女は俺の心臓を満足気に眺めると、社に供えた。

『生と死は対になっておる。神の生の為に、貴様はその身を神に捧げねばならない。今までがそうであった様に。前回は若過ぎた。今回は適切だろう』

 巫女が妖艶に笑った。
 俺はその場に倒れ込んだ。そうだった。前世では6つか7つくらいの時に心臓を神に捧げた。それ以前はどうであっただろうか。今回は21。来世では──。
 俺はその場に崩れ落ちた。やはり不思議と恐怖感はない。神の生と引き換えなだから、何と誇らしい事だろう。
 ドクドクと体内から流れ出た血液が生暖かい。地べたに付けた頬を濡らす。

『来世も頼むぞ。貴様は神への貢物として生を受けたのだから』




 昔々、その昔。神社には巫女がひとり。黒い艶のある長い髪をひとつに結い、憂いを帯びた漆黒の瞳で参拝者の祈りに耳を傾ける。

 ある日小さな少年が巫女に問うた。
『あのお社には何が居るの?』
 巫女は答えた。
『神様が居られる。長い長い時を、あのお社の中で過ごされて居る』
『何の神様?』
 少年はまた問うた。大きな瞳をキラキラと輝かせ、好奇心いっぱいの顔を巫女に見せながら。
『生と死を司る神様じゃ。この土地の生と死を、護って居られる』
 少年には意味が解らなかった様だ。小首を傾げ、不思議そうに巫女を見上げる。巫女はそんな少年の頭を撫で、にっこりと微笑んだ。
『じきに解る。けれど、忘れてはならぬ。生と死は常に隣り合わせ。対になっておるのじゃ。だから…』














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